第二十四話 その男、凶悪につき。
約五か月振りの更新、遅れてしまって申し訳ありませんでした。
この作品を書き始めてから、仁義とか任侠について考えすぎて、自分の作品の存在意義的なものを見失ってました。
ただまあ、色々と他の作品に触れていく中で、作品に対する迷いが吹っ切れました
もう一度週一投稿を目指して頑張りました。
「改めて名乗ろう。僕の名前は立花・喜兵衛。『魔術と知識の勇者』だ。今日はちょっと用事があって君たちの所に来たよ。もう一度言うが、……少しばかり僕に付き合ってくれないかい?」
そう言ってグラウカさんを庇う僕の額に銃口を突き付けた喜兵衛は、口元に薄い笑みを張り付けながら静かに撃鉄をあげる。
僕の額に当てた銃をどこか残念そうに、けれどもそれ以上に喜びの感情を抑えきれない様子で操る喜兵衛は、鼻歌交じりに部屋のドアを睨みつけながら続けた。
「ちなみに答えは今から十秒以内に決めてくれよ。どうやら外も騒がしくなってきたしね」
喜兵衛の言う通りに、部屋の外からは先ほどの銃声を聞きつけて、宿屋の従業員が大声をあげながら僕たちの部屋に駆けつけてくる足音が聞こえており、すぐにでもこの部屋の騒ぎが大事になるであろう気配がしていた。
下手な時間稼ぎは事を大きくするだけ。混乱がひどくなれば、その分僕たちにできる隙は大きくなり、この男に殺される確率は大きくなる。
ここまでのことを計算に入れての行動なのか。それとも、単なるお遊びなのかはわからない。
ただ、喜兵衛はこの騒動が起きるかどうかのギリギリの状況を楽しんでいるかのように薄ら笑いを浮かべながら僕を見下ろしており、これから何が起きるかというのを実に楽しそうに眺めているだけだった。
そこにあるのは、自分の立場が誰よりも上である事を何一つ疑ず、どこまでも他人を見下すような笑みだった。
この世で、僕が一番嫌いな顔だ。
「なるほど……。じゃあ、最初に言っておこう。お断りだ」
そんな喜兵衛を前にして僕は、喜兵衛に向かってそう言い切った。
その瞬間、銃口を構える喜兵衛の口元に浮かんでいる笑みを深め、引き金にかけた指を躊躇なく引き絞った。
そして、
「へぇ?」
立花・喜兵衛は、引き金を引いたまま、何も起こらない銃口を見て、疑問と喜びの混じったような声で驚きを露わにした。
喜兵衛の手の中では、引き金を絞られた銃が空しく火蓋を叩いただけの銃が握られており、それを見た瞬間に動いたのは、プリムラだった。
プリムラはその素早い身のこなしで喜兵衛に躍りかかると、喜兵衛の左腕を捻り上げて押し倒し、背中越しに喜兵衛を叩きつける。
プリムラが喜兵衛の動きを抑えた次の瞬間には、アルバが手にした短杖を喜兵衛のこめかみに突きつける。
喜兵衛を取り押さえる中で、一瞬、出入り口を押さえている少年の動きが気になったが、どうも彼は少しもその場を動く様子もなく、ただ単に僕達が喜兵衛を取り押さえるのを眺めているばかりで、むしろその顔には期待の色が浮かんでいるようにさえ見えた。
そんな中、喜兵衛は思案を張り巡らしていた様に黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……なるほどな。そういうことか」
そう言うと、アルバに腕を押さえられ、プリムラに杖をこめかみに突きつけられた状況だと言うのに、まるで動じる様子もなく、ニヤニヤと僕の顔を見上げた。
「この部屋全体に、魔術無効の結界を張っていたのか。それもただの魔術無効じゃ無い。君の許可が無ければ魔術を使えないようにする為の結界だ。だからこそ、僕の作った銃、正確には魔導銃か。これの効果が発揮されずに、空砲を鳴らしたんだ」
