123 その錬金術師は用事を済ませる
行商人のおっちゃんことディアルハーゼンその人に、店に辿り着くまでにあった事を店の中で語って聞かせると大笑いされた。
「そ、それで、お前さんそんなに機嫌が悪かったのか。」
「――ええ。」
しばらく響く笑い声と、混雑した店の中に混ざる、こちらへ向けられる言葉にも反応しないままに、俺はメルシーの頭を撫で続ける。
ただ、ひとしきり大笑いされた後に言われたその言葉で、俺は表情が固まったままだったのに気付いた。
手で触れてみると、相当な仏頂面になっていたらしいと自分でも分かる。
もっとも、分かったからといって、どうしようもないんだが。
「ハイエナみたいな女性にはもう懲り懲りなんですよ――なんであんな性格ブス共の中から選ばないとならないのやら。それこそ、世界で一番の美女だったとしても願い下げです。中身のせいでマイナス補正が酷い。」
「そこまでか!」
「ええ、そこまでですよ。それくらいには酷い嫉妬合戦だったんです。メルシーなんてドン引きしてましたし、な?」
「え?えっと。」
「あっはははははっ!」
いきなり話を振られて、戸惑うメルシーの頭を軽く叩いておく。
個人的には、あんな肉食女子よりも、性格が良くてしっかり者な平凡女性の方が遥かに良いと思える。
見た目なんて、どうせ歳を取ったら誰もが一緒だからな。どれだけ見た目に拘っていても、最終的には皺くちゃの爺婆になるんだ。それが人間である。
そんな事を考えている俺に、
「はは、はぁ――。まぁ、分からんでも無い話だな。」
笑いの発作が収まったおっちゃんが、少し疲れた様子で溜息を吐き出した。
それに釣られて、俺もそっと溜息をこぼす。
「取り合いするにしても女性としての品性は保ってもらわんと、子供が出来た時に教育上良く無い。」
ちらり、と視線を動かし、
「ですねぇ。是非とも、その辺りは自覚しておいて欲しい。」
「全くだ。」
確りと話に乗っかり続けていく。
「母親としては、最低な部類に入るでしょう、ああいう女性達というのは。」
「そうだな――雌としての本能は強いみたいだが、肝心の母性だけは何処かに消えてしまっていそうだし、子供が真似たら最悪だな。」
「ですね。自分もそう思います。」
中々の酷評だが、おっちゃんもまた同意で返してきているし、ついつい毒舌が続いて飛び出していた。
「十分に有り得ますね。まさしくハイエナですもん。」
「は、ハイエナ――っ。」
再び笑い出すおっちゃんだったが、笑いながらもチラリと視線を動かす。
こうして男同士で話してる最中にも、あれこれと気を引こうとする女が出て来ていたからだ。
流石にメルシーに手を出すのは悪手だと気付いているようなんだが、それでも邪魔者扱いするような奴は絶えなかった。
その度に牽制して追い返しまでするんだが――それでも、しつこく似たような奴が現れるんだよっ。
何度も声を掛けてくる様子に、いい加減切れて、俺の周囲の温度だけがどんどんと下がっていった。
というのも、
「――お洒落なカフェが近くにあるんです、ご一緒しません?」
「――甘い物は苦手ですか?それなら、近くのレストランはどうでしょう?」
「――西の珍しい品を扱うお店がオープンしたんです。見に行きませんか?」
「――ここは寒いですね。暖かい物でも飲みませんか?」
無視してもこうして延々と繰り返す奴がいて、しかも俺だけを見て誘って来るから質が悪い。
それでも無視し続けていると、今度は違う手に変わる。
例えば、たまにメルシーの方を見たかと思えば、
「妹さんかな?良かったら、お兄さんに聞いてみてくれない?」
と、身勝手にも利用しようとしやがるんだよ。
これにメルシーも「え?」なんて言って、反応してしまう為に、頭に手をかけ、笑顔で圧力をかけて黙らせるのを何度か繰り返していた。
察するのは上手い子だ。俺が何を言いたいのか、すぐに理解して口を噤んでくれるようになった。
ただそれでも女がしつこくメルシーを利用しようとしてくる。
この場合、俺の苛立ちが限界だ。マッハで超えそうだ。
正確に言うと、少し氷の切っ先が周囲に浮かび上がって、脅すように元凶共に突きつけられたりするくらいには、怒り心頭になるんだよ。
そこまでして、ようやく退散――というのを何度か繰り返している。
「はぁ。」
揃って疲れた溜息が出るのは当然だろう。
営業妨害になりかねない行為を俺がしてるとはいえ、そもそもとして店の中に元から居た客じゃないんだ、こいつら。
俺がここにいるという噂を聞きつけて、ただやって来ただけの奴らがほとんどなんだよ!
