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108 その錬金術師は権力を行使する

 金髪馬鹿姉妹を懲らしめる回。

 長くなった……。


 貿易都市で必要な物を買い揃えた後、領主のところから兵を借り受けて開拓村まで戻ってきた。

 メルシーの家までやって来ると、家は確りと施錠はされていたものの、正当な持ち主のはずの弟子が、肝心の鍵を持たないと言う。

 この時点で誰がその鍵を持っているかという話になり、取り上げた相手はやっぱりあの金髪馬鹿姉妹で、俺は思わずうめいていた。


「――で、更には家畜が全滅してる、と。」

「はい……。」

「はぁ。」


 やけに静かな鶏小屋にわとりごやを覗いて見れば、そこはもぬけの殻。鶏のえさすら残っていなかった。

 聞けば、毎日のように泥棒どろぼうが入っていたというのだから驚きだ。飼われていた百羽近くをその泥棒はどうやら盗みきったらしい。

 更には畑も荒れ放題で、踏み荒らされた形跡もあるし、作物は根こそぎ盗まれたようで何一つ残ってはいなかった。


 その量を考えるに、とてもじゃないがこっそり持ち運ぶなんてできやしないと、誰だって気付く事だろう。


 何せ、鶏となればうるさい生き物だ。

 小動物だから持ち運びはしやすいが、それだって村長を蹴り倒すくらいには凶暴な奴だっている。それを捕まえようとすれば、かなり目立ったはずだった。


「ちょっとばかし大きいなこれ――お前の足跡じゃないんだろ?」


 そんな鶏小屋へと残っている足跡は小さくて大人のものは無い。

 だが、かといって幼い子供という程ではないサイズだし、あえて言うならそれはメルシーと同じくらいのサイズだった。

 その為に尋ねてみると、


「はい。」


 すぐに首肯されて、俺は即座に「誰のだ?」と尋ねていた。

 聞き出してみると、彼女と同年代の人間の足跡で、つまりは、あの金髪馬鹿姉妹のものだった。


「つまりは、鶏小屋にあいつらが入った事があったんだな?」

「はい。手伝うっていって、言う事を聞いてくれなくて、何時いつも――。」

「あー、うん、だろうな。あいつら、自己中の固まりだったしな。しかも、数度じゃなくて何時もか。」


 遠慮するどころか、我が物顔で入ってきて、好き勝手に暴れるイメージしか思い浮かばない。

 片方が暴れてる間に盗み出すくらいはやりそうだし、あいつらなら、おそらく罪悪感の欠片も抱かずに実行に移しさえするだろう。

 そんな事を思っていると、


「――おんやぁ、メルシーちゃんじゃないかぁ?帰ってきとったんじゃなぁ。皆で心配しとったぞぉ、余り遠くに行くなよぉ?」


 メルシーとの会話の合間に、彼女の無事を知ってか、駆けつけてきた村の大人と遭遇した。

 その後も、続々とやって来て、彼らと少し話をする。


「ああ、ご心配おかけしました。ちょっと、お話をよろしいですか?」

「――んん?おおー、この間湿布くれた人やねぇ。有り難や有り難や。」


 彼等に尋ねてみれば、少なくとも雪が降ってからは村には誰も訪れていないらしい。村の柵についても確認したが、誰かがこっそり侵入した形跡も無かった。

 その様子に、俺も兵士も同じ確信を抱く。

 何せこれ、外部からの犯行にするのは、流石に無理があるからな。もしも内部でやった奴らが居たなら、それはもう馬鹿だろ?ってくらいには分かりやすい犯行だ。

 ただ、そもそもとしてあいつらなら馬鹿だったな、と若干遠い目になったが。


「余所者の目撃情報も無いのに、日に日に減っていく鶏と卵、ねぇ――どう考えてもこれ、内部犯の犯行だよなぁ?」

「そうですね、誰も不審な人物を見ていないというのが、村人達の主張ですし――。」


 兵士も言わんとする事が分かっているらしくて、眉をひそめている。

 村という小さな社会を侮ってはいけない。隣近所どころか、村全体が大抵は知り合いなのだ。

 どうかすると、全部が親戚家族って事もあるし、そういった場所では余所から来る者はとても目立つ事になる。なので、何かあれば真っ先に疑われるのが余所者だ。

 故に、外部犯の犯行ならば、毎日盗みが起きていると村人総出で罠を仕掛けたりするので、バレやすい傾向にあった。

 だが、そういった罠にも引っかからないともなれば、有り得るのはもう内部による犯行しかないだろう。

 

