僕もこの辺で男にならないと、舞台が廻らない。
すいません。戦闘シーンに入るつもりが伸びたので、分割して投稿します。
何というか、偶に自分の中で入る創作倦怠期とでも言うもの入ってしまい、若干自分の中で執筆がダレてきています。これから少し執筆のペースが落ちるかもしれませんし、ただでさえ低い作品のクオリティーが落ちてしまうかもしれません。
そうなったらすみません。
「さあ、殺し合いを始めようか」
左腕に黒雷、右腕に青炎を纏った僕は、右手に握った刀を一振りしながら、高揚してそう言った。
初めてだ、こんなにも心躍る事は。敬意を払える敵を目の前にして、命を懸けた戦いを行える。
まるで少年漫画の世界だ。こんなことが僕の身に巻き起こるだなんて、想像もしていなかった。
だが、そんな風に胸を高鳴らせる僕に対して、お兄さんたちは思いのほかに静かだった。
「そうだな、殺し合いといこうか」
僕を後ろから刺したお兄さんがそう言うが、周囲のお兄さんはその声に応える事なく、ただ僕の周りを取り囲むばかりだった。
盛大にかました僕の啖呵を聞いておいて、特に反応を返さそうとしないお兄さん達に、僕は思わず不機嫌になって言う。
「……どうしたのさ?ここまでお膳立てしてあげたんだ。早くかかって来なよ。せめて、罵倒でもいいから多少は何か口に出してくれよ。こんなにたくさん人がいるのに、誰も何も言わなかったら寂しいじゃ無いか」
僕がこの森に呼び出した人間は、ざっと二十名。
一々数えたわけではないが、僕がこの場所に瞬間移動させる際にそれだけの人間が関わっている事は、大体数えていた。
少なく見積もっても十名以上の人間が、それもかなり高度な魔術と武術の訓練を積んだ戦士が僕を取り囲んでいる筈である。
だから僕の言葉を聞いた瞬間に、先手を取るために何人かが僕に向けて特攻でもするのかと思っていた。
だが、僕の期待を裏切るように、お兄さんたは僕に対して一切何もせずにただ、僕を遠巻きに眺めて僕との間に一定の距離を保つばかりだった。
そんなお兄さん達に流石にしびれを切らした僕は、黒雷の纏わりついた左腕をゆっくりと掲げて、少しばかりの苛立ちと多少の落胆を籠めながら言う。
「なら、こちらから行くよ」
その瞬間だった。
「放て!」
『爆焔!!』
その声と同時に、僕は真っ赤な炎の渦巻く壁に飲み込まれていた。
✰✰✰
「どうだ?」
喜兵衛に攻撃を加えるように言った男は、炎弾を放った部下に端的に言った。
爆焔によって起こされた煙によって、喜兵衛の姿は確認しにくくなっている。
効果があったかどうかは聞く必要が無い。
生きていれば別の方法で殺す。死んでいればそれまで。それだけの話しだ。
「威力は十分です。普通なら死んでますよ。むしろ、この距離からあの威力の爆焔をあれだけ撃ち込むのは、戦場で魔王軍に叩き込むとき以外にはありえませよ。一人相手に使う者じゃない」
そう言った男の部下は、だがこれがやりすぎだとか、これで確実に死んだとか、そう言う希望的な感想は何も言わず、ただ客観的な事実のみを口にする。
『爆焔』。
それは、攻撃魔術の中でも最も基礎的な魔術でありながら、最も人を殺してきた魔術だ。
効果は文字の通りに、炎によって爆破を起こすというシンプルなものであるが、それ以上に、魔力を込めれば込めるほど強くなるという、シンプルな特性によって戦場で多用されてきた。
だが、この魔術は、誰もが扱えるが、広範囲を爆発するが故に味方が巻き添えを食らいやすく、使い所と使い時を選ぶ魔術である。
本来であれば、延焼によって森全体を焼きかねないほど強力な為、使用は忌避されるべきである。
事実、既に爆焔によって巻き起こされた炎は森の木々に移り、山火事の様相を呈し始めている。
恐らく、このままここにいれば、炎や煙によって燻し殺される事になるだろう。
であるならば、本来ならば一早くこの場から逃げ出すのが当然の行動であるはずだ。
そう、本来なら。
だが、キヘエを取り囲んでいた男達は、その殆どがただ爆炎と黒煙の立ち込める爆破後を睨みつけながら、炎と煙を軽くさけるだけで、その場にとどまるばかりだった。
そうして、キヘエを睨みつけている男の一人であり部隊の参謀格である男は、隠し持っていた『爆焔』の魔術を起こす魔導具である魔導結晶を握りしめながら言う。
「……多少でも魔術が効いているのなら御の字です。今ので森に火災も起きましたから、この炎と煙を利用して、此処から部隊の人間を少しずつ脱出させます。此方が相手の殺し合いに応じたからと言って、別に馬鹿正直に付き合う必要はない。部隊の人間が一人でも生き残りさえすれば、こちらは勝ちです。ならば、我々はこの場所から脱出することに全力を注げばいい」
その言葉を聞き、キヘエと話していた男は左手に魔導結晶を握りしめながらも、右手に握りしめた剣の柄に力を籠める。
「……同感だ。それよりも、脱出の手順は大丈夫だろうな?」
「心配しなくても、もう若手から逃がしています。手練と古株は殿。生き残らせるのは、年少者からです」
明らかにたった一人を相手にして、十数人の人間で戦っている人間の言葉ではない。
だが、この場にいる全員が本能的に、或いは戦場帰りであるがゆえに特有の、動物的な直観によって理解していた。
絶対にあいつは死んでいない。
詠唱もなくあれだけの治癒魔術を使える魔術の腕前、
刻印魔術を躊躇なく刺青にして体に彫る異常さ、
何よりも、人の命を弄ぶことに対する忌避感の無さ。
—――――あれは完全にイカレている。そして、戦場ではイカレている奴の方が強い。
それは、今この場にいる男達の共通した思いであった。
そう言う意味では、キヘエという男は今まで出会った敵の中で間違いなく最強であった。
最強にして、最凶で、最狂である。
勇者がどうとか、魔族がこうとか、そう言う種類の話ではない。
もっと、人として、生物として、本能のその奥に潜む魂を形作る何かが、決定的に違うのだ。
故に、ここから動く訳にはいかない。
既に逃げ出した仲間を守る為にも、此処で確実に喜兵衛という勇者を殺すべきである。
「……あいつは多分、いいえ確実に殺しても死なない類の男ですよ。多分、これから来ます」
参謀格の男がそう言った瞬間だった。
「なあんだ、ばれちゃっていたのか。残念」
闇の中を切り裂くようにして、勇者という名の凶刃の声が聞こえてきた。
爆焔によって巻き起こった炎は、夜の底を燃やしている。
赤く燃え上がり、黒く静まりかえる森の中から、全身に神聖文字の入れ墨を入れたその男は、無邪気な子供を思わせる嬉々とした声で現れた。
黒い雷と青い炎を従えるその姿は、まさしく悪魔の顕現に似ていた。




