お兄さん、殺し合いはもう終わっているんだ
「構うことはない!奴の言っている事は真実だ!ありったけの魔術を撃ちこんで、内部から爆散させてやれ!」
参謀格の男は言うやいなや、部下の男達に鋭く指示を飛ばす。
「参謀、でも!!」
その指示に一瞬、生き残った部下全員がその場で浮足立つ。
それも仕方ないことだろう。ただでさえ劣勢のこの状況で、分の悪い賭けを仕掛けられたのだ。
どんなにタフな男であっても、その判断には二の足を踏んでしまうのが当然の反応と言うものだ。
だが、それこそがキヘエの思うつぼだ。
「奴の揺さぶりに引っかかるな!むしろこれで確信が持てた!!遠慮することは無い!できる限りの魔術攻撃を仕掛けて、確実にここで奴を殺せ!!ここで、今ここで、こいつに殺された少年兵どもの仇を討つ!」
参謀格の男の言葉に、動揺していた部下も落ち着き、同時に士気も上がっていくのを感じる。
そして、参謀格の男の指示に従い、部下は一斉に思い思いの攻撃魔術を撃ち始める。
正直に言えば、ハッタリだ。確証など無いし、そもそも敵の言葉を信じることほど、馬鹿な真似は無い。 だが、部隊の人間をぎりぎりまで動かしてなお押されている現状で、個々人が動揺したまま戦っても勝てるわけがない。それこそキヘエの思うつぼである。
それならばむしろ、例え間違っていても迷いない態度を持ってキヘエに当たる方が、隊の士気と連携を維持したまま戦うことができるというものだ。
ただ、それでも嘘は言っていないという自信はある。
キヘエという男は、戦士というにはほど遠い残虐性を持っているが、同時に徹底して自分のこだわりを貫くことのできる、武人として一目置くに値する男である。
だが、それでも。
(それでも、あの男が全ての真実を話しているとも思わない。大体、妙な話だ。どういう訳で、あんなにも簡単に自分の手札を晒せてしまえるのだ?今まで、自分の魔術の情報が漏れることを恐れ、スラム街を丸ごと一つ抱え込んでまで徹底的な秘密主義を貫く男が、あんな簡単な引っかけを行う為だけに、自分の魔術の全容を教えてしまえるものなのか?それとも――――)
それとも何か、重大なことでも見落としているのだろうか?
参謀格の男がそこまで考えた時だった。
「……成程、判断の早い事だ。正解だよ。確かに僕の言ったことはすべて真実だ」
魔術攻撃を吸収しながらカタナを構えたキヘエは、静かにそう言った。
「けど、全ての手段を使っている訳じゃないよ?」
そうしてキヘエは、突然、左腕に纏わせた黒雷と右腕に纏わせた蒼炎を消した。
否。
一瞬、魔術を解除した様に思えたが、すぐにそれが間違いであると気づく。
今までキヘエに両腕に宿っていた二つの魔術は、キヘエの両脚に宿り、青い炎と黒い雷が混じった独特の光を発して、大地を焼き始める。
そうして、
「『輝炎万丈』、『漆黒迅雷』。脚部発動」
キヘエが口を開いた瞬間、キヘエの姿はかき消え、今まで参謀格の男の隣にいた男の首が勢いよく天空に跳ね飛んだ。
血飛沫を上げながら頽れる部下の身体を見て、咄嗟に何が起きたか分からずに目を見開く参謀格の男だったが、その意識を正気に戻したのは部下の咄嗟の行動だった。
「参謀!!」
その声と同時に突き飛ばされたかと思えば、瞬間、部下の耳が切り落とされる。
「ジョセフ!?大丈夫か!」
「だい、丈夫……です!それよりも、次が!!次が来ます!!」
言った瞬間、青黒い閃光が二人に向けて襲い掛かる姿が垣間見え、咄嗟に部下の剣と自分の剣を使って胸の前で十文字に構える。
それとほぼ同時に、凄まじい衝撃がして参謀格の男の剣にキヘエのカタナが挟まれる。
