103 その錬金術師は保護者となる
早朝になってようやく目を覚ましたメルシーちゃんに、お茶と粥を半ば無理矢理胃に詰め込ませて、自宅へと引き上げる。
リルクルがやらかした被害状況が未だ全部は確認出来ていないが、こっちは後回しだ。
先に弟子となったメルシーちゃん――もう同胞になるし呼び捨てでいいか――メルシーの置かれてる状況の確認と、必要なら手続き等を済ませてしまわないとならない。多分、俺一人でも何とかなるだろうし、必要なら家にまで兵士を連れて来ればいいだろう。
そう思って口を開いたんだが、
「ちょっと貿易都市まで行って話をつけてくるから、ここで待っててくれ。」
「お、置いていくの――?」
即座にメルシーが反応を見せて、ひっしと袖を掴まれてしまった。
(動くに動けないんだが――。)
そう思って見下ろせば、どうやら精神的にかなり参っているらしい。
全く余裕が見えない様子を伺わせるその姿に、俺はどうしたもんかと頭を悩ませた。
「一人にしないで下さいぃ……。」
「あー……。」
袖を掴んだままに泣き出しそうな様子を見せる彼女は、まさに子供の反応だった。
祖父を失い、後ろ盾も何も持たず、村ですら冷遇されたんじゃないかと思えるこの子の状況を思えば、まぁ分からないでも無い。
だがしかし、このままだと動くに動けないので、彼女が納得してくれそうな案を模索して頭を働かせた。
「それなら、一緒に行くか?弟子になる為の報告と、相続関係の確認をするつもりなんだが。」
これに、
「は、はいっ。」
勢い込んだ様子で彼女が返答してくる。
着いて来てくれって言うなら、こちらとしても有り難い話だ。遺産の相続までは、本人じゃないと手続きが出来ないだろうしな。この辺りは、俺だと確認がせいぜいだろう。
そう思って出したこの言葉だったんだが、
「行きます。一緒に行きますっ。だから、置いていかないで下さい!お願いします!」
「お、おう。」
半ば食い付き気味に返されてしまい、俺は若干引き気味で返答を返していた。
今の彼女は、かなり性格が変わってしまっているようにも思える。そこには、以前あったようなのほほんとした様子は皆無だった。
しかしながらも、それだけ自身が置かれている状況を正確に把握出来ているということだろう、きっと。状況も理解せずにヘラヘラと笑われているよりは、マシなはずだ。
そう思って、俺の服を貸してやる事にして【空間庫】を漁る。
ただ、
「――んー、やっぱり、サイズが合わないな。」
背中に合わせてサイズを確認してみたんだが、どれもこれも大人と子供では体格があまりにも違いすぎて、彼女に俺の服ではサイズが合わない。
加えて、メルシーは女の子だ。華奢な体格なのも相俟って、全然サイズが合わず、俺は頭を悩ませた。
「今から作ってたんじゃ、時間が足りないし――。」
これに、
「す、すみません。」
「いや、謝る事じゃないさ。」
メルシーから謝られたが、俺はそれを押し留めた。
服のサイズが合わないからって、謝罪されても意味は無い。元より分かっていたことなので、今度は和服を【空間庫】から取り出した。
洋服よりはこちらの方が合わせやすいだろう。腰のあたりで何度か折り返せば、多分、何とか着られない事も無いはずだ。
「体格が違うのは当たり前だし、大人と子供なら尚更違って当然だろ?だから、別に気にすんな。」
むしろ、これで差が無かった俺が泣く。ガチで泣ける。
少女と同じ体格とか、男ならプライドがズタボロになる話だからな。ましてや、相手が小さい子なら尚更だ。
「和服なら何とかなりそうだな――靴が無いのが痛いが、こっちは即席で何とかするかね。後、その前に。」
「?」
キョトンとしているが、今のメルシーは言っては何だが、結構汚い。
何日も風呂に入っていないのは当然で、これは開拓村で過ごす上では仕方の無い事なんだが、それでも汚いものは汚いのだ。
なので、風呂の入り方から教え込む事して、浴室に連れ込み、そこにある石鹸の使い方等を順を追って説明していく。
「浴槽に入る前に洗い場で湯を被って、全身を洗う事。その際に使う石鹸とかは、いくら使っても良いからな。」
