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第二十二話 紅茶と殺意と

 切りが良いところで切ったので、少し短めの話になりました。

 夏に入ってから、急に更新頻度が落ちてしまい申し訳ありません。

 後、何気にこの作品、書き始めてから一年突破していたんですね。



 一瞬、三人が同時に息を呑むのが分かった。


 それと同時に僕自身も、一瞬脳裏にあの日の事が思い起こされて、身体中の血が湧きかえり掛ける。


 研究熱心な父さんの背中、笑いながら自分の研究を教えてくれた父さんと、仕事しかしない父さんに呆れかえる母さん。

 そんな父さんをあざ笑い、父さんの完成させた研究を残らず奪い去っていく貴族たち。


 そして、


 毒を飲んで書斎に斃れた父さんの変わり果てた姿。


 けれども、すぐさまそれを押し殺しながら、静かに喜兵衛に言い返した。


「……詳しいというほど詳しくはありませんよ。……ただ、昔お父さんが王宮に関係して働いていただけです。その関係で多少貴族と接っしただけですね。それよりも僕は、喜兵衛さんの話の方が気になります。実家がお金持ちといいましたが、正直、多少のお金持ちが貴族の風格を漂わせれるとは思えないですよ。一体、どれだけお金持ちなんですか?」


 正直、自分でも露骨に話を逸らしたとは思うが、そんな僕に対して喜兵衛は一瞬目を細めると、すぐに何事も無かったかのように話を続けた。


「確か会社の総資産は三百三十兆円だったけど、あくまでも会社の総資産だからなあ。個人の純資産になるとどの程度なのかは分らないな。そうだね……。多分この世界の通貨価値に直すと、白金貨六億六千万枚かな。まあ、あくまでも概算だけど」


「白金貨六億六千万枚!?」


 余りにも現実離れした金額が喜兵衛の口から出たことで、僕以外の三人は驚きで目を剥き、僕自身も内心驚きで手にした紅茶のカップを取り落としそうになって、机の上に紅茶を置いた。

 だが、発言した当人はつまらなさそうに指の爪を弄りながら、僕らに対して続ける。


「僕らの世界ではパン一斤が安くて三百円くらいで、この世界ではパン一斤が赤銅貨十五枚で買えたからね。そこから計算して、百円が赤銅貨五枚で、白金貨がその十万倍の価値だろう?つまり、白金貨は一枚で五十万円の価値になる。……まあ、その程度の話だよ」


 白金貨の価値を知った上でまるでこともなげに言って見せた喜兵衛の姿に、僕は思わずかつての貴族たちの姿を重ねて併せてしまう。

 まるで当然のことのように無茶苦茶な注文と滅茶苦茶な理屈で人の人生を引っ掻き回した奴らは、今の喜兵衛の様に


「随分と結構な家に生まれた様ですね。それは多少貴族らしい振る舞いも身につくというものだ。それで?お金に物を言わせた家庭に生まれたから、勝手に人の部屋に上がり込むように育ったんですか?一体、何の用があって僕たちの部屋に上がり込んだんですか?」


 自分でもとげとげしい言葉だと思ったが、それでも遂そんな言葉が出てくるあたり、自分でもバカな性分だとは思う。

 実際、こういう物言いの所為で、何度かトラブったことはあるのに、全くその事から学ぼうとしない当たり、自分自身ですらいつかとんでもない爆薬に火を点けて吹っ飛んでしまうんじゃないかと不安になる。 


 そしてどうやら、そのいつかは今日だったようだ。


「……僕の生まれた世界には、こんな話がある」


 僕の言葉を聞いた喜兵衛は、一瞬だけ黙り込むと、今までのどこか浮世離れしながらも、穏やかで紳士的ではあった様子を押し隠して、不意に低くドスの利いた声で静かに語りだした。


「ピタゴラス教団、……ある宗教団体では数字こそが世界を構成する神聖な存在であると硬く信じられていてね。特に一から十までの割り切れる数字ってのは、至高の数字であり、絶対に割り切れないなんて事は無いとされたんだ。そうして数学の研究の末に三平方の定理を発見した。

 だがある日、一人の男が三平方の定理によって、ルート2と呼ばれる割り切れない数字が出ることを知ってしまったんだ。

 教団はその事実を隠そうとしたが、真実を知った男は思わず町の住人の一人にルート2の存在を話してしまった。

 その事を知った教団は、その男を抹殺して事実を隠そうとした」


 喜兵衛はそれだけ言うと、両手を組んで肘をつき、丸眼鏡の奥の目から表情を消して静かに言う。


「……お互い、余計な詮索して、意味の無いことに口を突っ込むのは止そうよ。僕の不用意な言葉で君を傷つけたんなら謝るのもやぶさかではないけどさ。だからってやり返すんなら、……殺してくれと言ってると、受け取るよ?無駄に殺し合いなんかしたくないだろう?なあ?し、と、ら、す、君?」


 どこか茶目っ気を見せながらも、あからさまに殺意を見せつける喜兵衛の様子に、僕以外の三人は各々の得物に手をやり、臨戦態勢に入る。

 僕はそんな三人を咄嗟に右手で制すると、その場を立ち上がって静かに頭を下げた。


「確かに、無駄な殺し合いはしたくない。僕の方こそ、申し訳なかった。何やら気に食わないことを言ってしまったようで、すまない」


 深々と頭を下げたまま謝罪の言葉を口にすると、喜兵衛は毒気を抜かれたようにぽかんとすると、すぐにくつくつと笑い声を立てて紅茶を啜った。


「……いや、僕の方こそ悪かったよ。今の会話の何が君にとって気にいらなかったのか知らないが、少なくとも君が気に入らない奴でも、頭を下げられる人間で助かったよ。そうでなかったら、取り返しのつかないことになるところだったからね?」


 そう言って喜兵衛はクスクスと笑うと、紅茶のカップをカチャリと鳴らして机に置き、それを見た三人は臨戦態勢を解き、その場の緊張感が緩んだ。


 そして、それを見た喜兵衛は、


「ちなみに僕は、気に入らない奴は全員殺すタイプだ。……口の利き方には気を付けろよ、シトラス・レモングラス」



 そう言った。


「がッ…………!!あッ……ッ……!!」


 その途端に、紅茶を一口啜ったグラウカさんが突如として喉を掻きながら苦しみだし、床に崩れ落ちた。



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