「そもそもとして、おかしい話なんだよな。こういった場所に度々盗みに来るとなれば、村の内外でそれこそ噂になるだろうし、メルシーの所だけを連日狙う事も無い。」


 俺の提案に従ってゾロゾロと連れ立って歩く兵達も、伝えた情報から「怪しい」と判断出来たようで、特に反対意見もなくこぞって頷きあっていた。


「犬や猫とは違って、鶏は騒々しい上に躾も余り出来ませんからね。こっそり盗み出すのには向いてません――自分も、無理があると思いますよ。」

「何より、他ではそういった被害届けが出ていないんだ。起きているのは、おそらくこの村だけだろう?きっと。」

「仮に届け出があったなら、我々が気付かないはずがないしな。その場合は、都市から誰かしら派遣されていたはずだ。」

「でも、そういった奴も居ないらしいし――。」


 複数の兵士達と話しながらも、件の馬鹿姉妹の家を尋ねてみる。

 メルシーも共に居るが、その表情はずっと暗かった。唯一の収入源でもある家畜が全滅しているのだから、まぁ当然だろう。

 俺のところに弟子入りしてなければ、まさしくお先真っ暗だったわけだしな。

 そんな彼女も連れて、家の鍵を持ってるらしい金髪馬鹿姉妹の家を尋ねてみると、母親らしい人物が兵士に驚き、件のガキ共を探しにすっ飛んで行ってしまった。


「あー……。」


 口を挟む間も無かった為に、俺は思わず出しかけた手を引っ込める。


「せめて、どこにいるか話してくれれば良かったんだが。」


 そう呟くと、


「逃げますかね?」


 兵士から不安そうに返された。

 それに、俺は苦笑いを浮かべつつ返しておく。


「逃げたら、それこそ指名手配だな。その場合、懸賞金付きになるかねぇ?あるいは、俺が息の根を止めに行く事になるか?」


 弟子を取るなら面倒を見るのは当然、師匠の役目だ。

 そんな弟子が修行に集中出来なくなるような事は、はじめから除外しておくに越したことはない。結果的に、殺人に手を染めたとしても、そうせざるを得ないならやるのが上としての責任だろう。

 そんな思いを抱きつつも、兵士達と駄弁りつつ、状況の確認を再度行っていく。


「まずは、家の鍵は馬鹿姉妹が取り上げて所持しているんだな?」

「はい。」

「そして、鶏と卵が毎日盗まれ続けて、二ヶ月程で百羽近くが行方知れずなんですね?」

「はい。」


 俺と兵士達の言葉にも、確りと何度も頷いて返事をするメルシー。

 この子が嘘を吐くような事は無いと思える。吐いたところで、メリットが何一つとして無いのだから、やる意味が無いのだ。ちょっと情緒不安定だが、それでも少しは落ち着いているし、いい加減に答えたりもしないはずだった。


 実際、泥棒による被害は遭ったわけだしな。村人達からも、二ヶ月程前からメルシーの所だけで盗難が多発していたというのだから、言い分に不審な点が全く無い。


(自分で捌いて食っていたなら、ここまでやせ細ってる事も無いはずだし、これはほぼ白と見ていいだろうな。)


 そんな事を思うのは、彼女の普段の言動にも理由があるが、一番は保護した際の栄養失調が理由だ。

 祖父が亡くなってから起きた被害である。相次ぐ泥棒による対策に夢中になってしまって、他の事を思いつく暇も無かった可能性が高いし、食事だって満足に摂れていなかったかもしれない。

