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お前らには、飯も食えんような体になってもらうから。


 僕はゴミ箱代わりに置かれていた木樽をひっくり返してその上に据わると、足元に横たわるお兄さんに静かに話しかける。


 此処から先は尋問の時間だ。


「さて、いみじくも力及ばずに僕の足元に這いつくばるお兄さん達。手弱女(たよわめ)の如く非力無力な身の上のこの僕としては、お兄さん達に余り乱暴な真似はしたくないのだけれど、これからのお兄さん達の態度次第ではどうするべきかを考えねばならない。

 できればお兄さん達が此処からどうすることが自分にとって最も幸いなことであるのかを考えて、口を開いてほしいのだけれど……。僕の言っている言葉の意味が分かるかな?」


「…………なんの、つもりだ……!クソ、……ガキ、が!」


「バ、……カに、……し、てんのか、よ…………!て、めえ……!」


 僕の少しばかり茶化したセリフに、地べたに這いつくばったお兄さん達は、荒くなった呼吸のまま敵意を剥き出しにして僕を睨みつける。 

 僕は、そうして苦しそうに胸を抑えながら荒い呼吸で地べたに這い蹲るお兄さんを眺めると、思わず薄く笑ってしまう。


 一般的な過呼吸ならば、意識的にゆっくりと呼吸を繰り返すだけでそのうちに症状は治まるのだが、これは治癒魔術を応用した僕が人為的に起こした過呼吸だ。

 僕が魔術を解かなければ、この苦しみはずっと続く。そこが治癒魔術による攻撃の恐ろしいところだ。

 本来、何と言うことの無い傷や、どうということの無い微熱、ちょっとした咳と言った小さな物事を、一瞬のうちに生死に関わる重体に引き上げる。

 ただ生きて、息をしている事すらもが、僕の前では隙になる。まさしく、命を握っている感覚だ。









 その感覚に、思わず勃起してしまう。








 いかんなあ。本当にいかん。この世界に来てから、ついついこうして調子に乗ってしまう上に、どうにも変な性癖が目覚めてしまったようだ。

 目の前の哀れな生物を必要以上に痛めつけたくて仕方がない。目の前に存在している取り澄ました顔を、恐怖と苦痛と絶望に染めて、味わわせるだけの地獄を味わわせてやりたい。

 こういうのを、嗜虐心(サディズム)が唆られる、というのだろうか。

 いやあ、僕に襲い掛かって来たのが男だけで良かった。最近、江戸川乱歩の女性をバラバラにして石膏で固めて美術室に飾った犯罪者の気持ちが良くわかる。

 女の人を相手にしてたら、問答無用で生きながら皮を剥いでいたね。或いは、両手足を切り取って動けなくした後、芋虫の様に這いずる姿を調教するか。どちらにせよ、変態性癖の興奮で話し合いどころじゃなかったところだ。

 

 内心、ちょっとした陶酔感に浸りつつも、そんな感情をできるだけ押し隠して、僕は小首を傾げながらお兄さん達の言葉を肯定する。


「そうだよ?聞いていて分からないかい?腹が立ったんなら、殴り掛かってくれても構わない。思う存分に抵抗してくれ。

 無論、尋問である以上は聞きたい話はあるけど、そんなもの一人でも生きていれば聞けるからね。それ以外の奴らはどうなってもいいだろう?」


「な……に?!」


 あっさりとお兄さんの言葉を頷いた僕だったが、どうやら意外だったようで、驚愕に目を見開いた。

 あれ?別に僕はそこまでおかしいことは言っていないよな?


「尋問と聞いて勘違いしているようだが、僕はお兄さん達を一人として生かすつもりは無いよ?

 情報の秘匿は、戦いの基本だ。お兄さん達が『敵』で、僕の『手札』を一枚でも知った以上、此処で始末することは確定事項だ。例外はないよ。一人残らず皆殺しだ。

 ……どんな戦いであれ、戦う以上は殺す以外に決着はつかない物だろう?」


 僕自身の言葉で脳裏に浮かぶのは、この世界で目覚めた変態性癖とは別の、僕自身の魂に刻まれた様な強烈な体験と、記憶。


 それは、教室の中に広がった死体の山だ。


 充満する鉄錆びた血と、生臭い臓物の匂い。


 そして、初めて僕の眼を見た彼らの表情。



 そうだ。全ての戦いにおいて、どちらかの死もってしか決着はつかない。

 平和とは支配することであり、正義とは殺し尽くすことだ。

 それが、僕があの学校で、あの教室で、あの同級生たちから学ぶことのできた、唯一の物事だ。


 僕は脳裏に浮かんだ強烈に焼き付いたあの(教室の)光景を振り払うために薄く笑って、お兄さん達に語り掛ける。

 僕が学んだことはただ一つ。覚えているのは、それだけでいい。


「……だから先に聞いておくよ。お兄さん達、どんな死に方がお好みだい?僕の知りたいことを教えてくれた人から順に、お望みの死に方をさせてあげるよ。まあ、五分から三分くらいなら延命もしてあげる。

