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120 閑話その錬金術師は弟子を託す

 予告通りメルシー視点。

 今回は無駄も多くてだらだら長いかもしれません。でもそのままで行く。←

 尚、タイトルは弟子にしておきながら放り投げるとかじゃありませんのであしからず。


 一ヶ月ぶりにルークさんに連れて来てもらった村は、何時もの問題を起こす親子が居なくなっても、何も変わっていないように映りました。

 皆さん明るくて、笑顔で、春先の作物の手入れに精を出していて、何一つとして変わっていないような、そんな和やかな空気が流れています。

 それが嬉しいような、悲しいような気がして、とにかく良く分からない気持ちが込み上げてきてしまい、思わず足が止まってしまっていました。


「――どうした?」


 そこへすかさず、私を心配そうに覗き込んでくる紫色の瞳。

 腰を屈めてまで見つめてきたその人はは――ルークさんでした。


「どこか、痛むのか?」


 その言葉に、慌てて返事をします。


「だ、大丈夫です。」

「――そうか?」

「はい。」


 けれどもちょっとだけ遅かったようで、彼の顔はまだ心配そうに眉が寄っていました。

 しばらく見つめられた後に、


「――じゃぁ、気になる事とかあったら、すぐに言うんだぞ?遠慮だけはしない事。」

「はいっ。」

「よし、それじゃぁ約束だ。」


 指切りをして、村の中の道を再び歩きます。

 甘えてばかりな私ですが、それで良いんだって、何時も頭を撫でられて、返せる相手が見つかった時に返してやれば良いと、そう諭されます。

 そんな会話の中で向かっているのは――村の中央でしょうか?井戸がある場所を中心にしてこの村は大きさを決められたので、そこはもっとも人が集まりやすいよう開けた場所になっています。

 実際にそこへと向かってみると、お年寄り達に混じって女性達が会話に花を咲かせていました。


「お、居る居る――すまないが、ちょっと話を良いかーい?」


 そこに向けて声を掛けたルークさん。

 私も遅れて、同じ村人だった人達に挨拶を交わします。


「こんにちはー。」

「こんにちは――って、おや、救世主様とメルシーじゃないかい、久しぶり。」

「お久しぶりです。丁度一ヶ月ぶりになりますかね?」

「そうだねぇ、そのくらいになるかね?月日が経つのは早いもんだよ。もう春の種蒔きから雑草取りに大わらわだ」

「はははっ。」


 他の女性達とも会話しながら、口々に言葉を交わして行くと、お年寄り達がワラワラと寄って来ました。


「おお、有り難や有り難や。」

「また湿布を売ってくれぇ。」

「儂も足りんのじゃぁ。売ってくれぇ。」


 それに、


「また爺さん達かい……勘弁してくれよ。」


 お年寄り達にその場で拝み倒され出したルークさんが、なんだかちょっと困った顔で天を仰ぎ見ます。

 声を掛けてすぐにでしたが、どうやらしばらく動けそうに無いですね。用事がこなせるのか、ちょっとだけ心配です。

 そんな彼の横では、女性達がコロコロと変わる話題を楽しんでいました。

 それに巻き込まれる形で輪に加えられて、思わず視線が揺らぎます。


「今日は二人で来たのね?」

「仲睦まじくて良いわねぇ。それに比べて全く、うちの旦那ったら――。」

「良いお嫁さんになるのよー?」

「え?あ、は、はい。」

「嫁入りじゃなくて弟子入りでしょ、あんたこの子に何言ってるんだい。」

「そうじゃなくて、職人になるのよね?」

「えっと、そうです。」

「あら?そうなの?私はてっきり青田買いだとばかり――。」

「でね、お隣のお隣の村も被害に遭ってたらしいのよ。」

「怖いわねぇ。」


 複数のグループが混ざり合いながらも違う話をするせいで、頭が追いつきません。

 どれがどの会話ですか!?