「は、はいぃ。」
俺の言葉に、何故かたじたじとなるメルシー。
なんか、今度は俺がメルシーに引かれてるっぽいんだが、その可能性にまさかなと思いつつも話を進めていく。
別にこの歳になって一緒に入るわけじゃないし、これからは風呂を使うようになる機会はいくらでもあるだろう。そう思えば、今の内に叩き込んでおくのが良いはずだ。
「遠慮は絶対にするなよ?綺麗になってなかったら、もう一回風呂場に突っ込むからな?分かったら返事だ、ほれ。」
「はい!分かりましたっ。」
「よし。タオルとかはここに置いておくから、風呂から上がって着替え終わったら声をかけてくれ。俺は作業をしてる。」
「はい!」
元気よく返事を返してきた彼女に頷いて返して、俺は脱衣所を出た。
それから【空間庫】をまた開くと、板と布、裁縫道具に綿なんかを取り出して、サイズを小さくした設計図を厚紙で作り、チクチクと縫っていく。
作るのは冬用のブーツである。多少サイズが違っても、小さすぎない限りは何とかなるだろう。
これに、彼女が履いていた藁で出来た雪靴を履かせれば、貿易都市まで保つと思う。多分だが。
「しっかし、鶏小屋とかあったはずなのに、どうしたんだろう?」
メルシーの祖父は、鶏小屋を持っていて世話をしていた。
そこで飼われている雌鶏達が産み落とす卵だけでも、十分な食料が確保出来たはずだ。余るようなら物々交換で他に手に入る物もあっただろうし、栄養状態が悪いという事態には陥らないはずである。
それに、家を取り上げられたって話も気になるところだ。
なんとなくだが、何かよからぬ事が起きている予感がひしひしとしてきて、俺は顔を顰めていた。
「最悪、権力を盾に動く事になるかねぇ――証書は、うん、あるな。」
王からの報酬の一部に、俺がとった弟子への保護も含ませておいてある。
これは、弟子を人質にされたりして逆らえなくなる状況を回避する為の手段だ。
おそらくだが、俺の師も過去に同じ事を考えて、弟子だった俺を含めた兄弟子達全員の保護を国に約束させていたのだろう。
その関係で、俺は王都にお呼ばれしてるしな。多分、間違いは無いはずだ。
「仮死の魔術陣も作れたら良かったんだが……。」
これに関しては、俺の技量だけでは作りきれない。
材料も現状では入手困難だし、おいおい腕を磨いて作れるようになっておいた方がいいだろう。
(基礎を教え込むのには半年はかかるか――そこから、応用で数ヶ月、早くても一年かね?)
魔術師として育てるのは勿論だが、錬金術師としても腕を磨かせた方が良いだろう、きっと。
場合によってはそれが、彼女の役に立つはずだ。将来を考えたら、魔女達の集落に引っ越させるのが良いのは間違いが無いしな。利用されないよう、人の悪意から身を護る術も教えていかないとならない。
「――覚えさせる事が多いなぁ。」
だがしかし、苦労はさせたくないし、そんなのは俺一人で十分だと思う。
子供はただ笑って日々を過ごせば良いのだ。
その為にもまずは、彼女が置かれている状況の確認が必要だろう。そうして、引き継ぐべき遺産を引き継がせて、住み込みで叩き込んでいく方面で考えよう。
そこまでを計画しつつも、後はチクチクと布のブーツを縫っていった。
「――出来た。」
完成品は、中綿の入ったショートブーツが一つ。
それを一足作り上げ、裁縫道具を片付ける。
すると、
「あの、上がりました……。」
「ん?」
何時の間にやって来たのか、風呂から上がってきたらしいメルシーが直ぐ横にいて、落ち着かない様子で佇んでいるのに気付いた。
ただ、足は未だに素足だ。その彼女に向けて、今しがた出来た靴を差し出し、俺は裁縫道具と余った生地なんかを片付けていく。
「ほれ、とりあえずそれを履いてみろ。きつかったり緩いようなら、教えてくれな。」
「え?え?」
何故か戸惑っているが、俺は作業を続行だ。
そうして、掃除まで済ませてから、未だに履いていない様子に気付くと、呆れたように溜息を吐き出した。
なんで履かないんだよ。折角作ったのに、まさか気に入らないっていうのか?もしそうなら怒るぞ、ちくしょう。