 どうせ殺されるにしても、出来るだけ楽に死にたいだろうし、最低限人間としての尊厳くらいは保っていたいだろう?」


「……異世界の勇者というのは、……随分と野蛮な、もの……だな……!」


「ごみ……が、!!」


 僕の言葉を聞いたお兄さん達は、忌々し気に僕を罵ったが、僕はそれを聞いて思わず心の底から笑いがこみあげる。


「くはは。この世界は数千年間戦争中と聞いていたが、随分と温い戦争してたんだな?

 僕の生まれ故郷は世界で一番平和な国だったがね、その僕から見てもアンタラ平和ボケしすぎだよ。

 中途半端に殺し殺されて、何が憎しみだ。何が怒りだ。そんな半端なポーズばかり取っているから、何時まで経っても殺し合っているんだろう?」


 別に威圧するつもりは無かったが、それでも僕の出した声は知らず知らずのうちに低くなってしまい、今まで僕に敵愾心を向けていたお兄さん達の眼が、目に見えて怯えていた。

 まあ、そんなこと等どうでもいい。やるべきことは、やらねばならない。


「敵になった以上は、全ての奴らが虫ケラだ。半端に情けをかける真似をするもんじゃ無い。

 憎しみが復讐を産むのなら、復讐を産まない様に、一人残さず殺すべきだ」


「そこ……まで、……言う、なら、……………殺す、なら、……殺せよ」

 

「……こんなところで、くっころが出るとはね。まあ、いい。そうして呼吸が荒いままだと、いい加減一言話すのだって苦労しているだろう。僕だって別に何も話すことなくお兄さん達に死んでもらっても困るだけなんだ。最低限の質問には答えてもらいたい。

 だから、その過呼吸だけは今のうちに[直して]おこうか?」


「……お、前に、……何か一つでも、…………話すと、……思、うか……?」」


 その言葉に僕は冷笑で応える。


「僕は今の今まで、一言だってお兄さん達の意志を聞いた覚えはないよ。僕が治したいから、治す。そして、治した以上は僕の知りたいことは全て話してもらう。ただの、それだけだ」

 

 そうして僕は、今までお兄さん達を苦しめていた過呼吸を治すべく、指を大きく慣らして見せた。



 その瞬間。




「舐めるなよクソガキ、がああああああああ!!」


 勢いよくその場に立ちあがって僕に襲い掛かったと同時に、頭を押さえて再びその場に倒れ込む。


 無様に崩れ落ちるお兄さんを見て、僕は樽の上から立ち上がると、のたうち回るそのお兄さんの頭を踏みつけると同時に、お兄さんの頭に起った異常を治す。


「馬鹿だなあ。僕が無条件で敵の状態異常を治すわけないだろう?今、水系統の治癒魔術の応用でお兄さんの脳内の細かい血管を、一本ちょっと切らせた貰った。いわゆるクモ膜下出血って奴だよ。

 でも運がいいね、お兄さん。水系統の治癒魔術ってのは治癒魔術の中でも強力な分、扱いが難しくてね。加減を間違えると即死するんだけど、そうしてのたうち回れるだけの元気が残っているなんて」


 僕は足元で絶叫を上げてのたうち回るそのお兄さんの頭を踏みつけて無理矢理動きを止めると、いきなり病気になっていきなり回復したばかりだというのに、そんなこともおくびに出さないお兄さんに感心しながら、その足に力を入れる。

 とりあえず、こいつは殺そう。人としては嫌いじゃないが、どうやら本当に何も話す気はなさそうだし、特別目を引くところも無いから、実験動物にも研究標本にもならないだろうしね。


「……最後に言い残すことがあるなら、聞いといてもいいよ。お兄さん?取りあえず、忘れないようにはしてあげるから」


「…………ガキが、舐めるのも大概にしろよ………」


「……この期に及んで負け惜しみを言えるのは、純粋に評価するよ」


 僕はそう言って、足元の頭を踏み壊すべく改めて足元に力を入れようとして、




 


 次の瞬間、僕は背後から剣で刺し貫かれた。



 


 

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