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107 その錬金術師と弟子の買い物

 女の買い物というのは基本的に長い。

 あれこれと見比べて、値段を見て、人に意見を尋ねながらも「やっぱり他を」と店を変えて、そこでも同じ事を繰り返すからだ。

 とにかく時間がかかるし長いのが特徴で、こういうのが嫌になる男は多い。少なくとも、俺はそうだった。


「――お兄ちゃん、これがいいです。」


 だがしかし、何事にも例外というものがあるらしいというのを、俺はこの日初めて知って、頭を抱えそうになっていた。


「あー……。」


 俺の事をお兄ちゃん呼ばわりしつつ、控えめに女子であるメルシーが速攻で選んで来たのは、一着の古着。

 それを見て、俺は即座に無い、と判断を下して取り上げていた。


「流石にこれは無いだろ?多少高くても、生地が丈夫で継ぎ接ぎされてないのを選ぼうぜ?な?」


 新品は高いのが当たり前だし、オーダーメイドになりやすい。この為、平民なら古着屋で買うのが一般的なのだ。

 それ故に、古着屋を訪れたわけだったんだが――。


「ええと――。」

「無いったら無い。もっと綺麗なの持って来いよ。たまの買い物なんだから、遠慮はするな。」

「は、はいぃ。」


 古着の中でも、特にボロボロで継ぎ接ぎだらけの物をメルシーが持って来てしまって、俺は思わず溜息を吐いてそう送り返していた。

 よりによって何故それなんだ!?と思うが、戸惑うメルシーを前に流石に叫びだすわけにもいかず、悶々とする。

 その後も、あたふたと六着くらい持ってきたメルシーなんだが――それでもボロだったり汚れが酷い物ばかりだった。

 流石に設定云々以前の話になってきて、切れて突っ込んだ。


「兄貴に遠慮する妹がいるかっ。一着じゃなくて、いっそ十着ぐらい持って来いよ。滅多に来れないんだから、今の内に買い揃えるのは当然だろ?」

「は、はいぃ。」


 涙目になりながらも遠慮する余所余所しい態度の妹――もとい、メルシーが、再び衣類の並べられた場所へ向かう。

 一応、二人で兄妹って事にしておく事で、他を牽制する事にしたのだ。

 だがしかし、それが早くも妹役の行動で設定が崩れそうで、思わず突っ込みを入れてしまうくらいには、突っ込まざるを得ない態度を取られてやれやれと首を横に振る。

 しかし、


「だから、ボロじゃなくて綺麗なのをだな――。」

「はい。」

「そうじゃない、継ぎ接ぎがされてないのを選べって。」

「は、はい。」

「だから、なんでそれで汚れたのを選ぶんだ。そうじゃなくて、綺麗なのにしろって。」

「ふえ、はいぃぃ。」

「――ああもう!」


 その後も延々とボロばかりを選んでくる彼女に焦れて、俺は一番綺麗な古着が並ぶ区画へと連れ込む。

 どこの世界に妹へ服をプレゼントしようとする兄貴が、ボロを買い与えるっていうんだよ!


「お前なぁ。どうせ選ぶならこういうのを選べよ。女の子だろう?」

「え、えっと――。」


 そこに並べられている一着を手にすると、サイズが合うかどうかを見ながら口を開いた。

 メルシーの肩に合わせてみると少し丈が短いが、朱色のワンピースは中にフリルがたっぷりと詰められていて、胸から下のラインがふっくらとする感じになる。袖もない夏用のようだが、そのデザインは悪くは無かった。

 やせ細っている今の彼女なら着れない事も無い服だろう。ただ、ちょっと小さ過ぎるかもしれないと思い直して、元の場所へと戻して違う服を手に取る。


「んー、こっちの方がいいか?」


 次に手に取ったのは明るい緑のワンピース。こちらも下がふっくらとしているがスカート丈が長い。くるぶし近くまで足が隠れるので、これならはしたないと言われる事も無いだろう。

