第十八話 勇者の眠り
久しぶりにシトラスくんを出しました。
何か、久しぶり過ぎてシトラス以外のキャラを若干忘れている気がするけど、細かいことは気にしない感じでお願いします。
後、予定では次の話しでシトラスと喜兵衛が殺し合います。
トーカさんの操る細剣が陽光の中で煌き、グラウカさんの小盾がそれを防いだ。
剣と盾がぶつかる瞬間、火花が二つの武具の間で爆ぜるが、それもすぐに真昼の燦燦とした日光の中に消える。
攻撃を弾かれた瞬間、トーカさんは一度グラウカさんから距離を取ると、すぐにまたグラウカさんに向けて斬りかかる。
上手い判断だと思う。盾による防御力と濶剣の破壊力に長けるグラウカさんに対して、細身の二刀流を活かす為に機動力を駆使しているのだろう。
そんなトーカさんに対して、グラウカさんは焦ることなく盾を構えたまま、右手にした濶剣を切り降ろすと、トーカさんは左手に握った短剣で受け流す。
うまい。ぱっと見グラウカさんは非力なように見えるが、あれでも特級冒険者の前衛職だ。無造作に振った一撃とは言えども、普通に受け止めれば刃を叩き折られていただろう。
だが、トーカさんはグラウカさんの一撃を受け止めるのでは無く、刃が当たるギリギリの所からいなして、剣戟を受け流した。
そうして、トーカさんはそのまま一気にグラウカさんの懐に入り、右手のレイピアから鋭い刺突を繰り出した。
並の剣士や兵士ならそれで仕留める事は出来ただろう。
だが。
残念ながら、そこはまだグラウカさんの間合いである。
その攻撃を既に読んでいたグラウカさんは僅かに首を捻るだけでその一撃を軽く躱す。
トーカさんの渾身の一撃を避けたグラウカさんは、そのまま左手の小盾をトーカさんの胴体に叩きつけて体勢を崩すと、大きな隙となった胴体に向けて剣の腹を叩き込む。
流石にこの一撃は、防ぐこともいなすこともできない。
かなりきつい直撃を脇腹に食らったトーカさんは、激しく咳き込みながらその場に崩れ落ち、剣を突きつけるグラウカさんに大人しく降伏する。
「……負けました。降参です」
「とてもいい勝負でした。此方こそ、感服しました」
涙目で見上げながら降伏するトーカさんに、グラウカさんは微笑みながら手を差し伸べると、トーカさんは静かにグラウカさんの手を取って立ち上がる。
そんな二人に、僕は持ってきたタオルと水を差し出した。
一瞬、トーカさんは僕の姿を見て体をびくつかせたが、グラウカさんが優しく微笑みながらトーカさんのタオルを渡したことで、すぐに体の緊張がほぐれた。
この辺りの自然な気遣いは、流石グラウカさんだと思う。
そんなトーカさんの様子を見て、思わず苦笑する。どうも僕、というか男全般が苦手らしいトーカさんのこの辺りの反応にもだいぶ慣れてしまったな。
そんな僕に対して、トーカさんはグラウカさんの背中に隠れるようにしながらも、慌てて頭を下げて謝罪の声を上げる。
「ひゃッ!あ、あ、あのごめんなさい!私まだ全然男の人に馴れなくて、その、いつもいつも世話になっておきながら、こんなひどい態度を取ってしまって、」
「分かってますよ。僕の方もだいぶ慣れましたし、そこまで怯えることは無いです。それよりもどうです?稽古終りの昼食を持って来たので、まずは甘い物でも?」
そんなトーカさんに、僕は失笑しながら用意していた昼食のデザートの一つである、酒に漬けた桃を杯の中に入れて差し出し、トーカさんはそれを大人しく受け取る。
と、その時だった。
「あー、良いなー。私に黙って何かおいしそな物食べてるー!」
「私たちも今まで仕事してきたのに、酷ーい」
今まで僕の頼みで王都の冒険者ギルドに行っていたアルバとプリムラが戻って来て、僕が持ってきた昼食用の弁当を囲み始める。
そのままなし崩し的に昼食が始まる。
★★★★★
僕たち『蒼い流星』がトーカさんに頼まれて剣術の稽古に付き合い始めたのは、今から二週間前の事である。