 思わずアタフタとしていたら、ルークさんが戻ってきました。


「何かあったのか――?」


 それを引き留めようとしてか、ゾロゾロとやってくるお年寄り達。

 その様子に、彼は疲れたように溜息を吐き出して振り返ります。


「だからさ、拝むのはよしてくれよ爺さん達。それと、湿布はこの間取り返したばかりだろう?」

「あれでは足りんのじゃぁ。」

「わしゃ腰だけじゃなくて肩もなんじゃぞ?」

「なんの、儂は膝だって痛いんじゃ。」

「いやいやいや、肩はともかくとして、膝は意味無いから。な?」

「ぐぬぬ……。」


 そんなやり取りを再び始めた横で、


「――未だにメソメソしてんのよ?もう本当、女々しいったらなくって。」

「うちの馬鹿息子もそうよ。この間なんて、都に向かうなんて突然言い出して、何処にそんな暇と金があるんだって叱ったばかりだわ。」

「全く、揃いも揃って情けない事だねぇ。」

「それに比べて――。」

「――は?え?え?」


 話の途中でルークさんが腕一本で引き寄せられて、一際恰幅の良い女性の元へと引きずられて来ます。

 それに目を白黒させて、明らかに驚いた表情を浮かべた彼。余り見ない顔なので、ちょっと新鮮です。


「おおお、待ってくれぇ。」

「わしゃ、後二枚しか無いんじゃぁ。」

「湿布ぅ、湿布を売ってくれぇ。」


 そんなルークさんに、とにかく湿布が欲しいみたいで離れないお年寄り達が、ゾロゾロっと引っ付いてきます。

 口々で何かを言いながらも、引っ張られたルークさんの後を追ったはいいものの、女性達の円陣に混ざれずに遠巻きにして右往左往。

 その光景に笑いながらも、女性がルークさんの背中を突然バシバシと叩き出して、注目が一気に集まりました。


「ほら、彼なんて立派じゃないかい?悪女共を村から叩き出し、何の関係も無かった村の子を引き取って、たった一人で養ってるんだからねぇ。」

「そうねぇ。」

「うちの馬鹿共に見習わせたいわよ、本当。」

「いっそ、取り替えられたらどれだけいいかしらね?」

「――ちょ!?痛い、痛いって!?」


 女性達の会話の中、叩かれて本気で痛がっているルークさんを見て、私は同情しました。

 この女性、結構強く叩くんですよね。私も何度か「活を入れてやるよ!」と言って、背中を叩かれて転んだ事がありますから、知ってます。

 多分ですが、加減が出来ないんでしょう。何時も力いっぱい!って感じで、村の男の人達よりも腕っぷしが強いですから尚更です。


「――なんだい?あんた、ちゃんと飯食べてるのかい?やけに細いねぇ。足も腰も枯れ枝みたいだよ。」

「お、おい!?」


 叩かれて悲鳴を上げていたルークさんをコートの上から腕とか腰とか触りながら、オバちゃんパワー全開で女性達が話します。

 それに、ルークさんが反論の為に口を開きましたが、結局後半は悲鳴に変わってしまっていました。


「いやいや、そういう問題じゃないだろ?ちゃんと飯は食ってるし――って、だから叩くのは止めて!?」

「あっはっはっはっ!」

「本当に細いのねぇ。あんた、本当に男かい?」

「本当は女なんじゃないの?顔だってこんなに綺麗だし。」

「俺は男だっつーの!後、いい加減マジで痛いぞ!?どんだけ力あるんだよ、あんた!?」


 女性達に揉みくちゃにされて、それでもどうにか逃げ出して、距離を取るルークさん。

 そこにすかさずお年寄り達が群がります。

 それに少しだけ肩を落とすと、仕方無いとばかりに湿布を取り出して配り始めました。


「数が少ないんだから、無駄遣いするんじゃないぞ?作るのも大変なんだから。」

「おおお、神じゃぁ!」

「神が来たぞおお!」

「わしゃ十枚くれええ!」


 そんな展開が繰り広げられる横で、

 