 そんなメルシーを前にして、


「これで更に、村を訪れた者の形跡も無い、か。」


 調べ上げた結果を元に、兵士達と話し込む。

 ――これだけでもう、全くもっておかしな話だと言えるんだ。

 閉鎖的な環境にある村人が、よりにもよって余所者の来訪を誰も知らないというのは、村ぐるみで嘘を吐いているか、あるいは本当に居ないという事になってしまうのだから、当然だろう。

 前者だろうと後者だろうと、内部犯による犯行だというのが、ほぼ確定してしまっている。

 こうなれば、状況的に怪しいのは、鍵を取り上げておきながら、メルシーの家に勝手に出入りしている馬鹿姉妹達だろう。


「――一応は、村の者が気付かないで中で行われた犯行という可能性も、ありますがね。」

「それだと、日中に行われている割りには村に侵入した形跡が無いのがおかしいだろ?」

「現時点では内部犯の犯行が高いと思うよ。」


 兵士達のその言葉に、俺も頷き返して「だよな」と口挟む。


「加えて、度々畑の作物も巻き上げていたのが馬鹿姉妹となれば、大抵の人間が予想はつくだろ――なぁ?」

「そうだな、一番その可能性が高いだろうな――。」


 溜息を吐き出せば、兵士の一人も釣られたようにして、息を吐き出した。

 お互い、顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「――これ、どう考えてもあいつらの犯行だよなぁ?」

