109 その錬金術師は性格ブスには容赦無い
窃盗を繰り返していたと思われる馬鹿姉妹と、それを知りながら放置して利用していたと見られる母親の三人を兵士の一部に託して、取り返された鍵でメルシーの家の中へと入る。
メルシーには件の窃盗犯達の家で、彼女と亡き祖父の持ち物について仕分けしてもらっている最中だ。
そんな中で訪れた彼女の家は――よくもまぁ、ここまで荒したものだってくらいには、酷かった。
「こりゃ、住むのはもう無理だな――限界を超えてる。」
そう呟くのも、無理は無い惨状が広がってしまっている。
何せ、床板が全部引き剥がされてるんだ。加えて、そこかしこには悪臭の漂う何かが捨て置かれている――その光景は、まるでゴミ捨て場か何かだろう。
「酷い匂いだな――なんだこれ?」
前者はヘソクリか何かを探したのだと思うんだが、後者はどうやらここでトイレを済ませたり、それこそ生ゴミなどの物を捨てて行ったらしい。
最早、人としての行為にすら思えない。ましてやそれが、女がやるというのだから世も末だろう、きっと。
おかげ様で足の踏み場もなくて入り口から先、まともに入っては行けずに立ち尽くしてしまった程だ。
「家具も何も無いみたいだし――見事に全部持ち出しやがったな?」
見渡してみれば伽藍堂。あるのは汚物とゴミだけという惨状。
少なくとも、見える範囲にというか、見えてしまった範囲では、襖で仕切られていたはずの寝床までもが丸見えの状態だった。
そして、そこには何も置かれてはおらず、大型の家具ですら見当たらない。
「なんなんだよ、これ――。」
布団も無ければベッドも無い。棚の類も食器類も無くて、根こそぎ全部が持ち出したように見える中である。
そんな中で、汚物が散乱している状態。
これをメルシーに見せずに済んで、俺はホッと息を吐き出した。
「流石にやる事が斜め上過ぎた――良く今まで誰にも気付かれなかったもんだな。」
予め、メルシーをここまで連れて来なくて正解だったと思う。
鶏小屋の餌すら無い状況で、中に何かが残っている物は無いだろうと思っていたからな。だが、予想はそれ以上に酷くて――これはヤバイだろう。
そんな惨状を彼女にどう伝えるか悩んで、下手に誤魔化すよりも確りと伝えておいた方がいいだろうと判断を下す。
何せ、このまま放置するわけにもいかない。住み直そうにも、こんな状況で住みたいと思えるとは到底思えなかった。
更には、今後は俺の家に住ませるつもりなんだ。ついでにその方向で話を持っていくのが良いだろうな。
「うん、見せるのは止めた方がいいな――余計に、精神を圧迫しそうだし。」
何せ、亡き祖父との思い出が詰まっていただろう自宅である。それを荒らされただけでなく、まるでトイレかゴミ捨て場のように扱われていると知れば、発狂しかねない話だった。
俺はそっと溜息を吐き出すと、開いたばかりの扉を閉めて、鍵を掛け直す。
そこに、
「どうでしたか?家の方は。」
後を追ってきたらしい兵士の一人が声をかけてきた。
それに大して、俺はなんとも言えない気持ちで返しておく。
「どうもこうもないな。酷い有様だよ、これ。もう誰もここには住めないだろ。」
「うっ――そこまででしたか。」
一瞬、鼻と口元を抑えた兵士が、言われた言葉と、漂ってきた匂いに気付いて、駆け寄りながらも顔を顰めた。
今まで閉ざされていたのもあってか、匂いが漏れていなかったらしい。
鶏小屋の近くというのもあってか、気付くのが遅れたのも痛い話だ。開いた瞬間には、流石に俺も思わず鼻と口を覆うくらいには、悪臭がきつかったと思う。
「何にしろ、窃盗犯なのは間違いがないようですよ。衣服の他に、棚や食器、果ては歯ブラシまで見つかりましたから。」
兵士に言われたその言葉に、俺は引っかかりを覚えて尋ね返した。
「まさか、それ、使ってたの?」
「ええ。どうやら、そうみたいですね――。」
「うげぇ。マジかよ!?」
よりによって首肯されてしまって、悲鳴を漏らす。
他人が使った歯ブラシを使うとか、流石にその神経は疑わざるを得ない。
しかも、他人から色々と巻き上げた上、盗みを働いてゴミ捨て場か汚物場にするのも理解が出来ないし、かなりおかしい奴らだったようだ。
「以前助けた際にも、母親からすらお礼の一つも無かったからなぁ――あいつら、相当ヤバイんじゃないか?」
「恐らくは、叩けば埃が出てくるでしょうね――元々、この開拓村の住民だったわけじゃないようですから。」
「へぇ?それは初耳だ。」
「実は――。」
話を聞くにつれて、異様な事が分かってきた。
ある日突然、この村にやって来て、空き家に住み着いた一家だったらしい。その際、父親の影は無く、母子家庭だったのだろうというのが、村人達から聞き取れた見解だ。
