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閑話 サタンメイクライ《魔王も泣き叫ぶ》

 この回からめっちゃ、主人公のシトラスがダークサイドに落ちます。

 最初はアウトローだけど、性根は熱くてお人好しなやつをイメージしていたんですが、話を書き進めるつーか、プロットを進めるごとに、主人公の闇化が止まらねえ。

 ダークヒーローとかそんなんじゃなくて、純粋な悪のカリスマになりつつある。

 この話はそんな、悪のカリスマになる前の話だと思ってください。


 ちなみに、タイトルの元ネタは、人気ゲームの『デビルメイクライ』から。

 あれってジャンル的には、ハードボイルドなんですね。



 魔王城を制圧し、魔王を支配下に置いた立花・喜兵衛とシトラス・レモングラスは、立花以外の『大看板』に後始末を頼み、護衛を兼ねた立花が操る主導型魔導車(ゴーレム・キャリッジ)に二人だけで乗って魔王城『カトラス・マキシマ』を後にしていた。


 イギリスの旧車、ベントレーに似た形をした、クラシック・カー型の魔導車キャリッジは、低く唸る様に魔力機関エンジンを鳴らすと、魔光灯ライトが夜の道を照らしだす。

 運転席に座った立花が加速器アクセルを踏み、舵輪ハンドルを回すと、排気筒マフラーから白い排気を出して王都の夜を駆け抜けていく。


 ガラスを開けた窓から見える魔王城の外の風景は、既に雨の上がった澄んだ夜であり、天空にはダイヤモンドを砕いてばらまいたような星空が広がっている。

 あれだけ嵐めいていた風も鳴りを潜めてしまい、今は涼しい風となって窓からシトラスのほおを撫でながら雲を払っている。

 未だに空の端に残った暗雲もやがては完全に晴れるのだろう。


 そんな、男心をくすぐる夜の車窓を眺めて、シトラスは鼻歌交じりに今夜の成果を喜んだ。

 

「予想外に早く終わって良かった。魔王陛下が聞き分けの良いお方で助かったよ。あそこでごねられたら、見せしめも兼ねて城の人間を皆殺しにしなければならなかったところだ。そうなると色々と大変だったよ。『計画』にも大幅な修正を加えなければならなかったしね。何より、これで気兼ねなく仔猫の里親を探せるってのが最高だ」


 シトラスは、あどけない子供のような顔を綻ばせながら、言外に大量の人間を殺戮する準備を進めていた事を、まるで子猫の仕草を誇るような明るさであっさりと言い切った。

 

 立花はそんな事など気にも留めずに後部座席に乗るシトラスをバックミラー越しに眺めながら質問した。


「……『計画』、ね。そこの所、僕はまだ詳しく聞いていないんだけど、実際これからどうするつもりなんだい?魔王城を自由にして、魔王様を傀儡(飾り)にできたところで、この暗黒大陸の有力者がどうこうできるとは思えないけど?

 下手に魔王を殺せば、各地で新たな魔王を名乗り出る者が現れるだろうし、魔王の強権を使えば、真の魔王を名乗って反抗する者も現れる筈だ。

 舵の切り方次第では、世界が荒れるぞ?」


 その言葉と共に右に舵輪ハンドルを切られた魔導車キャリッジは、道路に溜まった水たまりを車輪の下で跳ね飛ばして、城下町に向けて坂を下り始めた。

 石畳で舗装されている道だが、使われている石が不揃いなのだろう。車内がガタガタと揺れる。

 しかし、やがて坂道を下りきった魔導車は再びなだらかな舗装道路に戻ったのか、先ほどまでの滑らかな走行に戻って、魔王城の城下町に入って行った。

 

「そうだね。当面の、というか反抗心を見せない限りは、魔王陛下とその家族には生きていただこうかなと思っている。

 そっちの方が僕達の活動には都合がいい。ただ、それ以外はいらない。四天王とこの国の宰相、それとできれば主だった重臣や将軍は、基本的には粛清か処刑だ。これを機に中枢部の人間は一掃する。

 勿論、後釜には僕達の息のかかった人間を据える。有能で、且つ、完全に僕達に服従する人間にはありがたいことに、星の数ほど存在している。

 やはり、持つべきものは人望だよね」


 何も悪びれることなく、明確で合理的に未来図を語るシトラスだったが、立花はその話を聞いて、意外にも口を尖らせて反論した。


「えー。折角生きて四天王を捕まえたのに、殺すのか?勿体ないなー」


「何がだい?」


「いや、だって四天王だよ?四天王。今時珍しい四人の大幹部だ。今までダサい姿しか見てないのに、処刑してあっさり殺してもつまらないだろう?もったいないって。いっそのこと、多少演出を加えて嵌め殺した方がいいじゃん。こう、『北斗流星拳!』とか、『ペガサス百裂拳!』とか、どうせ殺すにしても必殺技を食らわして殺した方が格好も尽くし、彼らも草葉の陰で喜んでくれると思うけど?」


