101 その錬金術師は弟子を迎え入れる
医療方面に力を注ぐ錬金術師にとっては、自然とは切っても切れない関係にある。
薬を作るにも自然由来の素材が多くて、原料の調達にはある程度の庭や畑が必要となるからだ。
この為に、手入れは元より土地の確保にも頭を悩ませる事が多いんだが、今の俺の場合だと、土地はあっても植物の移植が進んでいない状態にあったのが痛い話である。
そのおかげで、見事に足踏みをしている状態だったからな。畑や庭での植物の確保は完全には出来ていないし、今年に至っては、王都に連れて行かれたせいで畑の手入れだって余り取れていない。
そんな最中に起きた、今回の被害。
既に自宅から数十分程歩いたところなんだが、ここに至るまでにも薬草の群生地やら柿の木なんかが潰されてしまっている。
それに泣きたくなるのを堪えつつも、現状の把握に努め続けた俺は、とある場所を見て崩れ落ちた。
そこにあったのは、桃の木。
希少な薬の原料にもなるそれが切り倒されているのを見てしまっては、流石にその場に崩れ落ちてしまった。
「俺の桃がぁ。」
桃というのは、果実が食用となる他に種には血行を改善する効果があるし、葉には汗疹等へ効く効果だってあるのだ。とっても優れた薬樹である。
そんな桃の果実を今年は王都に連れて行かれたせいで食べる事が出来ていなかったし、去年は保護する為の紙袋が足りなくて殆どが収穫できていなかった。
桃って、味はとても良いんだよ。甘味が強くて、果汁もたっぷりで、まさしく桃源郷の文字に使われるだけはある樹木と言えるくらいには美味いんだから。
それ故に、来年こそは――と思っていたんだが、それがまさかの伐採済みである。
「よりにもよって希少な樹木と薬草の群生地を潰されてるのかよ――しかも、桃の木までも。」
こっちは人里離れて暮らす選択肢を選んでるってのに、わざわざそれを妨害するような今回の事態。
その中でも、切り倒されてしまった桃の木の無残な姿を見てガチでヘコんだ俺は、ヘロヘロとその場に崩れ落ちてしまった。
すぐそばでは、松の木に潰された野薔薇の姿もある。ところどころには倒木による被害が見え隠れしていたりして、とても辛い。
下草も大分刈られてしまっているので、冬に手に入る薬草の類なんかはこの辺りじゃほぼ全滅だろう、きっと。
その事に気付いて積もる雪の上、地面に手を着いてしまった俺へと声がかかってきた。
「ご、ごめんなさいー。」
着ぐるみのペンギンの頭部分を抑えながらもそう言うのは、この状況を作り出したリルクル当人だ。
謝罪しているそんな彼とは別に、俺の横ではメルシーちゃんが雪ん子のような格好をして、真っ白な息を吐き出しながらも俺の頭を何故か撫でていた。
「よしよし、ですよー。」
「……。」
慰めてるのか、馬鹿にしているのかと一瞬、考え込んでしまって無言になる俺。
多分、彼女は素だ。素でやっているに違いない。
しかし、この場合、よしよしってするのは、何か違うんじゃないだろうか?
(何かが違う、何かが。いや、しかし、それが何かと言われてもはっきりとしない!)
モヤモヤとして突っ込みそうになるのをぐっと堪えつつも、俺はリルクルへと視線を向ける。
若干、涙目になっているのか、視界の端が歪んで見えていた。
「なぁ、何やらかしてくれてんだ?樵でも無い奴が木を伐採したって、何の利用法も無いだろう?別に道を作るだけなら、石畳でも敷けばいいじゃねぇか。自然破壊はやめてくれよ、頼むから。」
「ううっ。ごめん、本当にごめんなさいっ。」
「はぁ。」
謝罪するリルクルからちょっとだけ視線を外して、溜息を吐き出すと、周囲を改めて視界に収める。
見えるその範囲だけでも、よくもまぁ――これだけ切り倒したもんだと思った。
雪がちらついてからこっち、まだ二月を過ぎたくらいだ。その間に、こいつは開拓村から真っ直ぐに道を切り拓いてきたらしく、馬車一台くらいなら通れそうな道幅が既に出来上がっていた。
しかしな?
