116 その錬金術師は居住者を増やす
他の木々に比べて、明らかに細い樹木が立ち並ぶ一直線な場所。
数時間をかけ、森というよりは完全に林状態になったんだが、若干心許なく感じる。
だが、それでも無いよりはマシだろう。
大型の魔物が入ってきたら、その時点で終わるからな。
目立つ細さとはいえ、まだ雪は残っているので、何とかなるのを祈るしかない。
「後は時間を見つけてやっていかないとならないか……。」
最後の一本に発動させた魔術によって、急生長を遂げた樹木から離れる。
残念な事に、魔力回復薬はもう使い切ってしまった。回復させたいところだったが、残りが無いのでもうどうしようもない。
それに、これ以上は俺の魔力だって足りなくなるし、ここで切り上げて戻るしかないだろう。
――些か、不安が過ぎるが。
「よし、ここまでにしようか。後は俺がやっておくから、リルクルはもう手伝わなくていいぞ。」
そうして、終了の合図を出すと、
「やっと終わったぁっ。」
「つ、疲れましたぁ。」
メルシーとリルクルが、揃って疲弊しきった声を上げていた。
何度も【空間庫】を開いていたら魔力の無駄でしかない為に、リルクルには運搬を任せていたのだが、予想よりも疲れ切っていた。
メルシーは掘って埋めての作業を繰り返し行った為だろうか。腰が痛むらしく、片手で叩きながらも息を吐いている。
とりあえず、森の出口目指して生やす事数時間。まだ陽は登っているが、このくらいで切り上げておくのが良いだろう。
「まぁお疲れさん――これで、少しは植物を育む大変さが分かっただろ?」
もしも分からないのなら、その時はまた、明日も同じ作業をさせるだけだ。
その上で、二人には植物系統の魔術を無理矢理にでも覚えてもらう事になるだろう、きっと。
そんな俺の狙いが透けて見えたのか、
「身に沁みました。」
「もう絶対にしないー。」
「よしよし。」
二人揃って俺の発言に肯定してきたので、これで宣言通り終わりにしておく。
その後、雪の家で勝手にまた寝泊まりしようとしたリルクルの首根っこを捕まえて、家まで連れて行った。
ただ、
「なんでー!?なんで駄目なのー!?」
ずっと騒いで喚いて煩かったので、有無を言わせず連行して行く。
「うるさい。良いから着いて来い。」
「ねー!?なんでー!?」
「あんな何時崩れるかも分からない場所で寝泊まりするよりも、家で寝る方がいいだろうが。」
この言葉に、
「――良いの?」
なんて下から見上げられてしまい、俺はそっと溜息を吐き出していた。
「良いも悪いもあるかよ――気付いたら雪に埋もれて窒息死してたり凍死してましたじゃ、こっちの寝覚めが悪いだろうがっ。」
「あ、有難う。」
聞こえてきた声に、引きずりながらも尚も口を開いておく。
釘を差しておくなら、今の内にさっさとやっておくに越したことはないだろう。
「後な、勝手に死体になられたら困るんだよ。ブラッディー・スライムの発生条件を満たしちまうからな。この辺りは特にスライムが流れ込んで定着しやすいし、あいつらの発生源も近い。だから、寝るなら家に来い――嫌とは言わせんぞ?」
「――!分かった!」
よし、言質は取った。リルクルの方はこれで良いだろう。
雪の家は俺がまだしばらくは休憩所として活用するから残しておくものの、それもその内に撤去する予定だからな。
どうせ春には溶けてなくなるのだし、住み着かれて無くなったからと文句を言われても困る。
「メルシーも、今言ったようにこの辺りはスライムの生息地だから、家の中が危険になったとかでも無い限りは、決して一人で外には出るんじゃないぞ?下手をしなくても、喰い殺されて終わるからな。」
「は、はい!」
「うん、良い返事だ。」
メルシーの得意属性は土。これは、スライム相手には何の役にも立たない。せいぜいが、落とし穴を掘って時間を稼ぐくらいだろう。
スライムっていうのは、真っ二つにしても活動を停止しない生き物だ。有名所なら、ヒドラと呼ばれる小さな生物が同じような能力を持っているのが知られている。
ヒドラの語源となったとされるヒュドラーが、そもそもとして複数の頭を持っており、首を再生させたっていう話だったからな。
同じように、体を切断されてもヒドラは再生能力を発揮するし、そのヒドラに似ているスライムだって同様だ。故に、傷つける程度の行為では、倒しにくいんだ。
「スライムは本当に頭が痛い問題になってるみたいだからなぁ。聞けば、火魔法の使い手が、ほとんどその退治に使い回されてるらしいじゃん?」
リルクルの首根っこを開放してぼやいた俺のこの言葉に、
「でもでも、凍結薬っていうかけるだけでスライムを倒せる道具が、近々配布されるって話だよ?それがあれば、一気に減るんじゃないの?」
流石リルクル。高位の冒険者というだけはある。情報は既に入手済みらしい。
ただ、
「あー、それなぁ。」
食いついて来たこの話題、実は問題があるので、俺はあっさりと白状していた。
「供給はするが、まず間違いなく品薄になるんだよ――作れる量に限りがあるからな。」
「?どういう事?」
色々と理由はある。
供給して回るとなれば、俺がその為だけに移動を続ける必要性がある事。
代わりとして補充した容器を持ち運ぶにしても、危険が大きい事。
それから、配布用の小分けにする小瓶である金属の材料が不足しがちになる事だ。