「他に犯人らしい人物も浮かばないし、外部犯の犯行にするには、とても無理があると思う。」

「うん、まぁ、村人が誰も訪れてないって言う時点で、外からの犯行は、大体除外出来てしまったからな――っと、来た。」


 雪が積もる真冬に移動をする馬鹿は早々居ない。雪で足止めされるだけでなく、下手をすれば命に関わるからだ。

 そうなってくると、侵入した形跡も無い村で盗難騒ぎが起これば、当然疑いの目は内部へと向けられる。

 そんな疑いを向けられた先にいるのは、ほぼ確定で黒と見て間違いない馬鹿姉妹。

 それが、母親に引きずられるようにして連れて来られていて、甲高い声が辺りに響き渡っていた。


「痛い!お母さん。手を離して!」

「何で引きずるの!?痛いよ!」

「――いよう?」


 ギャーギャーと騒いでいたところに俺が口を開いた事で、視線が向いてくる。

 そこに、兵士と共に居るのに気付いてか、二人揃ってピタリと口を閉ざしやがった。


「この間ぶりだなぁ、おい。ちょっと、その面貸せや?」


 とりあえずは逃亡されても困るので、さっさと馬鹿共の頭を掴んで、離さないようにしておく。

 念入りに、魔力で強化した上でだ。


「な、何を――。」


 母親らしい女性がこれに驚いた顔をしたが、悪いがまとめて一緒に話を聞かせてもらう為に、兵士に取り囲んで逃げ道を塞いでおいてもらった。


「さて、逃げようなんて思うなよ?お前らがメルシーの家の鍵持ってるっていうのはもうバレてんだ。後、お前らが勝手に出入りしてたのもな!」

「ちょ!?」

「何すんのよ!離――っ。」


 何か言いかけたようだが、頭を掴んでいる手に力を籠めて黙らせておく。

 こいつらは凄くうるさいし、暴れ回られても迷惑になるからな。初対面で蹴りつけられたのは、今も記憶に鮮明に残っているくらいだ。少し乱暴なくらいで丁度良いだろう。

 そんな俺の作ったきに、兵士達が馬鹿姉妹のポケットの中を漁っていく。すぐに小さな巾着きんちゃくの中から一本の鍵が出てきて、メルシーを見ると確りと頷いて返された。


「――奥さん、ちょっといいですか?」

「な、なんですか?」


 そんなメルシーとのやり取りを見ていた兵士が、及び腰になっている母親へと口を開く。

 このまま連帯責任を取らされるか、それとも共犯者だったのかの確認の為だ。

 慎重に、兵が口を開いて尋ねだした。


「この鍵、見覚えありますでしょうか?ありましたら、どこの鍵か分かりますか?」

「鍵――?えっと、この子達が?」


 まるで、今、初めて知ったとでも言いたげに口を開いた女性。

 しかし、小さい巾着の中身はそれだけだ。他に何かが入ってるわけでもなく、せいぜい小銭を入れるサイズしか無い。

 そんな巾着を持ち歩く理由は、この寂れた開拓村では余り無いだろう。物々交換が主流の村だからな。


「ええ、この巾着から出てきた鍵です。これは、お嬢さんの物で間違いは無いですか?」


 兵士が尋ねたこれに、


「巾着はそうね、私が作ってあげたものだわ。」

「では、鍵の方の確認をお願いします。どこの鍵でしょう?」

「えっと?」


 俺の行動に後退っていた女性へと、兵士が見つけた鍵を手渡して見せた。

 しばらくその鍵をマジマジと見つめていた女性だったが、やや少ししてから、その首を左右へと振っていた。


「いいえ、うちの鍵とも違いますし、納屋の鍵とも違います――一体これ、どこの鍵なの?」

「それなんだけどなぁ?」

「いぎっ!?」

「いだっ!?」


 馬鹿姉妹の頭を掴む手に力を更に籠めつつ、俺は横から口を挟む。

 こっから先は、俺の役目だ。兵士達はあくまで、借りてきただけである。


「この馬鹿共がメルシーの家の鍵を取り上げた挙げ句、メルシーの家に出入りしてたんだよ。正当な持ち主を家から、この寒空の下、追い出して、ね!で、それがメルシーの家の鍵の可能性が高いんだ。これがどういう事か分かるか?」

「いたああああいっ!」

「やめっ、やめて!痛い!痛いぃ!」

「――は?」


 馬鹿姉妹の悲鳴が響く中で、その二人の母親が呆気に取られた表情を浮かべる。

 だが、気にせずに俺は言葉を続けた。


「ついでに畑の作物も巻き上げてたのも確認済みなんだよ。鶏も卵も根こそぎ全部盗まれててなぁ?一体、それらはどこに消えて、どこで消費されてたんですかねぇ?」

「え、ええと――。」

「知らないじゃぁもう済まない状態なんですよ、奥さん。何せ、恐喝と強奪、更には殺人未遂がこの馬鹿共には確定してますからね。ええ、森の中へメルシーを連れ込んでおいて、置き去りにして逃げたんですから、証拠隠滅の可能性だってあるんだ、今回の事態はっ。」

「な、な――。」


 狼狽うろたえた様子で後退ろうとするも、兵士にその後ろを立たれて物理的に止められる。

 尚、連れ込まれた挙げ句、置き去りにされたのを見た目撃者が俺という。

 リルクルも目撃してるが、彼の場合は人間じゃない為に証言者としては立場が弱い。この為、俺一人で事に当たる事にしたわけだが。


「んで、最近やけにこいつらが食い物持ってくるなーとか、ありませんでした?例えば鶏肉とか野菜とか卵とか。」


 メルシーの持ち物を奪い、盗み、どこかで消費した家庭が必ずどこかにある。

 しかもそれは村の中が一番可能性が高くて、俺は馬鹿姉妹が持ち込んだ先に彼女達の実家があると見て、疑いの目を向けていた。


「――肉はありませんが、卵と野菜は良く。」

「なーるーほーどー?」


 返ってきた答えに、俺は目を細める。

 つまり、ほぼ黒と見ていいわけだ。


「ですが!」

「――ん?」


 そんな中で叫ばれて、俺は視線を母親の方へと向けた。

 その表情は、どこか必死だ。どうやら、言い訳を並べるつもりらしいと、俺は当たりを付けて適当に受け流す準備をしておく。


「村の者からそれらは貰ったと!」

「へぇ。」

「卵だって、手伝った上での報酬だと言ってましたから、言いがかりはよして下さい!」

「だったら、それ――証明出来るよな?」

「え?」


 虚を突かれた様子で呆けられたが、俺はただ冷めた視線だけを向ける。


「貰ったというからには、くれた人間がいるわけだ。手伝ったっていうなら、それこそ手伝ってもらったという人間がいるわけで、それが証人になるはずなんだ。んで、その証人は、一体どこにいらっしゃるんだ?」

