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知らぬ神より、知ってる悪魔がまだマシだ。


「偏狭ですまないね。器の小ささが身に染みるようだけれども、これだけは僕の中の一線なんだ。喧嘩で背中を見せる奴から殺すのは、僕の中の掟だ。そこに例外はいない。仮令、生まれたての赤ん坊でも、僕はそう言う人間を殺してしまう」


 そうだね。これからはそうやって生きていこう。

 喧嘩をしたなら、逃げる奴から殺していく。

 それを僕の流儀としよう。

 

 僕がそう言うと、リーダー格のお兄さんは動かなくなった体のまま、忌々し気に僕を睨みつける。


「は……! クソが……!! ゴミを相手にして、まともな言葉が帰ってくるとは思ってなかったがよ。…………テメエは悪魔かなんかだぜ………。とっとと、くたばれよクソガキ!!」


 この期に及んでも尚、ドスを利かせるお兄さんの言葉に、僕は思わず感動する。

 僕が学校でクラスメートを殺した時、あのクラスのボスを気取っていた柴里とは大きな違いだ。

 僕という人間の凶暴さと凶悪ぶりを目の当たりにしてもなお立ち向かう人間を見て、感動を覚えずにはいられない。


 今のお兄さんの姿には、思わずその足元にひれ伏したくなる凄みがあった。


 だが…………。

 

「……素晴らしい。そうだね。こうでなくては。上に立つ人間と言うのは、部下を持つ人間とは、こうでなくては。それでこそ、僕が全力を尽くしした相手だよ。称賛と、敬意を貴方には表したい。

 ただ、残念ながらこれは殺し合いで、僕にも目的と理由があって貴方と戦ったんだ。心から悪いとは思うが、このまま死なせるつもりは無い…………。拷問の時間といこうか」


 僕は笑みを浮かべて兄さんに話しかけながらも、手にした刀を地面にぶっ倒れたお兄さんの背中に突き立て、地面にまで貫通させる。

 お兄さんは一瞬、低い呻き声が聞こえた以外は静かなもので、すぐに口の端から吐血しながらも直ぐに僕を睨みつけた。

 

 そんなお兄さんの様子を無視しながら、僕は刀の柄を少しひねってお兄さんの身体の中身を掻きまわす。


「…………………ッ、随分と…………………ぬりい拷問だな……」


「まさか……。拷問は、これからだよ」


 カッコいいな。この状況で笑えるとは。けれども僕は、その言葉と共にお兄さんに突き立てた刀に魔力を流し、拷問用のその魔術を発動させる。

 

 その途端、ところどころ焼け焦げ、傷だらけだったお兄さんの身体からは今までの怪我が瞬く間に消えていく。


 当のお兄さんは一瞬何が起こったのかわからずに、僕を訝し気に見上げた。

 そんなお兄さんに、僕は意味もないことながら心からお詫びを言う。


「……正直、こんな負けた者に追い打ちをかけるような恥知らずな真似はしたく無いんだがね。だから、今のうちに言っておく。おとなしく知っていることをすべて話せ。そうすれば、楽に殺してやる」


 こんなことを言うくらいならばさっさと殺してしまったほうが、よほど礼儀に適うと思うのだが、世の中というのはままならぬものだ。


 瞬間、僕の言葉を聞いたお兄さんは激昂したように顔を上げ、咄嗟に立ち上がろうと四肢に力を籠める。


 そして。


 

「ぐが……ッア……。ああああああ!!!!」



 断末魔の絶叫にも似た声を上げて、再び頭を土に付けた。



「な、……………な、にをしやがった……」


「拷問だと言ったろう?これは僕の作った拷問用の肉体強化魔術でね。体を治癒すると同時に、体の一部を作り替える魔術なんだ。具体的には今、お兄さんが四肢を動かすと体内の電流が強化され、全身に電撃が走るように作り変えている。