――道を作るにしても、馬車を通さないなら、平たい石を敷き詰めて作るだけでも良いんだよっ。それだけでも、人が通るくらいの小道なんて十分に作れるし、目印にだってなるから、この状況は間違いなくやりすぎなんだ!
そんな事をつらつらと考えている俺に、メルシーちゃんが何故か「よしよし」を続ける。
これは、果たして突っ込み待ちなのかとしばし悩んで、先にリルクルの方を済ませようと口を開いた。
「とりあえずは、リルクルはしばらく森の再生に力を貸せ――このままだと、大型の魔物の侵入を容易くしちまうから、家なんて目立つものがあったら破壊されて終わりだ。」
「う、うん。分かったよ。」
大型の魔物というのは、その巨体故に開けた場所を好む性質がある。この為に街道のような広い道があると、容易に侵入してくるのだ。
それを討伐するにしても、俺の最大の攻撃手段である氷魔術との相性は大型種とは最悪である。巨体はそれだけで凍りにくいし、かといって効果の高い火や風だと、どうにも苦手なので戦闘では使いこなしきれないという難点があった。
土属性になってくると今度は防御には向いてても攻撃には向かないからな。結局は、大型の魔物が入ってきた時点で、この住処を捨てなくてはならなくなる。
ここまで作っておいて、そんなのは御免だった。
「あと、メルシーちゃんは大人が一緒で無い限り、村からはもう出ない事。いいな?」
「ええ!?」
これに、どういうわけか「なんで!?」と言わんばかりに目を見開かれる。
だが、別に言ってる事は当然の事だ。
草原の中ですらゴブリンに攫われてた子である。身を護る術を持たないのは分かりきった話なので、最初から危険なところには近付かさせるわけにもいかないのだ。
この為に、淡々と言い聞かせようと俺は口を開いて言った。
「さっきも言っただろう?お爺ちゃんを悲しませない為だ。」
「で、でも――。」
「でもも何も無いんだよ。死んでからじゃ遅いんだ。そう、命を粗末にするもんじゃない。」
「ううっ。」
普段は聞き分けが良い子のはずなんだが、今回はやけに粘る。
だがしかし、以前ゴブリンに捕まってるのを助けられたのは、完全に偶然だし、ここで言い聞かせておかないとならないだろう。
もしもあの時、少しでも遅れていたら――彼女は立ち直れないくらいの傷を心にも体にも負っていたかもしれないのだ。
それを防ぐ為にも、今ここできちんと聞き分けてもらった方が良い。馬鹿姉妹はともかくとして、この子とは少し交流もあるからな。一番近い開拓村の村長の孫娘でもあるし、多少気にかけておくくらいは俺でもする。
「前みたいに都合よく誰かが助けてくれるとは限らないんだよ。むしろ、そんな事態は滅多に起こらないんだ。それなのに、またゴブリンなんかに捕まってしまったらどうする?」
意地悪だとは思う。だが聞いてもらわないとならない事だ。
しかし、彼女は再び「ううっ」と唸ると、俯いてしまった。
そのまま、しばらくの間、気不味い沈黙が訪れてしまう。
「――はぁ。」
そっと息を吐き出しながらも、開拓村へ送り届けるべく立ち上がって、彼女の藁で出来た笠を被る頭部をぽんぽんと叩いてやる。
雪蓑と雪靴姿の彼女は、長時間雪の中には居られないだろう。はやいところ、送り届けてやった方が良いはずだ。
「何かあった時、俺は傍には居ないかもしれないし、また王都に呼ばれてて遠くに居る可能性もある。もしかすると、貿易都市に行っててすれ違うって事もあるんだよ――早々助けは来ないし、気付いても手遅れって事もあるから、自分でどうにか出来ない限りは、危険な場所には行っちゃ駄目だろ?」
後に、この言葉が悪かったんだと――俺は後悔する事になるんだが、この時の俺はそんな可能性なんて全く考えてもいなかった。
何せ、思いつくよりも早く、意を決したように顔を上げてきたメルシーちゃんの真剣な表情に息を飲んでいたからだ。
そこには、普段の彼女の穏やかさなんて無い。それどころか、張り詰めたような糸さえ見え隠れしていて、危うい雰囲気があった。
突然頭を下げて来た彼女は、そのまま懇願するように俺へと向けて口を開いてくる。
それに、俺は呆気に取られてしまった。
「魔法を教えて下さい!」
「――何故?」
