極楽は悪党の世界にはないよ。人を喰わねば、おのれが喰われるんで。
二週間ぶりに投稿します。
お待たせしていたのなら、すみません。遅れまして。
ちょっと、別の作品の方に力を割いたり、リアルの事情を優先していたら遅れてしまいました。
ブロードソード。
刺突に重点を置いたレイピアに対して、斬撃に重きを置いた剣だとネットの情報で読んだことがある。
何でもレイピアとは、あくまでも貴族の決闘に使われる為のものであり、あくまでも護身用、比較的安全な都市での使用を想定しているのだとか。
そして、そんなレイピアに対して、戦場での使用を目指して作られたのがブロードソードだとか。
つまりは、実戦を前提とした剣というわけだ。
その剣が今、僕の背中から腹まで突き抜けるほどに深く、僕の身体を刺し貫いていた。
どうにも初めて体を貫かれた痛みというのが激しく痛すぎて逆に冷静になり、何か気の利いたシャレでも言ってみたいなんだが、何も浮かんでこない。こんなことを考えられる余裕が出てきたのは、良かったのか悪かったのか。
「……かはッ…………、はぁ、ああ?………はッ……はッ……」
口を開くと同時に、内臓から破れ出た血液が一斉に喉奥からこみ上がり、口の端から溢れて落ちていく。
やがて、僕に突き刺された刃はゆっくりとその身体から抜き出されていき、咄嗟に出血を抑える為にその刃を握りしめてその場を離れようとするが、背後にいた何者かはそんな僕の背中を強く蹴っ倒した。
刃の食い込んだ掌が滑り、僕は体の中から刀身が抜かれていくのと同時に、生温い液体が盛大に腹から溢れていくのを感じながら地面に倒れ伏す。
あ、やば。この世界の地面って結構汚いのに、こんなに血が流れている状態で倒れたらかなりヤバい病気になっちゃう。
そんな呑気な事を考えながら腹の傷を抑えた僕は、地べたをはいずり回って僕を背後から襲撃した人物へと振り返った。
「………がッ……………はあ、はあ、……あ、れ……?これ、は……………どう、いう事か、……………な……?」
僕の疑問に答えたのは、今まさに僕の身体に突き立てた血で濡れた剣を杖代わりにして立っているお兄さんだった。
「……甘く………観ん……じゃねえよ、クソガキ……」
肩を荒くしながらそう言って僕を睨みつけてきたお兄さんは、今度はそのまま呼吸を止めるように口を真一文字に閉ざした。
それを見て納得した。
成程。過呼吸への対処法だ。
過呼吸への対処法として、一番有効なのは深呼吸をしてゆっくりと呼吸を整えることだが、それ以外に知られた方法として、口に袋を当てて二酸化濃度を上げるというものがある。
つまりは、それを目の前のお兄さんは実践して見せたのか。
このお兄さんは僕の魔術によって荒くなる呼吸を抑えることができないと知り、呼吸をしないことで無理矢理血液の二酸化炭素の濃度を上げ、一時的にとは言え過呼吸を中和したんだ。
それを知った僕の胸に過ったのは、目の前のお兄さんに対する紛れもない賞賛だった。
「……これは、…………一本取られたな。…………単純に油断したよ…………。まさか、…………こんな…………単純な方法で僕の治癒魔術が破られるとは、…………思わなかった。やはり…………実践は最大の教師だ。勉強になる」
僕は出血の収まり始めた腹を抑えながら、荒い呼吸のままで素直にその称賛を口にする。
「言ってろ……。てめえみたいな世の中をなめ腐ったような、クソガキはよお、二人も三人もいらねえんだよ」
どうやら、今の攻撃で僕の治癒魔術も解けてきたのだろう。
今まで荒く呼吸を吐いていたお兄さんは次第にしっかりとした足取りで立ちあがり、見れば、他のお兄さん達も次第に調子を取り戻した様に手に武器を持って徐々に立ち上がり始めている。
僕はそんなお兄さん達を、仰向けに見上げながら苦笑する。
「ははは……。言い返せないのが、……辛いところだね……。なら、……この際…………、だから、……聞いて、……おこう、…………かな…………?」
「はは……。この期に及んでまだ随分と余裕じゃねえか。聞きてえ事ってのは何だ?」
