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117 閑話 その錬金術師の居候の内面

 リルクル視点。

 春みたいに暖かい――でも、顔だけは突き刺さるように冷たい、おぼろげな目覚め。

 慣れ親しんだその冷気は、何時もとはなんだか違っていて。伸ばした手の先で、フッカフカな柔らさに触れて、目が覚めていく。


「――ん~?んー?んんー?」


 モフッとして、気持ち良くて、暖かい、でもちょっとだけ重く感じる。そんな何かが全身を包んでいる事に、少し戸惑って、手を伸ばしていた。

 気持ち良いこれは何だろう――?って思いながら。


「ふふっ。」


 夢現なままにそれに擦り寄っていれば、微かに笑う気配が伝わってくる。

 ああ、なんだ、って思って自然と口元がほころんで、ただ、夢の続きを見ているのかなって、そう思えてしまった。

 実際にはただの油断だったんだけど。


「――何だこりゃ、寝ぼけているのか?」


 そんな中で聞こえてくるのは、何時いつ何処どこかで聞いた事があるような声。

 低くて、でも優しげで、なのにからかいも含んでいて、でも嫌だと思えない不思議な声音だった。

 ずっと、ずぅっと昔に聞いた事があるような、そんな声とも似ている。

 ――誰だっけ?


「くすぐったいです~。」


 それとは別に響いてきた、高い声。

 間近から聞こえたその声に、ぼんやりと目を押し開いていく。


「――んぁ?」


 瞬間、自分の口から間の抜けた声が漏れて行った。

 冬はまだまだ真っ盛り。寒くてかじかむ時期に、でも指先は固まってはいなくて、大きく動く。

 それに変だなって思いながらも、開いたり閉じたりと、忙しなく動かしながら宙をく。


「よう寝坊助ねぼすけ、ようやくお目覚めか?」

「もう朝ですよー、一緒に、ご飯食べましょう?」


 聞こえてくる声と、視界の隅に映った物に気付くと、その瞬間から思考がフル回転。

 え?何で?やばいヤバイヤバイ――!


「着替えたら降りてこいよ。そっち形態用が良いって言うなら、そのままでもいいが。」

「今日の朝はオムレツです!暖かい内の方が絶対美味しいから、是非冷める前に降りてきて下さいね?」


 矢継ぎ早に掛けられる、二人分の言葉。

 反応できなかったのに、美味しいって言葉にだけは反応してしまって、耳がピンッてなる。

 二人揃って出ていくのを半ば呆然としながら眺めながらも、潜り込んでいたベッドから滑り降りた。

 途端に、獣の手足だった部分から、見る見る人の形態へと変化していく。


「――何で、怒らなかったんだろう?」


 落ち着いてから思うのは、気にしないのは何で?という疑問。

 出て行けって怒鳴らないのは何で?っていう納得のいかない感情。

 ベッドに乗るなって、獣臭くなるって、ざまに言わないのは、何で――?

 ただずっと疑問と猜疑心と訳の分からない不満が渦巻いていく。


「僕、獣人なのに。」


 そう呟いてから、実際には違う、と頭の片隅で否定の声が上がっていた。

 だって、正確には違うんだもの。叫びたくなるけど、その衝動をグッとこらえる。

 僕は――聖獣と聖獣の掛け合わせだもん。


「今、獣の姿だったのになぁ……。」


 それを見たのに、二人は怒ったりしなかった。

 気にした様子も無かった。

 馬鹿にもしてなくて、でも、ちょっと呆れたような笑いを浮かべてただけだった。


「何で?」


 人は人以外の存在を嫌うはずだよ。

 怖がって、けなして、迫害して、そして自分達の身を守ろうとする。区別するのは弱いから。差別するのは怖いから、嫌いだから、そして――理解したくないから。

 その中へ溶け込めなかった僕や僕の両親は、人の中で暮らしていくのは大変で、ずぅっと苦労して来た。


 きっと、人間になれれば、そんな苦労も何もしなくていいって、そう思っていた時期もあったけど。

 実際には、人の姿になれても――ただそれだけだった。


「怖く無いのかな?僕の姿って、獣だよ?」


 実際には、ねことも栗鼠りすとも呼べない、中途半端な姿が、僕の正体なんだけど。

 それなのに、二人共どこか微笑ましいものでも見る目で見ていた。

 少しだけ、呆れてたけど。


「宿だったら、絶対袋叩きだよね。叩き出された挙げ句に、お金も全部取られちゃうし。朝ごはんだって――一緒に食べるなんて、ちょっと異常だよ?」


 絶対に、あの二人の言動は有り得ないと思った。

 本当に人間なの?ってくらいには、有り得ないの。


 だって、そんな事、今までの暮らしでは、一度も無かったもん。


 それなのにあの態度――二人共、気にしないって事なのかな?