その突然の変わりようには、ただ戸惑うしかない。
秋に訪れた時には彼女は家に居なかったが、対応したのは彼女の祖父で、変わりがあったようには見えなかったのだ。
少なくとも、秋の終わりに会った時は、至って何時も通りだったと思う。
大体、魔法を覚えるのは無謀だ。
下手をしなくても、彼女の場合だと魔女として利用されるのがオチだろう、きっと。
「なんで、魔法なんて覚えたがるんだ?」
「それは――。」
「憧れだけなら、やめておけよ?才能も努力も必要だし、使えるようになったからって、別に良い暮らしが出来るわけじゃない。それどころか、厄介事を招くだけだぞ。」
一見すると、魔法というのは奇跡を引き起こす超常現象として映る。使えない者も多いし、高い効果を齎す事が可能なら、それに憧れを抱く者もいるだろう。
――だがしかし、その実態は、常に抜身の刃を持ち歩いているようなものだ。
その刃が水属性のようになまくらの剣なら別に良いかもしれないが、下手に才能があって火属性のように鋭い剣だったならば――今度は権力者や悪党共に目をつけられて、生きた兵器として利用されかねない危険性を孕む。
そうなれば、良くて籠の中の鳥だ。
悪ければ、刃向かえないように念入りに飼いならされた暴力に成り下がってしまうし、使い捨ての駒にだってされる。
その可能性を分かっていながらも力を望むというのなら――それは破滅しかけているか、既に破滅に向かっている者だろう、きっと。
だからこそ、諦めるように言い含める。これは、彼女を思っての言葉であるだけでなく、俺自身の保身でもある。
「魔法なんて、別にいいものじゃないぞ?俺みたいに王都に連れて行かれるかもしれないし、そこで危険だと判断されたら殺されるかもしれない。利用できるだけの価値があったら、今度は部屋に閉じ込められて自由を奪われるだろうしな。」
実際、そうなりかけたしと、独り言を呟いた。
個人では複数の者が所属している組織や、人を雇える権力者等に歯向かうのは自殺行為なのだ。
お伽噺のように、国に歯向かってたたで済むような人間は早々いないのである。
人海戦術なんて取られれば、大抵はどんな人間だろうとも、何時かは捕らえられる。そうなれば、後は殺されるか首に縄をつけられるのがオチだ。
間違っても、平民如きが一人で国や領主に立ち向かえるはずがない。例え国外へと逃亡したとしても、逃亡した先で狙われるのは分かりきった話だった。
「もしも何かあった時、それが嫌で逃げ出せば指名手配される。そこから先、逃亡中に誰かを殺したり傷付けたりすれば、恨みを買って必要以上に敵を作ってしまうんだ。かといって従順だと、今度は使い潰されてどこかで命を落す事になるし、本当、魔法を覚えたからって、良い事なんて何一つ無いんだよ。」
魔法使いや魔術師というのは、何時、怖れられて迫害されるかも分からない職業だ。便利人扱いされる反面、謂れのない中傷を流される事も、決して珍しくは無い。
迷信に縋りたがる人間というのは一定数いるからな。この為に、根拠が無い事だと証明してみせても、最初から決めつけてくるような連中だと話も聞いてくれない。
人っていうのは、それくらいには自分が信じたいものを信じて、見たくないものは見ない身勝手な生き物なのである。
「魔法を覚えるという事は、同時に魔女になるという事なんだ――それは、分かってて言ってるか?」
「はい。分かってます。」
これに、意外な事に彼女はしっかりと頷いて返してきた。一瞬の躊躇いとか、戸惑いとか、全くもってない即答だ。
その事に今まで黙って聞いていたリルクルが驚いた表情を浮かべたが、俺だって同じである。非常に驚いた。
――決断が早すぎる。
てっきり魔法を使ってみたいだけとか、憧れただけなんだと思っていたんだが、どうやらそういう話でも無いらしい。
「――もう、他に無いんです。」
「何がだ?」
ただ、ぽつりと呟かれた言葉。
そのいきなりの独白にはついていけなくて、俺は首を傾げる。
瞬間、
「っ。」
今まで真剣な表情を浮かべていた彼女が、突然、くしゃりと顔を歪めた。
そのまま、大粒の涙を零しだした為に、ギョッとして後退る。
「えっと。」
俺か、俺のせいなのか?
