105 その錬金術師は冒険者組合でも交渉する
おっちゃんの長い名前が判明。
実はエブリスタで書いてて、更新が止まってる作にも出てきます。多少こちらのネタバレになるので、URLは貼りませんが。
多分居ないとは思いますが、もしも作者の名前から探し出してそちらを読まれる方は、ご注意下さい。
「はっはっは――その金額はちょっと無いんじゃないか?」
険悪な雰囲気が漂う中、口を開いたのは行商人のおっちゃんこと、ディアルハーゼンその人。
「何を言いますかな。商人ともあろう方が。」
それに対して真っ向から否定するのは、冒険者組合支部の支部長だった。
「はぁ。」
その二人に挟まれるようにして、俺は溜息を吐き出しつつ、再び眠りこけたメルシーに毛布を掛けてやる。
冒険者組合でも卸すなら連れて行けと迫られて、こうして連れてきたんだが――話の途中で、おっちゃんと支部長との間で対決が始まってしまった。
まぁ、なるようになるだろうと俺は静観を決めたんだが、これが大間違い。ヒートアップした二人は、互いの意見をすり合わせる事もなく、押し付け合いを始めてしまった。
「これだけの技術者が生み出す品、高値に設定せずして商人ともあろう方がどうします。搾り取れる時には絞り取らないと。」
そう力説するのは、冒険者組合の支部長その人。どうやら、設定金額が安すぎるという認識らしい。
別に本気で搾り取るつもりなわけではなく、魔法薬に安易に頼らないよう、高めに設定しておくべきだという考えの下、発言をしているようだ。
「それこそ無いな。市場を圧迫し、客離れを引き起こすだけだ。最悪、二度と売れなくなるぞ。」
その発言へと否と唱えたおっちゃんは、なるべく多くの人に手に取れる方面を望んでいるらしく、ここが二人の会話で平行線になっている原因だった。
行く行くはそうすべきというのは俺も同意ではあるんだが、かといって最初から安すぎるのも問題なので、どちらか一方の主張は取り込めない。
主に、魔女達の食い扶持を奪いかねないという点と、必要とする層へ供給出来なくなるという点で、安すぎるのも高すぎるのも金額設定としては困るのである。
「売れないという事は無いですし、需要があるのだから大丈夫でしょう?」
それに口を挟むのは秘書の女性。二人の間を取り持つように、なだめようとしている。
ここでの価格を取り決めるのは、別に俺じゃない。直接売買するのはこの二人だし、原料と手間暇に関しては教えてあるので、後はお二人でご自由に設定をどうぞ――というスタンスだったのだ。
重要なのは、後先考えない馬鹿には手が届かない程度の金額で、本当に必要となる者には手が届く金額に設定してもらうことである。
だが、その話し合いにしては、二人の会話が怪しくなっており、今では完全に睨み合いになってしまっていた。
どうしてこうなった――?
「いやいや、憶測や妄想で語るもんじゃないぞ。これは今後、値崩れするのは間違いない代物なんだ。敢えて悪評を流すような事をするのは、愚か以外の何ものでもない。」
「それこそが愚かというものですな。魔法薬には使用者の免疫能力や再生能力を低下させる副作用がある事が報告で上がっています。多用しないように、予め高値に設定しておくのは至極当然の流れでしょう?」
「だからって高すぎても駄目だろうが!」
「安すぎるのも駄目ですぞ!」
真っ向から対立し合う二人だが、最初は高めに設定しておいて、徐々に下げていく案を俺は押したい。とても押したい。
だがしかし、ヒートアップしている二人には、俺の「あの」とか「ちょっとー?」なんて声は聞こえないようで、二人だけで話を進めていくせいで全く入り込めなかった。
持ち込んだのは俺のはず――なのに、会話の中心から外されてしまっていて、若干辛い。
その事にチラリと相席している秘書の女性に目を向けると「しょうがない」とでも言いたげに、何故か棍棒を取り出して来た。
それに俺は「え?」と口を開いたままに、固まって見送ってしまう。
「――いい加減にして下さいな、お二人とも!」
その言葉が響いた次の瞬間、目にも止まらぬ速さで二人の人物が机に沈みこんだ。
沈んだのはおっちゃんと支部長である。ドゴゴッという鈍い音が聞こえてきて、俺は思わず手を合わせて合掌していた。
(うっわ、今の痛そう……。)
なんて思いながら。
そんな中に、秘書の女性の怒声が響いていく。一瞬、膝枕していたメルシーが目を覚ましたが、すぐにまた眠りに落ちるのが見えて、そっと息を吐き出した。