突然、トーカさんに強く成りたい。と相談された僕は、グラウカさんにトーカさんが強く成る為の稽古相手になってくれるように頼み、それをグラウカさんが快く承諾してくれた。
その後、トーカさんは稽古の内容を変更してもらい、それからグラウカさんとトーカさんは毎日この模擬試合を行うことになった。
そうして、グラウカさんとトーカさんの稽古後の世話を僕がすることで、いつの間にかこうして昼食を囲むのが日課になってしまった。
そうして、五人で昼食用の弁当を囲むと、桃をフォークに突き刺したトーカさんが、ふとグラウカさんを見た。
「ええと、その、グラウカさん。私の剣術の動きはどうでしょう?今日は一体どこが悪かったかを教えて欲しいのですが?」
「あ、トーカ様。うーんそうですねえ。私の見る限りでは、トーカさんの身のこなしはかなり改善されたと思います。特に剣術。今まではどこか動かない相手を攻撃することを想定した、言ってみれば『動けない剣』でしたけど、今は相手の動きに臨機応変に対応することのできる『動ける剣』です。確実に強く成っていると思いますよ」
そう言いながら、グラウカさんも僕が差し出した桃を口に入れると、にこやかな笑みを浮かべながらトーカさんを振り返った。
「心配しなくても、才能なのか、神様からの御加護なのかは分かりませんが、それでも優れた剣術の素養があるのは確かです」
そう言うグラウカさんの言葉に、僕もそうですね。と、笑いながら賛成する。
実際に、トーカさんの剣の扱い方はこの一週間で大分板について来たと思う。
先ほどの戦いでも、トーカさんは武器を破壊されないギリギリの一線を見切って、受け流しを主軸とした防御を多用していたことからも、その成長度合いが分かる。
『剣技と武闘の勇者』と言うだけあって、その成長率は目覚ましいものがある。
どちらかと言うと、盾を使った剣闘式の戦いよりも、二刀流の扱いの方が上手いのは個人的な傾向なのかもしれないが、それでも剣術だけじゃなく、格闘や拳闘などの打撃や組打ちを含めるた戦闘技能全般が上がっているのは、流石だと思う。
グラウカさんとトーカさんが二人の稽古後の話で盛り上がっている中、ポーチドエッグとベーコンを挟んだパンを食べながら、アルバとプリムラの二人はさっきまで冒険者ギルドで集めていた情報について僕に話し出す。
「今のところ、お兄ちゃんが気になりそうな情報とか、依頼とか、そう言うものはまだ無かったよー」
「うーん。そうだねー。すぐ気になるのは、昨日、王都の近くにある『ダーウィッチの森』が燃えたんだって」
「ダーウィッチの森が燃えた?」
「うん。まあ、その後に一瞬だけ大雨が降ったからすぐに火事自体は静まったけど、結構大きな火事だったみたいでね。もしかしたらドラゴンの一種が界隈に現れたかもしれないみたいだよ?」
アルバの言葉を聞き返すと、アルバは嬉しそうに僕に言う。
「一応事実確認の為に王都の騎士団が原因の調査に向かっているそうだけど、もしもドラゴンだったりした場合は少し大変なことになりそうって、受付の人が言ってた。それと、この火事には色々と不自然なところがあるから、もしかしたらドラゴン以外の強力な存在が関わっているかも、とも言ってた」
「もしかして、魔王軍の幹部?とか、そこら辺の奴らが来てるかもしれないってさー。もしかしたら、戦争にもいかずに手柄を立てるかもチャンスかもよ、シトラス」
「いやいや、それはあり得ないでしょ、プリムラ。この国から魔王軍との前線地帯までとても離れているんですよ?いきなりこの国に襲撃を掛けるとか、そんなことは無いですって。ね、お兄ちゃん?
「ん?え、あ、ごめん何の話し?聞いていなかった?」
「「もー、お兄ちゃん(しとらすー)。しっかりしてよねー」」
「あー、ゴメン」
僕を仕方なさそうな目で見る二人に頭を下げながら、僕は頭の片隅では別のことを考えていた。
ドラゴン以外の強力な存在。
そう聞いて脳裏に浮かんでいたのは、ひょろ長い背丈をした黒縁眼鏡の青年の姿だった。