だからこそ苛立つんだ。
何の役にも立たず、営業妨害になる事態を引き起こすんだからな。
どうせなら、何か商品の一つでも買って帰りやがれってんだ。
「――しっかし、モテるのも大変だな。」
そんな、何人目になるかも分からない女を追い出して、互いに疲れた視線を交わす。
店内の客は元々主婦や既婚者、もしくは冒険者のような男性が多い。
魔法薬を卸すようになってから、店の方針が変わっているらしく、年若い女性には十分に場違いなところになっていた。
それでもやってくるクソアマに切れない方がどうかしているだろう。
「――余り嬉しくないモテ方ですね。これ、凄く不本意なモテ期ですよ?」
「ああ、モテ期か――確かに、そう言える状況だな。」
「でしょう?」
憮然としたままで返す俺に、おっちゃんも思案げな様子を見せる。
実際、この状況にメリットが無かったら、俺は全力で王弟殿には撤回をしてもらっていた事だろう。
何せ、面倒臭い。
通りを歩くだけで囲まれ、進路を塞がれて邪魔され、一方的に自分語りをされるんだ。
弟子であるメルシーを押しのけ突き飛ばし罵詈雑言を浴びせるクソも居た。
一体、何の嫌がらせかという話である。
そんな俺達の現状は、完全に妨害工作を受けている状況だ。
「モテない独身からすると、血の涙でも流しそうな話だな。」
それでも現状に巻き込まれて尚、おっちゃんがそう言って、笑いながらも茶化してきた。
俺もそれに、茶化して返しておく。
余裕の無い様子は余り見せたくないしな。
「そんなものを流すくらいなら、是非とも今の俺と代わってくれと頼み込みますよ。なんなら、土下座したっていいくらいですね。」
「ははっ、土下座か。冗談に聞こえない辺りが、またなんとも――っ。」
口元を抑えて笑うおっちゃんを前にして、俺は肩を竦めて見せる。
噂に釣られて、勝手に妄想膨らませてやって来るような奴なんて、俺からしたら性別問わずに願い下げだからな。
どんな無理難題言ってくるか分からないし、そういう奴は最初から交流を持たない方が良い。相手しても疲れるだけで、こっちは何も得るものは無いんだ。
そんな状況を羨む奴がいるなら、本当に代わって欲しいよ。
「それに比べて、本職の冒険者の人達は違いますね――見た目で判断したりしないし、こちらの実力だって見た目からある程度察してくれる。」
「ああ――分かるかい?」
以前、冒険者組合を訪れた時もそうだが、店内にいる冒険者達もそうだった。
中には鼻で笑った奴もいたが、立派な大弓を持っていた事を考えてみれば、相性から実力から俺には手も足も出ないだろう。
そう思ってみれば、笑われたって文句も出ない。
そもそもとして、彼等本職の冒険者の方が戦闘力が上なのは、当然の事なのだ。
俺は生産職だし、魔力量が上がった現状ですら中の上が精々である。
魔法や魔術が使えるにしても、その前提条件として色々と手間暇がかかるしな。そこを無視しての魔力量でのゴリ押しなんて長くは続かないので、長期戦も実は余り向いていない。
そこに少しでも実力の差がある相手だと、一気に畳み掛けられて詰みやすいのだ。
魔法職は搦め手を得意とする反面、正攻法には滅法弱いという側面を持つし、相手が相性の悪い弓使いとなると、最早最悪である。
そんな俺が発したこの言葉に、おっちゃんはただ嬉しそうな笑みを浮かべて見せた。
「彼等は本質を見抜くのが上手いんだよ。だからこそ、護衛には上のランクの冒険者から募っているんだ、俺は。」
それに、俺は「成る程」と返す。
「商人同士で組むよりも、利点があるというわけですね?」
「そう。そういう事だ。彼等は人を見るという点では、非常に優秀な鑑定人だ。」
「へぇ――。」
対魔物のプロフェッショナルというだけじゃない、という事か。
そもそも本質が見抜けるのなら、すれ違う馬車が強奪後の盗賊のものか、それともまっとうな職のものか分かるという事かもしれない。
行商人にとっては、それを可能とする冒険者はこの上ない味方になるというのは分かる。同じ商人同士で組むよりも遥かにメリットがあるしな。
「それに、いざって時でも見捨てる事が出来ないのが彼等だからな。冒険者組合で交わす契約は絶対だし、破れば組合からの永久追放だって有り得る。違約金も発生するから、割りに合わない為に破るような者はまず滅多に出ない。」
「――それは、確かに彼等を雇うのが得策ですね。」
「だろう?」
一応俺も冒険者組合に登録はしているが、未だ活動自体はしていない。つまり、素人だ。
