124 その錬金術師は弟子と染色に勤しむ
貿易都市から戻ってからしばらくは、弟子であるメルシーと共に染色に勤しんだ。
その際に行った友禅染は、生地に糊を貼り付けて、それによって色を滲ませず、柄物にしたり絵を描いたような仕上がりに染める手法の一つだ。
こういう染め方は当然、手間暇が掛かる。染料だって幾つも用意しないとならないし、失敗もあるから狙った通りに必ず染まるとは限らないからだ。
だが、それでも価値は上がるし、贈り物としては最適と言える為に、せっせと染め上げて行く。
「――お婆ちゃん達、喜んでくれるかな?」
そんな染めている最中に、メルシーが笑みを浮かべて口を開いた。
俺はそれに「当然だろ」と返す。
「なんたって、メルシーが手作りするんだからな。しかも、腕の良い染色職人だぞ?大喜びだろうよ。」
「しょ、職人ですか?私が?」
「おう、これを問題なく仕上げられれば、最早免許皆伝だな。」
「うわぁ!免許皆伝って、弟子卒業ですね?」
「染色職人としては、だけどな。」
メルシーが染め上げる布は、どれもこれもが斑が無くて綺麗なものばかりだ。
絞り染めとかも色々と教え込んでみたんだが、まるで砂地が水を吸い込むように急速に身につけてくれる。教えがいがあって、素晴らしく良い弟子だと言えるだろう。
この調子が続くようなら、後は染料の仕入れや栽培方法、それに保管にだけ注意していやれば良いはずだ。この染色だけでも、立派に食っていけるとさえ思えるしな。
「次は絹も染めて見ようか。綿や麻と違って、光沢が出るからもっと綺麗になるぜ。」
「うわああ!嬉しいです!」
俺の掛け値なしの賛辞に、彼女が歓声を上げる。
絹は貴族が買い漁るくらいには高価で希少な生地だからな。現状、平民で目に出来る機会となると、染色職人かあとは機織りくらいなもんだろう。
そんな生地を染める許可を出すのは、勿論それだけの腕が既にメルシー自身にあるからだ。
はっきり言って、俺よりも上手いんだよ、この子。集中してやらせると、自分で思いついた方法を試したりもして、この前なんてグラデーションがかかった布を一枚、綺麗に仕上げてきたくらいだ。
そんな腕の良さを生かさない手は無いだろう。褒めれば褒める程にやる気も出すし、上達も早いから詰め込みでも十分着いてこれる。
「それじゃぁ、もっともっと頑張りますねっ。」
そうして、実際に将来有望な染色職人とさえ言える彼女は、更に頑張るつもりらしくてやる気を漲らせていた。
マーブル模様なんかもやらせてみるが、色彩感覚が優れているようで色選びがとても上手い。
なので、後はまぁ、過労でぶっ倒れないように注意してやるだけでいいだろう。集中しすぎて食事を抜きかねない危険性が、この子にはあるからな。
「生成り色があれば、好きなだけ染めていい。後は色落ちしてきたやつとかも好きに重ね染めしてみろ。」
「はい!」
「弟子である今は、試行錯誤が出来る時だからな。存分にやると良い。」
「はい!有難うございます!」
「よしよし。」
そうして彼女が染めている間に、俺はせっせと糊を貼り付けていく。
デザインを考案したのと糊付けは俺が担当しているが、染色自体はほとんどがメルシー任せだ。
彼女は描かれている絵柄に沿った色付けだけでなく、濃淡を変えた染め方なんかもお手の物だからな。これは適材適所だろう。
「――出来ました!」
「どれどれ――。」
そうして持ち込まれてきた品は、一枚の扇子に貼り付けるつもりで染めさせていた布。
墨色の背景に、鮮やかな黄色と藍色で流線型が描かれて水の流れを模しており、咲き誇る薄紅色の桜とその花弁が水面に落ちて行く様を描いている柄だ。
暗い色の背景に浮かび上がる桜の淡い色彩は美しく、夜桜のような儚さもある。見た目は綺麗だが――ちょっと、若い人寄りかね。
「うん、見事なもんだ。これなら、商品として十分価値があるな。」
「やった!」
「けど、ご年配の方にはちょっと若々しすぎるかな?次はもう少し背景を濃く染めて、桜は白くしてみてくれ。多分、そっちの方が好まれる色合いになると思う。」
「分かりました!」
「じゃ、頼んだぞ。」
「はい!」
染色済みの布はすぐに外に干して、風通しの良い場所に並べておく。
日に焼けないよう、場所は日陰だ。
かなりの枚数を染めてはいるが、使うのは極一部。他はほとんど売り物になる予定である。
「――壮観だな。」
そんな染色済みの布が並ぶ様は、見るからに圧巻の景色だった。
好きに染めさせた為に、メルシーが好きな黄色系統や萌黄色等の緑系統が多いものの、他にも赤や青も並んでいる。
明るい色彩の中ではところどころで濃い目の暗い色彩も混ざり合り、それが良いアクセントとしてより一層、華やかさを増しているように見えた。
「うん、この光景だけでも人目を引きそうだ。集客効果間違い無しの景色だな。」
残念な事に、森の中だからこれを見た客は寄って来ないが。
「さて。」
これからここに、更に絹の光沢が混ざるんだが――果たしてそれをどんな色にメルシーが染めてくるか、今から楽しみだ。
「あともう一仕事かー、頑張ろう――。」
俺は干し終えて空になった籠を抱えると、伸びを一つしてから、再び家の中へと戻る。
やっていた糊付けは済んだから、後の残りは扇子に貼り付ける作業だけだ。生地が乾いて取り込んだら、取り掛かる事にしよう。
それまでは時間が空くので、自らも染色作業に入るかと俺は新たな布を取り出して、弟子が作業しているアトリエへと再び足を踏み込んでいた。
2018/12/03 加筆修正を加えました。更に更にってなってたー。強調する場面じゃないやーん自分ー(一人ツッコミ)。