 まるでペットを飼いたいと駄々をこねる子供の様なことを言う立花に向かって、シトラスは呆れたように溜息をつく。


「別に彼らはまだ死んではいないけどね?それに、勿体なくはないだろう?英雄の最大の仕事とは、時代が変わったことを教えること。つまりは、新たな強者に殺されることだ。その殺され方が変わっただけの話だよ。

 戦場で死ぬのも、処刑場で死ぬのも、命の終わりに変わりはないよ。寧ろ、そこに貴賤きせんの差をつける意味が分からない」


「死に貴賤は無し、か。言うねえ。わかったよ。でも、本当にいいのかい?四天王は殺すしかないとしても、その配下は違うだろう?

 今日から僕が君たちのボスです。と言われて、はいそうですか。と答えるのかな?そいつらを取りまとめる為にも、やっぱり今は生かしていた方が良いんじゃないか?」


「問題ない。別に困ることは無いよ。力が全てと考えるバカな魔族なら、八つ裂きにした元上司の死体を見せれば尻尾を振るし、そうでない魔族は、そもそもあいつらのようなバカの下にはつかないさ。

 今日の事で分かったろう?奴らは戦う事しか頭にない真正の脳筋だ。服従するなら活かしてやっても良かったが、出来ないんだったら殺すしかない。ペットにもなれない奴に無駄飯を食わせる程、僕は寛容では無いよ」


 ショーウインドウに並ぶ商品を眺めるような冷徹な瞳で、人を人とも思わぬそんな発言をする今のシトラスの姿は、かつてのシトラスを知る者ならば目と耳を疑うものであったが、唯一ここまでの経歴を知る立花は、そんなシトラスの様子にただ薄く笑みを浮かべるだけだった。


「ふふ。随分と変わったものだね。シトラス親方。何だか、大分ボスとしての貫禄がついてきたんじゃないのかい?」


「そうかな?その割には初対面の人には全員、見た目で子供だと思われるんだけどね?」


 ずれた答えを返すシトラスに立花は軽く苦笑すると、その様子に揶揄からかわれたと思ったのか、拗ねた様にバックミラーを睨みつけるシトラスに、立花は軽く謝罪する。


「いや、悪い悪い。別にからかっているつもりは無いんだ。ただ、流石は僕の義兄弟きょうだいだ、と思ってさ。まあいい、考えがあるんなら、僕は何も言わない。

 ただ、これからの『計画』で何をするのかだけは大雑把にだけど知っておきたいかな?無理に聞き出すつもりは無いけど、これからやる『仕事』は、今までになくでかいものなんだろう?

 多少の方針くらいは今のうちに教えてもらえれば、嬉しいかな。とは思うけど」


 立花の言葉にシトラスは数十秒ほど教えるかどうかを逡巡していたが、ややあって決意を固めて口を開いた。


「…………詳細はまだ言えないが、具体的には決まっている。『邪魔者は一網打尽にする』シンプルにこれだけだよ」


「ふーん。要は、皆殺しって事かい?」


「……いや、それは相手次第だね。場合によっては考えても良いんだけど、基本的に降伏や裏切りは歓迎するつもりだ。

 僕だって人間だよ?生まれ故郷でなかったとしても、暮らしていれば住んでいる町に愛着くらい湧くよ。この街の人々が傷つく姿を見るのは忍びない。できれば流す血は少なく済めばいいとは思うよ」


 そう言って車窓からの景色を眺めるシトラスは、愛おし気に街を眺めながら肩を竦めて見せると、その直後に実に悲しそうな眼をしながら、酷薄な笑みを浮かべた。


「ただ、量は少なくても血は流す気だ。この土地の種族には、恐怖と絶望を味わわせて、支配と隷属という言葉の意味を理解させる必要がある。獣を飼う時に最初にやることは、誇りを砕いて家畜に落とすことだからね」


 シトラスはそこで言葉を切ると、唇に薄い笑いを浮かべながら、立花に向かって、あるいは車窓の外にある街に向かって、予言する。





「当面は、この暗黒大陸は地獄になるよ」





 そんなシトラスの予言に、立花もまた、ふふ。と小さく吹き出しながら、凶悪な笑みを浮かべた。

 