「――お前の靴だよ、それは。とりあえず、急拵えだからデザインに関しては文句言うな。後で、ちゃんとしたのは帰ってきてから作ってやるから。」
「え、えっと!?」
「いいから履けって、もう。」
中々履かない様子に焦れて、足元へと置いてやる。ついでに、手近な椅子を持ってくると、そこに座らせて履くように促した。
「おーい?」
それでも遠慮してるのか何なのか、一向に履こうとしないので、俺の額に青筋が浮かんでくる。
流石に苛々してきて、足首を引っ掴むと、無理矢理に片方を履かせた。
「お前はもう弟子なの!だったら、師である俺の言う事は絶対だ!履かないとか言わせねぇからな!?」
「ひゃ、ひゃい!」
「分かったらもう片方も履いとけ――その上から雪靴履くんだから、サイズの調整もまたしなきゃならんだろうが。時間かかるんだよっ。」
「わ、分かりました!」
慌てた様子で履き始める彼女に、俺はそっと溜息を吐き出す。
ここから王都までは歩きだ。その間、雪道を歩き続けるのだから、藁で出来た雪靴だけでは足が保たないだろう。
その為に作った布の靴である。それの具合を確かめさせてから雪靴の藁を緩めて、布の靴の上から締め直し、サイズを合わせ直していく。
「よし、これでいいだろ。」
足元は布のショートブーツに藁の雪靴、胴体は俺のシャツの上から襦袢を無理矢理丈を合わせて着せたし、腰帯でそれらは確りと留めてある。
袖は捲ってから中に縫い付けてある紐で崩れないようにして、その上から丈の短いコートを着せて、更に雪蓑と笠を被せてやれば、十分に寒さは凌げるはずだった。
見た目はどう見てもブカブカで着ぶくれしている状態なんだが、こればかりは仕方無い。彼女用の衣服は買い揃えるなり、帰って来てから作るなり、何かしら考えないとならないだろう。
やる事が色々と見えてくるが、おいおいやっていくしかないと諦める。
それでも、
「寒いようなら言えよ?」
彼女の性格を考えて、俺は釘を差しておくのだけは忘れなかった。
「お前どうも遠慮する質みたいだしな。それで我慢して風邪を引かれたらこっちが困るんだ。だから、無理だけはするな。」
「は、はい。」
実際、風邪を引かれてしまうと、現状で面倒を見るのは俺になるのは確定だ。
貿易都市までは、ここからだと移動だけで午前中が潰れるし、そこから手続きやら確認やらで今日一日は費やされる予定なのだから、動けられない状態に陥られると困るのだ。
そう思って念を押すと、
「えっと、大丈夫です。」
自身を見下ろしたり、キョロキョロと周囲を見ているメルシーに、俺は一つ魔術を行使しておいた。
「【温風】。」
使う場所は、主に髪の毛。より詳しく言うなら、半乾きだった頭部にである。
「ひゃ!?」
丁度、魔道具にあるドライヤーみたいな感じで、暖かな風が一方向へと吹き付けて、その風に驚いた顔をメルシーが浮かべた。
それを無視して、被せた笠を一時的に外すと全体を乾かしてやる。
そのまま乾くまで魔術を行使して、乾ききると解除して彼女の小さな手を引いた。
「――よし、行こうか。」
また袖を掴まれる前に先手を打つ形だが、素直に頷いて着いてくる。
手の掛かりそうな弟子に思えるが、まぁ子供ならこんなものなんだろう、きっと。
ギュッと手を握り返してきた彼女は、去年よりは少し背が伸びたようだが、それでもまだまだ小さいし、子供の範疇のままである。
「よろしくお願いします。」
「おう、任された。」
そんな彼女へ向けて茶化して言った俺の言葉に、ようやく調子が戻ってきたのか、メルシーの顔に笑みが浮かぶ。
そのまま、クスクスと笑いだした彼女を連れて、白銀の世界へと足を踏み出した。
こうして、俺と初の弟子の第一歩は、状況の確認から始まったのである。
主人公目線だと、メルシーは年の離れた妹みたいな感じです。
意外に子煩悩な面を見せている主人公ですが、しかし、クソガキ相手には容赦が無いという。
ようやく、物語の折り返し地点まで来ました。もう少しほのぼのが続きます。
え?ほのぼのじゃねぇだろって?そんな突っ込みは聞こえなーいー。
ヒントはR15。
2018/11/22 加筆修正を加えました。