流石に母娘三人という状況に哀れに思った何人かの村人が、援助をしていたらしいのだが、一部が母親の方へ入れ込んだ馬鹿が出たらしくて、気付けば貢ぎ合戦をしていたのだとか。
それに味をしめたのか、度々集り行為を繰り返すようになり、多くの村人の間では頭の痛い問題となっていたらしい。
「で、そこに加えて、今回の事態が明るみになった、と。」
「ええ、村は今その話で持ち切りで、入れ込んでいた若い衆は女性達から性根を叩き直されていますよ。」
「ふーん。」
朴訥とした村人が多い印象だったが、それはあくまで多いというだけの話だ。
こういった事態になると、これ幸いと取り仕切って動き出す者もいる。今回はそれが、女性に居たのだろう。結果的には、公開処刑みたいな事態になっているらしい。
まぁ、それでも、
「そうしておくのがいいだろうなぁ――あんなのに入れ込むとか、骨の髄までしゃぶられててもおかしくはないし。」
「ですね。」
俺と兵士は、途中で見つけた光景に、互いに認識を共通させて頷きあった。
別に、女性達に雪の上に座らせられて説教を受けている若い男性達の止めに入ったりなんてしない。
何せ、自業自得だからな。稼いだ物が彼等だけの物ならいいだろうが、中には妻子持ちまで居たと聞くし、それならもう叩かれても文句は言えないはずだ。
それなのに、
「あ、あんた!こいつらに何か言ってやってくれ!」
「はぁ?」
何を思ったか、俺に声を掛けてきた馬鹿が一名。説教されている途中なのも聞かずに、こちらに声を張り上げて注目を集めやがる。
思わず、眉が寄って渋い顔になった。
「なぁ、あんたもおかしいって思うだろ!?なんで、あんなに綺麗な人が盗み働くんだよ!脅してたなんて、酷い言いがかりだ!」
「何を言うんかね!おかしいっていうならお前さんがおかしいだろうが!」
騒ぎ出す男に向けて、一人の恰幅の良いおばちゃんが怒鳴り返して一喝する。
それをまぁまぁと宥めつつも、俺は冷たい視線を男に向けた。
「お前、馬鹿なの?」
「――え?」
「あんなどこにでもいそうな女に入れ込んだ挙げ句、礼儀の『れ』の字も知らんような屑に入れ込むとか。」
この言葉に、顔を引き攣らせて見る見る真っ赤になっていくのが分かったが、俺は構わずに口を開いた。
「どこが綺麗なんだよ?既に子供二人も拵えた後のオバサンだぞ?娘の方が成長するのを期待してってんならまだしも、あの母親の方を狙うとか絶対に無いわ。」
「な!?お、お前はどうせ振られただけだろう!?」
「はっ、振られるねぇ――。」
鼻で笑いながらも、村の女性陣へ向けてニッコリと微笑んで見せる。
意図を察してくれたのか、一部が「きゃーっ」なんて黄色い声を上げてくれた。
「生憎と、寄ってくる奴は俺には幾らでもいるんでね。あの親子に関しては娘共々最初から度外視してるし、むしろ言い寄られてもはっきりといらんって言えるくらいにはお断りなんだが?」
「な、な――。」
「それに、振られたから何だって言うんだ?盗みを働いた事はともかくとしても、身寄りの無くなった子を森に放置して置き去りにし、殺そうとした罪は消えないんだ――そんな教育を馬鹿娘二人へ施した母親が、罪に問われるのは当然だろうがっ。」
貿易都市で散々囲まれて面倒を被った後だし、特に女性陣の食い付きが凄かったのが俺の今の現状である。
あれをモテてると言わなかったら何をモテるというんだろうな?是非とも問い詰めたい気分だった。
「都市に行けばあの程度いくらでもいるんだよ。それなのに、性格ブスに引っかかる馬鹿とか、本当にもう救いようが無ぇわ――もう少し見る目を養え!男として、情けないにも程がある!」
これに、
「よう言ってくれた!それでこそモテる男だよ、兄さん。」
「どうもどうも。」
言うだけ言っておいてから、後は女性陣へと託しておいた。
俺の管轄じゃないしな。そもそも関係ない事だから、このまましっかりと絞られててくれ。
「く、くそおおおおおお!」
そんな事を思ってその場を離れようとしたところで、盛大な叫び声が響いたが、俺も兵士も気にせずその場を立ち去っておいた。
まぁ、あれだ。
恋に盲目な奴は、男も女も駄目になる。恋愛の駆け引きの仕方を知らなければ、良いように搾取されて終わりだ。
「ま、良い経験にはなっただろ。」
「ですね。」
馬鹿につける薬が無いように、恋煩いに効く薬も無いので、俺達はそう締め括って、メルシーの所へと向かった。
顔で判断する奴は馬鹿を見る。
詐欺師とか、綺麗な人を使って詐欺を行うのは昔からありますからね。というか、常套手段です。
これは、そういった事が起きたケースでした。
見た目で人を判断するのは、一番相手を見ていない証拠だと思います。ですから、ちゃんと言葉を交わして、相手の性格を見抜くのが重要だと作者は思うのです。
顔?んなもん飾りだ飾りー!
以上、内面(いい加減)と外面(真面目そう)が一致しない作者の呟きでした。




