100 その錬金術師は集りに切れる
金髪姉妹再び。しかし安定の塩対応。
リルクルの菓子への情熱は凄かった。マジで凄かった。
レシピを渡してからというものの、読めない漢字を聞いてくるくらいで、後はほとんど自力で物にしやがったくらいには、とにかく凄かったのである。
しかも、覚えてからは試行錯誤の繰り返しを行っている。自分好みの味になるようにと、砂糖や果物の量を微調整して、ひたすらに甘い菓子類を作りまくっていたくらいの入れ込み用だ。
だが、そのおかげで砂糖は元より、備蓄していた蜂蜜やオリゴ糖もほとんど残っちゃいない。
調理するのに道具や材料を好きにさせるんじゃなかったと、後になって後悔しているくらいだった。
そのおかげで、
「――またシュークリームか。」
「んふ~。」
大量の菓子を前にして頭を抱えている俺と、自分で作った菓子を頬張り満足げな表情を浮かべているリルクルとの間では、それはもう見事なまでの温度差が出来ていた。
シュークリームは生地を作るのが難しいんだが、どうやら今回で好みの物に仕上がったらしいこのペンギン妖精は、とてもとてもご満悦だ。
だが、それに延々と利用された俺からすれば、もうたまったものじゃない。
「好きだよな、これ。」
「うん!」
元気よく返事を返すリルクルへ、
「おかげで、材料が見事に無いんだが?」
俺は空っぽ同然になった食料庫の扉を開く。
氷を入れて冷蔵出来るように作ったその中は、補充しても補充してもリルクルが使い切ってしまい、今じゃ俺の【空間庫】の中すらほとんど材料が無い有様だ。
それに対するリルクルの反応は、僅かに目を逸して手元の菓子を詰め込むというのもだった。
「大丈夫だよ、また手に入れれば良いんだし、都市でも売ってるよ。」
「へぇ――。」
俺は怒りに目を細める。
それにかかる費用だとか、労力だとか、そういった諸々を全部丸投げの発言を吐きやがったからな。
俺は彼の背後に立つと、頭を左右から拳で抑えて力を籠める。
そのまま、グリグリと痛めつけながら俺は言い放った。
「――それを手に入れるのは、俺なんだけどなぁ!?」
「あいたっ!?痛い!いたたたたたっ!」
「全部俺の金から出てるんだぞ!?お前、使い切りそうになるって何だよおい!?」
ムカつくのは当然だろう。
何せ、材料を全部俺から出させておいて、道具も場所も提供させ、こいつは全く悪びれない発言をしたのだから、腹が立つ。
流石の俺でも、これには我慢の限度を超えてしまうというもの。
苛立ち紛れに、どんどん手に力を籠めていく。
「幾ら金かかったって思ってる?なぁ?幾らだと思う?」
「痛いよ!痛い!」
「今お前が食ってる分だけでも、大銀貨数枚は吹っ飛んでるんだぜ?なぁ?」
「だから、痛いったらぁ!」
非難の声を上げるリルクルだが、謝罪の言葉一つ出てこないので、俺は更に力を籠めてやった。
「契約は、確か俺が魔力回復薬を作れるようになるまでって話だったよな?でもって、昨日でそれは達成してた。そうだよな?ん?俺の勘違いだったか、あれは?」
これに、
「うわーんっ。この人でなしの鬼ー!」
「ア”?」
人を「人でなし」だの「鬼」だの言いだすリルクルに怒りのボルテージが上がる。
そうかそうか、そんなに自分の非を認めたくないか。
なら――。
「誰が人でなしだコラ!鬼じゃねぇっての、この!」
「うああっ、痛い!痛い!やめて!やめよ!?」
手加減無しに小さな頭をグリグリしまくった。
魔力回復薬は、昨日リルクルが居る間に一本作ることが出来たし、コツも掴めたし、もう十分な成果だ。
そんな俺の様子に、彼は責任は果たしたとばかりに帰って行ったので、その後も忘れないように一人コツコツと作り続けたのである。
つまり、リルクルとの契約は昨日で終わりだ。今日来ているのがおかしいのだ。
それなのに、何時ものようにやって来ては勝手に菓子を作って食い始めたコイツ。
さぁて、どう調理してくれようかねぇ?
