彼等の立場はどうなるんだ。
切り落とされたお兄さんの頭には、最期まで僕を睨みつける笑みが張り付いていた。
「最後まで見事な生き様でしたよ、お兄さん。……この場合は、レッカーソンさん、と言えば良いのかな?」
一応、リーダー格のお兄さんの苗字は分かったが、この世界でのしきたりがまだ良く分からない以上、苗字が同じかどうかは分からない。
もしかしたら、弟さんだけ養子に行って、苗字だけは変わってる。とかだったら、名前を間違って覚えてしまっているという恥ずかしい間違いを犯すことになる。
……いいか。此処は死ぬまで僕に名前を教えないという意地を貫き通したお兄さんに従って、名前で呼ぶのはやめよう。
とりあえず、全員分の死体を丁寧に一つ一つ葬ってあげたいのだが、その時間もない。
何しろ、お兄さん達が放った森の火事も大きくなっている。このまま放っておけば、人里から誰かが来る可能性もあるし、何よりもこれ以上は僕も火事に巻き込まれる恐れがある。
そこで僕は、速やかにこの森の火事を止める為に指を鳴らした。
すると、舐める夜の空を舐める様に雲がかかり、たちまちのうちにゲリラ豪雨の様な激しい雨が、一瞬で森の火事を消しさっていく。
あれだけ熱く、明るかった夜の風景が、一瞬で雨の中に消えていくのを見ながら、僕はリーダー格のお兄さんの頭を参謀格のお兄さんの首から上が無くなった遺体の傍に置くと、雨音にかき消されながらも一言だけ、呟く。
「……南無阿弥陀仏」
ややあって、豪雨の中で静かに目を開いた僕は、再び指を鳴らして雨を止めると、もう一度指を鳴らした。
三度目の指パッチンに合わせて、今度は土が盛り上がると、そのまま意志のある生き物のように蠢いて深い穴を作り、僕はその穴の中にお兄さん達の遺体を横たえていく。
最後にもう一度だけ指を鳴らすと、穴の中に横たわるお兄さん達の死体は、瞬く間に土の中にうずまっていく。
土くれの中に消えていく白い顔を見下ろしながら、僕は最後にもう一度だけ両手を合わせて念仏を唱える。
「……南無阿弥陀仏」
この言葉が異世界に来た今となっては、どれだけの意味を持つのかは分らないが、それでも僕は静かに彼らの冥福を祈る。
いや、意味など元から無いのかもしれない。
この世界には実際に神がいるらしい。そうであるのなら、この地上で何をしていても結局は神のご機嫌を損ねたら、どんな善人であっても地獄行きだ。
だとしたら、どれほど祈りの言葉を捧げたところでそれは無意味で、僕の中の自己満足でしかないのだろう。
そうして、異世界で初めての弔いを済ませた僕は、深く深く溜息をつくと、足元に転がる少年兵の頭を見下ろした。
「さて、と。これはどうするかなぁ?」
見事なまでに切り離された少年兵の首をボール代わりに足で転がしながら、彼等をどうするのかを、そしてこれからの行動についてを、考える。
本来であれば、彼等の死体もこのまま処分して、何事も無く王都に戻るのが良策だ。
あそこまで必死になっていたお兄さん達には悪いが、僕が殺した少年兵に関しては、弔いの念はおろか殺したことに対する罪悪感すらも湧き上がらない。
それでも別にわざわざ埋葬する必要も無い。このままここで死体を焼いてしまえば、誰が誰だかわからないから、証拠隠滅としては十分だ。
事情を知った今でもなお、同情しながらも埋葬する気が起きない辺り、自分自身の身勝手ぶりを思い知らされるようだ。
だが、僕はお兄さんに五十嵐・尚高を殺すと約束した。
そうである以上、このまま死体を只処分して戻ることは、勿体ないなと言う思いが湧き上がる。
例えば、この死体を利用して尚高の非道を糾弾する。とか、そう言う手段で尚高を追い詰めることもできる筈だ。
そうすれば、お兄さん達も地獄の隅っこの方で僕が少年兵を殺したことも、まあ、許しはしないだろうが、大目には見てくれるはずだろう。
だが、僕にはそう言う表舞台で尚高を追い詰めることのできるコミュニケーション能力も、人脈も無い。
であるならば、どう使うべきか。…………決めた。
「丁度したかった実験があるし、それに使うか」
