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第五話 彼らは魔獣を狩る。 その2


 ギルドマスターの執務室に通された僕達は、人数分のお茶を出されて、暫くの間お茶を飲みながらギルドマスターのグラントさんが来るのを待っていた。


 やがて執務室に入ってきたギルドマスターのグラントさんは、現役を引退したとは思えない程に屈強な肉体をした小男で、身長こそ低いが、その肉体と、何よりも体中についた深く生々しい傷跡がこれまでの経歴を何よりも雄弁に語っている。


「ふはははは!!なんだ、この街の英雄どもがわざわざ畏まって俺の所に来て!引退の相談にでも来たのか!!」


 そんなグラントさんは、入って来るなり僕達の話の核心を突いたことを言うので、一斉に口にした紅茶をむせかえらせて、思わずグラントさんの顔を見た。


「ぐ、げほ!何で、それを知ってるんですか?グラントさん!」


「ほう?そりゃあ、どう言う事だ?」


 僕の言葉に、逆に目玉を大きく開いて、驚いた表情をした。



 ★☆★☆★☆★☆



「成程、話は分かった。そうか。お前等が結婚なあ。寧ろ、今までよく手を出さなかったもんだ」


 入って来た時の一言は、カマかけというか、グラントさんの単なる軽口で、僕はグラントさんに、昨日三人と婚約したことと、それにともなって冒険者を引退することを告げた。


 すると婚約の話を聞いたグラントさんは、快活で大きな笑い声をあげた。


「しかし、お前さんら、此処までしけこむのに随分と時間がかかったもんだなあ。俺だったらこんな美女と組んだ次の日には、絶対に誰か一人は物にしているからな」


「そうなんですよ!毎回、依頼で外出する度にとっておきの下着を揃えていたのに、お兄ちゃんったら全然興味を示してくれなくていつも凹んでいたんですよ!」


「シトラスに襲われる為に、わざわざみんなでローテーションまで組んでたのに、全部無視された!」


「本当に、実は私たちの事なんてどうでもいいんじゃないかって、朝が来る度にショックだったんですよね」


 グラントさんの言葉に賛同して、皆が皆口をそろえて今まで隠されていた夜の相談について口を出して来る。

 うん。今までみんなの頑張りを無視してしまったのは悪かったけど、そんなことを大声で話すのって、それって、年頃の女の子としてどうなの?


 そんな皆の嘆きを聞いて、グラントさんは再び大きく笑い飛ばすと、不意に真面目な顔をして僕の顔を見た。


「フハハハ。全く、モテる男を見るのはたまらんなあ。それはともかくとして、シトラスよ。お前さんは本当に棒検査者を引退するのか?お前さんが冒険者をやっているのは、別に研究が目的だったわけでもねえだろう?」


 グラントさんの言葉に、三人が何の話なのかと首を傾げた。

 参ったな。正直、この話だけは三人の前でしたくはなかったんだけど。


「確かに、僕が冒険者を続ける理由は、お金や名誉の為ではありません。というか、研究の為でもないです」


 そう言って一拍置くと、僕は机の上に乗っているティーカップをとって、一口お茶を啜った。


「僕は子供の頃、両親やプリムラの父さん、アルバの両親、それにグラウカさんのお父さんが亡くなるのを見てきました。それも、どれもこれもが、力のある冒険者が居れば、防げた問題でした」


 全ての事件の時の悲劇は、今でも尚頭にこびりついている。

 父さんたちが死んだという知らせを受ける度に、握りこぶしを握りしめて、結局何もできなかった。

 そんな弱い日の自分を思い出しながら、僕は今のあの頃よりも大きくなった掌を眺めた。


「だから、僕は強い冒険者になりたかったんです。でも、結局なれなかった。僕は冒険者になっても、結局弱くて、後ろに隠れている事しかできなかった。結局、僕は強い冒険者になる事は出来ませんでした」


 そう言ってな視線を落とした先にある僕の掌は、所々魔導水薬(ポーション)の素材を磨り潰してできた汁の染みで染まっていた。


 そんな掌を握りしめながら、僕は今までの冒険を思い出していた。


 僕は確かに、アルバやプリムラ、グラウカさんの戦っている後ろでいつもせせこましく素材を採取して、それを加工することしかできなかった。


 けれども、僕が創り出した魔導具や魔導薬は確実に誰かの役に立っていた。

 僕が納品した薬を使って命が助かった人がいて、恐らく、これからもそうやって僕の力は必要とされる。


 それが、この四年間の冒険者生活でじっくりと実感できた。


 ただそれだけでも、僕が冒険者になった意味はあった。


 だから僕は、今は胸を張って言える。


「それでも、……それでも今の僕なら、魔物を出し抜いて薬草を取るくらいのことはできる。ポーションだって、熟練の職人の倍は作れる。だから、今なら冒険者じゃない別の形で僕はこの世の中に貢献できるんじゃないかって、そう思うんです。だから、今冒険者を辞めることに何も未練も無いんです」


 僕の言葉に、アルバとプリムラとグラウカさんの三人は胸に響くものがあったのか、三人が三人とも目に涙をためて僕の事を見ていたが、やがておもむろにグラウカさんが僕の手を取った。