「えっと、それは、この子達が、知ってて――。」

「つまりは、貴女は知りもしないで消費していたというわけだ。もしかしたらそれが盗まれた物かもしれないのに、確かめもしなかったというわけだな?何度も持ち込まれる食材に、疑問も持たずに居続けたと。この二ヶ月ほどの間を?」

「……。」

「もし、その証人とやらが出てこなかったら、アンタも連帯責任で罪を背負う事になるんだ。悪いが、そこんところは、よろしく頼むぜ?」

「そ、そんな――。」


 ――あ、これ、こいつも黒かもしれない。

 そう思ったのは、一瞬、馬鹿姉妹の母親である女性が崩れ落ちそうになったからだ。

 それ見て、俺はニッコリと微笑むと、兵士の一人に目配せして更に口を開いた。


「一人、家の中を確認して来てくれ!鮮やかな黄色の木綿製のワンピース、丁度この子達くらいが着られるサイズの物があったら、それで黒確定だ!」

「や、ま、待って下さい!」


 声を挟んで来たが、構わずに俺は顎をしゃくる。

 これに、兵士は一礼して簡素な木製の建物の中へと入って行った。


「待って欲しかったらさぁ、さっさとくれたというその証人を連れて来てくれよ。勿論、逃亡防止の為に、兵士と一緒に行ってもらうが、これは構わないよな?」

「――っ。」

「お、お母さん?」

「何で?何で黙るの?」


 唇を噛んで黙り込む様子に、手元でギャーギャーと悲鳴を上げていたガキ共が、どこか狼狽うろたえた様子を見せ始める。

 その様子からも、色々と叩いた方がよさそうだなぁ、なんて思考を巡らせていると「あった、ありました!」と声が響いてきて、ついで、駆けて来る足音が響いてきた。


「これ!これですね!?黄色いワンピースというのはっ。」

「――おう、それそれ。それだ。それで多分間違いはない。」


 兵士の一人が見つけ出して来たのは、簡素な作りのワンピース。去年、俺が冬に染めた布で作られた物に見えた。

 この色が一番明るい黄色に染まった為に、俺の記憶の中でも強く印象に残っている品である。間違いは無いだろう、きっと。

 結局、着ているところは見ていないままだったが、色あせていない様子に余り着られる事も無かったのかもしれないと思えて、何時の段階で取り上げられたのかが疑問に過った。

 何せ、


《どうせなら、孫に一張羅でも着せてやりたいからのう。》


 ――そう言って、孫に選ばせていた亡き村長さんが、俺の脳裏に浮かんできたからだ。

 おそらくは、彼自身で裁縫したのだろう。縫い目がチグハグなのが遠目ですら良く分かる、それは不格好な『一張羅』だった。

 だが、本返し縫いと呼ばれる確りとした縫い方で、糸が切れてもすぐに解れないようにと、一針一針が丁寧に刺されている。

 そこからは、彼の孫へ向けていた愛情の深さだけが伺い知れた。


「メルシー、あれ、お前のだよな?」


 俺の言葉に、コクンと即座に頷いて見せる弟子に、ギクリと身をすくませる馬鹿姉妹達。

 家に出入りしてたくらいだから、何かしら盗み出してたとしてもおかしくはない。どうせ、他にもゴロゴロと物証が出てくるだろう。

 母親の方へと目を向ければ、視線をそらしてこちらを見ようともしなかった。


「オーケーオーケー――揃いも揃って黒か、お前ら。良い度胸をしているなっ。」


 出てきた兵士と残っている兵士に目配せして、逃げ出せないように確りと押さえておいて貰う。

 馬鹿姉妹に関しては、ついでにもう口も塞いでもらった。