そう思っていると、
「村にも、家にも、お爺ちゃん――居なくなって、しまって。私、一人になって。お家だって、とら、とられ、て、何も、無くて――っ。」
「それは――。」
耐えかねたかのようにして泣き出した彼女は、よく見れば髪がボサボサで艶も何も無い。頬は痩けているし、少し良くなっていたように見えていた顔は、今や真っ白だ。
少し押しただけでも、倒れそうなくらいには張り詰めた様子を見せている。それが余計に、彼女から切羽詰まっているのを伺わせた。
感じ取れるのは、危ういという感想。
時期に破滅するだろうという、後が無くなってしまったものの特徴で、何時暴走してもおかしくは無かった。
(あー、これ、不味いかもしれないな。)
過去、俺も迫害される危険性を知りながらも、力を求めた事がある。
まぁ、向いている属性が水だった為に、錬金術師へと転向したがな。それよりも向いていた属性はあるにはあったが――使いこなすよりも先に力に溺れて破滅するのがオチだと、当時の師に方向転換させられたものだ。
その結果、今の俺がここにるわけだが、目の前にいるメルシーちゃんは、力を求めたその時の俺よりも酷いかもしれない。
後が無いっていうのは、それだけで無理や無茶をしかねないのだ。
森の中に入ってきたのも、この辺りが多少は関係しているのかもしれないと思う。
以前、ゴブリンに攫われた事があるのだから、その元凶とつるまないという選択肢くらいは、彼女の中でも出せたかもしれないし。
そうなってくると、必然とこのまま放置するのは良くないと思えた。
「あれ?ちょっと待て、居なくなった――?」
ただ、話の中にあった言葉に、違和感を覚えて口を開く。
それに、俺はまさかと思いつつも声をかけてしまい、しまった――と、遅ればせながら気付いた。
「おじい、ちゃ、し、しん、死んで、しまって、も、もう、居ないのっ。」
「――悪い、辛い事言わせて。」
「うぅっ。」
彼女は更に泣き出して、フラフラと覚束なくなる。
それを支えて、ハンカチを差し出した。
どうにも泣かせてばかりだが、むしろ今は好きなだけ泣かせる方が良いのかもしれない。我慢に我慢を重ねて、今ようやく泣けたって可能性もあるし、泣かせたのは俺なんだから泣き止めなんて言えるわけもないしなぁ。
「あり、がと、ございま、すっ。ぐすっ、」
その後も、途切れ途切れながらも自身の状況を説明してくれる彼女に、何度か頭を軽く叩いてやる。
死んだ事を告げた直後は大泣きしかけたが、今は少し落ち着いて、答えてくれるようにもなっていた。
質問を選びながらも、アレコレと聞き出していく。
「それは、お爺ちゃんだけか?他の人もか?」
「お爺ちゃん、だけ、です。朝、起きてこなくて、冷たく、なってて。ひっく。」
泣きながらも説明しては、しゃくり上げる彼女の背中を頭部から変更してポンポンと叩き続ける。
リルクルが心配そうな表情を見せているが、会話に混ざってこないよう、片手で制しておいた。ついでに、この場から離れてくれると有り難いんだが、留まったまま動かないので、若干睨み合いになってしまう。
彼は無関係だ。下手に関わらせて収拾がつかなくなるよりかは、俺が対応するのが良いはず――そう思ったんだが、リルクルが動かないので睨み合いだ。
まぁ、話の方向性を纏めた後で、協力を申し込むというのならそれは好きにすればいいと思う。
ただ、とりあえず今は聞くだけでも聞いておくべきだ。情報が足りないしな。
「他に身寄りは?頼れる人は?居ないのか?」
俺のこの問いに、
「居ない、です。移り住む、前に、もう皆、死ん、でるから――。」
その言葉に、ああ、と心の中で呟く。
