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後が無いんだ、後が。


 森を燃やす炎の中から、無傷で出てきたキヘエの姿は、悪魔を思わせた。


 その光景を目の前にして、炎の熱で照らされた汗を流しながら、衒いも無く思ったままの言葉を口にする。


「……化け物が」


「ひどいことを言うなあ。僕はただ降り掛かる炎を振り払っただけだろう?そこまで大した事をしていないじゃないか?」


 一軍を壊滅させるほどの魔術をその身に受けても尚、何一つ堪えた様子も見せないキヘエは、口元を軽く抑えて笑いながら言う。


「とは言え、あれだけシンプルで強力な魔術は、早々喰らった経験がない。先にお兄さん達の動向に対して注意して無ければ防げなかった。多分、刺される前の僕だったら、確実に殺されていたよ。流石だね」


 そう言って、勇者、否、今まで出会って来た中でも最強にして最悪の戦士である、タチバナ・キヘエは手にした剣を肩に担ぎあげながら、男達へと無造作に、いっそありていに言えば無防備に歩き出し始めた。

 そんなキヘエと距離を一定の距離を保つために、男の部下たちは慌ててその場を移動し始めるが、男だけは静かに剣を構えて、距離を詰めるキヘエを迎え撃つ。

 一瞬、部下たちに動揺が走ったが、どれほど強い魔術が使えようとも自分たちが魔術の専門家ではない以上、最後はどのみち基本戦法が剣技や格闘術になるの明白だ。であるのならば、近づかなければ戦闘にならない。

 男からの短い指示でそのことを察した部下たちは、リーダー格の男の指示に従い

 

 男の見る限り、キヘエの持つ剣は刀身全体に緩やかな反りの入った曲剣であり、剣に着いた刃は片方にしかついていないのだろう。


 妙な剣であるが、その剣の形状自体には見覚えがある。


「確かそれは、カタナとか言う南洋の島の武器だったな。威力が高く刀身も美しいが、その分扱いが難しく、剣士の技量と力量次第では壊れやすいとも聞く。魔術師の端くれが使い熟せる武器では無いと思うが?」


 本気でそう言っている訳ではない。キヘエの無駄の無い身体付きや、手にした剣の無造作ながらも洗練された扱い方は、明らかに玄人の動きだ。

 恐らくは、魔術よりも剣術の方が、本来キヘエの得意とする所なのかも知れない。

 であるならば、ここで本来のキヘエの能力を引き出すような真似をするなど、殆ど自殺行為と言っていい。



 だが、


 それでも、


 尚、


 男はキヘエに対して用うる全力を持って挑まねばならない。

 少しでも仲間の生存確率を高める為には、危険を承知でキヘエと戦う事こそが、今できる最善の方法であろう。


「ははは。心配してくれてありがとう。でも大丈夫。刀の方が僕は使い慣れているからね。それにしてもあれだね、こっちでは南の方に和の国ってあるんだ。なかなか興味深いね、後で調べてみよう」


 だが、そんな男の死を賭した挑発に対して、キヘエはまるで気にも留めた様子もなく笑って見せた。


「まあ、そんな事よりも、だ」


 不意に、キヘエは今までの何処か浮世離れした口調を消して、男達を軽く睨め付けるように首をかしげて見せた。

 その声と瞳の奥に宿る冷たさに、思わず半歩気圧される。


 それは、男達が今までで一度も感じた事の無い、殺意の凍気とでも言うべき気配で、骨の髄から巻き起こる様な恐怖に、手先や足先を震わせてしまっていた。


 そんな男に向けて、キヘエは無情に告げる。


「無粋な真似をしてくれるじゃないか、お兄さん。少しショックだよ」







 ★★★★★







「なあ、エリック……。本当にいいのかな?隊長達を置いて行って……、あの人、あれ完全にヤベエ奴だよ」


 立花・喜兵衛襲撃部隊の隊長によって逃げさせられた、少年兵の一人、フランツは共に逃げ出している少年兵の一人に、半べそを掻きながら夜の森の中を当てもなくただひたすらに逃げ続けていた。