軍荼利グンダリが喜びそうな話だ。アロンソには、忙しくなるから覚悟しておくように言っておくよ」


「頼むよ。あと、できれば労いに何か奢ってあげなよ。彼奴あいつには一番苦労を掛けているからね。金なら僕が出しておくから、女でも、酒でも、飯でも、好きなものを用意してあげな。ま、何が欲しいかは大体わかるけど、一応は意見を聞いておきなよ?」


「はは。今からドロレスちゃんの怒声と歓声が聞こえてきそうだよ。しっかりした娘を持った父親って大変だよね」


 シトラスと立花は、今まで血腥ちなまぐさい話をしていた人間とは思えないほど和やかに身内話に花を咲かせると、やがて魔導車キャリッジは港町の方に出て、潮風の匂う道を走り始めた。


 やはり港町というのはどこも似たような作りをしているのだろうか?

 故郷のバルシノンとは全く違うはずの暗黒大陸の町並みでも、眺めていると何となく故郷と似ている部分が目についてしまい、何となく感傷的な気分になってしまう。


 そんな心境の変化が出た様に、シトラスは夜の街を眺めながら、何とはなしに呟いた。


「今思えば、あの瞬間があの後に起こる僕の全ての運命のターニングポイントだったのかも知れないな」


「なんの話だい?シトラス」


 別に誰かに聞かせるつもりもなかった言葉だが、二人しかいない車内では意外と大きな声だったらしい。


 その言葉を聞いていた立花は、シトラスに言葉の意味を聞き返した。


「……ああ、聞こえていたのか。……少し恥ずかしいな」


「あら?聞かせる気がなかったんだ。じゃあ、悪いことしたかな。今の聞かなかったことにするよ」


「……いや。別に、構わないよ。特に意味のある話でもないし、何よりどうでもいい話だからね」


 気を回す立花の言葉に軽く頭を振って答えると、シトラスは何となく今思ったことを口にする。


「偶に、ふと振り返る事があるんだ。大体二、三年前のあの時、『勇者召喚』が行われたくらいの頃、僕は冒険者を止めるつもりで、ギルドから最後の依頼を受けた。ネームドモンスターの討伐だ。あの依頼は成功したけど、そのせいで僕は冒険者を続けざるを得なくなり、その結果はあのざまだ。……だから思うんだ」


 それは、あの三人と、家族と思っていた美少女三人と結婚を決めたその日のことだ。

 婚約を結んだ直後に訪れた依頼。それ自体は唯の仕事であり、特に意味のあることではなかった。


 けれども、その後に運命が導くように連鎖した一連の出来事は、シトラスのこれまでの人生を、運命を、そして何よりもシトラス自身を大きく変えた。

 ……良くも、悪くも。


「もしもあの時、ギルドからのネームドの討伐依頼を受けなかったらどうなっていたか、を」


 それはただの戯言だ。けれども、シトラスの中で未だに引っかかる心残りでもあった。


「或いはそのまま結婚して三人を妻にめとり、その後も魔導用紙の研究を続けて、あのバルシノンの田舎で生涯を過ごしていたのだろう。それはきっと幸せだったと思うよ。でもね」


 そこでシトラスは言葉を切ると、バックミラーに映る立花の瞳を見据えた。


「もしもそうなれば、きっと、いいや絶対に、君にも、彼女にも会う事は無かった。そして君と出会わなければ、僕はこの頂点の景色を見る事は無かった。そして、彼女と出会わなければ、恋を知る事も無かったと思う。それは今の僕からすれば、耐え難い苦痛だ。今の僕とかつての僕と、……どちらの人生が良かったのだろうかと、ふと思ってね」


「……………………」


 沈黙する立花に、シトラスは訊いた。


「なぁ、立花。君は……どうなっていたと思う?」


 だが、シトラスの質問に、立花は軽く冷笑を返しただけだった。


「さあねぇ。その場に居なかった僕が何を言っても、答えにはならないだろ?そもそもの話、昔の話を蒸し返したところで、手に入るのは後悔と無意味さだけだろう?まあ、でも強いてその質問に答えるとするなら…………」


 立花は言葉を切った後、数秒の間黙り込むと、小さく笑って、言う。


「ただ、なる様にしかならなかったんじゃない?」


 そう言うと、ふと思い出したようにその後に続けた。


「取り敢えず、一つ言えるのは、魔王陛下があんな目に遭わずに済んだのは確実だね」






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