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122 その錬金術師は毒舌を放つ

 面倒くさい人間には苦手意識をもってもらうに限る。←

 その上で更に嫌われておくと尚良し。←


 異性に取り囲まれて取り合いになるのを羨む話ってのは無くも無いが、実際にその状況になるとウンザリするものだと知っているだろうか。

 特に、用事がある時に無駄に声を掛けてきたり、進路の邪魔をしたりしてくる奴って、すごく迷惑なんだよ。

 更にはこちらの話を一切聞かずに、自分の言い分だけを押し付けようとしてくる奴とか、もう最悪ってくらいにははらわたが煮えくり返る。

 それが例え、どれだけ魅力的な容姿をしていたとしても、だ。

 それくらいには、一度抱いてしまった感情は――早々覆るものじゃ無い。


「――これ、良かったら貰って下さい。」

「そんなのよりも私のを――。」


 この為に、邪魔な奴は邪魔でしかなく、好意なんて欠片も抱けるものじゃなくて、押し付けられた品を片手で押し返す。


「是非、私と付き合って下さい!」

「一目惚れなんです、一晩だけでもいいので――。」


 それでも後から後から人が追いかけてきて、口々に勝手な事を言い出す。

 貿易都市に来て早々、大通りを敢えて歩いていたんだが、狙った通りというかなんというか、すぐに人集りが出来てしまった。


「邪魔なんだが?」


 そう告げても一向に引かず、それどころか先回りしてまで取り囲んで来る若い女性達。

 中には綺麗な子もいれば、可愛い子もいる。人によっては、まさに羨む場面だろう。

 ――だがしかし、残念な事に先の行動によって、俺からの評価は最悪だ。最底辺だとさえ言えるくらいには、彼女達の評価は駄々下がりしていた。

 何せ、


「気持ちなんです!」

「少しでいいの、時間を下さい。」

「――人の話くらい聞けよ。引っ張るな、押すな、邪魔するな。いい加減に道を開けてくれ。」


 止めようが何を言おうが、全くもって聞かないし動かないのだ。

 呆れ返るとは、まさにこの事だろう。

 こちらの言い分は聞いているようで聞いていないのだから、もう本当に迷惑以外の何ものでもない。


 とにかく、誰も彼もが好き勝手に喋る、喋る、喋る。喋りまくる。


 俺は聖人君子でも無ければ超人でもないってのに、一度に全員が話すもんだから、最早何を言ってるのかすらまともに聞き取れやしなかった。

 それでも、


「こっちを――。」

「私のを――。」


 自分達の自己主張だけは確りと押し付けてくるんだから、堪ったもんじゃない。


「あのさぁ、少しはこっちの気持ちとか言い分とか、通じないもんかねぇ?」


 呆れ返って半眼で睨んでも、一部が怯むだけで、怯んだ傍から後ろの人間が押しかけてくる。

 それの繰り返しで、揃ってこちらの事なんてお構い無しだった。


「弟子よ、大丈夫か?」

「あ、はぃ……。」


 そんな飢えた野獣か何かのような何かから、時折物をぶつけられたり引っ張られたりしながらも、背後へとそっと声をかけて安否を気遣う。

 一応、何とか庇う形で壁との間にメルシーを押し込めるのには成功している。萎縮しているのは間違いないが、怪我は無いだろう。これで、彼女が押し出されるという事態も怒らない。

 だがしかし、問題は、ここからだろう。

 何せ、


「私のよ!ちょっと、触らないで!」

「やだ、押さないでよ!?」

「いつからあんたのものになったのよ!?」

「一回でいいの!一回だけでいいから!」


 ――とにかく人の話を聞かない野獣じみた存在が、徐々に他を突き飛ばしたり押しのけたりして前に出て来て、押し合いへし合いの状態を作っているんだ。

 何から何まで、酷いものがある。渡されそうになった物なんて、最早原型が何であったかすら分からない状態になっていたりした。


「お前らなぁ、人の話くらい聞けよ。いい加減、呆れてものも言えねぇわ。」


 流石に呆れでは済まなくて、苛立ちから視線がどんどん冷たいものへと転じていたが。

 これに一部は怯むんだが、ヒートアップしている連中には何も通じなかった。

 場所によっては、取っ組み合いの喧嘩まで始めているようで、血の匂いまで漂ってきている。


「馬鹿か、こいつらは。」


 オブラートな物言いすら捨て去って、そう呟くと、


「あの、なんだか、この前よりも凄いですね――。」


 そんな連中を視界に捉えたのか、あるいは状況を察してしまったのか、後ろからメルシーの声が掛かってきて、俺は「そうだな」と返していた。


「前は後を着けられても撒いたし、その上で狭い路地を選んでいたから、ここまで酷くはなりようがなかったしな。」

「そう、ですね。」


 あの時取った行動もまた、この状況に一役買ってるのかもしれない。

 だが、何にしろ迷惑な話だ。溜息を吐きつつ、一向にこちらの事を気にかけずに互いを牽制しあう一部の雌共を眺める。

 最早こいつらは人間ですらない。足を引っ張り合い、醜い嫉妬心を剥き出しにしていがみ合う姿なんで、まさに鬼だ。

 怒り狂っている姿は女性という形をなぞっているだけで、その実、別物にすら見える『何か』だった。


「あほらし。」


 これ、俺の功績とは言い難い『モテ』だからな。そのせいで、この中から付き合うのは、完全に地雷を踏みに行くようなものなんだぜ?

