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僕という人間は、欲しいと思ったものはどんなことをしてでも手に入れるようだ。


「一先ず、シトラス・レモングラスって奴がいる。そいつを殺してでも情報を吐かせる。使える人間だったなら、人形に作り変えてでも利用する」


 僕の言葉が唐突だったのか、フランツ君は目を剥いて僕を見上げるが、今はやるべきことが多すぎる。

 一々僕のやることを説明してはいられないので、その話は置いておく。


「そうだな。目的については今の段階である程度話しておきたいんだが、その前にいくつか確認しておきたいことがある」


 僕はそう言うと、未だに地面に仰向けで倒れている彼に話しかける。


「今はまず君の状況を教えてくれ。体の調子はどうだ?熱っぽいとか、動悸が酷いとか、そう言う異変はあるか?あと、見たところ外見には特に異常はないのだが、視覚とか聴覚とかが異様に鋭くなっているとか、怪力が出るとか、そう言う感じは無いか?」

 

 僕の言葉を聞いて、フランツ君は自分の身体に異常が起こっていることを理解したのか、ばね仕掛けの人形の様に勢いよくその身を起こすと、自分の身体をまさぐり始めた。


「いいえ……。どうやら、そういう感覚は無いです。別に普段と変わりは無い……です」


 自分の身体の調子を調べると、フランツ君はどうやら()()()()に漸く慣れてきたらしく、滑らかに話し出しながらも体の異常はないことを報告する。

 僕はその返事に落胆した。


「……そうか。成功した手ごたえはあったと思うんだが、実験は失敗だな。唯一の成功例だと思ったのに、期待外れだ。……まあいい。当初の目的に差し障りは無い。それに、生前と変わりない状態であるというのは、ある意味では好都合だ」


「……僕、……僕は、どう、……ま、さ、アンデッド、に……?」


「何を慌ててる?まさか、アンデッドになったとでも思っているのかい?」


 僕の言葉に何を早合点したのか、フランツ君は自分がアンデッドになってしまったと勘違いして、面白い様に狼狽え始めたが、そんな彼を鼻で笑いつつその考えを否定する。


 この世界での不死者アンデッドは、大きく分けて二種類の存在分けられる。

 此の世に未練や執着がある者の魂魄が、世界に存在している魔力と融合してこの世に顕現したモンスターの一種としての不死者。

 もう一つが、冥府神に反発している不死神の祝福を受けた場合、もしくは不死神の眷属となった場合の不死者。


 どちらの場合の不死者となってしまっても、その魂は永遠に現世に縛られ、次第に魂が穢されていくことで無限の地獄に味わうことになるので、この世界では不死者アンデッドにされるというのは、一種の脅しであると同時に、拷問の一つでもある。

 僕の良くやる拷問の様に壊していく端から治すようなものと違って、苦痛を感じることは一切ないらしいが、その分、精神的な物に関わる絶望や恐怖と言うものは尋常ではないらしく、割と脅し文句としては良く聞く言葉である。

 僕自身としては、今まで一度としてこの種類の魔術に手を染めたことは無いので、そう言う低俗な存在と一緒にしてもらうのは非常に迷惑ではある。


「ゾンビとか、フレッシュゴーレムとか、そう言う不死者となったわけじゃない。そうだな、強いて言えば転生。と、言ってもいいのかどうかは微妙だが、まあ、それに近いのじゃないのかな?」


 別にフランツ君にわざわざ説明する費用は無いんだが、どうもこういう時には僕の悪い癖が出てしまうな。

 ついつい饒舌に僕の魔術について解説してしまう。


「この世界の魔術は、人工的に生命を作り出すことができる技術がいくつか存在している。そのうちの一つが、錬金術の奥義の一つである『ホムンクルス』の製造だ」


 そう。僕が今回使ったのはメジャー中のメジャー魔術である、錬金術。その奥義である。

 

「ホムンクルスの製造法には大きく分けて二つのタイプがある。肉体や精神、魂と言ったものを一から作り出すタイプ、この世界では『クリーチャー方式』と言うんだっけ?

