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第十九話 ありふれた幸せに関する調査

 すみません。気付けば一か月過ぎてました。

 どうも自分は夏に入ると創作意欲が減退するような気がします。

 まあ、でも此処で又休むとこの作品もエタりそうになるので、此処からもう一度気力を出して頑張ります。



 現在、ロンダルギア王国の王都では、五十嵐・尚高以外の勇者として、タチバナ・キヘエの名前が良く上がる。


 よく聞く噂としては、王都のスラム街で最近『魔術と知識の勇者』であるタチバナ・キヘエが、人々の治療や治安の回復の為に活動しているというものだ。

 実際、キヘエがスラム街に現れて以降、貧しい者や、怪我や病で死にかけた弱い者を、一般人曰く、無償の愛で助けたことで、毎日のように死んでいた人が、今では二、三日に一遍の頻度に押さえられるようになった。


 この情報は、最早常識と言ってもいいほどに王都の住人に伝わっている。

 何故なら、スラム街に行きさえすれば、それがどんな人間であっても診察と治療を快く行う事から、スラム以外の住人もキヘエの元を訪れては病気や怪我を治してもらえるため、スラム街だけじゃなく、冒険者を始めとして、所謂一般庶民と呼ばれる階級の人たちからもキヘエは幅広く支持を集めることになり、今ではキヘエの名前は一種の神格化されたものとして広まっていると言っていい。

 尤も。貴族社会的にはスラム街のような汚らわしい場所に住む人間に接触する事自体が禁忌とされているようなので、寧ろ喜兵衛に対する評価は下がっているのだが。


  

 だが、キヘエの名前が広まったのは、それだけが理由じゃない。



 キヘエがスラム街に出入りするようになってから、スラム街の治安がすっかりと改善され、以前は毎日どころか、日に二、三人は殺されたり行方不明者が続出していたのに、キヘエがスラム街に出入りするように成って以降は、その頻度は月に二、三回という数に減った。

 それどころか、スラム街を中心に活動していた筈の凶悪な盗賊団や、暴漢がつるんだ冒険者パーティの名を借りた犯罪者集団と言った連中がぱったりと姿を消してしまい、今までご禁制とされて来た麻薬流通や人身売買が極端に数を減らしていた。

  

 今では王都の犯罪そのものが急激に減少しており、その根底にあるのがスラム街の治安改善であるのは誰の目から見ても明らかで、その治安改善を行なっているとされるキヘエへの人気はナオタカに並ぶほど大きなものへと変わっていた。


 この辺りは、普段は余り自分の実力を出さず、貴族との付き合いの中でしか生きないナオタカと実に対照的だ。



 だが僕は、そうやってキヘエの名前が聖人の様に扱われる度に、いや。





 聖人の様に扱われるからこそ、僕はタチバナ・キヘエという男に警戒心を抱かずにはいられなかった。





 何故なら、治安改善を行なっているとされるキヘエが、具体的に何をしているのか。それを誰も知らなかったからだ。


 奇妙な話だ。いや、奇妙な話だというよりも、不気味な話だった。


 何しろ、場所はスラムだ。


 王都の中心地域から離れているが、その分人口の密度は濃い。

 常に日々雑多な人間が様々な理由で出入りをしている状況で、しかもそう広くもない街の中で、街の中の様子を誰にも気取られる事なく、目に見える程の短期間で変えてしまうなど、とても並大抵の人間にできる事ではない。

 

 いや、もっとありていに言えば、神か悪魔の力を借りたとしか思えない。 

 

 表向きは、治療行為を通じて犯罪者たちを改心させていくことで、犯罪行為そのものが減ったとされているが、はっきり言ってそんなこと等ありえないし、あり得てはたまらない。


 もしも事実であるのならば、これは明らかに何らかの洗脳を施された証しだし、事実ではないのならば、何かしらの恐ろしい力を使っている事は確定した事実だろう。


 考えられる話はいくらでもある。



 とは言え、全ては僕の推論で、只ごくわずか情報を元にして考えただけの空論だ。

 確かにキヘエは怪しいし、何か嫌な予感のする男ではある。

 だが、だからと言ってキヘエが犯罪に手を染めている証拠は無い。


 何よりも、僕自身がキヘエから何かしらの被害を受けたわけじゃない。


 僕の方から、キヘエに対して何かしら手出しをするわけにはいかない。


 と、そこまで思ったその時だった。

 

 

「また、難しいことを考えているー。ご飯食べてる時くらいは、その顔は禁止ー!」


 頭に過る不吉な予想に考えを巡らせていると、そんな感情が表情として顔に出ていたようで、僕を見ていたアルバが、僕の額を小突きながらそう言った。


「ほら、お兄ちゃん。そんな風に眉間に皺を寄せていると、義母(おかあ)さんに怒られるよ?ほら、いつも言ってたでしょ?皺を寄せると、幸せは逃げるって」


「……そうだな。ゴメン」


「ま、でもそう言う風に何かものを考えている時のお兄ちゃんの顔って好きだけどねー。何て言うか、危機に備える男って感じでかっこいいし。それに」


「大丈夫。シトラスにどんなことがあっても、私が守るから」


「ちょっと!今から私いいことを言う途中だったのに、横から邪魔しないでよ!」


「知らない。私はただ、シトラスの事を守りたいって思っただけだし」


「私だってそうだもん!っていうか、何時までお兄ちゃんに抱き着いているのよ!そろそろ離れなさいー!」


「いやだ。今日は私、ずっとシトラスに抱き着くって決めているからな」


「何それ!そんな我儘が通じるわけないでしょ!びっくり」


 アルバの言葉を遮って突然背中にプリムラが抱き着き、そんなプリムラにアルバが目くじらを立てながら僕から引きはがそうと騒ぎだした。


 そんな二人のやり取りを見ながらグラウカさんは苦笑して、そんなグラウカさんの傍でトーカさんが身を縮こませながらもランチを頬ばっていた。


 気付けば、風も日差しも穏やかで、時おり遠くからは小鳥が囀る声が聞こえて来る。


 雲の流れる空に向かって、何匹かのモンキチョウやバッタが飛び交い、熱さも涼しさも感じない、ただただ和やかな空気だけが僕等の周りに落ち込んでいた。






 それはやけにのんびりとした時間だけが流れる、本当に平和なひと時で、このまま世界が終ってしまうんじゃないかと怖くなった。






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