その内、使わない薬草を卸しに行くつもりではある。だが、それだってもう少し先になるし、冒険者という職を考えると、本質としては別物になるだろう。
そんな事を思っていると、
「やっぱり、ルークじゃないか?」
「おや?ロドルフか、久しぶりだな。」
「久しぶり。」
馴染みのある顔がやって来て、ようやく表情筋が少し動いた。
打ち上げと称して酒を飲み過ぎ、二日酔いになってロドルフ達冒険者がダウンしていたのは、いい笑いの種だ。
ここぞとばかりにその話を持ち出してみると、しかし、違うところに食いつかれた。
「あの時貰ったあの薬、凄い効き目だな!昼過ぎまで全員ダウンしてるだろうって思っていたら、全員が昼飯前には復活していたぞ!」
「いやいや、それ、どこの回復職だよ。俺がやったのは、ただの二日酔いに効く薬だからな?」
「それでも凄い効き目だったぞ!」
興奮した面持ちで語られるが、回復職っていうのは、偶に居る治癒魔法の使い手の事だ。
何を治癒出来るかは人にもよるが、大抵は軽度の怪我や病気の治癒で即効性がある。
この病気の中には二日酔いも含まれていたりするんだが、大きな街なんかに一人か二人は常駐する程度には人数が少なく、魔法使いの中でも更に希少だ。
「回復職ももう少し人数が居てくれたらなぁ。」
そんなぼやきに、
「それ、二日酔いの度にこき使う為だろ?」
「はははっ、バレたか。」
ロドルフが戯けて、世にも珍しい回復職の話に話題が逸れて行く。
おっちゃんのところへ来たのは、虫(女)除けと最近のご高齢の女性が何を好むかを聞く為だったんだが、どうにも聞き出せる状況ではないな。
「――それにしても、その子はどうしたんだ?お前、天涯孤独の身だって言ってなかったか?」
しばらく話している内に問われて、俺は大人しくしているメルシーの肩に手をかけて口を開く。
「最近弟子を取ったんだよ。戦闘には向かないから、俺の跡継ぎになる。」
「へぇ――まだ小さいのに、随分と入れ込んでるな。」
店に来る前から面倒事に巻き込まれたし、都市に余り良い思い出もないせいか、他所から借りてきた猫みたいに弟子である彼女は今現在、凄く大人しい。
まぁ、店に入ってからは何度か喋るのを止めたりしてもいるので、俺のせいでもある。
だが、それに対して含みのあるロドルフの言葉がかけられた為に、俺は呆れつつも口を開いた。
「変な意味にはとるなよ?俺には少女趣味は無いし、この子は庇護対象だ。妹か娘みたいなもんだよ。完全に『身内』だ。」
これに、おっちゃんからも援護が入ってきた。
「実際に見ていると、仲の良い兄妹みたいな感じだな。以前は膝枕されて眠っていたし、随分と懐かれている。」
実話を出されて、警戒心も無く寄り添うようにして立つ彼女を見て、ロドルフも理解したようで頷いた。
「確かに、懐かれてでもいないと膝枕は無理だな。」
「まぁ――あの時は睡眠不足に陥ってたのもあるだろうけどな。」
「なんだ?不眠症か?」
「今は改善してるはずだ――そうだよな?」
「は、はいっ。」
軽口を叩きながらも、訪れる女が途切れた事で、俺は「もう喋っても大丈夫だ」とメルシーに伝える。
直後に頷いたんだが、
「あの、ごめんなさい――。」
いきなり謝り出したので、すかさず、口を開いて止めておいた。
「気にすんな。あの時は俺が気付いてやれなかったのが悪い。少なくともお前に非は無いし、謝られると俺の立つ瀬が無くなるぞ?」
「あ、え、は、はいっ。ごめんなさいっ。」
「いや、だから、謝るなって。」
思わず笑いながら、メルシーの髪をグシャグシャにかき乱してやる。
これに慌てる彼女がいたが、周囲はただ黙って微笑むだけだった。
その様子に、丁度会話も途切れたので本題を持ち込む。
「ご年配の女性に贈り物をしようと思っているのだけどさ、余り高価にならないもので何か良い物は無い?」
そう尋ねると、ロドルフは「俺は分からん」と丸投げし、おっちゃんが店内へと視線を走らせた。
「そうだなぁ――これからの季節なら、扇子なんてどうだ?」
「扇子かぁ。」
返されて、思案する。
「それなら、傾向として好まれる柄と色なんか分かりますかね?」
「柄と色の情報か――その前に、その敬語のような話し方は、どうにかならんのか?」
「うん?」
「せめて、統一くらいしろって話しだ。」
「?」
突然の返しに、思わず目を瞬く。
それから少しして「ああ」と返していた。
「前来た時には、王弟に会うのが前提だったからなぁ――気を張っていたのもあって、最初から崩れないようにしてたせいか、どうにも素の部分に混ざったみたいだ。」
「素の部分って――。」
