たまらないな。僕のやることに一々ケチを付けられたんじゃ
参謀格のお兄さんの頭が吹き飛び、辺り一面に焦げ付いた血がまき散らされる。
結局、最後の最後まで、僕に名前を教えるような真似をしなかった。
その意地の張り方に、単純に負けたと思う。
勝負の結果ではなく、人としての、男のとしての生き方として、負けたと思う。
僕は参謀格のお兄さんの死体をその場に寝かせる。本当なら首のあたりにハンカチでも載せてあげるべきなんだろうけど、今までの戦いの中で無くしてしまっているのが辛いな。
そうして、死体を横たえた僕は、静かに息を吐く。
「さて、残ったのは、一人。リーダー格のお兄さんだけだ」
死体の処理も終えて、後腐れはなくなった。
そう思うと同時に、疑問も湧く。
「今までお兄さんを殺さずにいたのは、色々と聞きたい噺があるからなんだけど、どうして今になってこう静かにしているのかな? お兄さんのことだから、最後の最期まで諦めずに戦おう! とか、どんな目に遭ってでも一泡吹かせてやる。とかそんなことを考えでもしているのだろう。と、そう思っていたのだけれど?」
正直、ここまでおとなしくしているだなんて、意外過ぎて驚いている。
爆発の盾にされた以上、ここまで生きていることが奇跡的とはいえ、それでもあそこまで戦意を剥き出しにしていた人が、事ここに至って諦めたとは思えない。
少なくとも、あれだけ僕に抵抗をしていた人たちを部下に持つ人間の行動としては、或いは実際に殺し合いを行った人間としては、実に怪しさ満点の動きだ。
正直、今更ここで騙し討ちをかけられた程度でどうにかなるわけでもないが、だからと言って最後の不意打ちだけで終わるほどやわな男でもあるまい。
そう思い、僕は念には念を入れて、再び作り出した刀を手にしながらお兄さんへと近づく。
「……さて、お兄さん。これから一体、」
「……………てめえ、には。」
リーダー格のお兄さんは、僕の言葉を遮りながら、怒りと憎しみをかみ殺すようにゆっくりと、静かに口を開いた。
「テメエ、には。人の心というものは、ねえのか?」
まさしく、血を吐きながら出された声は、呪いよりも強く僕の足を止めた。
「エリックは、売春婦の母親を持つガキだった。そんな母親が病気になって、日に日にやつれていくようになった。その母親を救うために、飯代と薬代を稼ぐためにエリックは少年兵になった。そこをナオタカに付け込まれて、母親が麻薬漬けにされた。
病気の苦痛から救うためだとか、そんな理屈で麻薬漬けにされて男どもの性処理をするための道具にされている。
そんな母親を助ける為に、あいつはナオタカの忠実な犬になった。ならざるを得なかった!!」
リーダー格の鬼さんはそこまで言うと一度大きく咳き込んだが、すぐに僕を睨みつけて言葉を続ける。
「フランツは、孤児院で育ったガキだ……。数十人もガキがいる中で育ち、姉と呼んでいる少女でさえ、本当に血の繋がりあるかどうかもわからねえ。
そんな姉がナオタカに見初められて奴のメイドになった。そのせいで、姉は毎日毎日殺されかけている。
毎日何かしらの理由で暴力を振るわれて、顔や体のどこかに青痣を作っては、焦点の定まらなくなっちまった両目で、フランツの元に帰ってくる。
それでも口癖のようにナオタカ様万歳と、ナオタカを崇め続けるんだ。そんな姉を救うためにフランツはナオタカの忠実な犬になった」
リーダー格のお兄さんは、そう言って勢いよく血を吐き出すと、既に力を入れることすらできないはずの両腕を立てて、ふらふらになりながらも立ち上がる。
「テメエが殺したのはそんなガキどもだ!殺すなら、俺たちだけで良いはずだろう!俺たちが勝手に巻き込んだだけの、まだ年端もいかねえガキどもだ!それでも、家族を、自分の大切な人を守ろうとした戦士だ!
それを平然と殺しておきながら、何をヘラヘラ笑いながら仲間になれだの、何だのほざきやがる!!