「そうそう、テンサイ、良い値で売れるみたいよ?」


 話題を突然変えるようにして、大きな声で話しだした一人の女性に、その場に居合わせた女性達全員の視線が向かいます。

 勿論、その中にはあの恰幅の良い女性も含まれていました。

 興味津々といった様子で、話に加わっていきます。


「おや、本当かい?それなら、いっぱい作って売ってしまうのがいいかねぇ。」

「甘い物は皆欲しがるし、いいんじゃないかしら?」

「ついでだし、馬鹿男達に作らせればいいのよ。そのくらいやって当然よね?迷惑かけてるんだから。」

「それは名案だね――。」


 突然変わった話題でしたが、叩いていた女性が食いついた為か、話している内の一人が片目を瞑って見せます。

 どうやら最初に話題を提供した女性は、この恰幅の良い女性の気を引いてくれたようです。

 難を逃れられたルークさんが、その女性に向けて手を合わせ、苦笑いを浮かべていました。


「ここではちょっと聞けそうにも無いか……。」


 そうして、呟いたルークさんに手招かれて、お年寄り達が湿布の貼り直しをしている隙きに別の所へと歩き出すのに着いて行きます。

 それから数分、辿り着いたのは一軒家でした。


「確か、ここだったな――適当な所でちょっとだけ待ってろ。」


 ルークさんがそう言って、中を確認するようにして周り出しましたが――すぐに出て来てしまいます。

 何がしたいのか良く分からず首を傾げていると、何でも空き家を無くして、その代わりに村共同で管理する建物を一軒だけ残す事にしたんだそうです。空き家の跡地は、全部畑になったんだとか。

 これは、二度と勝手に住み着くような人間が現れないようにする為だって言われました。

 それからチラリと見下ろされたんですが――私は結局その行動に意味が分からずに、反対側に首を傾げてしまいます。


「――あー、分からないか。やっぱり、この辺りも追々教えていかないとだなぁ。」

「?はい。」


 何だか困らせたように思えましたが、


「盗人が住み着くなんざ、許して良い事じゃねぇんだべさ。」

「んだんだぁ。」


 空き家から出てきたばかりの私達の会話に、すぐ近くの畑の方から声が飛んできて、混ざって来ました。

 

「だよなぁ――って、聞いてたのか。」


 それに、ルークさんが目を瞬きます。

 声を掛けてきたのは、クワカマを手にした、なまりが少しひどい村の男性達。

 皆、畑の土を掘り返して石を退けたり、雑草を刈ったりしています。


「おうさぁ。俺等は耳がええけんのう。」

「家の中の声だって、聞き漏らさんっぺな。」

「へぇ、そりゃ凄いな。」


 素直に感心してますが、この方達、他所様のプライバシーを覗き見てるだけらしいですからね?

 偶にバレて、正座させられて怒られてますからね?

 良い意味で捉えては駄目ですよ、ルークさん。


「――本当なら、盗人がバレた時点で兵士さんに突き出すもんだべ?」

「それでなくても、村の子さ悪さしてっから、普通は吊し上げの村八分だべな。」

「あげな(あんな)悪人は、下手に野放しにすっと何すっか分からんし、困ったもんだべさ。」


 あちこちの土地に住んでいた人の寄せ集めが、開拓村の住民の大元なので、たまに言葉が通じなくて大変な時があります。

 この方達はその中でも特に酷いんですが、他の村だともっと酷い人もいるらしいので、文句は言っちゃいけませんよね?

