012 その錬金術師は開拓村跡に辿り着く
「はええええ、おじいちゃああああんっ。」
「――何があったし?」
メルシーちゃんは現在、大 混 乱 に 陥 っ て る 。
とりあえず、集落が見えてくる辺りから、おかしいなとは思ってた。
見える先で上がる黒煙。聴覚に気を向けて耳を澄ませば、風に乗って聞こえてくるのは何かが爆ぜる音。更にそれでもと近付けば、間違いようのない焦げ臭さが鼻を突いてきた。
「おう。」
そうして、近付いてみて絶句しましたとも。
集 落 が 壊 滅 し て い ま し た 。
(いやいや、どこの小説だ。下手したら小説よりきついだろ、これ?)
目の前に広がるのは、焼け落ちた藁製の屋根を持つ家々の残骸だ。未だ煙を上げている中、ところどころでは血の匂いと略奪の跡とも思えるものが見える。
何があったのかは詳しくは不明だが、住民が全員居なくなってるのだけは確かだった。
「お母さん?」
それまで、黙っていた二人の片方が口を開く。
恐る恐るといった様子だ。流石に心細いのもあるのだろう、不安げに揺れている。
まぁ、今はそれを止めている場合じゃないし、それ以前に村までが条件だったので、クリアーしているのもあり止める気も無かった俺はそれを放置しておいた。
(今はそれはどうでもいいしな。問題は、この惨状だろ。一体、何があったんだ?)
まるで、焼き討ちにあったかのような惨状だ。
持ち出せる物は持ち出した後なのか、幾つもの轍の跡が土の上に引かれていて、見える範囲で使えそうな物は何も残っていなかった。
轍を辿ってみれば、そのどれもが重い物でも乗せたかのような、深い跡をつけていている。数も多いし、どうやらここにあった物を片端から持っていたような感じだ。
無数の足跡だって付いていて、向かうのは全て同じ方向。となれば、少なくとも人間の大移動があったと見て間違い無いのだろう、きっと。
「火がまだ残ってるところを見るに、つい最近か。で、下の跡を辿れば何処へ向かったのかは少なくとも分かると――。」
問題は、お荷物の事である。メルシーちゃんはまだしも、騒ぐは蹴りつけるわした残りの二人に関しては完全に邪魔だ。出来れば、ここでお別れしてほしいくらいである。
「さて、メルシーちゃんどうしようか?」
「ふえええ?」
そんな俺の申し出は、家まで送る、だけだったんだが、その家が焼け落ちてるわけで、これ以上となると正直一緒にというのも難しい。メルシーちゃん一人ならともかく、だが。
しかし、状況を見るに最初の約束だからと、メルシーちゃんを此処に残すという選択肢だけは有り得ないだろう。
というのも、火を放ったのは人間だ。更に言うならば、おそらくはここの村の者と見て良いのだ。つまりは、生存者が何処かへ居るはずである。何があったにしても、探すべきだろう。
「此処で得られる情報としては、争った形跡は然程無しって事かね。つまりは、多少の混乱はあったとしても、村の人は納得の上でここを焼き払い、移動したって事だよ。で、どうする?後を追うかい?」
何せ、血の匂いは漂ってはいても、人間の死体は転がっていない。それは証拠隠滅の為に見つからないのではなく、軽症だったか、あるいは埋葬するだけの余裕があったという事だ。賊の類いが埋葬とかするわけもないので、それらに襲われて連れ攫われたという事も無いだろう。
考えられるものとしては、ゴブリンの集落が近くにあった為、戦闘なり小競り合いになった、だろうか――あそこからならば、メルシーちゃん達を襲ったのとは別に、別働隊なりが村を襲っていてもおかしくはない。
まぁ、返り討ちにあったか小競り合いで済んで双方引き分け、もしくは追い払う事が出来たというところになるだろう。そうでなければ、今頃死体がゴロゴロしてるはずである。うむ。
だがしかし、そうなってくると、今度は少女達が捕まってからというのが謎だった。一体、何があったんだろうか?
「どうする?危険は無いかもしれないし有るかもしれない。どうするかの判断は任せるよ。」
「はううう。」
正直、お布団で寝れれば後はどうでも良かったんだが、この惨状ではそれも望み薄だろう。
それでも申し出るのは、一応最後までは面倒を見ようと思ったからだ。少なくとも、この少女メルシーに関してだけは、そうしても良いと思えるくらいには良い子だった。このままグレたりせずに育ってほしいところである。
そして、布団。布団だ!俺は布団で寝たいんだ!睡眠欲求は時間が経つにつれて大きくなってる!
「はう、はわわっ、はうううっ。」
しかし、絶賛大混乱中のメルシーちゃんは、当分落ち着きそうも無い。
仕方なく、俺は適当な岩に腰掛けて欠伸を噛み殺した。
昨夜、森の中では結局、まともに睡眠が取れなかったのである。
「あー、とりあえず、判断するまで一休みしておくかね。」
どっしりと腰掛けつつ、そう伝えて目を閉じた。
周囲には俺達以外の人の気配はおろか、魔物なんかもいそうにない。獣の類も見つかりそうにないので、まぁ大丈夫だろう。
春の暖かな日差しがポカポカとした陽気さで降り注ぎ、森とは違って草原の―ー周囲にまだ燻っている建物が立ち並ぶ集落跡は、心地良いくらいの気温だった。
「ふぁっ。」
思わず出た欠伸を再び噛み殺して、のんびりと背筋を伸ばした。
メルシーちゃんが何故あたふたするかは、次の話で判明します。
別にパニック障害持ちなわけじゃないのです。単にあがってるだけなのです。
恋愛脳じゃなくとも、綺麗な人に話しかけられたら身構えるってものですよ。現実なら、女優さんや俳優さんと突然お知り合いになるようなものでしょう、きっと。




