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悪党としては取るに足らないのかもしれないが、それでもクソガキの風下に立ったことはない。


「二度も三度も、同じ手にかかると思う?」


 僕はそういうと同時に、この日三度目の使用となる「瞬間移動」の魔術を発動させる。


 移動するのは、僕自身。そして、移動する距離はすぐ目の前。


 僕に襲い掛かっている、リーダー格のお兄さん。その、後ろ。


 当然、僕に対して向けられた攻撃は、リーダー格のお兄さんに叩き込まれる。


 僕はリーダー格のお兄さんを盾にする形で魔術攻撃を防ぐと、そのままリーダー格のお兄さんの首元を抑えてお兄さんに声をかける。

 

「どうだろう?お兄さんを盾にするっていうのは、作戦としては効果的だったろう?あんまり使いたくは無いけども」


 仲間思いのリーダーを、仲間に殺させる作戦ってのは、策略としてはかなり下衆な部類に入るが、それでも、今まで一本取られ続けて来たんだ。多少は意趣返しをしたってバチは当たらんだろ。

 でも殺人者にバチが当たらんことほど、不公平な事も無いか。


「馬鹿……、な……。お前、は蒼、炎と、黒雷、以外、……つかわ、な、…………い筈……」


 と、今まで力無く僕に首元を抑えられていたお兄さんが、首だけ動かしてそう僕を睨みつけてきた。

 正直、今のお兄さんの状況だとあまり話さない方が良いと思うんだけど、聞かれた質問には答えなければ失礼になるか。


「……いつ僕が、瞬間移動を使わないと言った。僕は自分自身の魔術は誇っても、これ以外の魔術は使わないといった覚えはないな」


「だが、……治癒、魔術は………使えねえ、と」


「治癒魔術は、ね。まあ他にも、幾つかの魔術は使えなくなったんだけど、でも別に全部の魔術が使えなくなったわけじゃないさ」


 歯を食いしばりながら僕に言うリーダー格のお兄さんに笑いかけると、僕は軽く足元を叩いて再び日本刀を生み出す。

 漆黒迅雷と輝炎万丈の二つの魔術を同時に使うと、何故か治癒魔術が使えなくなる。

 この法則は他の魔術にも言えることだ。


「そもそも、漆黒迅雷と気炎万丈の説明をしたときに、何故僕が使用してる魔術の弱点を教えたと思う?

本当の狙いは、これだよ。僕が魔術の説明をして、それでもなお使い続ければ僕がこの魔術以外使わないと思うかなって?」


 そうして僕は、リーダー格のお兄さんを握っていた手を放し、お兄さんはその場に倒れ落ちる。

 そんなお兄さんを見下ろし、今度は肩口を深く切り込まれた所為で死に体になってしまった参謀格のお兄さんに近づく。

 ここまでボロボロになるまで頑張ったんだ。とどめを刺すのは、勝者の義務だろう。

 そんな僕の様子を見て、リーダー格のお兄さんが荒い息を吐きながら絶叫を上げる。

 

「……やめろ、……貴様…………、きへえエェエええ…………!!」


 背後を振り向いてみると、リーダー格のお兄さんはボロボロになってろくに動けなくなった体を無理やり動かして、地面を引きずりながら僕に向かってきていた。


 …………そうだね。先にこちらの方にとどめを刺しておいた方が、慈悲というものなのかもしれない。


 そうして、僕がリーダー格のお兄さんに向かって振り向いた瞬間だった。


「させるかあああ!!クソガキがああああああ!!!」


「隊長!!しっかりしてください!!」


 お兄さんの部下たちが二人、リーダー格のお兄さんを助ける為に、僕とリーダー格のお兄さんの間に怒声を上げながら分け入った。

 先ほど、参謀格のお兄さんにジョセフと呼ばれたお兄さんは、リーダー格のお兄さんに肩を貸しつつ、その場を離れようと僕に向けて背をむせていた。

 もう一人のお兄さんは、二人を庇うようにして僕に向けて剣先を向けていた。


 少し気になって背後にいる参謀格のお兄さんを見ると、こちらの方も残った三人の部下が参謀格のお兄さんを助けるべく手を出していた。

 一人が参謀格のお兄さんに軽く手当をし、残りの二人が僕に向けてそれぞれ剣を向けていた。


 次の瞬間、リーダー格のお兄さんを守っていた方の部下のお兄さんが、今までに抑えていた怒りを煮えたぎらせたような低く、ドスの入った声で僕を睨みつけた。


「…………今まで散々好き勝手にしてくれやがって、テメエだけはマジで許さねえ……!!」



 そう怒りの声を上げる部下のお兄さんを見て、僕は素直に単純に、うらやましいと思う。

 どうやら、リーダー格のお兄さんも、参謀格のお兄さんも、部下たちに心から慕われているらしい。


 そこまで部下に信頼されるリーダー格のお兄さんも、命を懸けてリーダーの為に戦える部下のお兄さんも。


 心の底から、本当にうらやましいと思う。



 だが、



「隊長、俺がここでできるだけキヘエの奴を引き留めます。だから隊長は、ジョセフとーー」


 僕は部下のお兄さんが何かを言いきる前に、脚部発動させた漆黒迅雷と輝炎万丈の高速移動によって、お兄さんの部下の首をはねる。

 そしてそのまま、リーダー格のお兄さんに肩を貸していたジョセフさんを袈裟懸けに切り裂くと、振り返りざまに錬金術によって生み出した刀を二振り参謀格のお兄さんを守っていたお兄さん達に投げつける。