いきなりどうしたんだとは思ったが、つまりはこの子は、孤児になってしまったって事である。
祖父が亡くなり、二人で暮らしていたのが上手くいかなくなったわけだ。そうして、頼れる相手も居ない為に、弟子入りする事で何とか食い扶持を稼ごうとでも考えたのだろう、きっと。
「そっかぁ、大変だったなぁ。」
「うっ――ふえええんっ。」
そう告げてやれば、流石に限界だったようで、再び泣き出した彼女が抱きついてきた。これで落ち着くなら安いものだと、好きなようにさせておく。
とりあえず、冷え込むから周囲の雪を魔術で押し固めて、かまくらを作っておく。ついでに、地面をゆっくりと押し固めて少し掘り下げておいた。
しっかし――流石に村の中で家も取り上げられてしまったというのは、ちょっと状況が穏やかじゃない。
話だけでは見えてこない部分もあって定かではないが、祖父から受け継いでいる財産なり何なりがあるはずだから、今の彼女が置かれている状況とは噛み合わないだろう。
疑問に思う点が多いので、その辺りも含めて後ででも確認するとして、まともに教育も受けられなかった寒村の子供にただ調べろって言って放り投げるのは、流石に酷な話だから手を貸すか。
ちょっと面倒が多そうではあるものの、多分何とかなるだろう。貿易都市にでも行って兵士辺りを借り受けて来るのも良いかもしれない。
「家は、もう無いんだよな?」
「はい。はい、無いです――全部、取り上げられちゃって、残ったの、これだけ、だから。」
何とか慰めている間に下から見せられたのは、以前、俺が村長に預けた髪飾りだった。向日葵を模した、木製の板に黄色い硝子を嵌めた物である。
それを腕に着けたままで、片手でギュッと包み込んだ彼女は、それが唯一の財産だとでも言いたげに大切そうに抱え込んで見せている。
その様子をしばし見つめる事、数分。俺の中で固まりかけていた決意が、確りとした形になるのを確認する。
「――うん、分かった。」
最初の遭遇からこっち、人となりは勿論、体内に蓄積出来ている魔素量もある程度、見定めてある。
そこに加えて知った、メルシーちゃんの今の置かれている現状。
酷いなんてものじゃないだろう、きっと。
(抜け出す為に俺の手が救いになるっていうのなら、手を差し伸べてもいいかな――少なくとも、俺にはそう見えるし。)
何よりもこの子には、迫害されて尚、生きていく術を望む意思がある。
足を引っ張る要素が外部に無いし、弟子入りさせる条件としては、まぁ、揃っていると言えるだろう。
「?」
そんな俺の様子に、見上げてきて首を傾げた彼女の顔は、泣き腫らしていて酷い有様だった。
思わず、その様子に笑いだしそうになりながらも、どこか虚ろな様子で元気の無い彼女を見て、慌てて言葉――呪文を唱えていく。
「捨てる『もの』が無き者にこそ『魔』は与えられるべき『術』。
ならば、我ら『魔術師】たる者はその『知』と『身』を持ってして、破滅に向かいし者を正しき道へと導かん――。」
「――?」
唱えるのは弟子を迎え入れるに当たって、俺が師匠に受けたものと同じもの。
どういう意味があるかまではよく知らないが、これを使っておけば師の方から弟子の居場所が分かるようになるらしい。
今まで一度も使った事はなかったが、唱えるだけでも効果がある――という話を過去に教わっている。その際に、今後弟子を取る事があるのだからと、無理矢理に叩き込まれた。
まぁ、まさか使う事があるとは思わなかったが、結果オーライだろう、きっと。
「我、魔術師にして魔導の道を歩まんとせし者也。
我、教え子たる者にその道を指し示す事を担いけり。
我、誓う。
我、願う。
我、望む。
其へと正しき道を示す事を。
其が正しき道を歩みて我らの後を継ぎし事を――。」