「砂糖も蜂蜜も甘味料も全部高いんだがなぁ?なのに、誰かさんが使いまくったせいで、全然残ってないんだけどなぁ?」
ネチネチとやっていたら、
「悪かった、悪かったからああっ。」
ようやくリルクルが非を認めて謝罪してきた。
俺はそこで、身体強化する為に回していた魔力を霧散させる。
非力な魔法使い系統とは言え、俺は元々錬金術師だ。
完全に非力なままだと、素材を砕いたり磨り潰したりという作業が出来ず、力が足りなくて仕事にならない。
そういった面を補う為に、錬金術師は魔力で自身を強化したりする事がある。そして、これを応用すると、多少攻撃にも使えるというわけだ。使いこなせきるかどうかは別の話として。
それを解除してから、
「悪いと思うなら使い切る勢いで材料使い込むんじゃねぇよ!小麦もほとんど残ってないってどういう事だ、コラ!」
「うあああ、ごめんなささいいいっ。」
俺は空っぽになった食料庫の棚を指さして言う。
おかげで冬の備蓄が残り少ないんだぜ!?どうしたらこんな状況になるんだよ、一体!?
「お前、調子に乗って作りすぎたろ?ケーキにしろシュークリームにしろ饅頭にしろ、全部大量に作りやがったもんな?ケーキなんて何ホール作ったよ、おい?」
過去にリルクルが作った菓子類は、失敗作も含めるとまず食べきれない量だった。
そのほとんどがコイツが食ったとは言え、一部は俺の朝飯や夕飯代わりになる事もあり、非常に迷惑を被ったのである。
朝からケーキは辛い。マジで辛い。あれには胃がもたれて、流石の俺もげんなりしたぞ。
「分かったか?お前がどれだけ使い込んで、しかも食い尽くしたのかを。」
「ずみばぜんでじだ……。」
淡々とそれを伝えれば、流石に不味いと理解したのか、素直に謝ってきた。
これが演技だったらぶん殴るところだったが、目に涙を浮かべてしょんぼりとしている辺りは、本気で反省はしているのだろう、きっと。
そうじゃなかったら俺がまたブチ切れる。
「ったく――謝るくらいなら最初からもう少し考えろよ。せめて、自分で食べる分くらいは材料持って来い。燃料もただじゃねぇんだぞ?」
「はい……。」
何せ、この冬の間にリルクルが作った菓子の量は、使われた小麦の量だけでも金貨が数枚は吹っ飛ぶ計算になってるからな。
一食分となるパン一つでも大銅貨一枚程なのだから、その数千倍を使い切るあたり、こいつの価値観は狂ってるとさえ言える。
そんなリルクルの手によって作られた焼き菓子は、確かに美味くはあるし俺も嫌いじゃない。
――嫌いじゃないんだが、問題となるのはそこに使われている甘味料の多さだろう。
更には、頭が痛い事に、怒られて尚食べるのは止められないらしくて、リルクルが涙目のままで菓子を頬に詰め込んでいた。
「――良く飽きないな。」
本当にもう、温度差が酷いったらない。
食べる気力も沸かなくなってる俺としては、ただただ呆れの視線で眺めるだけだ。
一体、小さい体のどこに消えてるんだろうか……。
「美味しいし、止まらないの。今までで、一番、理想に近いの。だから、美味しいの。止まらないの。ううっ。」
「ああ、そう。」
支離滅裂に語るリルクルだが、約束は魔力回復薬を俺が作れるようになるまで、というものなので、明日以降はどうかご遠慮願いたい。
いや、本音を言うなら今日の時点でご遠慮願いたかったんだが、こうして作られた後では言っても無意味だろう、もう。
(一応作れるようになった時点で、契約は切れてるからな。更新するつもりは少なくとも俺には無い。)
というか、これ以上集られても困るというものだ。
食材だって馬鹿にならないし、甘味料の類はほぼ底をついている。
明日にまた来るようなら、追い出すか――。
「何よここ!なんで森の中に家が建ってんのよ!?」
なんて思っていたところに、どうやら余計な乱入者までやって来たようで、俺はうんざりとした溜息を零してぼやいていた。
「うるせっ。」
なんか、どっかで聞いた事ある声だよなぁと思う。というか、すごくムカつく奴の声だ。既視感が半端無い、いつぞやの声でほぼ間違いは無いだろう。
俺は思わず天井を見上げて、脱力しかけた。
「なんで来るんだよ、こいつら――。」
そんな事をぼやいていると、
「ああ、凄くいい匂いがする!これ、絶対お菓子だよ!」
「お菓子とか良いじゃん。貰おう貰おう。私達女の子だし、一つくらいくれるって。」
「いいね!ついでだし、お茶もご馳走してもらおう!」
「うんうん!」
キンキン声で展開された謎理論というか、厚かましい集り根性が伺える会話が聞こえてきた。
女の子なら何か貰えるとか、完全に馬鹿の言う事だろう。それをする奴なんて、一体どこの少女趣味を拗らせた変態だというんだ。仮に貰えたとしても、睡眠薬入りとかで監禁、暴行、人身売買コース一直線だぞ?