 ――ほとんど、何言ってるのか、聞き取れませんが。


「――村八分程度じゃ生温いっぺ?」

「だから、吊るし上げるっぺ?」

「むしろ、吊し上げて村八分してから兵士さ突き出すべ?」

「おお、そりゃええべな。どうせだから、縛り上げておくともっといいさな。」


 皆さん、マイペースに会話をされています。

 そんな中、隣から小声で、


「――吊し上げてる時点で縛り上げていないか?あと、吊し上げも村八分も余り大差無くないか?うん?俺がおかしいのか?これ。」


 ルークさんがちょっと混乱していました。

 それを尻目に、村の皆さんは畑での作業を続けています。

 その中でとりわけ目立つ他所の人――頭がピカピカしている冒険者の人と、ルークさんの目が合うと、互いに片手を上げて挨拶を交わしました。


「おう、氷魔法使いの兄ちゃんじゃないか。」

「何時もお世話になっています。」

 

 頭を下げたルークさんに、


「なーに、ひよっこに教えるのは先輩の勤めだよ。俺も、ここで教えてもらってるしな。」


 周囲を見渡して、快活な笑みを浮かべた冒険者さん。

 そんな二人の会話にも、村の男性達はせっせと手を動かしながら口を挟みます。


「あんさんはええ仕事してくれっから、大助かりだぁ。」

「んだんだ、飲み込みも早ぇし、早いところ冒険者引退して、うちに来てくんろ。」

「その際には是非頼むよ、おやっさん。」


 その歓迎ムードに、満更でもない様子で男性は笑みを浮かべたままに返します。

 どうやら、村の皆さんとは仲良しのようです。

 ただ、


「お前もおやっさんだろうが。」

「んだぁ、十しか違わんべぇ。」


 非難というか、突っ込みというか、ブーイングが巻き怒りました。

 それを聞いたルークさんが、冷静に突っ込みます。


「――十も違えば、十分違わないか?」

「老け顔だし、俺等とあんま変わらんべ?そこは間違えない方がいいっぺ。」

「んだんだ、母ちゃんの尻に敷かれてるか、そうでないかの違いくらいだべ。」

「ああ、そこは重要そうだ。でも、十違ったら大分違うんじゃないか?」

「老け顔だっぺ。大した違いじゃないっぺ。」

「あ、そう。」


 どうやら平行線を辿ってしまったみたいで、若干遠目になるルークさん。それを見た冒険者さんが、苦笑いを浮かべます。

 そんな中、ヌッと誰かが横から姿を現しました。

 思わず見上げてみると、村で一番美人だったと言われていた女性でした。


「――尻に敷かれたほうが家庭は上手く行くっていうがなぁ、立つ瀬が無くなるまでなのは、何か違うと思うんだべ。」


 どこか哀愁漂う姿で畑仕事を続け、会話も続ける男性達。

 その一部が、こちらを見て気付きましたが、すぐに視線を逸していきました。


「一番嫌なのは、息子さ拵えきれなかった俺だべ?家の中は肩身が狭いっぺ。」


 石を投げ捨ててそうぼやく一人の男性の横で、


「何を言うか、俺の母ちゃんなんか、尻に敷いた上に鬼になるっぺ。あれはヤバイっぺ。」


 そうぼやいて、同じように雑草を投げ捨てた男性。

 それに、


「そうなのか?良い奥さんだと思っ――。」

「――なぁんか言ったかい、あんた?」


 追随する言葉が終わるよりも早く、失言してしまった旦那さんの奥さんが、隣で怒ってしまいました。

 見上げていた顔が、それはそれは怖い顔になっていきます。

 思わずそれに後退ると、怖いのはどうやら私だけじゃなかったみたいで、悲鳴が上がりました。


「んぎゃあ!なんでこっだなとこにおんべ!?」


 悲鳴を上げたのは、鬼になるなんて言っちゃった男の人です。

 失言です。間違いなく、言っちゃいけない言葉です!