 お兄さんは前から森で暮らしてるみたいだし、変わり者なのは分かるんだけど。

 でも、メルシーっていう女の子の方は、結構っていうか、かなり変わってるよね。小さい子は、皆怖がって近寄りもしなかったのに、笑ってたし。


「――朝ごはんを一緒に、かぁ。」


 この姿を見られて、それでも一緒に食べようなんて言ってくれる人なんて、両親以外では初めてだと思う。

 皆、獣人を嫌うもんね。僕は獣人とは実際には違うんだけど、獣として扱われるから一緒なんだ。その際に悪く言われたりもするから――人間は嫌いだったし。

 だけど、あの二人はなんだか違うみたい。だまされてるかもしれないけど、それならそれでいいやって思える。

 ――最悪、利用するだけ利用してしまえばいいもん。信じるのも歩み寄るのも、もう疲れたよ。


「オムレツって、卵料理だっけ――?鶏小屋があったし、飼ってるのかなぁ?」


 二人に対する態度は、あちらが変えないっていうならこのままで行こうと思う。

 それよりは、女の子が言ってた言葉だ。

 朝からオムレツって、凄く豪華だよ!


「贅沢に慣れたら困りそう。」


 でも、食べないって選択肢は無い。食べれる時に食べるのは、必要な事だから、割り切ってそこは便乗させて貰う。

 ミルクなんかは凍らせて保存してるって言ってたし、割りとお兄さんのところの食事事情は裕福だよね。

 それにかこつけて、散々お菓子を強請ねだって作りまくって怒られたりもしたけど、でもこうして家にも泊めてくれるし、利用しやすいのかもしれない。

 ――まぁ、雪が溶けてかまくらが溶けちゃうと危ないからって話だったけどね。

 でも、別にそれだけなら放り出せば良かったんだよ。しかも、その代わりのように「好きに使っていい」なんて言って、一部屋貸してくれるようになったんだから、度が過ぎるお人好しなのかな?って思っちゃう。


「――でも、前に他の女の子達を階段の上から落としたりしてたよね?知り合いっぽかったし、一線は引いてるのかな?」


 その線引きが、何処なのかはだ分からないけど。


「それよりも、根こそぎ盗まれるとか、思わなかったのかなぁ?」


 盗賊の類なんかだと、そういうのを平気で行う。

 他人の家の人まで皆殺しておいて、盗むだけ盗んだら、後は荒らすだけ荒してポイッて捨てちゃうんだ。

 それくらいには、盗賊をやってる人間って酷い。ゴブリンも同じような事をするけど、昔はそこまでじゃなかったし、段々と人間の盗賊を真似て、悪くなっていた気がした。


「――まぁいっか。困るのは、別に僕じゃ無いもんね。」


 何時頃からか、トレードマークになっているペンギンの着ぐるみを被って、猫耳と栗鼠みたいな尻尾を隠して部屋を出る。

 僕が感じた不安も不満も戸惑いも何も関係が無く、朝食の席は和やかに過ぎていった。


 子供っぽく見えるのは、演技半分生まれ持った当人の性質が半分といったところのリルクルです。

 聖獣達は天界を追われて地上に降りて暮らしていますが、その多くが魔物や獣人と間違われて勇者に殺されているのが現状。

 生き残っている数は少なく、また、交配も余りしていない為に、二世以降の数はもっと少ないという裏事情。

 これにより、聖獣もひっくるめて獣人(獣率百%)扱いがこの時代での背景となりますが、主人公は一応聖獣に関しての事を知っていた為に、既にリルクルの正体を見抜いていたりします。


 2018/11/29 加筆修正を加えました。


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