その事にすら頭が回らないとか、本当にこいつら女か?と疑いたくなってくる。
「ちょっと、それはやめたほうがいいんじゃ――。」
そこに混ざって聞こえてきたのは、やや聞き馴染みのある声だった。
どうやら、問題児のお目付け役でもまたやらされているようだと気付いて、俺はそっと溜息を零す。
対応する為に席を立つと、外からの声はどんどん近付いて来て、騒々しさを増していった。
「いらないならあんたはそこにいれば?」
「私達だけ貰ってくるから。来なくていいよ。」
「え?え?ま、待って。待ってったらぁ!」
聞こえてくる声の数は、三人だけ。他に新たな声は無いし、どうやら咎めるような大人も同行していないようだ。
思考を巡らせてみるが、多分、また村を抜け出して来たんだろうなと当たりを付ける。
「――馬鹿が来たな。」
間違いなく馬鹿だろう。
一体、どこの世界に、森の中に建つ見るからに怪しい一軒家へ突撃する奴がいるっていうんだ?
仮に何か起きても、誰にも気づかれずに犯罪に巻き込まれかねない。どう考えても、無謀以外のなにものでもなかった。
「なんか、騒々しいね?」
そんな状況に、当然リルクルも気付いたようで、外の様子を伺っている。
ただ、菓子を詰め込むのはやめない。頬はパンパンに膨らんだままだが、少し減る度に詰め直しているようだ。器用な事をする。
「別に、命知らずな馬鹿が来ただけだぜ――対応は俺がするから、気にしなくて良い。」
「ん、了解。」
やって来ているのは馬鹿が二名と、それに付き合わされたらしき少女が一人。
以前、彼女達をゴブリンに攫われていたところを助けたのは、未だ記憶にも新しい事だった。
それにも関わらず、どこから魔物が襲ってくるかも分からない森の中を突っ切って来るだけでも、自殺行為も良いところだろう。
一応この森では、俺が定期的に魔物を間引いて安全の確保には勤しんでいるが、それでも流れてきたりする魔物が徘徊している事だってあるのだ。
配達員として冒険者組合に登録しているリルクルならともかくとして、何の力も持たないただの子供が彷徨いていて良い話じゃない。下手に死体になられても困るという話だ。
(勝手にくたばられたら、スライムが食いかねないってのに――ブラッディー・スライムをまた繁殖させたいのか?しかも自分の体でそれをしようとするとか、馬鹿にも程があるだろ、全く。)
そう愚痴愚痴と思っている俺とほぼ同時に、
「ふ、二人共、やめ――。」
誰かが何かを言い終わる前に勢いよく玄関の扉が開かれて、壁にぶち当たった大きな音が響いてきた。
その余波で、下駄箱の上に乗せていた小さな植木鉢が横倒しになる。匂菫を一時入れていた鉢だ。
「ア”?」
今はその中身が無いとはいえ、流石にイラッとする。
自分の目が徐々に据わっていくのが、自分でも分かって頬を引き攣らせた。
だがしかし、耳障りなその音と共にズカズカと入り込んで来た奴らに、頓着する様子は全く無い。
「お菓子だわ!あれ、絶対お菓子だわ!」
入ってきたのは、何時ぞやの金髪姉妹だ。
予想通りの人物達の予想通りとも言えるその行動に、俺は木製のお盆を片手に持つと、頬を引き攣らせたままで、静かに近付いて行く。
「いっぱいあるじゃん!一個なんて言わずに、いっぱい貰おうよ!」
その間も、クソガキ二人はギャーギャーと喚いていて、騒々しかった。
視線は食卓の上にあるシュークリームの山に釘付けだ。
その上、そのまま菓子目掛けて突進しようとしていたので、すかさず間に立ちふさがって邪魔をした。
「――何よ?」
「――誰?」
立ち止まり、顔を見上げて来た二人へと、俺は冷たい視線を向ける。
これに一瞬、二人が顔を引き攣らせて後退った。
「――何しに来やがった?」
見下ろした先に居るのは、過去に助けてやったのにも関わらず、蹴りつけるわ変態扱いするわで、恩を仇で最後までしっかりと返してくれやがったクソアマ姉妹だ。