 騒ぎそうになる度に頭を締め上げていたので、若干俺の手が痛い。その手を振りつつ、俺は口を開く。


「いいか、よーく聞けよお前ら?――ここにいるメルシーは、俺の弟子であり国に保護される立場となったんだ。だからお前ら、今の時点で重罪確定な?」

「は?い、意味が分からないわ!」


 喋れずにくぐもった声を漏らす馬鹿姉妹とは別に、母親の方からヒステリックな声が飛んでくる。

 どうやら馬鹿姉妹がヒステリックなのは、この母親譲りらしい。これで父親までクズだったら、最悪な家庭だなとさえ思う。その父親は見た事が無いが。

 それを背後にしたままで【空間庫】から取り出した縄で三人を縛って貰いつつ、俺は一枚の書類を掲げて、確りと見えるように開きながらも言葉をつむいでいった。


「順を追って説明するから、ちょーっと黙ってろよ?でないと、罪が加算されて、最悪、処刑台直行だぜ――まぁ、そうしたいっていうなら、そうすればいいがな。」

「なっ、何をいきなり言うの!?」

「死にたいなら、そのまま騒げよ。俺は別に困らんから。死にたいっていうなら、な。」

「――っ。」


 取り出した書類は、主に財産と生命をまもる為の文言もんごんつづられた品だ。

 過去に至るまで遡る事が可能なよう交渉した結果、平民に限っては有効と一文入れさせるのに成功した王からの戦利品――もとい、報酬である。

 つまりは、メルシーが俺の弟子となった時点で、それに強奪を働いた馬鹿共はこの時点でアウトという事になるわけだ。


「さてと。まず、俺自身が一定の権力を有しているのがこの書類で明言されてるんだが、これ、国王直々のお墨付きだから、領主に嘆願しようがどうしようが意味無だって先に言っておくからな?」


 まぁその領主も、首に縄をつけて連れてこいと言ったくらいにはブチ切れていたから、嘆願しても無駄だろうが。

 むしろ、ノコノコとやって来たところを捕らえて、一生地下牢行きにでもなると思われる。


「んで、次が重要なんだ。いいか、良く聞いておけよ――この権力の中には、俺が弟子にした者は俺の保護下に入り、保護下に入った弟子の生命や財産を犯す者への処罰に関する『権限』が与えられている事が、したためられている。これは、弟子になる前までさかのぼって有効だ。」

「――な、何、を。」

「嘘だと思うなら、兵士にも聞くと良い。ほらよ、これが書類な。」


 難しかったのか、眉をしかめる馬鹿姉妹とは裏腹に、理解出来たらしい母親の方は青ざめてしまっている。

 そこに、書類を確認した兵士達から首肯された事で――完全に崩れ落ちてしまった。

 王直々の権限が与えられる存在って言ったら、普通は貴族とかになるからな。それと同等の権力か、それ以上の権限を与えられているとも言えるわけだし、言い逃れも何も許されないというのが、今更ながらに分かったのかもしれない。

 だが、


「噛み砕いて言うなら、俺の弟子――メルシーの物を奪ったり、森に放置して逃亡した時点で、既にお前らは殺されても文句を言えないって事だよ。俺にな。」


 ここで追撃の手は絶対に止めない。

 こいつらはもう引き返せないところまで来てしまっているからな。やっちゃいけない事をやってしまったわけだし、法に照らし合わせても、罪を問われるのは至極当然だろう。


「だから、えて聞くぜ――。」


 故に、行使するは氷魔術。

 ガキ共にとってはおそらくトラウマになっただろう【氷柱】の攻撃魔術陣。

 それを最大規模で展開し、上空から最大数でぶっ放す!