 あんまり短い丈だと、身長が伸びてから着れなくなってしまう事もあるしな。リメイクするにしても、このくらいは大きい方がやりやすくて良いはずだ。

 他にも空色や薄紫色等を選び取り、防寒用にコートも二着選んでおく。後は、これらの服に合いそうなシェルボタンや、リボンを選べば何とかなるだろう、きっと。

 その間に、メルシーには選んだ服に着替えておいてもらった。


「他に欲しい物はあるかー?」

「な、無いです……。」


 戻ってきたメルシーへと尋ねれば、消え入りそうな声で呟かれて思わず天井を仰ぐ。

 まだ遠慮しているらしい。とりあえずは、その余所余所しい妹役の頭を軽く叩いておいた。


「気になるんなら、一人前になってから返せばいい――弟子は、師匠の言う事は聞いておくもんだぜ?」


 小さな声で言い聞かせておいてから、俺はそっと息を吐き出す。

 これに、


「――っ、はい。」


 メルシーの目にようやく迷いが無くなっていた。

 それに、俺はウンウンと一人頷く。


「そうそれ、今くらい元気でいろよ。」

「はい、お兄ちゃんっ。」

「必要なのがあったら、遠慮なく言っていいからな?予算は気にしなくてもいいから。」

「はいっ。」


 そんなメルシーに他に欲しい物が無いか促して、店内を見渡す。金は冒険者組合とおっちゃんの店にとりあえず卸す事になった魔法薬ポーションの代金があるから大丈夫だろう。

 ざっと見た感じ、店ではレースや毛皮、絹製品が高くて、次いで、綿製品や貝殻等を使ったボタン類、最後に麻製品が来るようだ。それとは別に、ほぼ捨て値なのが、ボロや汚れが落ちずに酷い状態の物となるらしい。

 そんな店内を見渡しながらも、最初に手に取った緑のワンピースへ着替えたメルシーに、何かの毛皮で出来た白っぽいコートを着せる。フードもあるのでそれを被せて見たら、見慣れぬ物がくっついていた。


「なんだこりゃ――猫耳か?」

「なんですかぁ?」


 ご丁寧に立つように取り付けられていたのは、三角形の耳だ。それが、フードの上でピョコンと飛び出ていて、頭部に手を伸ばしたメルシーの指先でへにゃりと曲がった。

 子供らしいと言えば子供らしいんだが、ある程度したら取ってやらないといけなくなるだろう。

 まぁ、今は似合っているし、他にしっかりした生地のコートは一着しかないので、予備として考えるなら十分だとは思うが。


「――んじゃ、これでいいかね。」

「毎度ありがとうございますー。」


 そんな古着やら何やらを持ち込めば、ニコニコと店員が笑顔を浮かべた。

 満面の笑みだが、その理由は大量に購入したせいだろう、きっと。

 金貨一枚が吹っ飛んだし、まぁ仕方無い。全部で十二着+αだしな、このくらいはしても別におかしくは無い。


「後は、歯ブラシと下着類――それに、後はアレがあったな。」


 店を出てすぐに、路地裏で【空間庫】を開く。中に邪魔になる荷物を押し込めると、他の購入予定の物を思い出して呟いた。

 アレとは生理用品の事である。どこで買うのが良いんだろう――というか、どこなら売ってるんだろうか?