「だから、今こうして逃げ続けているんじゃねえか!俺たちの役目は、とにかくできるだけ早く人里に辿り着いて、できるだけ多くの援軍を呼び出すことだ!そうだろう?!」


 幼馴染であり、フランツと一緒に逃げ出した少年兵の一人であるエリックは、情けない声を出すフランツを鋭い叱咤の声を出す。


「それは、わかっているけどさ…………。でも、本当にこのまま逃げることの方が良いのかなって……」


「副隊長が言っていただろう?俺たちの役目は、常に最初に逃げ出すことだ!逃げ出して、援軍を呼び出すことだ!副隊長が言っていただろう?『瞬間移動は制限の多い魔術だ』って、相当に遠い場所に行くためには数年単位の準備か、修行が必要になるってよ。だから、今居る場所もあんまり人里から離れていねえはずだ」


「そんなことを、…………そんなことを言っているわけじゃないんだよ、エリック!!」


 あくまでも任務を優先しようとするエリックに対して、フランツは大声を出して呼び止めた。


「そんなことわかっているよ。俺が言いたいのはそういう事じゃなくてさ、あの勇者様は俺たちに謝ったり、隊長の事を褒めたりして、俺たちの話を聞いてくれるような感じだったじゃないか!

だからさ、もし俺たちの話を聞いたら、助けてくれるかもしれないじゃないか!

 あの、ナオタカからみんなの家族を助けてくれたり、してくれるかもしれないじゃないか」


 それは、部隊の人間が誰もが一度は考えた腹案であった。

 もしかしたら、ナオタカ以外の勇者ならば、助けてくれるのはではないか?

 だが、


「今日のアレを見て、まだあんなことが言えるのかよ!!異世界から来た勇者なんざ、全員頭のイカレたヤバい奴だ!だから、あいつに騙されたんだろう!そんなんだから、お前の姉ちゃんも俺の母さんも、ナオタカの奴にあんな目にあわされたんだろうが!」


 結局の所、それは裏切られた。

 それはあるいは、自分たちが最初に仕掛けたが故の、いわば因果応報な結果なのかもしれなかったが、それでも、もうここに至っては今更キヘエという勇者が助けてくれるとは思えなかった。

 今やれることは、もう全力を出してキヘエという男に戦いを挑むことだけだった。

 

 そのことは、フランツも言われるまでもなくわかっていた。だが、それでも心の奥ではその希望を捨てることができなかった。

 もしかしたら。と、あれだけの力を持つ勇者であるならば、もしかしたら。と。

 だが、そんなフランツの迷いを切り捨てるように、エリックは鋭い声でフランツに怒声を浴びせた。


「いいから逃げ続けろよ!このままじゃ、本当にナオタカの奴に何もかもを奪われちまうんだぞ!本当に!今までそうならないためにここまでしてきたんだろ!今、俺たちにできることは全力であの勇者に勝つことなんだよ!じゃなけりゃ、何のために隊長は俺たちを逃げさせたんだよ!もう、俺たちに選べる道なんざ無いんだよ!」


 そのエリックの言葉に、フランツはもう言い返すこともできずにうなだれることしかできず、そんなフランツを尻目に、エリックは再び走り出した。


 暫くの間、そうしてうなだれていたフランツは、やがて意を決したように顔を上げて、エリックに話変えた。


「でも、それでも、やっぱり俺はーーーーーー」


 



 だが、フランツはエリックの言葉を聞くことは無かった。





 何故なら、エリックの首から上が消え去っていたからだ。




「…………エリック……?」



 その言葉と同時に、目の前にあったエリックの首なしの身体はゆっくりとその場に倒れ、そして、次の瞬間、フランツの意識も又闇の中へと落ちていた。







 ★★★★★





「まあ、そんなことよりも、だ」


 漸くの事でお兄さん達と会話が成立した事には多少満足しながらも、僕は不機嫌な自分自身の心情を隠す為に、軽く首を傾げながらお兄さん達にそう言う。


「無粋な真似をしてくれるじゃないか、お兄さん。少しショックだよ」


 僕は炎の中から出て来る直前に気づいた事実に、苛立ちながらそう言うと、先程見つけたそれを左手の中に瞬間移動させた。

 僕の左手の中に呼び出したサッカーボール大のそれを、リーダー格のお兄さんの足元に向けて放り投げる。


 僕がお兄さんに向けて放り投げた、それ。


 それは、


「……エリック」


 思わずその名を口にしてしまっていたのは、それだけお兄さんにとって予想外の衝撃だったと言う事だろう。


 そう。僕がお兄さんの足元に放り投げた、()()






 それは紛れも無い、お兄さんの部下の頭だ。






「舐めた真似しやがって、力と格の差を教えてやるよ」






 そう言って僕は、黒い雷を纏った左手を握りしめる。




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