未だに「ありがとう」の一言も聞いてない俺としては、こいつらを招き入れる選択なんて最初から無い。むしろ、本当に「何しに来た」と言うしかない状況だ。
どうせなら、早々に叩き出して、今後二度と訪れないように、開拓村の方にまで話を付けてしまおう。
「え、えっと。」
「だから、何しに来やがったかって聞いてんだよ?アア”?」
「ひぃっ。」
苛立ってる俺の声は、平素よりも低くて冷たい。
若干苛立ってたところでもあったので、尚更に機嫌が悪くなったのも間が悪い話なのだろう、きっと。
これに、二人はしばらく怯んだ様子を見せて黙り込んでいたが、リルクルの「シュークリーム止まらない~」という発言に反応して騒ぎ出した。
「そこのチビ、一人で食べてるとかずるい!ずるいわ!」
「私達にも寄越しなさいよね!あんた一人で食べるなんて、絶対許さないんだから!不公平よ!」
「ふえ?」
「アア”?」
好き勝手騒ぎ出した馬鹿共だが、こいつらの言い分が通るはずもない。
むしろ、勝手に人の家に入ってきて、家宅侵入やらかすクソガキの方が大問題だろう。
更には、人が食べている食い物を寄越せと騒ぐ等、言語道断である。
「どこの乞食だよ、てめぇらは!?許されないのはお前らの頭の中身だろうが、腐った事を言ってんじゃねぇ!」
手にしていたお盆を容赦無く振り下ろして、馬鹿姉妹へと力一杯に叩きつける。
それぞれの金髪頭目掛けてそのお盆を振り下ろせば、ゴンッと鈍い音が鳴り響いて、それなりの手応えを返してきた。
瞬間、
「いっ!?」
「ぎっ!?」
短い悲鳴が上がってきて、喧しかったクソガキ二名が頭部を抱えて蹲り、静かになる。
その首根っこを引っつかむと、俺は有無を言わせずに玄関まで引き摺っていった。
「勝手に人の家に入ってくるんじゃねぇよ!誰が入って良いなんて言った!?不法侵入で憲兵に突き出すぞ、コラ!?」
こいつらがどうなろうが、俺はもう全く頓着しない。そんなのはとっくに捨ててるからな。
そもそもとして、以前助けた時の礼すら返してもらってないんだ。だから、まともに扱うだけの価値が無いというものえある。
いっそ、怪我くらいしやがれとばかりに、階段上から降り積もった雪の上目掛けて、二人を叩き落としておく。
このくらいで丁度良い対応だろう、きっと。
「二度と来るんじゃねぇぞ、この屑共が!」
「「きゃああ!?」」
俺の放った言葉とほぼ同時にして、ボスボスと、積もった雪の上に落ちる音が聞こえてくる。
雪の下は腐葉土作りの為に集めておいた落ち葉が敷き詰められているから、二階からとはいえ大した怪我にはならないのが残念だ。凄く残念だ。
なので、文句も言わせないように、脅しも兼ねて氷魔術にある攻撃系統を行使しておく。
「【氷柱】!」
生み出したのは、氷の槍のように鋭く尖った氷柱が十数本。
それを空中で制御したままで、口を開こうとしたところに突き付けておきながら俺は怒鳴り散らした。
「とっとと帰りやがれこの糞ガキ共!貴様らの顔なんざ見たくもないわ!大体、メルシーに迷惑ばかりかけてんじゃねぇよこの糞共!何時までお守りしてもらってんだよ無能が!いい加減にしねぇとガチでぶっ殺すぞコラァ!」
「「ひいいいい!?」」
静止していた内の幾つかを解き放って、馬鹿姉妹の顔近くに突き刺さらせる。
この脅しは効いたようで、二人は一目散に村の方角目掛けて駆けていった。
それを見ながら、俺は更に追撃を数本放っておく。
「ったく、森は遊び場じゃ無いっつーのに、何しに来やがったんだあの馬鹿共が。」
背後に氷柱が突き立つ様子に怯えて、走る速度を緩めていた馬鹿二人が再び慌てて逃走するのを見送りながら、待機させていた残りの氷も適当な地面へと突き立てる。