「お兄さん達って、本当に人間?これでも結構、人間の限界を超えたスピードで動いているつもりなんだけどね?なんでそう簡単に目で追えるのかな?」
鍔迫り合いになってカタナを深く押し込みながら、呆れたように呟くキヘエの言葉に、参謀格の男はキヘエの言っていることを理解する。
「…………魔術の応用で、高速移動しているのか?」
「そうだよ?どうよコレ?結構本気で考えたんだけど、悪くない魔術だろう?」
種が分かれば簡単な話だ。
『身体能力の強化』の効果を持つ蒼炎を自分の両脚に掛けると同時に、黒雷の効果である『物を弾く効果』で自分自身を弾くことで爆発的な推進移動を行っている。
そして、
「……敵への攻撃時に、物を引き寄せる効果と同時に、魔力を吸収する効果を発動させることで、魔力の吸収と敵への大ダメージを同時に発生させているのか……」
「そうだよ。相変わらずに鋭い。どうだろう?今からでも僕の仲間にならないか?お兄さんほどの男達が此処で死んでしまうなんて、もったいないよ。お兄さん達が一緒になってくれれば、何か凄いことができそうだ」
キヘエは実に楽しそうに、或いは実に残念そうに、参謀格の男にそう軽口を叩いた。
或いはそれは、キヘエの口から零れでた本気の言葉なのかもしれないが、参謀格の男はそれを鼻で笑う。
「ハッ!!笑いながら仲間を殺すような奴と、今更酒を飲みかわせるか!」
絶叫と同時に、参謀格の男はキヘエのカタナを弾き飛ばした。
その瞬間、キヘエの姿は再び掻き消え、次に姿を現した時には背後にいる部下が、脳天から唐竹割りに切り裂かれていた。
その姿に、参謀格の男は奥歯を噛みしめて怒りを抑えるが、そのことが逆に彼を冷静にさせる。
恐ろしいまでの超スピード。しかし、これにはシンプルな弱点がある。
「全員、構えろ!今の奴は、超スピードで動くがゆえに直進しかできん!そして、直進しかできない以上、軌道さえ読めれば迎撃は簡単だ!俺が盾になって奴を食い止めるから、その間に全員で攻撃魔術を叩き込んで、奴を爆殺してやれ!」
部下のジョセフから借りた剣を返しながら、参謀格の男は指示を飛ばし、それを聞いたキヘエが超スピードで姿を隠したまま嗤う。
「実に鋭い!そして、見事な覚悟だ!けど、その程度で僕が殺せると思うか!」
「勿論だ」
キヘエの安い挑発に、参謀格の男は即答する。
「テメエは、俺を。イヤ、俺達を怒らせ過ぎた!刺し違えてでも、此処で殺す!」
深く、怒りを噛み殺した声でそう言うと、一瞬の間が開き、キヘエが、ハッ!と軽く笑った。
「良いだろう。その覚悟、受けて立つ。殺せるものなら、殺してみろよ。僕をよ」
言うや否や、今まで超スピードで動いていたキヘエが姿を現し、カタナを大上段に構える。
そして、次の瞬間には青黒い閃光となって、参謀格の男へと襲い掛かる。
参謀格の男は、ほぼ反射的に手にした剣を頭上に掲げ、それとほぼ同時に参謀格の男の構えた剣が叩き斬られ、肩口にキヘエのカタナが深く食い込む。
一瞬、部下から悲鳴が上がったのが聞こえ、咄嗟に怒鳴り声を上げて呼びかける。
「この瞬間を待っていたぞ!やれ!隊長!」
その声と同時に、今まで地面に蹲っていた隊長格の男が立ち上がり、キヘエに向けて怒号を上げて襲い掛かる。
その瞬間、部下たちも理解したのだろう。隊長格の男と、参謀格の男を巻き込む形で、魔術攻撃が嵐となって吹き荒れる。
参謀格の体を張った拘束に、一斉に放たれた魔術の渦と、ダメ押しの特攻。
防ぐ手段はない。確実に此処で、タチバナ・キヘエは死ぬ。
その、はずだった。
だが、
「二度も三度も、同じ手にかかると思う?」
キヘエの口から、無情な一言が零れ出た。