「依頼人そっちのけで話を進めてどうするんですかっ。まずは、御本人の意思を伺うのが先でしょう、お二人とも!」
「「はい……。」」
そんな俺達を他所にして、棍棒を片手にした女性が「全くもうこれだから男は――」なんて呟いているが、未だにその棍棒は構えたままなので、威圧感が半端無かった。
見た目が出来る女性という感じで、ピシッとした姿が凛々しかったのに、まさかの棍棒使用者でギャップが酷い。
いや、相乗効果で酷いのか?――何はともあれ、酷いんだよ、うん。
(今の世の中の女性は逞しいんだな――そういう事にしておこう。)
変に思うのは自殺行為である。主に、秘書の女性の怒りを買うという点で。
そんな事を思いながらも、ようやく冷静さを取り戻したらしい二人へ、俺は慌てて口を開いていた。
女性の顔がこちらに向いて怖い。何か察したみたいで、凄く怖かった。
「最初は高めに設定しておいて、徐々に下げて行けばいいんじゃないでしょうかね?」
これへ、支部長が満面の笑みを、おっちゃんが渋い表情を浮かべて見せる。
また喧嘩になるか――と思ったが、それよりも恐怖がすぐ近くにいるせいか、睨み合いの展開はもう起こらなかった。
「おお、本当かね?それならいっそ、うちで講習を開くというのはどうかね?」
「魔女達と対立するぞ?安易にやるもんじゃないな、それは。」
「まぁ、そちらは何とかなったら、ですかね――後継者はまだまだ増やさないと、また技術がどこかで途切れる可能性がありますから。」
「ううむ。」
「難しい話だな。」
安すぎる値段設定でも魔女達と対立する可能性があるんだが、おっちゃんは気付いているんだろうか?
まぁ、この辺りは俺が誘導していく話だろう、きっと。そう思って、更に口を開いていく。
「細かい金額設定は、先にサイモン殿――ご領主様のところへ伺ってからにしましょう。朝一で面会希望を伝えてありますから、昼過ぎくらいには連絡が来るはずです。」
「用意がいいですな。」
「一応、知り合いでもありますからね。」
支部長の素早い突っ込みに、俺は苦笑いを浮かべる。
そこに、おっちゃんが余計な口を挟んできた。
「救世主の件か。」
それに、思わずげんなりとしてしまう。
「――その呼び名、いい加減やめません?」
出来れば、噂から何から消えてしまって欲しい。
この分不相応な肩書のせいで、歩くだけで人が寄り付いて来て、非常に迷惑しているのだ。
そんな騒動におっちゃんも巻き込まれたはずなんだが、彼はケロリとして言い放ってくれた。
「それで通ってるんだから、仕方無いだろうに。」
実際そうなんだが、だからって仕方無いで済ませられる程、俺は心が広くない。
むしろ、この状況は苦痛でしかないので、さっさと沈静化してくれないかと思っていた。
「うーん。普通に魔法使いとか、魔術師でいいんですけどねぇ。」
これに、
「魔術師はともかく、魔法使いは少ないとは言えいるからな。魔術師でも似たり寄ったりに思われるし諦めろ。」
「ううーん。」
おっちゃんから告げられてしまい、今度は俺が良い案も浮かばず机に沈んだ。
そんな状況にある為、移動だけで疲れる。なので、連絡する先はここ、冒険者組合にしてあった。
この為に、しばらく待っていれば兵士辺りが知らせに来てくれるだろうと、俺は眠りこけるメルシーを見てそっと息を吐き出すと、全身の疲れにぐったりとだらけた。
そんな中で、
「ここに来たのは、そもそも領主様のところに行く予定だったからだしな。」
「なんだ――それならそうと先に言ってくれ。準備しなければならないだろう?」
おっちゃんの言葉に、顔を顰めつつも支部長が席を外そうと立ち上がり、俺は顔を上げた。
そこに、
「フットワークが軽いのは良いんですが、書類処理は早めに済ませて下さいね?」
「分かっているとも。」
秘書の女性が声を掛けて、支部長は身支度を整える為か、そのまま部屋を出て行く。
それを見送ると、横から覗き込んできたおっちゃんが、俺の膝の上で眠っている人物について尋ねてくる。
「――その子は大丈夫かい?」
おっちゃんの瞳に浮かぶのは、心配の色。朝から何度も眠りこける様子に、気が気でなくなったという感じだ。
お茶やお菓子が出されても手を付けずに眠る子供なんて、確かに異常だろう。心配するのも分かる。
だが、
「多分、精神的な疲れが出てるんだと思いますよ。祖父を失った後、家も何もかも取り上げられて、寒空の下に放り出されていたようですから。」
「酷い話だな――これだから、開拓村の人間は信用ならんのだ。」
その言葉に、俺は首を傾げる。
「何か過去にも?」