身動きのできない状況の中で、この部屋の仕掛けを見破って見せたことで、アルバとプリムラが一瞬身じろぎするのが分かった。
目に付くところに証拠になるようなものがあるわけじゃない。
多分、自分の知りうる知識を動員して正解を導き出したんだろう。
僕自身も喜兵衛の頭のキレの鋭さに内心驚いたが、喜兵衛に付け入る隙を与えないように極力静かな声音で喜兵衛に話しかける。
「……下手に銃について知識を持っていたことがアダになったね。そんなことより、今すぐにグラウカさんに使った毒の解毒剤を渡せ。そうでなければ、今すぐに毒の名前を教えろ。……君だって命は惜しいだろう?」
喜兵衛の部下らしき出口の少年には注意を払いつつも、僕は懐から取り出したナイフを彼の眼もとに当てて、言う。
決して単なる脅しのつもりは無かった。
状況的に彼の眼を潰すことも、その首元を掻き切ることも僕には可能だ。
グラウカさんに盛られた毒がどういう物なのかはわからないが、彼女が即死していないこと。何よりも今もなお苦しんでいるところを見ると、致死性は低いのだろう。
それはつまり早めに治療さえすれば、後遺症も無く無事に命が助かると言う事だ。
なら、たとえ此処で僕が手を汚す事になろうとも、喜兵衛にいう事を聞かせてグラウカさんを助ける。
そう覚悟を決めた僕の思いとは裏腹に、
「それが欲しければ、まず僕の上に乗っているこの女たちをどかして、この魔術を無効化する結界を解け。話はそれからだろ?」
喜兵衛の返答は余裕の拒否だった。
「……自分の立場をわかって言っているのか?それとも、僕のことを舐めているのか?脅しと本気の使い分けができないような男だと?」
「何を言うんだ。自分の立場を理解しているから言っているんだろう?むしろ、僕としてはこれ以上なく譲歩しているつもりだが?」
あくまでも余裕の態度を崩そうとしない喜兵衛の様子に、僕よりも先にアルバとプリムラの方が怒りを爆発させる。
「ちょっと!どこまで調子に乗っているつもりなの!」
「……勇者だからって、何しても許されるはずがない……!」
そんな二人に対して、喜兵衛はどこか邪悪な輝きをともした眼光で笑いながら、二人を見上げた。
「もしも僕をここで殺してしまえば、そこに倒れているグラウカさんに盛った毒についての情報は失われることになる。だが、それ以上に、今後の立場の事がある。
君たちのことだ。死体の始末くらいなら簡単にできるかもしれないなあ。だが、その後はどうするつもりだ?」
その言葉に、二人が息をのんで行動を止めたのが分かった。
喜兵衛は、二人の様子を見てくつくつと笑いながら僕の顔を見上げると、目元に刃物を突き付けられているとは思えないほど自然な表情で、あるいは、まるで僕を挑発するように、僕の顔を見据えた。
「何度でも言うがね?僕は仮にも『魔術と知識の勇者』の地位を、神の名のもとに与えられた人間だよ?そんな人間がいきなり消息を絶って、誰も探さないわけないだろう?そうすれば、僕が消えた後には、最後に誰が僕と会ったのか?という話になる。そこで君たちの名前は絶対に出る。そうなった場合、追手にどう話を付ける気なのかな?」
悦楽に満ちた言葉で僕に話しかける喜兵衛に、思わず手にしたナイフに力がこもり、喜兵衛の目元から血が一筋の流れとなって零れ落ちる。
だが、喜兵衛はそんなことに何一つ興を引かれた様子もなく、くつくつと笑いながら話を続ける。
「わかっているのか?僕が君たちに目を付けた段階で、君たちは僕に服従しなければならないんだよ。その上で、僕は君たちに言っているんだ。今すぐに僕を抑えている女たちを静かにさせろ。ってな」
床の上に這いつくばる喜兵衛のその表情は、先ほどまでと変わらず、どこまでも自分が上であること疑わない、僕を見下すような笑みだった。