 咄嗟に飛んできた刀に対して、一人のお兄さんは反射的に剣を振って僕の攻撃を防ぎ、もう一人の方はそのまま喉に刀が突き刺さり、その場に膝から崩れ落ちた。

 そうして、刀を弾いたせいで大きく空いた隙を見せたお兄さんを見て、僕は高速移動で近づくや否や胴体を横薙ぎに斬り払う。

 胴体の上と下を切り離され、足元に落ちていくお兄さんを見ながら、僕は左手を構えて参謀格のお兄さんを開放している部下のお兄さんに、漆黒迅雷の雷をぶつけて頭を吹き飛ばす。


 そうして、残った七人中五人の兵士たちを殺しつくしたのを見て、僕は意図せずに冷たくなった声で、死体となったお兄さん達に言う。


「そっちこそ甘く見るなよ。君たちの中で恐ろしかったのは、参謀格のお兄さんと、リーダー格のお兄さんだけだ。その二人が行動不能になった今、君たちなど蟻を踏み殺すよりも容易く殺せる」


 そうして、僕は僕が殺したお兄さん達の死体を尻目に、ゆっくりと参謀格のお兄さんまで歩み寄ると、手にした刀を首元につきつける。


「さて。この場合、そろそろ楽にしてやる、と言えば良いのかな?それとも、遺言はできているのか?と言えば良いのか?どっちだと思う?」


「…………一つ、聞いてもいいか?」


 そんな状況で、参謀格のお兄さんは僕を強く睨みながら言う。


「……お前は、……なんで、弱点を教えるなんて、そんな面倒な真似を……。わざわざ、したんだ……?」


 恐らくは時間稼ぎだろう。お兄さんの質問は、明らかにこの状況の中ではどうでもいい内容だ。

 僕が答えている間に、少しでも次の攻撃魔術を発動させるのか。或いは、またリーダー格のお兄さんに回復を待っているのか。

 いずれにしろ、この状況でも、僕と戦うことを。或いは僕を殺すことを、まだ諦めていないのだろう。


「…………逃亡を防ぐためだ」


 だから僕は、その質問に敢えて答えた。

 それは、参謀格のお兄さんに対する、せめてもの敬意だ。

 参謀格のお兄さんが企む最後のあがき、真正面から叩き潰してやるよ。

  

「お兄さんのことだ。下手に僕の瞬間移動を見せれば、この瞬間移動の本当の弱点や、効果範囲などの戦略を立てられる恐れがあった。実際、一度は少年兵を逃がしたあなただ。仮に僕の使う魔術の全てを見抜いたとしても、何一つ不思議はない。そんなあなたが、本気で逃げれば逃げ切れるはずだ。だから、それを阻止した」


 実際には、何の根拠もない賭けだったし、それ以前に僕の揺さぶりを無視して逃げに徹されれば危なかった。

 一重にお兄さん達が僕の意図通りに動いていたのは、単に『少年兵の仇を討つ』。そこに拘ったからだ。

それが無ければ僕はお兄さん達をみすみす逃し、僕の使う魔術を研究された上で、改めて暗殺に来ただろう。そうなっていれば、僕は殺されていたかもしれない。

 だがそれでも、結果的にはその賭けは僕の勝ちに終わった以上、意味の無い行為では無かったのだと思う。


「………………な、るほど……な。本当に、…………嫌な野郎だ」


 と、僕の言葉を聞いた参謀格のお兄さんは、突然僕に抱き着き、今まで僕が握っていた刀を何の魔術によるものか溶かして使えなくする。

 咄嗟に参謀格のお兄さんと距離を取ろうとしたが、次の瞬間には地中から突如として細いイバラの蔦が何本か伸びて僕の身体を参謀格のお兄さん事縛り上げた。


「クソ……ッ!これは……!!」


「舐めるなよ……。ガキが……!!」


 予期せぬ事態に合わせてる僕を見て、参謀格のお兄さんはそう喉の奥から血を吐きながら言うと、懐から今まで隠してていた魔法発動用の水晶玉を取り出し、今にも爆発せんとばかりに強く輝かせだす。

 それが意味することは明白だった。


「おいおい、マジか?自爆する気かい?」


「……言った、筈だ……!部下の、……仲間の仇、は、差し違えでも取る!」


 その言葉が終るやいなや、お兄さんが頭上に掲げた水晶玉は内部から割れて、強力な魔力の奔流を巻き起こす。


 恐らくは、何かしらの爆発の魔術だろう。それをこの距離で発動させれば、もう参謀格のお兄さんの死体さえ残るまい。

 まさしくそれは、参謀格のお兄さんの最期のあがきだ。


 だが、残念だ。



「それは、無意味だよ。お兄さん」



 その言葉と同時に、今まさに発動した爆発の魔術が、僕の右腕に吸収される。

 脚部発動を解いた『輝炎万丈』は、僕の右腕で青く燃える炎を宿し、それを見た参謀格のお兄さんが怒りと絶望で奥歯を強く噛みしめる。


「……く、そ」


「どうやら知恵比べは、僕の勝ちのようだね?」


 その言葉と共に、僕は僕の身体を縛り上げていたいばらの蔦を燃やすと、参謀格のお兄さんを殴り飛ばした。

 それでも尚、立ち上がろうとする参謀格のお兄さんを見ながら僕は左腕に黒雷を纏わせると、その掌の先を参謀格のお兄さんに向ける。


 そして、


 参謀格のお兄さんの頭が吹き飛んだ。



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