悪党の喧嘩というのは、殺すか殺されるのかの二つしかない。
ちょい長めです。
此処から少しずつ伏線回収して、裏社会に落とすつもりですけど、まだまだ長くなりそう。
あー、早くシトラスくん寝取らせたい。とっとと地獄に落としたい。
「……お兄さん達を僕によこしたのは、五十嵐尚高だろう?」
僕がそう言った瞬間、お兄さん達の反応は劇的だった。
「殺せええええ!今すぐにあのガキを殺せえええ!」
「おう!」
今までのどこか余裕さえ漂う様な様子見から一転して、一斉に必死の形相で襲い掛かるお兄さん達の姿には滑稽ささえ感じてしまい、僕は思わず小さく笑いを溢してしまう。
「……はは、良いね。実に分かりやすい。とても素晴らしい。実に分かりやすい。ウダウダと会話を続けるよりもシンプルで、実に分かりやすい。……これで心置きなく、戦える」
僕は、薄く笑いながら今まで腹を抑えていた右手を掲げると、血塗れになった指を鳴らした。
瞬間。
僕とその周囲にいたお兄さんたちは、薄暗くも人の気配が支配していたスラム街の裏路地は、闇夜に飲まれた深い森へと変わる。
突然の周囲の変化に、お兄さん達は驚愕でその場に固まってしまっていた。
「な……ん、だ…………これ、は…………」
惜しい。もう少しでネタになるのに。
そんなお兄さん達に、僕は笑い声を上げながらその質問に答える。
「別に大したものじゃない。ファストトラベルだよ。と言っても、制約は大きいからそんなに便利なものではないけどね。取りあえず、お兄さんには感謝の言葉と謝罪の言葉を述べさせてもらおうと思って、少しばかり場所を変えさせてもらったよ?」
「馬鹿な……。空間系魔術は、特級クラスの魔術士でも使えるのは百人に一人いれば多いほどの高等魔術だ……。それが、こんな簡単に使えるわけなどないだろ……。一体、何をしたらこんなことができる?」
ああ、そういうことを言うんだ。何を今さらな事を言っているんだか。
僕は、冷や汗を流しながら険しい顔をするお兄さんに、首をすくめて言う。
「僕はさ、『魔術と知識の勇者』として、様々な魔術を研究してきたんだよ?その僕がさ、治癒魔術の研究だけで満足すると思っているのかい?そりゃあ、他にも研究しているに決まっているだろう?
この程度の魔術ならば、指先一つ鳴らすだけで十分だ」
「この程度だと……!?」
「何を驚いているのやら。世界を跨いで呼び出した勇者が、この程度の事を出来ない方が問題だと思うけど?まあ、いい。話を進めようか」
そう言って僕は、森の闇の中に落ちた月明かりの中で、深々とお辞儀をする。
「まずは謝罪をしたい。僕はお兄さん達の事を都合のいい実験動物程度にしか感じていなかった。僕にとって欲しい情報を持っているだけのモルモット。趣味と実益を兼ねた実験をして、ついでに知りたい情報を吐かせておこうと、そう思っていたんだが、とても失礼なことをした。申し訳ない。謝罪するよ。
お兄さんたちは僕にとって、端倪すべからざる真なる戦士だった。無礼千万な口を働いて申し訳なかった。僕の取った不覚は、まぎれもなく僕自身の油断であると同時に、お兄さん達への侮辱そのものだ。
心の底から深く反省している。済まなかった」
僕はそう言って頭を上げると、周囲を油断なく取り囲むお兄さん達に向かって笑顔を消して言う。
「今からは、情報を取るとか、実験を行うとか、そう言う不純なやり取りは、無しだ。男同士の決闘と行こう。僕はお兄さん達に敬意を表して、礼節を尽くして、全力で殺す。本気で殺す。真の戦士として葬り去ってやろう。
だからこれは、礼儀として聞いておこう。お兄さん、貴方方の名前は何て言うんだい?純粋に敵として殺す以上、覚えておきたい。全員この森に埋めることになるだろうしね。せめて家族に誰に殺されたかくらいは知らせてほしいだろう?」