ドスドスと突き刺さるこの音に、すぐ隣から「ぴぃ!?」と悲鳴が聞こえてきたが、俺は呆れながらも視線を向けた。
そこにいたのは、茶髪と同じ色の瞳をした、一人の少女。
この子も、一体何をしてるんだかと、俺は呆れ言葉を口に乗せる。
「メルシーちゃん、なんで森の中にまで入ってきてるの?危ないっていうのは分かっているだろう?」
「はうう。」
森は子供が入り込む場所じゃない。危険すぎる。
魔物は元より、人攫いや盗賊の類だって彷徨いてる事があるのだ。
何の力も持たず、簡単に攫えそうな体格の小さい子供が入り込む場所ではなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさいぃ。」
それに対して、必死にペコペコと頭を下げるのは、金髪馬鹿姉妹と共に過去にゴブリンに攫われた事のある少女である。
開拓村で村長をしている人物の孫娘で、何かと交流がある子なんだが、今回は少しばかり無鉄砲過ぎた。
「別に謝らなくてもいいけどさ――。」
ただ、森に入り込むのはこの子の意思では無いだろう、きっと。
そう思って、とりあえずは謝ってくるのを止め、家の中へと招き入れて事情を聞き出す事にした。
どうせ、あの馬鹿姉妹に付き合わされたとかだろうしな。以前も村を抜け出したのはあの二人の独断だったようだし、そのまま森にまで入り込んで来てしまったとかそんなところだろう、きっと。
「流石に子供だけで森に入るのは、お爺ちゃんが心配するぞ?せめて、大人を連れておかないとさ。」
これに、ハッとした様子でメルシーちゃんが口元を押さえる。
やっぱり、この子はどこか抜けてるようだ。よくよく注意しておいた方が良さそうである。
「あとさ、あいつらとはもうつるまない方が良い――前にもゴブリンに攫われて、酷い目に遭うところだっただろう?今のままだと、その内どこかで見捨てられた挙げ句に殺されるぞ?」
「ふえええっ!?」
考えてもいなかったのか、素っ頓狂な声を上げる彼女に、俺はそっと溜息を零した。
この子の問題点は、多分、責任感が強すぎるのとお人好しがすぎるところだろう、きっと。
普通なら見捨てる事になっても、さっきの馬鹿二人が森に入った時点で大人に知らせに向かうところだ。それをしない辺り、この子は何でも自分でやってしまおうとしまいがちといったところだろうか。
しかし、それはあまりにも危険だ。
出来る事とやるべき事は必ずしも『=(イコール』では結ばれない。
出来ない事までしてはならないんだと、確りとその辺りを言い聞かせつつも、自分の身を第一に考えるようにと説き伏せておく。
こうしておかないと、その内借金の形として勝手に売り飛ばされたりとかしかねないからな。例え小さなコミュニティーであろうとも、付き合う相手は選ぶべきである。
「分かったら、今度から無視しておくように――お爺ちゃんを悲しませたりしたくは無いだろ?」
「うぅ、ごめんなさい。」
「だから、謝らなくていいんだって。」
謝罪を繰り返すメルシーちゃんだが、それよりも森に入ってしまった理由が問題だ。
どちらかというと、そっちのほうが気がかりである。
「で、どうして森に入ってきてしまったんだ?」
「えっと、えっと――。」
たどたとしく説明したメルシーちゃんが言うには、森に木々が切り倒されて道のようになっていた場所があるらしい。
それを辿ってやって来たらしいんだが、勿論、彼女が行こうなんて言い出すとは思えない。
そもそも、村から出るにしても許可が降りないだろうしな。確実に、あの馬鹿二人が勝手をやらかして追いかけて来たとかそんなところだろう、きっと。
そこはともかくとして、俺の記憶には開拓村からここまでの道も無ければ、木々が切り倒されるような場所も無かった。
俺が切り倒しているのは、主に森の奥や自宅周辺だけだ。この為に、思わず首を傾げて目を瞬かせる。