呆れたように、揃って突っ込みを入れられる。
「まるでキャラがブレたとでも言いたそうだが、物語じゃないんだぞ?」
「それは大丈夫なのか?精神的な病なら、ゆっくり休んで心を落ち着かせろ。無理だけはするな。」
「あー、精神的な病とはちょっと違うんだが。しかし、確かに大丈夫かどうかって言われると――微妙かもしれんな。」
少なくとも今現在の俺と、王都に行く前の俺では違う気がする。
精神を病んだとかそういう話じゃなくて、なんというか、もっと根本のところに問題がある気がしているんだ。
「やっぱりあれかな、性転換薬を飲んだのが不味かったか。」
この言葉に、
「せいてんかん?って何だ?」
ロドルフが目を瞬いた。
まぁ、知らなくて当然なんだが、おっちゃんは行商人故か、どうやら知っていたらしい。
少し考える様子を見せた後に、正解を引き当てて来た。
「女が男にとか、男が女にっていうアレか?」
それに、俺は確りと頷いて返す。
「そう、それだ。それを飲んだあたりから、どうにも性格が一定してない気がする。具体的に言うと、女言葉が飛び出しそうになる。」
「おいおい。」
「なんて物を飲んでるんだよ、お前……。」
いや、それは必要だったのだから、しょうがない。
飲まないと、大手を振って城の中を歩けなかったからな。計画にも差し支える。
だがしかし――良く良く考えて欲しい。
性別そのものを変更する事へ、全くリスク無しで出来るはずは無いのだと。
性転換薬は、その性質上、本来持っている性別の変更と共に生殖器の性能どころか形まで作り変える。
これによって、ホルモンバランスも変化するんだが、女になれば女性ホルモンが増え、男になれば男性ホルモンが当然増えるわけだ。
その差だけでも、かなりの負担を体に強いるし――本来生まれ持った性別を変えるというのは、それだけでもストレスになりやすいんだよ。
何せ、あるはずのものがなくて、ないはずのものがあるんだからな、肉体の構造からして違ってくるし、歩行にすら影響が出てくる。
その時の憂鬱さは筆舌し難い。
少なくとも、当時は相当なストレスだったのは間違い無いだろう。
「――苦労したんだな。愚痴があるなら聞くから、酒の席ででも話すか?吐き出したかったら何時でもいいぞ。」
ロドルフがそう言ってくれて、
「何だったら、一晩くらいパーッとやってこいよ。嬢ちゃん一人くらい、うちでしばらく面倒みてやるから。」
そうおっちゃんが同情心いっぱいの表情で、慰めの言葉をくれた。
その言葉だけで有り難いと、俺はそっと息を吐いて感謝の念を告げる。
「有難うな――でも、その言葉だけで十分だよ。とりあえずは、面倒な事態からは避けられているし、当面は大丈夫なはすだから。」
これに、
「まぁ、そりゃそうだろうが――。」
「無理だけはするなよ?」
「分かってる。」
途中で二人揃って、口を噤んで黙り込んでしまった。
そんな中、何故かオロオロと落ち着かない様子の弟子。
思わず見下ろすと、
「あ、あの、私なら大丈夫です!パーッとやって来て下さい。」
「うん?」
「お酒、飲んだら嫌な事は忘れるものだって聞きましたから。だから、パーッとして下さい。」
「あー……。」
何を言ってるのかと思ったが、自分が邪魔になるとでもまた思ったのだろう。
俺はその頭を再び容赦無くグシャグシャに乱してやりながら、口を開く。
「そういう奴もいるだろうが、少なくとも俺は酒に逃げるような事はしないよ――そもそも、余り飲めないからな。」
「わ?わ!?」
「そして、毎回言ってるだろ。遠慮はするなって。酒の席だろうが、その場合はお前も一緒に行くんだよ。何勝手に残ろうとしてるんだ。」
「わわわ!ご、ごめんなさい。」
「いや、だから謝るなっての。」
面白いので、そのまま髪を乱しまくってやる。
手を離した時には、まるでゾンビか何かのように酷い髪型になっていたが、手櫛で整えれば、すぐに元通りになった。
「うぅ、扱いが酷いです……。」
「あははっ。」
その後、おっちゃんから最近の好まれる色彩を具体的に教えてもらって、無地の扇子を購入すると、ロドルフとも分かれてメルシーと自宅へ戻った。
贈り物を扇子に決定。
女キャラには塩対応が安定になってますが、別に女嫌いというわけじゃない主人公。
男性にありがちな性欲の処理はどうなってんの?って問題ですが、この辺はかなり先で理由が判明します。
別にモーホーじゃないと先に明記しておきます。二次創作のBLものは美味しいけどね、しかし自作でやるなら最初からそういうサイトで書くよねって言う。←