いかにも死にかけた僕の姿を見て、流石に全員余裕を取り戻したのだろう。
お兄さんの一人が、僕に向けて冷笑しながら話しかけた。
そして、
「……なんで僕が勇者だって知ってんだい?」
その言葉に、お兄さん達は途端に黙り込んだ。
その姿を見つつ、僕はゆっくりと同じ質問を繰り返す。
「何で僕が勇者だって、分ったんだい?一応、僕は自分が住んでいる街にいる間は出来るだけその身分は隠していてね。それもあって、図書館近くの町に暮らしていたのさ。スラム街に出入りするのも、僕自身の素性を隠す目的もある。
なのにお兄さんたちは、僕を見つけた時にまず簡単に勇者だってわかったよね?何でなの?」
僕の言葉に、見るからにお兄さん達は動揺してその場でたじろいだ。
或いはそれは、今まで息も絶え絶えだった僕が流暢に話し始めたことに対する警戒感からも知れない。
だがそれでも、僕の言葉に聞き入っているお兄さんの様子から、僕の質問がお兄さん達にとってかなり核心を突いた手ごたえを感じる。
成程。……やはり、大当たりだったか。
僕はお兄さん達の態度に、薄く笑みを浮かべながら言葉を続ける。
まあ、これは別に情報収集以上に時間稼ぎの意味合いもある。このまま少しでもお兄さん達の攻撃の手を止める為に話を続けさせてもらおう。
「僕の顔を直接見たことのある人間というのは、ごく限られている。確かに、僕の顔は王国中に似顔絵が張られているし、なんなら国典とやらで僕の顔が国民に知らしめられる事もあったから別に僕を知っている人間がいる事は不思議じゃない。
けれども手配書はある程度美化されて書かれているし、国典に出て僕の顔を知る事が出来る人間だなんてそんなものごく限られているし、見たとしても一瞬だ。あっという間に顔なんて忘れてるよ。それなのに僕の顔を見て勇者だとわかるという事は、これは僕の事をよく知らなければ判断出来ない筈だろう?
だから、このスラム街にいる人間で、僕が勇者だと知りうる人間などいるはずが無いんだ。無法者であれば、尚更に」
「……別に、無法者がどの程度アンタのことを知っていてもおかしかねえだろう?一応、アンタというか、アンタらは、」
「ありえないよ、絶対に」
気を飲まれた様に間を開けて話すお兄さんの言葉を、途中で遮って僕は言い切った。
「スラム街に棲む犯罪者どもが、僕のことを知っていることなどありえないよ。絶対に」
「は?一体、何を根拠にそんなことを、」
「なぜなら、僕が全員、実験動物にしているからだ」
そう、実験動物にしている。
突然の告白に頭が追い付いていないであろうお兄さんに、先んじて僕は正解を言う。
「言っておくけど、していた。ではないよ?している。つまり、現在進行形で、僕はスラム街に存在する全犯罪者を実験動物にして、魔術を研究しているんだ。無論、そこには僕が勇者だと知っている人間も含まれている。どの程度罪の無い人間が含まれているか、そんな事は知らんがね。そんな人間が、だ。今夜みたいなことをしでかす人間を見逃すはず無いだろう」
僕がお兄さん達に対して行った過呼吸にする攻撃も、くも膜下出血を疑似的に起こす技術も、その実験による賜物だ。苦労したもんだ。密かに拵えた実験場に大量の実験動物を飼うのも、飼っている事を知られない様にするのも。スラム街の皆んなの協力が無ければ不可能だった。
まぁ、その報酬として実験動物で得た実験資料を元に、無償でスラム街の連中を治しているんだから、トントン…………なのかなあ。やっぱり僕の負担の方が大きい気がする。
まぁいい。そう言う話は、明日か明後日か明々後日にでもすれば良い。ともかく今は目の前のことだ。
今まで空を見上げ倒れていた僕は、腹を抑えたままゆっくりと立ち上がる。
そして、言う。
「だから、お兄さん。僕は貴方の事をギャングやマフィア側の人間であると思っていない。実は身分の有る人間で、何かしらの密命を受けて、僕を暗殺しに来た人間だと、そう思っている」
さて、そろそろ本題といこう。
「……お兄さん達を僕に寄越したのは、五十嵐尚高だろう?」