テメェには、人の心はねぇのかあああああああああああ!!!!!!」
それは、僕が生まれてから初めて聞く、魂からの咆哮だった。
まさしく命を懸けたその絶叫に、僕は素直にすごいと思う。
ここまで他人の為に怒れる人を見たことが無いから。
だが、それが最後の力だったのだろう。
リーダー格のお兄さんは、そのままあっけなくその場に崩れ落ち、うつぶせになりながらも僕を睨みつける。
そんなお兄さんの最期の演説を聞いた僕は、一瞬、お兄さんのことを褒め称えそうになったが、すぐに口を閉ざして、下卑た笑みへと口元の形を歪める。
「失礼なことを言うなよ、僕にだって人の心位ある。
殺しておいていうべき科白ではないかもしれないが、僕よりも年若い少年たちがああもあっさりと殺されて、慚愧の念に堪えないよ。
この手で僕よりも年若い子供を殺してしまうだなんて、罪悪感に苛まれてしまう、とてもとても、辛く苦しい決断だったさ」
そうして、息も絶え絶えになって僕を睨み付けるリーダー格のお兄さんに向けて、わざとらしくいけしゃあしゃあと言ってのける。
ここまで誰かのために怒れる人が、今更僕の口から反省の言葉を聞きたいわけでもないのだろう。
このお兄さん達は、少年兵を殺したことには何かを言っても、仲間を殺したことには何一つ文句を言わなかった。
つまり僕は、この人たちにとって絶対に超えてはならない一線を越えてしまったという事だ。
だから参謀格のお兄さんも、最後の最期まで僕に抵抗したのだろう。
あっけなく殺されたお兄さん達も、僕に抵抗し続けたのだろう。
降伏することも、逃げることすらも自分に許さず、僕に殺されたのだろう。
ならば僕も、このお兄さんにとって最後まで憎らしい敵を演じよう。
それこそが、殺すものとしての、僕の義務だろう。
それに今言った言葉はまあ、多少の挑発ではあったが、同時に僕個人の偽らざる本音でもある。
本気で、
全力で、
命を懸けて、
こちらはそこまでの覚悟と準備を揃えて、十数人もの人間と殺し合おうとしていたのに、肩透かしを食らわされたら、怒りも湧こうというものだ。
それに、何より。
「でもね、ダメなんだよ。逃げるのだけは、ダメなんだよ」
そう言う僕の脳裏に浮かぶのは、あの日、クラスメートを惨殺しまくったその時の光景だ。
あの時、何が切欠だったのかクラスメートを殺すことにした僕は、とりあえず目についたクラスメートの頭を引っ掴んで顔面に膝を叩き込み、そのままそいつが動かなくなるまで殴り続けた後、動かなくなったそいつの頭に椅子を叩き込んだ。
その間、クラスメートの奴らは悲鳴を上げるでもなく、助けを呼ぶでもなく、只ぽかんと口を開いたまま突っ立っているだけで、中にはスマホを構えて動画を取ってる奴すらいた。
そうして、漸く動き始めたかと思えば、最初にやったことはクラスメートを盾にして、われ先にと教室の出入り口に向けて逃げ出すことだった。
幸いにも、ロックに関してはデジタル操作が基本だったから、クラスに入る前に適当にロックを弄ってクラスの奴らを逃がさないようにしていたから誰も逃げることはできなかったが、連中のあの背中には思わずムカついて、兎に角手近にあった物を投げつけていた。
その後、野球部員がたまたま部室から持ち込んでいた木製バットを使って、目につく奴らの頭に向けてフルスイングをかまし続けていたが、何回目かでバットが折れたのでそのまま素手で殴り殺していった。
色々と状況と人間が違い過ぎて、比べること自体が間違いだという事なのはわかっているが、それでも、尚、僕の中に存在する『逃げる』という行為は、そんな過去の汚泥にも似た屈辱を想起させずにはいられなかった。
と、そこまで思い出して、ふと、腑に落ちた。
ああ、そうか。そうだ。
「…………僕にとってね、逃げられるというのは、屈辱なんだよ。この世で最も許せない侮辱だ。吐き気や虫唾なんてものじゃない。敢えて言うならば、喀血だ。全身に流れる全ての血を、吐き出しても尚、収まらない程の怒りと憎しみが湧き上がるんだ。今この瞬間にも、沸騰する血液で脳みそがイカレそうだ」
僕は、胸の内で今日、漸く理解できたことを言う。
何故、ああも僕はクラスメートを殺さずにはいられなかったのか。すべてでは無いが、そのうちの一つの理由は、まず間違いなくこれだ。
「戦術としても、生物としても、逃げるが勝ちということは理解できるし、理屈の上では納得できる。確かに、戦いから逃げるという選択肢は、何よりも正しい判断だ」
言いながら、胸の奥から胃酸がこみあげるような、苦く酸っぱいような嫌な臭いと味が舌の上に広がり、思わず唾を吐き捨てながら僕は言う。
「けどね、ダメだ。いざ僕の前で逃げられると、敵前で、戦場で、逃げられると、怒りと憎しみが抑えられない。今まで散々仲間面をしていたくせに、いざという時になると真っ先に逃げ出す。そういう人間が、心の底から殺したくなる。臓物と脳漿をまき散らしたぐちゃぐちゃの死体にしなけりゃ、発狂してしまいそうになるんだよ。本人の心情や、実際の状況がどうあっても、だ」
そうして僕は、血にまみれた刃をリーダー格のお兄さんにつきつけながら、言う。
「偏狭ですまないね。器の小ささが身に染みるようだけれども、これだけは僕の中の一線なんだ。喧嘩で背中を見せる奴から殺すのは、僕の中の掟だ。そこに例外はいない。例え、生まれたての赤ん坊でも、僕はそう言う人間を殺してしまう」
そうだね。これからはそうやって生きていこう。
喧嘩をしたなら、逃げる奴から殺していく。
それを僕の流儀としよう。