 そうして、しばし逡巡した後、


「――先におっちゃんの店に行こうか。雑貨店だから、歯ブラシなんかもあるだろうしな。」

「はいっ。」


 そう呟いて、昨日も行ったおっちゃんの店に向かう事にした。


「その前に、俺も着替えておくか。」


 しかし、道中はどうにも邪魔が入りやすい為、ここで一手を打つ事にした。

 やらないよりはまぁマシだろう。

 さっきの古着屋は人が少ないし、牽制出来ていたからいいものの、通りだとあっという間に囲まれる。なので、これはもう変装なりなんなりした方が良いという判断だ。


「どうしようかねぇ?」


 とりあえずは【空間庫】の中に入れてあった緑のコートを手に取ると、それに着替えて鼠色のフード付きローブと取り替えた。

 鍔付きの帽子を深く被って顔が隠れるようにした後は、ついでにマフラーも取り出して少し考え込んでみる。


「ふむ――切るか。」

「え?」


 伸びて邪魔になりつつあった長い髪。脱色した事で大部分が白いんだが、途中から伸びた分は黒くて耳の下辺りで二色になってしまっている。

 それを留めていた髪留めを解いて、首の後ろで一括りにすると、腰の短刀を引き抜き、一息にばっさりと切り落とした。


「――っ。」


 息を飲む気配がしたが、何の事は無い、メルシーが驚いて目を丸くしているだけである。

 それに笑いそうになりながらも、脱色した為に真っ白になっていた長い髪を切り落とした事で、幾分、気分がすっきりとして俺は上機嫌に口を開いていた。


「おー、軽くなったな。割りと重たかったのかこれ。」


 大分前から切る余裕が無くなってそのまま放置していた長い髪。腰のあたりまで伸びていたので、結構邪魔でもあったのだ。

 その髪を切って大分短くなった事で、首周りも風通しが良くなってしまったらしい。少し、肌寒く感じる。

 そこに取り出したマフラーを巻きつけると、後は顔にかかってくる鬱陶しい前髪を横に流して、ピンで留めると帽子を被り直した。


「――よし、これでいいだろ。」


 そんな俺の行動に驚いたのか、固まってしまっているメルシーは目を丸くしたままだ。

 硬直していて、歩き出しても動かないので、その手を引いて歩き出した。


「行くぞ――?おい?」


 数歩歩いたところで硬直が解けたのか、ややヨロヨロとしながらも着いてきたんだが――通りに出る前に、突然、泣き出してしまった。


「ふ、えええっ。」

「は?え?何?どうしたの?」


 それに、狼狽えながらも、後ろから聞こえてきた鳴き声に振り向いて立ち止まれば、余計に泣き出して号泣しだすメルシー。

 思わず中腰になって目線を合わせると、何故か謝罪を繰り返されてしまって、俺は余計に混乱してしまっていた。


「ごめっ、ごめんなさ、ごめんなざい。ごめんなざいぃぃ。」

「いやいや、なんで謝るの?一体、なんで?」


 突っ込む俺に、しゃくり上げ続けるメルシー。

 相当不安定になっているな――と思っていると、思いがけない事を言われて思わず突っ込んでしまっていた。


「私の、せいで、髪、切る事になって、女の命、なのに、ごめんなざ――っ。」

「いや、待て。俺は男だ。髪切っても別に何とも無いぞ!?むしろ、短いのが普通だ!」

「ううううっ。」


 そこでなんで女の命が男の俺に当てはまるんだよ、おかしいだろおい!?

 突っ込みを入れても泣き出続けるメルシーのデコに向けて、チョップを一発軽く入れておく。

 お兄ちゃん呼びさせておいたのに、なんで女と間違われてるんだか――いくらなんでもそれはおかしいだろ!?俺は姉ちゃんじゃ無ぇぞ!?


「俺は男だっ。だから、髪を切っても何も問題は無い。それに、メルシーのせいでもないぞ?」


 そう告げてやっても、


「ふえええっ。」

「ああもう泣くな。髪切ったからって、泣くような事じゃないだろうが。」


 全然泣き止まない様子に、俺はしばらく路地裏であたふたとしてしまった。

 何が事線に触れたのかは知らんが、グスグス泣かれても困る。俺は保母さんでもメルシーの母親でもないんだよ!


「全く――とんだ弟子だなぁ。」


 そんな俺の内心を他所に、苦笑いを浮かべた俺の胸の中で、暫くの間メルシーが泣き続けた。


 めっちゃ不安定になってるメルシーちゃん。環境の変化もあって余り眠れず、当人も気付かないままに支離滅裂になってるのがこの回。

 主人公はそこまで気付けていません。宿で同じ部屋を取っていれば気付けたかもしれませんが、女の子と同室は不味かろうと配慮した結果、彼女が寝不足になっているのも、悪夢に魘されているのも、現状ではまだ気付けていないという。

 気付くのは、自宅に戻ってからとなりますので、今しばらく振り回される事となります。


 2018/11/22 加筆修正を加えました。


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