正直、これで僕の誠意が伝わるとは思えない。
極論すれば、僕にとってこの事件に五十嵐・尚高が関わっているかどうかさえ知れれば、それでもうお兄さん達は用済みだった。
僕を襲った人間が、五十嵐・尚高と関わっていた。
それだけであいつを殺す理由になる。
たとえ冤罪であろうが問題は無い。
あいつさえ殺せれば、後はどうなろうが知ったことではないしね。
だから、お兄さん達が五十嵐・尚高の名前に反応した段階で、既に僕の目的は達成された。
後は適当に殺してしまえばそれでいい。何なら、只殺すだけなら今すぐにでもできる。
だが、お兄さん達に対しての謝罪は、僕個人の嘘偽りない本心だ。
この世界に来てから、僕は、今まで純粋に、自分よりも弱い奴らを嬲ることしかしてこなかった。
そいつらの善悪も、罪の有無も問わない。ただ純粋に、僕は僕よりも弱い奴を痛めつける事しかしてこなかった。
だからこそ、調子に乗った。
目の前のお兄さん達も、取るに足らない雑魚だと思った。
虫けら同然にいつでも殺せると思っていた。
だが、それは僕の慢心だった。
さっきの一撃には、それを自覚するのに、十分を通り越して、十二分に過ぎる。
僕の魔術はまだまだ不完全であること、僕自身がまだまだ未熟者なバカ野郎であること。
それを実感するときほど、成長を実感することは無い。
お兄さん達には、その事を心の底から謝罪したい。
そして同時に、感謝もしている。
だからこそ、今できるせめてもの誠意を見せる手段として、お兄さん達の名前を憶えておきたかった。
「……俺らの名前を聞くよりも、テメエの身体の心配していた方がいいんじゃねえか?さっきの一撃はテメエを殺すのに十分だった思ったんだが?」
だが、僕の質問に対して、お兄さん達は返事をする代わりに、挑発なのか、様子見なのか僕に対してそう言い、一先ず、先程つけられた致命傷の当たりに手を置き、傷の様子を確かめる。
うん。どうやら完全に傷口は塞がっている。傷口から入った雑菌の方は分らないが、内臓は完全に治癒している。本当、こういう時に治癒魔術を覚えていて良かったと心の底から思うよ。
ま、これなら十分戦えるだろう。
「ご心配をおかけしたようだけど、大丈夫だよ。傷は完全に塞がっているし、お兄さん達を相手にするだけなら十分だ。
それより、僕の質問に答えてはくれないのかな?僕はお兄さん達一人一人の名前を知りたいのだけれど?」
傷の確認を終え、とりあえず僕の容態について教えると、お兄さんは忌々し気に舌打ちを慣らして、端的に僕に言う。
「……それを今口にできる奴なら、こんなことをするわけねえだろう」
「そうか……。心の底から残念だ。まあ、良い。それじゃあ、全力でかかってこい。全員きっちりあの世に送ってやる」
そして僕は、再び指を鳴らして魔術を発動する。
次の瞬間、僕の右手はそのまま黒い炎に包まれ、
同時に僕の左手は青い雷が纏わり付き、
そうして、僕の両腕に纏わりついた炎と雷は僕の着ていた服を焼き、僕が今まで隠して通して来た真の切り札をさらけ出す。
「な、何……!何だ、その体……は……!その、魔術は……!何だ、……一体、一体、テメエのそれは何なんだよ!!」
そうして、服が焼き尽されて僕は半裸になった頃、僕の目の前にいるお兄さんは、僕の身体に刻まれた刻印魔術を見て、茫然とする。
まあ別に説明する義理は無いんだけど、此処は軽く説明させてもらおうか。
僕だって、別に自慢は嫌いじゃないしね。
「見て分からないかい?刻印魔術さ。聖魔文字を道具に刻み込めば、魔導具になったり魔術を発動できるようになる。あの、刻印魔術さ。
その応用で、刺青として体に聖魔文字を入れてしまえば、自在に刻印魔術を使えるようになるんだよ。
これは僕が発見した刻印魔術の裏技だよ。敢えて名前を付けるならば、『紋様魔術』、と言ったところかな?」