魔導の道は険しいし、人の理解は得ら難いし、酷い時には怖れからの迫害を受けるなど、今までずっと、困難を極めてきているのだ。
それでもと望むのなら、全てを捨て去ってでも望めるのなら、同じ道を目指す同士として迎え入れる事は出来る話である。
大体、自ら生み出した技術の後継者は、誰だって欲しいものだしな。これは当然だろう。
しかし――それは『魔術師』であって『魔法使い』ではないのだ。
魔法使いは先天的に魔法が使える存在であって、後天的にはまずなる事が出来ない。
この為に、魔法使いは教え込むのが難しく、中々弟子を取れない傾向にあった。
だが、逆に魔術師ならば可能だ。というのも、努力次第ではどんな魔術も後天的に覚えられるからである。
「誓え。」
そんな魔術を行使して魔術陣を描き、次々に周囲へと展開していく。
金色の魔術陣は、その合間を埋めるように極彩色の色素が満たしていくと、すぐに明るく柔らかい光を放ちだした。
「汝、力を望むのならば、それは破滅から回避する為の術と心得て。」
これに、惚けた表情をしている様子に気付いて、空中に水魔法で文字を描いて見せる。
すぐに冷えて固まったその白い文字に、彼女はハッとした様子で慌てて何度も頷いて見せた。
「誓いを違わず、次代へと引き継いで行く事を誓え。
決して、破滅に向かわないと誓え。
さすれば道は示され、其は魔導への深淵を覗き込むだろう――。」
魔導の深淵が何かなんて、未だに俺にも見えていないわけだが、まぁ一生の内に見えれば御の字くらいなものだろう、きっと。
むしろ見えたもの次第では発狂するって話だし、見えない方がいいのかもしれない、本当は。
そんな事を思いつつも、新たな文字を書いて弟子希望者のメルシーちゃんへと誓いの言葉を促す。
どうにも限界が近いようだ。支えていないと立っているのも辛いようで、顔は苦痛なのか歪んでいる。
「ちかいます、誓います!破滅なんてしません!絶対、正しい道を歩きます!だから――。」
そこから先は、口を指先で止めて封じておく。
更に言い募ろうとしてるが、こっちが先だ。
というか、何時もの小さい魔術陣とは違ってバカでかいから、維持するのも結構疲れるんだよ、これ。
誓うと言ってくれるだけで条件は揃うので、察してくれとまでは言わないが、魔力量が上がってるからこそ出来てる事であって、以前の俺だったら発動直後でぶっ倒れてたのは間違い無いものを行使中である。
「ここに誓いは得られたり。
願いは届けられ、望み叶えられたり。
それを契約として、ここに契りを交わすは二つの『魂』。
我と其は師弟の絆を結びて、共に魔導への道を歩み続けんものとする。
――【コントラクト】。」
瞬間、ふわりと巻き起こった風が、何時の間にか降り出していた粉雪を掻き乱していった。
囲い込むように周囲に展開されていた魔術陣がそれと同時にゆっくりと消えていき、降り注ぐようにして光の粉が舞い落ちてくる。
幻想的なその光景を眺めていたメルシーちゃんだったが、
「綺麗……。」
と呟いた途端に、全体重をかけてきた。
それを受け止めて、俺は顔を顰めて口を開く。
「おいおい、雪の中で気を失うなよ……。」
どうやら早速出来た弟子は、凍死しかねない状況でも気絶してしまうくらいには切羽詰まっていたらしい。
「やれやれ。」
その事に溜息を吐き出した俺と、結局留まり続けたリルクルとの溜息が重なり合って、白く霞んで消えていった。
中二展開入れようとして日付跨いだーorz
リルクルが空気()。まぁ、すぐに騒ぎ出すんですが。
2018/11/14 加筆修正を加えました。
2018/11/22 加筆修正を加えました。