「……そんなことを考えていただなんて。何だか申し訳ないです。私達はただ、単にシトラスくんの身が心配だっただけで、シトラス君自身の思いがそこまで深かったなんて」


 そう言って僕の手を取るグラウカさんの言葉に、残りの二人も頷いていたが、そんな僕達の言葉を遮って、不意にグラントさんが笑い声をあげた。


「ふははは。悪いんだが、いちゃつきたいんだったら他所でやってくんな!流石の俺でも、目の前で乳繰り合われちゃ、平常心は保てん。……まあ、シトラスの小僧が冒険者に未練を持っていないことは分った。それはいい。しかし、そうか。……そうっすと、ヤバいな。」


 そう言ってグラントさんは、今までとは違い、困った様に頭を豪快に掻いた。


「何ですか、急に?僕達が冒険者を辞めると、何か不都合な事でも?」


 僕の疑問に対して、頭を掻いたグラントさんは申し訳なさそうに首を竦めながら、首肯した。


「ああ、今朝方厄介な依頼が飛び入りで入ってきてな。名持ちの魔獣(ネームドモンスター)の討伐以来だ。本当なら領主様に報告して軍隊か騎士団を動かさなきゃならない話なんだが、出てきたやつが頭も切れる上に神出鬼没なヤバい奴でな、一刻でも早く対処しなきゃならん。

 うちにゃ『青い流星』(お前ら)がいるだろう?『特級冒険者』のお前さんらだったらなんとかできじゃねえかって、お鉢が回ってきたんだ。つっても、依頼が依頼だ。他にも何チームかに打診したんだが、流石に割に合わねーってことで全員首を横に振ったんだ。

 …………ダメ元で聞くが、お前たち、どうだい?最後の依頼だと思って、引き受けてみてくれねえか?」


 グラントさんの頼みに対する皆の反応は辛辣なものだった。


「何を言っているんですか!?グラントさん!!いきなりそんな依頼を持って来るなんて!」


「そうよ!!そもそも、名前持ち(ネームド)の討伐を一組の冒険者パーティーに任せるなんて、非常識にも程があるよ!」


「大体、お兄ちゃんとの結婚を決めたその日にこんな話を持って来るなんて、最低!」


「分かってる、分かってる。俺だって、別に無理矢理に受けさせようとは思ってねえよ。ダメもとだって、言っただろうが」


 怒り狂う三人をなだめすかすグラントさんを尻目に、僕はグラントさんの言葉から幾つかの情報を抜き出し、僕の頭の中に在る幾つもの情報が組み合わされ、幾つかの作戦が下書きとして僕の頭の中に出来上がっていく。


 通常、名前持ちの魔獣(ネームドモンスター)と呼ばれる個体名を持つほどに強力な魔物は、長い年月と、その間に蓄えられた膨大な魔力、何よりもその間に培われた戦闘経験により、最早、生きた攻城兵器とまで呼ばれるほどに強力な存在となっている。

 とてもでは無いが一般人や、低級の冒険者に手に負えるタイプの魔物では無い。

 それどころか、下手をすれば『特級冒険者』でさえも何人も簡単に食い殺すほどの強力さと強大さを併せ持っている。


 その為、通常は『特級冒険者』を含めて、幾つもの軍隊や騎士団などの諸勢力が協力して討伐軍を編成しての進撃が基本となる。


 けれどもそんな名前持ちの魔獣(ネームドモンスター)に対して、僕はある程度の勝算を見出しかけ、グラントさんに質問をした。


「グラントさん。いくつか聞きたいことがあるんですけど、その名前持ち(ネームド)の討伐依頼ってのは、今朝に届いた依頼なんですよね?」


「ああ。そうだ。今朝どころか、ほぼ昨日の深夜だな。城門が開く前に伝令兵が辿り着きやがってよ。領主さまの宮殿じゃあ、今は上を下への大騒ぎよ」


「次に聞きたいんですけど、そのネームドモンスターがどうやって発見されたのか経緯を聞いてもいいですか?」


「うん?ああ、それはアレだ。今から一か月くらい前に、低級の冒険者パーティーの四、五人がスライムの狩りに入ったところを偶々遭遇したらしくてな。パーティーはたった一人を残して全滅しちまったらしいが、そのうちの一人だけは何とか人里に戻れて、報告してくれたんだよ」


「本当に?つまり、その名前持ちの魔獣(ネームドモンスター)が出現したのは、一か月前で、その際に既に複数人の人間が被害に遭っているんですね?」


「ああ。その通りだ。ついでに言えば、その時に出現したのは魔術を使うタイプの魔獣だ。それ以上詳しいことは報告待ちだな。それで質問は終わりか?」


「いえ。最後に、そのネームドモンスターの討伐期間はどれくらいですか?最長で一年とか、三年とか、それくらい長期にわたる物ですか?」


「いや。一週間だ。一週間以内に結果が出なければ、討伐軍が動く手はずになっている。元々、そう言う話だったからな」


「ふむ……。それなら、……いけなくも、無い。かな?」


 グラントさんの話しを総合して、僕は思わずそう呟いた。


「ああ?なんだと?」


「多分、その条件なら、僕達なら勝てます。って言っても、実際に戦うのはアルバとプリムラとグラウカさんですから、あんまり大きなことは言えませんけど」


 こうして、この言葉と共に、僕達『青い流星」は最後の依頼を引き受ける事にした。




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