「死にてぇのかテメェら?アア”!?」


 大きな声を荒げて、鋭い氷の切っ先をまっすぐに地面へと落としていく。

 誰にも当てないよう気を付けてやってはいるが、それでも上空から氷柱を降り注がせて地面へと突き立てれば、そこかしこから悲鳴と共に雪が舞い上がった。

 その音と悲鳴の中で、俺は気にもせずに口を開いていく。


「お前らさぁ、身寄りの無い子から物を奪った挙げ句盗みまで働いて、更には寒空の下に放り出すわ、森の中に連れ込んで口封じしようとするわ、もう人間とは思え無ぇよ。本当は人間の皮を被った悪魔じゃねぇの?なぁ?」


 聖水でもぶっ掛けるか?と、小さな小瓶をガキ共の眼の前で揺らして尋ねてみる。

 聖水にある効果は、アンデッドだけでなく人間にすら作用するんだが、現代では余り知られていないらしい。

 その効果は意志薄弱、自我の崩壊、精神の漂白といったもので、聖水とは名ばかりの劇物なんだが、知らない馬鹿姉妹はおどしにも使える物だとなんとなく察したのか、微かに首を左右に振ってみせた。


「さぁて、どんな罰がいいかねぇ――聖水を使って植物人間になるのも一つの手だし、このまま氷柱に串刺しにされて死ぬのも一つの手だ。ただ、これだと、お前らがメルシーの所から盗んだ鶏百羽の弁償にすらならねぇんだよなぁ。どうせ、返せるだけの金も何も無いんだろ?ん?」


 崩れている母親の方に視線を向ければ、必死に左右に首を振られる。

 その様子に、俺は溜息を吐き出した。


「兵士さーん、こういう被害の補填ほちんが出来ない場合の対処法って、何かマニュアルある?」

「そうですね――。」


 打ち込んだ氷柱に驚きはしているものの、予め威嚇いかく射撃をすると伝えていたからか、すぐに平静さを取り戻した一人の兵士が手元の手帳を開いて見せた。

 それを覗き込みつつも、俺は「ふーん」と口を開く。


「んじゃ、これにするのが良いだろ――他に返済可能な手も無さそうだしな。」


 選んだのは、体を売って返済金を稼ぐという方法。

 つまりは、娼婦として働いてもらう手段だ。


「ちなみに、逃げたらその時点で死んで貰うから。払う気が無いなら今言えよ?俺が今この場で殺しといてやるから。」


 大慌ててで首を左右に振る母親とは違い、未だ状況を良く理解していないのか、睨みつけてくる馬鹿姉妹。

 聖水は余り効果が無いらしい。どうやら、直接的な手段の方がお好みのようだ。

 そんな二人へと向けて、俺は新たに【氷柱】で生み出した氷の切っ先を向けると、簡潔に言葉を口にした。


「死ぬか?」


 これに、


「――っ!」


 ブンブンと首を左右に振った馬鹿姉妹が、顔面に突き付けられた凶器に怯えて、顔を引きらせてみせた。


 重犯罪者は子供だろうとドナドナです。容赦しません。

 犯罪で身売りが決定した場合、子供でも客を取らされる可能性はありますが、未発達な子だと死亡する可能性もありますので、しばらくは下働きになるでしょう。

 それでも、三人が自分を買い戻すには、時間がかかるでしょうが。


 リアルにある少年法って、あれ、戦後間もなくに溢れた孤児を護るための法律らしいんですよ。何の後ろ盾も無い子供に、冤罪なすりつける警察の横暴を防ぐ為だったとか。

 それを未だに撤廃しない現代には流石にモヤッとします。当時は必要でも、今は必要無いんじゃなかろうか?


 尚、この時代の鶏と卵は安くありません。

 豚や牛さんは揃って魔物化していて凶悪ですから、小動物くらいしか家畜化出来ませんし、その家畜も徐々に凶暴化の兆しが見えてて危険です。雄鶏に蹴られた亡き村長さんみたいに、被害が相次いでいるのはチラ裏。

 価値としては卵がパンの五倍位のお値段になります。大体大銅貨五枚分です。一個二十円でパンが百円くらいの現代日本とは違うという……。

 昔は日本も卵って高かったんですが、今では田舎ですら二束三文の投げ売り状態ですし、時代が違うんだなぁとしみじみと感じたりはしますが。


 2018/11/22 加筆修正を加えました。母娘のその後についてもあとがきにちょっと追記。卵のお値段もついでに追記。鶏は――幾らになるんだろう?(すっとぼけ)


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