 ついでに、これから僕が話すことに関して嘘を言っても、体内の電撃が極限まで強化されお兄さんを痛めつけることになる。その上で、治癒自体は有効なので、死ぬことは無い。

 つまりお兄さんは、この場から逃げたり嘘をつき続けたりすれば、生きながら内臓が黒焦げにされる苦痛を味わうことになる。

 ちなみに、電撃は僕の意志でも操作できるので、不審な点があれば容赦なく痛めつける。……そのことはご理解いただけたかな?」


 串刺しにされたまま僕を睨みつけるお兄さんに、僕は淡々とした口調で拷問を続ける。


「先ずは……。およそ理由は分かるが、何故今夜僕を襲ったのかを教えてもらえないか?とりあえず、前後の状況を知りたい」


 ……こう言っては何だが、それでも僕はお兄さんが話すとは思っていなかった。


 今までの戦いや、今の態度から、お兄さんが内蔵を焼かれた程度の苦痛で情報を吐くような、そんなヤワで半端な男ではない。そう思っていた


 だが。




「いいだろう……。俺が、知っている限りのことは教えてやるよ」





 僕の期待を裏切るように、今まで口を閉ざしていたはずのお兄さんが、静かに言った。



「…………何だか意外だね。一応言っとくけど、別にこの刀を抜いたところで、僕の魔術は解除されないよ?この刀を抜いてもらう事だけを考えているなら、それは甘い考えだと言わなくちゃいけないんだが?」


「……なんだよ。話してほしいから拷問にかけたんじゃねえのかよ?そこまで知りたがっているから、教えてやるんだろうが。それとも、やっぱりてめえも他人を痛めつけることだけが生きがいなのかよ?」


 憎まれ口を叩きながら僕に笑うお兄さんに僕は答えず、とりあえずお兄さんに突き立てた刀を抜き取る。


「……まあ、教えてくれるというのなら、それはそれでいいさ。それで?お兄さんは何故僕に襲い掛かったんだい?」


「……イガラシ・ナオタカからの命令だ。お前が邪魔だから殺せ。と、そう言われた。つっても、直接お前を殺せと言われたわけじゃねえ。ただ、お前のことが邪魔だから消えてくれねえか。そう言われただけだ」


 まあ、おおよそ僕の予想通りではあったが、少しばかり気になることがある。


「……直接言われたわけじゃないってのが、気になるね。そこまで尚高の意志をみ取るっていうのは、尚高に対して相当心酔でもしていなきゃ出てこない行動だ。正直、お兄さんは尚高にそこまで忠誠を誓っているように見えないんだけど?」


 僕の言葉にお兄さんは一瞬黙り込むと、唇を噛み締めながら答えた。


「……弟が、……ナオタカの部下になっている」


 お兄さんは言うや否や、握りしめた拳を地面へと叩きつけた。

 突然のお兄さんの暴挙に僕は目を見開いたが、僕の驚きなど目に入らない様にお兄さんは再び地面を殴りつけるや、そのまま何度も拳を振り下ろしながら悪態をつくように弟の様子を語り、いや、叫び続けた。


「弟が……、弟があいつの部下になってから、様子がおかしくなった!!女に暴力を振るったり、異常にナオタカの事を褒め称えたり。かと思えば、今まで以上に神への信仰に狂ったり。何か、…………おかしな薬も、やっているようだった。今じゃもう、口を開くたびにナオタカ、ナオタカだ!日ごとにそうやって狂っていく弟を見るたびに、自分が何もできずにいることを味わい続けるんだ!あのクソ野郎は、それを薄ら笑いを浮かべながら見てやがる!」


 お兄さんの身体を襲う電撃は、既に内臓を焼くだけではないのだろう。

 だが、僕の魔術が作り出す苦痛以上の怒りが、お兄さんの身体を操りでもしているかのように、お兄さんは何度も何度も地面を叩きつける。 


「……俺は、ナオタカに、弟を解放するように言ったが、そのことがお前が消えたら弟を帰らせる。という言葉だった。その後だ、お前を殺せば弟を解放すると言われたのは……」


 そうして、何度か地面を殴りつけたお兄さんは、漸く気持ちが落ち着いたのか、鈍く湿った視線で僕を静かに睨みつけた。


 その眼を見て、何となくわかった。


 これでお兄さんの話は終わりだと。


 そんなお兄さんに、僕は小さく笑いかける。 


「良いよ。元からあいつは殺す気だ。事のついでにお兄さんの弟さんも助けておこう。弟さんの名前は?」


「…………アルフレッド……。アルフレッド・レッカーソン…………。彼奴が来るまでは、連合王国が誇る高潔な騎士と呼ばれた男だ」


 僕を睨みつけながらそう言ったお兄さんの首元に、僕は刀を突き付ける。


「最後にもう一つだけ」


 そうして僕は、最後にもう一度だけお兄さんに訊く。


「やっぱりお兄さん達の名前は教えてくれないのかい?」


 返事は、何処まで意地を張った笑顔だった。





「はっ……。知りたきゃ、弟から聞け……」






 


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