「んん?あたしが居て悪いのかい?折角忘れた弁当持ってきたってのに、酷い言い草だねぇあんた――覚悟は出来てるんだろうね?」

「す、すまん。すまんこって!悪気は無いんだ――。」

「言い訳無用だよ!ちょっとこっちにお越し!」

「ぎゃああああ!」


 思ったとおりに、般若になった女性に引きずられて、一人の男性が建物の影へと連れて行かれました。

 その直後に悲痛な叫び声が聞こえましたが、皆さんで合掌するだけで終わらせます。

 だって、自業自得ですもんね。私だって、助けようは思いません。


「まぁ、あれはどうしようもないだろ。」


 苦笑い浮かべつつ、その場を立ち去る旨を告げて歩き出したルークさんに着いて行きます。

 今日はいっぱい歩きますね。今まで家に閉じ籠もっていたので、ちょっとだけ足が重くなってきました。


「ん?疲れたか――?もう少ししたら休憩挟むから、もうちょっとだけ頑張ってな。」

「はい!」


 すぐに気付いたルークさん。

 背中を軽く押すようにされて、私も頑張って歩きます。

 そうして、最後に連れて来られたのは――村で一番お年を召したお婆さん達の集会所でした。


「お世話になってます――。」


 そう言って、ルークさんが近付いて行くと、


「あんれまぁ、仲の良い兄弟だこて。」


 すぐに気付いたお婆さん達が、口々に声を掛けてくれました。

 雪笠とか靴とか作ってくれた人も中には居て、慌てて頭を下げます。


「その節はどうもお世話に――。」

「メルシーちゃんや。」

「はい?」


 お礼を言おうとしたら、話の途中で声を掛けられて、思わず顔を上げて見ます。

 そうしたら、皆さん総出で、手招いていらっしゃいました。


「こっちにおいで。七輪焚いてるから、暖かいでなぁ。」

「まだちょっと冷えるけんね、これを上に掛けて座りんしゃい。」

「ほらほら、こっちよ。こっちに来んしゃい。ここ、空いとるからねぇ。」

「あ、有難うございます。」


 お礼を言おうとしたのに、それを先回りするように止められてしまいました。

 これは、言うなって事ですね?何故かまではわかりませんけど、そんな気がします。


「最近顔を見れなかったから、心配してたけんど――。」


 そのまま、輪の中に加えられて座れば、ホッと、息が出ていきます。

 思っていたよりも疲れていたみたいで、皆さんの気遣いに感謝の念が浮かびました。


「顔色も良いし、肌艶も良いし、格好だって見違えるくらい素敵になってて、最初は誰かと思ったさねぇ。」

「本当、気付かないくらい別嬪べっぴんさんで。まるで、美人姉妹やねぇ。」

「姉妹やなくて、本当は兄妹やけども、それくらい似てるって事よ?」

「え、えっと、えっと。」


 矢継ぎ早に声を掛けられて、頭の中で整理します。

 とにかく、褒められてるんだなってのは分かりました。だって、ルークさんは本当に綺麗ですから、それと一緒にして言われるなんて、褒め言葉ですよね?