 そして、もう一つが、生きている人間の体内に精霊を憑依させることで人間そのものを作り替える『ヒューマー方式』。今回僕は、この二つの方式を組み合わせて、新たなタイプのホムンクルスを創り上げることにしたんだ」


 主にホムンクルス作成に使用されるのはクリーチャー方式だが、別にこれが優れている訳ではなく、単に錬金術師のロマンとして、ゼロから自分の手で生命を創り出すと言う事に憧れがあるからだ。

 実際にはどちらも一長一短だ。

 クリーチャー方式はコストと結果が釣り合わないという欠点があり、ヒューマー方式には超人的に高めたその能力が暴走しやすいという欠点がある。

 今回僕は、その二つの欠点を治した魔術を開発したわけだ。


「端的に言えば、君の死体を材料に新たな肉体を創り出し、そこに君の魂を定着させた。これにより、クリーチャー方式に特有の低能力と、ヒューマー方式に特有の能力の暴走を抑えた新たなホムンクルスとなったわけだ」


「……そ、んな。それじゃ、それじゃあ!!僕はもう人間じゃないんですか!!僕は、僕は一体何なんですか!!」


 まるで自分探しの旅に出た少年の様なことを言うフランツ君だが、これに対して僕は小首をかしげる事しかできない。

 自分でやって置いて無責任な事ではあると思うけどね。


「そこが、問題でね。何しろ初めての実験だったものだから、僕としては分りやすく化け物を生み出すつもりだったんだ。手足が六本あるとか、眼が五、六個付いているとかね。そう言う化け物が生まれれば、僕の実験は成功。君は見事にホムンクルスに転生したことになったわけだが、君の姿は明らかに人間だ。これだけ見ると、只の蘇生魔術なんだよね。だから、君の事は何と呼べばいいのか、僕も分からない」


「…………そんな……」


 僕の言葉を聞いたフランツ君はショックの余り絶句するが、その姿を見て正直、意外に思う。

 この世界の人間の様子から、もう少し度を失って泣き叫び、喚きたてるのかと思ったが、そこまでの様子は感じられない。

 案外精神的に強い人間だったのだろうか。いや、もしかするとこれこそが僕の創ったホムンクルスの特徴なのかもしれない。


「まあ、ある意味では確かに君は不死者になったのだと思う。と言っても、死んで蘇った。という意味での不死者と言うよりも、ホムンクルスに特有の不老不死の能力を手に入れた存在としての不死者。即ち、死ぬ事のない人間という意味での不死者に近い。

 そうだな、この方式にあえて名を付けるとするならば、『イモータル方式』なのだが、君の様子を見ている限りでは、その名称も少し名前負けという印象があるな。実際に本当に不死化したのかも分からないし、

手っ取り早くそれを確かめる方法は君を殺してみる事だが……。どうだろう?死んでみるかい?」


 三割冗談のつもりでフランツ君に聞いてみるが、フランツ君から帰ってきた答えは首を横に振る事だった。


「……それは、あんまりしたくないです」


「だよね。僕もわざわざ唯一の実験体を殺すつもりは無い。なら、これから暫くは僕と君は持ちつ持たれつの関係でいこう。その方が利害は一致するはずだ」


 そう言って僕は、フランツ君に右手を差しのべながら近寄り、



「それと、最後に一つ」




 そう言って、指を鳴らした。


 その瞬間、フランツ君は胸を押さえて僕の足元に這いつくばり、苦悶の表情を浮かべて地面をのたうち回り始める。

 そんなフランツ君を見下ろしながら、僕は嗜虐心を疼かせながらフランツ君を蹴り転がした。


「はは。中々セクシーな声を出すじゃないか。ま、こう言う事ができる程度の小細工はしている。言うまでも無い事だが、僕に逆らったり裏切ろうなどとは思わぬ事だ。そうなればどうなるか、もう少し教えておいておこうか?」


 と、そこまで言って、僕は気付いた。


 地面を這いずり回りながらも僕を見上げるフランツ君の眼に。


 その眼つきは、隠そうにも隠しきれない殺意と憎悪が琥珀色の瞳の中で輝き、月光の中で神秘的な光を帯びて僕をめつけていた。

 ……成程、悪くない。

 この突き刺すような殺意も、

 貫かれるような憎悪も、

 斬りつけるような怒りも、



 僕が今まで見て来たどの表情よりも魂が籠っている。



「何だ。多少は骨のある顔ができるじゃ無いか。見直したよ」



 思わず口角を歪めながらそう言った僕は、指を鳴らして彼を苦しめていた魔術を解く。


 ああ、素晴らしい。彼は敵だ。間違いなく、敵だ。何時か殺すべき、敵だ。

 だが良い。元々僕と彼とは敵同士だ。敵におもねへりくだるような恥晒しよりも、敵を憎める戦士の方が、一緒に居て心地良いものだ。


 そうだな。フランツ君は、いつか来る決着の時までじっくりと強くしてやろう。

 そして、いずれは地獄は味わわせながらあの世に送ってやる。


 

 どうしよう。尚高を殺すのに余計な出来事ばかりが積み上がる。



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