「……ありえねえ、刻印魔術を体に刻むだなんて……。ありえねえ……そんな事して、無事で、……いや、生きてなんていられるわけねえだろ……?」
確かに、お兄さんの言う事は正しい。
刻印魔術の最大のネックは、一度刻印を刻むと自動的に発動してしまう上に、刻印を刻んだ物体が壊れてしまうことにある。
そんな魔術を体に刻んでしまえばどうなってしまうか、そんなことは火を見るよりも明らかだ。
「確かにそうだね。普通なら、刻印魔術を入れ墨にでもしようものなら、生きながら焼き殺されたり、内臓から破裂したりして死ぬものだ。実際、僕の実験台になった実験動物は、大半がこれで死んだ。
治癒魔術の刻印を入れ墨した奴なんか、特に悲惨だよ回復のし過ぎで胃酸が強力な酸になって体の内側から溶け出したり、骨が体を突き破っても成長を続けたりする苦痛を味わっているのに、死ぬこともできずに苦しみ続けてさ。仕方なく、入れ墨ごと焼き殺してやったら、和やかな顔をしながら死んでいったしね
ただ、そうして実験でデータを手に入れる内に、ふと思いついたんだよ」
そう。治癒魔術の刻印を刻まれた実験動物を見て、閃いた。
逆転の発想だ。
壊れてしまうから一度しか使えないのなら、壊れたすぐ後に治せばいい。
そう、治せばいい。
「ふたを開けてみれば簡単な話だよ。刻印魔術を入れ墨にした後、治癒魔術を使い続けることで、発動した人間が壊れる端から治していけばいいのさ」
そう。刻印魔術で身体が破壊されても、それを上回る速度で治癒してしまえばいい。
刻印魔術の身を発動させたいときは、治癒魔術の方を緩めることで力の強弱とオンオフを調整してしまうことも可能になる。
刻印魔術の効果を発動させるためには、そこにいくつかの要素を足し合わせる必要があったけど、閃いた後は結構簡単に解決した。
「後はもう、僕自身に刻印魔術を刻み込むだけでいい。治癒魔術の刻印も多少刻み込んでしまえば、わざわざ自分自身で治癒魔術を発動する必要も無いしね。それさえできれば、僕自身が、刻印魔術の魔導具になることができる」
小さく笑ってそういうと僕は、右腕に彫られた刺青に魔力を流しながら、地面に向けて手を翳す。
すると、僕の右手の下にある地面が躍動を始め、やがて一本の刀を形成して僕の手に収まる。
やはり、日本刀はしっくりくる。何よりも、ロマンだ。
「……物質創成も可能かよ。一体、どれだけの魔術を刻印にして、その身体に刻んでやがんだ……」
「土魔術系統の治癒魔術から、学んだ。といったはずだ。これはその応用だよ。
土魔術とはすなわち、鉱物の精製や生物の育成を司る創造魔術の基礎であり、基本だ。土系統の治癒魔術とは、究極的には、水分を血液に、土塊を内臓に変える魔術だ。
それは錬金術や鍛冶魔術の奥義に通じる技術だ。必然的に、土系統の治癒魔術を極めていけば、この程度のこと等造作も無い」
「……刻印に頼らずに幾つも魔術が使える、か。悪夢みたいだな。
だがよ、魔術しか使えねえガキが、この人数相手にどれだけ持ちこたえられるよ?世の中ってもんをテメエに叩き込んでやるよ」
お兄さんはそう言って手にした剣を構え、それに続くように周囲のお兄さん達も怒声を上げながら武器を構えて、僕を改めて取り囲み出した。
単純にやせ我慢なのだろう。
お兄さん達は、言葉とは裏腹に全員が眉間にしわを寄せた険しい表情をしており、僕を取り囲む陣形には、油断も隙も無い。
だが、そこには確かに、覚悟を決めた男の響きが籠っていた。
命を捨ててでも、僕を殺す決意が籠っていた。
その言葉に、僕は嬉しくなって、口元に浮かべた笑みを増々深いものにする。
「何度も言わせるな。仮にも僕は勇者だよ?剣の心得位ある」
そうして、手にした日本刀を振る。
「さあ、全力で殺し合おうか」