「木が切り倒されてる場所――?」
これに、
「そうです。荷馬車が通れそうなくらい、広い道なんです。」
「ほー。」
違和感を覚えている俺へ、メルシーちゃんが手元の菓子を口にして答える。
その言葉におかしいと思ってると、すぐ傍から元凶が口を挟んできた。
「あ、それ僕が切ったの。」
「――は?」
ムフフと笑うのは、見た目幼児のペンギン着ぐるみ妖精。実年齢は俺よりも遥かに上のはずの、しかし中身は子供と大差無い奴だった。
彼は椅子の上に座ったままで、胸を大きく反り返す。
その言動に、再び俺の頬が引き攣った。
「偉いでしょー?ここまで来るのに邪魔だったから、道を作っておいたんだよー。これで、何時でも開拓村との間が行き来しやすくなるよ!それも、もうすぐ完成するんだ!」
「はぁ?」
詰め込んだシュークリームを蜂蜜をたっぷり使った紅茶で流し込んだ彼は、ご馳走様と言って立ち上がると、どこから取り出したのか、小さな手斧を片手にやる気に満ちた表情を浮かべて見せる。
思わずその頭をガッシリと掴んで、どこかへ向けて駆け出そうとするのを止めると、ギリギリと力を籠めていた。
「おい、待てコラ。」
「痛っ。いたたたたた!?」
「今、なんて言った?アア?」
「え?え?」
冬からこっち、俺は家に引き篭もっている。そのせいで、周囲の状況は余り確認が出来ていなかった。
森を偶に徘徊しているスライムなんかは、川沿いに罠を仕掛けておけば勝手に引っかかるからな。確認は別に春になってからでも良かったのだ。つまり、余り見回る必要性が無い。
そう思って、雪が降り出してからはずっと放置していたわけなんだが――今、聞き捨てならない台詞が聞こえてきて、俺の額に青筋が浮かんでいた。
「今、木を切ったって言ったか?お前、それらが貴重な薬の原料だったり、食料になるの分かっててやったのか?ア”?」
「え?ええ?えええ!?」
「痛っ。痛いよ!痛い、痛いったらぁ!」
驚くメルシーちゃんを無視して、ガチで切れた俺はリルクルの頭部を掴んだままで歩き出す。
ジタバタと藻掻くのも気にせずに、玄関先でつい先程、馬鹿姉妹を放り投げたばかりの階段上まで来ると、手斧をリルクルから取り上げて見下ろした。
「ここから開拓村にまっすぐ道を作ったら、途中には桃や梅の木があったはずなんだがなぁ?更には、野薔薇の咲く場所もあったはずだし、秋には松茸が取れる場所もあったんだけどなぁ?」
どれもがこの辺りでは貴重な植物である。ほとんど自生していないのだ。
桃と梅は食用の他に薬にもなるし、野薔薇は数が少ないとはいえ香水の原料にもなる。松茸に至っては、高級食材で価値が非常に高いのだ。
それらがあるだろう方面。
――確かに、よく見れば木の密度が低い気がする。一部なんて、下草まで刈られているようで、ここからでも薬草の群生地等が壊滅的な被害を受けているのが見えた。
「あーあ、何、勝手に切り倒してんのかなぁ?なぁ?なぁって、なぁ?」
「ひいいっ。」
手斧片手に凄めば、ガタガタと震えだすリルクルがいた。
だが、それくらいで俺の怒りが収まるなら、とっくに収まっている事だろう。
ニッコリと笑みを浮かべて見せておいてから、近くの手すりに手斧を叩きつけ怒鳴り散らす。
「勝手な事してんじゃねぇよボケが!森の生態系まで狂うだろうが!何やらかしてんだこのド阿呆がー!」
これに、
「「ごめんなさーい!」」
何故か二つの声がハモって謝罪の言葉を返してきて、俺はそっと溜息を零していた。
銅貨→大銅貨(パン一食分)→銀貨→大銀貨→金貨の順に貨幣価値が上がる設定で、価値が高い程に金属は薄くて軽い傾向。
銀はほとんどが外から入ってきた金属です。ヒントは大航海時代。
2018/11/13 加筆修正を加えました。
2018/11/22 加筆修正を加えました。誤字を一つ発見しこっそりと修正。