僕は少年兵の頭に足を置き、薄く笑った。
✰✰✰✰✰
闇が、ただひたすらに広がっていた。
足元には夜の湖面の様ななめらかで何処までも続く水面の上に立ち、ただ漫然と歩いていた。
不思議なことに、水面の上を歩いているというのに、足元から伝わる感触はしっかりとした地面の様だった。
だが、足元を見れば、一歩進むごとに波紋がどこまでも後ろへと広がり、いつの間にかに消えていく。
ふと歩みを止めて爪先に力を籠めて水面に触れると、何の抵抗も無く水中に爪先が刺さり、此処が水の上であることが確認される。
周囲を見れば、星も月も無いのに、どことなくうっすらと明るく、真っ暗なはずの水平線の向こうには黄金の様な光が、細く横に伸びている風景があった。
それを見ている内に、ふと気づいた。
――――――そうか、僕は死んだんだ。
胸中には様々な未練が蘇るが、それでも心のどこかではこうなることが分かっていた。
だからだろうか。自分の死が、人生の終わりが、思った以上にあっさりと受け入れられた。
――――――ごめん。みんな。
そう思い、また再び歩みを始める。
その時だった。
突然、水面の下から青白く細く骨ばった手が勢いよく足元から伸び、強い力で足首を掴んだ。
唐突に起こった出来事にその場にしりもちをつくと、その腕は水面の下に引きずり込もうと強く強く、自分をまるで引きずり込もうとするかのように水面の下に向けて引っ張り続ける。
咄嗟に悲鳴を上げて、その足首を掴む手に残った足で蹴りを入れる。
すると、その時だった。
ぎょろり、と。
その手の甲に、眼が生えた。
生えた眼は此方を観ると、嬉しそうにその瞳を歪める。
そして、眼の中に輝く瞳孔が口の形になって、言う。
『どうやら、成功しそうだな』
その姿に、言葉に、自分を揺るがす途轍もない脅威を感じてしまい、ますます強くその手を振りほどこうと蹴りを入れ、その眼に向かって殴りつけるが、その青白い手は、ますます強い力で水面の下へと引っ張っていく。
やがて体は水の下へと沈み始め、周囲には水飛沫が飛び散り、今まで静謐に満ちていた筈のその空間には、悲痛な叫びが上がる。
だが、そんなことなどお構いなしにその手は、彼を、―――――――――彼等を、暗い水の底へと引きずり込んだ。
✰✰✰✰✰
「やあ、目が覚めたかい?おめでとう」
聞き慣れないその声が耳に飛び込むのと同時に、意識がはっきりとする。
「あ、貴方……は、……?」
声が上手く出てこない。
まるで喉の奥が張り付いた様な感触の中で、咳き込みながらも自分にそう言った人間を見て、彼は体を硬直させた。
そこにいたのは、まぎれもなく、自分を殺した男。
「改めて自己紹介をしよう。僕の名前は立花・喜兵衛。『知識と魔術の勇者』として異世界から召喚された男だ。君が殺そうと襲い掛かって、同時に君を殺した男でもある。君の名前は、フランツ君。で良かったかな?」
意識を取り戻したフランツに、キヘエは眼光で笑い掛けながらそう言った。
「まあ、お互いにそれ以上に言いたいことはあるだろうが、今僕が言うべきことは二つだ。黙って従え。そして、それが嫌なら死ね。どっちだ?」
「……あ、さ、何が、」
「今決めろ。答えろ。従うか?死ぬか?」
そう言って、キヘエは鋭くフランツを睨みつけた。
理解できない事ばかりの状況だったが、それでもキヘエの答えに従わなければ、確実に死ぬことだけは分った。
一先ず、回らない舌で、従う意思を見せると、キヘエは不満げな顔をしながらも、その答えに渋々頷く。
「……良いだろう。とりあえず、その意志は尊重する。まずこれからすることを伝える。当面の目的は二つ。五十嵐・尚高の殺害。魔王軍の壊滅。ま、後者は気が向いたらでいいが、前者は可及的に速やかに行うつもりでいる」
そうしてキヘエは、つまらなさそうな顔で、こともなげに続ける。
世界が動く、一言を。
「一先ず、シトラス・レモングラスって奴がいる。そいつを殺してでも情報を吐かせる。使える人間だったなら、人形に作り変えてでも利用する」