「あ、ありがとうございます。それに、ご心配をおかけしました。」


 この私の言葉に、


「良いのよぉ、元気でやっててくれれば。」

「子供は元気なのが一番だものねぇ?」

「そうそう、元気であれば何でも出来るし、こうして会うことだってまた出来る。ねぇ?」

「は、はい。」


 コロコロと笑う人達を前にして話をしていると、


「少し村を回ってくるから、ここで待っててくれ。終わったら迎えに来るからさ。」

「分かりました……、」


 ルークさんからそう言われて、不安になる気持ちが湧き出て来て、でも迷惑になるから、ぐっと我慢します。

 迎えに来るって言ってくれましたから、心配する事なんて無いんです。何時も、森の中へ入っていく後ろ姿を見送っても、待ってたらちゃんと戻って来てくれましたから。

 ――今度も、戻ってきてくれるはずです、きっと。

 そんな思いでいたせいか、しばらく、声を掛けられても上の空だったみたいです。

 気付いたら、七輪の上に視線をじっと向けていました。そこには、誰かのおやつなのか、お煎餅が乗せられていて、こんがりと香ばしい香りが漂っています。


「食べるかい?」

「え!?えっと。」

「遠慮せんといいんよぉ。皆もう食べた後だからねぇ。」

「あ、う――い、いただきます。」


 物欲しそうな目で見てたように思える行動をしていた事に後から気付いて、思わず顔が熱くなってしまいました。

 けれど、皆さんそれには見て見ぬふりしてくれて「熱いからふうふうするんよ」「火傷せんようにねぇ」と、笑って返してくれます。

 それに甘えて、頂いたお煎餅を冷ましてから、齧り付きます。薄っすらと醤油が塗られてるみたいで、香ばしさと塩気が広がってきました。


「あ、甘い?」


 その味の中で、ほんのりとした甘さが舌に伝わって、目を瞬きます。

 もしかして、これって――。


「テンサイから作った、オリゴっていうのを混ぜたんよ。」

「やっぱり。美味しいですよね、オリゴ糖。」

「うん、美味しかねぇ。」

「蜂蜜より癖の無い甘さで、何にでも合うのも良いところやねぇ。」


 予想が当たり、口の中に広がる味に口元が思わず綻びます。

 もう一口齧ると、小さかったお煎餅はあっという間に胃の中へと納まってしまいました。


「ご馳走様でした。」

「はい、お粗末様でした。」


 手を合わせて合掌すると、


「メルシーちゃんや、女の子の日は来たかい?」

「えっと、女の子の日――?」


 何でしょうか、女の子の日って。

 そう思って首を傾げていると、


「これは――本当に知らないんやねぇ。」


 マジマジと見つめられてから、揃って話を始めました。

 私の事みたいですけど、ちょっと置いてけぼりにされます。少し切ないです。


「それでお願いしたんね、あの人は――。」


 呆れて言うのは、私に対してというよりも、ここには居ない誰かへでしょうか?

 思わず首を傾げていると、すぐ隣のお婆さんがお茶を出してくれました。


「あ、有難うございます。」

「ええんよぉ――でも、知らないのはこの先、大変になるねぇ。」

「大変……?」


 何が大変なんでしょうか。

 女の子ですが、女の子の日というは知らないです。

 戸惑っていると、


「良いかい?女の子の日っていうは、体が大人になったら毎月来るようになる、月の障りの事を言うんよ。」

「つきのさわり――。」


 お婆さんに言われて、聞き覚えのあるその単語に記憶を漁ります。

 確か、つい最近、ルークさんが言ってましたよね?


「――女性特有の生理現象?」


 この言葉に、


「そう、それ。でも、どういうものかは知っとらんのよね?メルシーちゃんは。」

「は、はい。」


 即座に返されて、頷いていました。


「それだと、大変な事になるんよ。」


 何が大変なのかは言ってくれないので、少し焦れったいです。

 お年寄りの皆さんは何時も遠回しな言い方したりするので、結論を知りたい時はちょっと時間がかかるんですよね。

 そんな事を思っていると、


「だから、ばば達とちょっとお勉強しようか?」


 突然の事を言われて、思わず目を瞬かせました。

 お勉強ですか?

 ――これから時間、足りるでしょうか?


「え、えっと?」


 ルークさんが戻るまで後どのくらいありますか?