「ああ――この辺りに移り住んでくる村民は多いんだがな、中にはならず者も少なからず居るんだ。場所によっては、そういった連中が幅を利かせて、村の中で貧富の差が生まれてしまったところもある。」
「あー……、それは、なんとも。」
多分、メルシーの場合もそうなんじゃないかと思ったんだろう。
だが、この子の場合はちょっと違うというのが俺の予想だった。
お人好しなところに付け込まれて、多分巻き上げられたとかそんなところじゃないだろうか。そして、それをやったのは大人達ではなく、子供の方に居る気がしている。
(可能性としては、あの馬鹿姉妹が筆頭に上がるからなぁ。)
あの開拓村の大人達は、そこまで性根は腐っていない。少なくとも、メルシーが身に付けている笠や雪蓑は、村の誰かが作ってくれたもののはずだからだ。
メルシーの祖父が亡くなったのが、おそらく俺が土産を渡した一週間くらい後の事だし、それから少ししてから雪が降り出した。なので、そのくらいになってから、誰かが彼女へと作ってくれたんだろう。
それを考えてみれば、大人達は少なくとも目をかけてくれていたんだと思う。
もっとも、引き取ったりという発想にまでは至らなかったのか、あるいはそこまでの余裕が無かったのかまでは分からないが、結果として寒空の下に放り出されてしまったようだが。
そんな事を話していると、
「中途半端な事をしますね、その村も。」
それまで黙って聞いていた秘書の女性が、近くに棍棒を立てかけて近付いて来た。
見た目は凛々しくて、吊り上がり気味の瞳がともすれば厳しい印象さえ見せているんだが、眉尻が下がると途端に優しげに見えるから不思議だ。
しかしながらも、それでもおっちゃんは目に見えて後退り、俺は一瞬だけ硬直してしまう。
それに不味い――と思っていると、ドタバタと騒々しい足音が響いてきて、バンッと大きな音が響いて扉が開いた。
全員の注目が、そちらへと向かう。
「――話は聞いたぞ!その村、ぶっ潰してくれる!」
入ってきたのは、着替えている途中だったのか、シャツの上に上着を引っ掛けただけの格好をした支部長。
ズボンは履いてはいるが、前は開いてしまっている。つまり、アウトだ。
「いやいやいや待て。待ってくれ。」
そんな彼と彼女に向けて、待ったの声をかけるが、
「子供に何たる仕打ち!大人として黙っては見ていられんぞ!今直ぐにでも行こう!」
そう言って再び部屋を出ようとしたところに、ヌッと姿を現したのは――般若が一人。
片手で支部長の襟元を掴み、もう片方の手に持ってるのは棍棒である。その額に浮かんでいるのは青筋。頬は引き攣り、若干涙目で、怒りの形相をしていた。
「な、なんだ?」
「だから、待てー!」
そんな表情を浮かべている彼女が、持っていた物を大きく振り上げる。
それに対して俺の上げた絶叫も虚しく、
「この、変態ー!」
「――ぐふぉっ!?」
秘書の女性が振り下ろした棍棒が、再び支部長の頭にヒットして、崩れ落ちるのが見えた。
どう見ても自業自得なんだが、今ここで気絶させられても困る。この後、会談が待ってるのだから。
「あーぁ。」
しかし、のびてしまった後ではもうどうしようもない。
思わず、俺は天井を見上げていた。
そんな横では、
「南無三……。」
手を合わせて合唱するおっちゃんが、やや青ざめた顔で、完全にドン引きしていた。
ごろつきすら下手をしなくても加入している冒険者組合。荒事専門なところがある為か、駆け出しはともかく上のランクからは基本的に討伐がメインです。これは、どの作品でも傾向としてありますね。
そんな場所の経営に当たる女性が、か弱いわけがない。むしろ、バリッバリの戦闘能力保持者でしょう、きっと。
よくある受付嬢みたいな、顔だけで選ばれる女性はこういった場所には向いていません。というか、窓口に座ってる時点で馬鹿にされて、相手にしてもらえないと思われます。
何せ、実力主義が行き過ぎて、暴力が支配しかねない場所ですから。
女子供ってだけで馬鹿にされたり絡まれるような民度の低い設定で、年若く見目麗しい女性が勤められるとは到底思えません。そして、勤めたいと思う女性も居ない事でしょう。私はご遠慮した。
貞操の危機と金を天秤に掛けるなら、風俗嬢にでもなっていますもの、きっと。
結論としては『冒険者組合に若い女性がお見合いよろしく座ってるわけがない』です。
2018/11/22 加筆修正を加えました。
2018/12/07 加筆修正を加えました。後々また出てくる支部長の言葉遣いをちょこっとだけ修正。