どれ一つとっても結構致命的だったりする。
特に、金属関係は土属性が得意な奴が元素変換なんて事をやらかしてくれない限りは、まず不足しがちになるのは間違いが無いだろう。
「現状で作れるのが、俺しか居ないんだ。だから、補充は俺一人だけになるし、後継者が出来たといっても、メルシーが作れるようになるにはまだまだ時間がかかる。まぁ、それ以前に習得出来るかも微妙だけどな。」
「え?え?」
「――色々と衝撃の事実が多すぎて、僕の脳が理解を拒んでるんだけど!?」
揃って目を白黒させているが、何の事は無い、メルシーが持つ属性との相性が凍結薬の製造に向かないのだ。
弟子である彼女が得意としている属性は土。これは、風属性とは対になる属性で、滅法相性が悪い。
それなのに、凍結薬を作るに使われている属性は風。空気中から集めて作る物だし、他の属性では無理が出やすい為に、結局は風属性を習得するしかないんだが、この習得がメルシーでは一番向いていないのだから、作れるようになるのは困難を極めるのは至極当然だ。
偶にある例外として、相反する属性の両方を得意とする俺みたいな場合もあるが、この場合は他の基礎属性が苦手になるという問題付きである。
特に、水と火が得意なら、風と土って具合には苦手になるんだが、火が苦手になった分、今の俺は多少土が扱えるようになっていて、風は依然として苦手なままという中途半端な状態だった。
「メルシーの場合、習得が困難だから別の誰かに覚え込ませる事になるだろうなぁ。風属性は俺も余り得意じゃないから、教えるのも下手くそなんだよ。」
この独白に、リルクルが疑問で返してきた。
「そういう問題なの?」
「そういう問題なの。」
それへ、即答で返しておく。
苦手な分野でしかも実技ってなれば、理論は語れても見て教えるっていうのが出来ないわけだ。
故に、下手くそになるし相手に伝わりきらず互いに頭を悩ませやすい。
こういった問題は、師についているときに兄弟子達から教わったりした時に発生したので、既に経験済みである。
「ま、その辺は追々やっていくさ――今はそれよりも、森の再生に力を注ぐ事が先決だしな。」
現状で重要なのはそっちであって、凍結薬でもなければスライム対策でもない。
一手は打ったのだから、後は様子を見て作れる奴を増やしていくのが良いだろう。
俺一人で何とかするものでもないし、なるものでもないからな。何時かは死ぬのだし、後継者作りは大切だ。
なんて思っていたのだが、
「何ていうか、気長な話だね?」
「――千年近く生きてて、お前がそれを言うか?」
メルシーが突っ込むならともかくとして、リルクルから突っ込みが入ってきた。
思わず、突っ込みに突っ込みで返してしまう。
すると、
「だって僕、根無し草だもん。後の事とか考えた事無いよ。」
各地を点々としているらしい彼は、まるでそれが当たり前かのようにして返してきた。
言われて、その可能性に思い至り追従して口を開いてしまう。
「あー……、お前の場合、マジでそれは有り得そうで反論の余地も無いや。」
「――もしかして、馬鹿にしてる?」
やや疑いの視線を向けられるが、素知らぬ顔で受け流しておいた。
「いや?普通の人間なら馬鹿だろって話になるが、寿命の長い種族だったら、そもそもとして人間とは価値観も何もかも違ってて当たり前だろ。別に、貶す意図は無いぞ。」
「ふーん?」
実際、馬鹿にして発言してるわけじゃないからな。羽妖精のピクシーやフェアリーなんて、その日暮らしで気紛れだし、リルクルがそっくりだとしても別に驚かない話だ。
その後も駄弁りつつ家路に着いた俺は、客室をリルクル用に充てがう。
これで、全部の部屋が埋まる事になるんだが――これ以上は人は増えないだろう、多分。
仮に増えても、増設するなり離れを作るなりすれば良い。土地はあるんだしな。
「――へぇ、こっちの部屋ってこうなってたんだぁ。」
中を覗き込み、一通り必要な物があるのを見て「初宿だー!」なんて叫びながらベッドに向けてリルクルが特攻して行く。
それを眺めながら一声をかけると、片手をヒラヒラと振って部屋を後にした。
「大体が同じ作りだ。客室にしてたが、どうせ人は来ないだろうしそこを好きに使ってくれ。」
「了解ー!」
予め布団なんかはあるし、備え付けのクローゼットもある。
人間には小さめになるが、机も椅子も置かれているので、ほぼ追加する物は無いだろう。
「メルシーも今日は休んでて良いぞ。夕飯は俺が支度するからな。」
「は、はいぃ。」
疲れ切ったメルシーも自室へと追いやって、袖を捲って準備を整える。
「さて、何にするかな――。」
一人増えた分、分量が少し増える。
リルクルは見た目の小ささの割りにはよく食べるし、多目に作った方が良いだろう。
とりあえず、何を作るか考えて、俺は食料を保管している地下室へと向かった。
こつこつ書いてた短編が出来上がったので、別途載せています。
こちらの小説では、そろそろ自宅の地図が欲しい所。なので、今は見取り図を書き上げ中。
ついでに表紙絵も書いてるんですが――二週間経ちそうになってもまだ完成しません。色塗りと背景がメンドイ。
時間がとても欲しい今日この頃……。
2018/11/29 加筆修正を加えました。この回に後日見取り図掲載予定。まだ二階と地下室が書き終わらない。終わらないぃ。