 その計算が出来ずに、思わず答えもしないでアタフタとしていたら、


「大丈夫、お兄さんが戻ってくるまでの間よ。そんなに難しい事じゃないからねぇ、パパっとすぐに終わるんよ。」

「そうそう。」


 そんな風に言われて、それなら大丈夫かな?という気がしてきて、何だか落ち着いてきました。

 それによく考えてみたら、大変って事は、きっと、ルークさんにとっても迷惑にもなる事でしょう。

 だって、一緒に住んでますから。私が大変なら、ルークさんが振り回されちゃうかもしれません。

 でも、ここで私自身が学んで、確りと覚えられたら、大変じゃないものに変えられるようになれば――呆れられて、追い出されたり、しないですよね?きっと。


「それは、私でも、覚えられますか?」


 意を決して、尋ねます。

 甘えてばかりなはずなのに、皆さん、優しく頷いて返してくれました。


「ここに居る誰もが、一度は通ってきた道だしねぇ。」

「教えるのも上手だし、すぐに覚えられる事さぁ。心配は無いんよ。」


 それに、少しだけホッとしてしまいます。


「じゃぁ、まずは、生理用品から覚えようかねぇ。どれ、型紙を持ってこようか。」

「え、えっと――。」


 ちょっと狼狽うろたえてると、周囲で勝手に話は進んでいってしまいます。


「――これが、なぷきん、ですか?」

「そう、これで下着が汚れないようにして、垂れてくる血液を受け止めるの。」


 形は楕円形。裏面と表面で生地が違っていて、その間には綿がたっぷりと詰められています。

 知らず知らず、その話に引き込まれう私。

 だって、持ち出されてくる物が、どれも素敵な布なんです。真っ赤に染まった物が多いけど、黒や紺色、中には柄物までありました。


「こうして、裏面には水を弾く素材を使ってね、表には肌触りが良いのを使うのよ。もちろん、吸水性が高い物でね。」

「へぇぇ。」


 その後もどんどんと、話は続いていって。


「――たんぽん?」

「血液が出てくる穴に入れて、そもそも出てこないようにする物なの。メルシーちゃんにはちょっと未だ早いけど、もう少し大人になって結婚したら、使ってもよくなるからねぇ。」

「はい!」


 話は、いっぱい、いっぱいありました。

 女の子がどうして大切にされるのか、とか。

 妊婦さんになると重い物を持ってはいけないその理由とか。

 女の子の日って、月の障りって、どんな事があるのか、とか。

 その前兆とか。

 女の人と、男の人の、違いとか。

 ――それに関する、営みだとか。


「――いつでも帰って来んしゃい。」


 そうして気付けば、型紙だとか、材料になりそうな布の切れ端だとか、綿だとか、いっぱい焼いた煎餅だとか、腕いっぱいに貰ってしまっていて。


「ここが故郷なんだからねぇ。」

「嫌な事があったら、我慢せずに飛び込んでおいで。」

「みーんな、メルシーちゃんの味方やけんね?」


 暖かい言葉と、また来ても良いんだって、そうはっきりと、教えてもらって。

 ――何だか胸が、張り裂けそうになって、思わず俯いてしまいました。


「良かったな。」

「――っ。」

 

 気付けばそんな私に、何時の間にか戻ってきていたルークさんが、肩を優しく叩いて声を掛けてくれました。


「はい。」


 それに頷くと、俯いた視線の先で、滲んだ視界の中を水滴が一つ、溢れ落ちて行ってしまって。

 ――後から後から、それは流れ落ちて、止まらなくなってしまいました。


 布ナプキンの作り方ですが、本筋で省いてる部分では、羽の作り方に関して等が抜けて落ちています。なので「留め具とかもいるよ!」と先に記載しておきます。ご注意を。

 実際に作ってみたいという方は、そういう作り方を載せているサイトさんが幾つか検索でも出てくるので、参考にしてみるといいでしょう。基本的に似たような作り方ですし。

 ただし、この小説見ている方に需要があるかどうかまでは知らないので、詳しくは他所様のサイトへ丸投げです。だって、作った事無いしね、しょうがない。←

 男性は「そういうもんかー」程度に流し読みでもされて下さい。

 大体、この作品の閑話は本筋への影響って余りありませんし、読まないというのもある意味手ではありますから。


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