 何せ、表面上だけを見て寄って来てるだけの奴らだからな。すぐに現実と違うと知れば、速攻で離れていくのが目に見えている。

 この為に、最初から相手するだけ無駄だったんだが――言っても聞かないんじゃ、強硬手段以外に無いような気がしてくる。


(面倒臭いなぁ――やっぱり、脅しをかけてみるか?)


 下手にこれでくっつこうものなら「騙された!」とか、後からでも騒ぎ立てられるのは目に見えた話。最悪、悪者に仕立て上げられて慰謝料だ何だとふんだくられる事だろう。

 そういう奴を過去に見てきたりもしたので、目の前の女達なんて完璧地雷にしか見えないんだよな。だから、面倒臭い。

 その地雷がこぞって貢ごうとしたり「一夜だけ!」なんて言ってるわけだが、一生を食い物にされそうで、別の意味でクラクラしてくるってものだよ、全く。


「彼は私と付き合うのよ!」


 そんな状況下、一人勝手に決めつけて叫んだ女性に、周囲からすぐに反論の声が上がって、より一層ギャーギャーと騒がしくなる。


「いいえ、私と付き合うのよ。」

「何であんた達なのよ?私に決まってるでしょ?」

「オバサンは嫌がるんじゃない?それよりも、若くて可愛い私の方が良いでしょ?ね?」

「なんですって――!?」


 何が「ね?」なのかは知らんが、俺は眼差しを冷ややかにしたまま、声がした方へと向ける。

 一瞬、息を飲む気配がしたが、浮かんでいる表情はどれもこれも俺が期待したのとは真逆。何を勘違いしたのか、ウットリとしてやがった。

 これ以上変に期待されても面倒でしかないので、注目が集まって少し静まり返ったのをこれ幸いと釘を刺してやる。


「今ここに居る全員、付き合うとか無いな。醜女しこめしかいないし、そんな罰ゲームは勘弁してくれ。」


 これに、


「――え?」


 周囲が完全にシンっと静まり返った。

 絶句した様子に、ようやく声が後ろの方まで届くようになって、俺は早口で捲し立てていく。


「天地がひっくり返っても、ここに居る奴の中から付き合う相手を選ぶとか、有り得ないって言ってるんだよ。こっちは暇じゃないんだ――正直、迷惑している。」


 やるなら徹底的に。

 このチャンスを逃す理由も無いし、今後言い寄って来ないよう、プライドから何からへし折っておく事にする。


「大体さ、君たち、今自分がどんな顔しているのか分かってるかい?」

「え。」

「揃いも揃って一体どこの般若かってくらい、冗談きつい顔してるんだぞ?一度でいいから鏡で見てみろよ?まるでゴブリンみたいだったぞ?」

「「……。」」

「鼻の穴広げて興奮して罵り合ってたじゃないか。幾ら顔の造作が整ってても、そんな内面の醜さを全面に押し出されたら、百年の恋ですら冷めるって。冗談じゃないね。」


 気が抜けている今がチャンスだろう。

 呆気に取られる連中から抜け出す為、メルシーの手を引いて人並みを掻き分ける。

 脱出へと成功したら、少し離れたところまでさっさと歩き、距離を稼いでから後ろを振り返り告げてやった。


「こんな醜女の中から選べるわけがないだろう?俺はブス専じゃ無い。男漁りにしても、他を当たってくれ。」

「――っ。」


 戸惑いに困惑、呆然としたままの者――それから、一部に怒りの表情があるな。

 浮かべられたそれらの中で、後者の怒りに関してだけは確りと顔を覚えておく。面倒事を引き起こす可能性があるからな。

 それ以外はまぁどうでも良いかと、頭の隅に追いやっておいた。


「さて、行こうか。」

「は、はい。」


 そうして、ようやく目的地へと向けて歩き出した俺は、幾分いどうしやすくなった通りをメルシーと共に進んだ。


 評判に尾ひれがついてしまったり、見た目でモテると大変だなっていう話。

 何せ、中身を見てもらえませんからね。勝手に想像して、勝手に期待までして、更には妄想上の人物を重ねて、それに恋しちゃってるようなものなんです。

 盲目過ぎて中身(内面)が見えてない乙女()とか、やり捨て目的以外では需要がないですもの。本作ではいらない子過ぎるので、あっさりご退場願いました。


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