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僕も格好つけねばならないので。

 

 

 真夜中になってようやく最後の患者が帰るころ、僕を高々と伸びをしながら診療所の椅子に座り込んだ。

 安物の椅子の背もたれに体重を預けると、町の住民の診療中には感じなかったはずの疲労が、筋肉の深いところから湧き上がり、体中の隅々に渡って染み渡る。


 診療所での活動は、やっぱり今日も一文の稼ぎにもならなかったが、それでも収穫の有る有意義な一日ではあった。


 忙しさと騒がしさしか得るものの無い診療所での活動に対してそんなことを考えてしまう僕は、割と仕事中毒の気質があるのかも知れない。

 だとしたら僕に社長の才能が無くて良かった。もしも社長になっていたら、社員を過労死するまで働かせていた自信があるよ。いずれにしろ碌な人間じゃないね。


 僕は大分凝り固まった肩の筋肉を慣らしながら、カルテ代わりにもしている魔術の研究ノートに向き直ると、診療によって得られた研究データを書き込んでいく。


 ここでお茶の一杯でも差し入れがあれば最高なんだが、この世界ではお茶はかなり高価な飲み物だ。


 ちなみに、この世界では魔導具や魔術によって水資源を賄っている為に、上下水道と言うのは余り整っておらず、こう言う貧しい場所では綺麗な水と言うのは、安酒よりも遥かに貴重だ。

 生活用水の殆どは井戸水と川水によって賄われているが、魔術を使わなければ稚拙な浄水施設しかないこの世界では、基本的に飲み水を用意する時には汚水にアルコールを混ぜて消毒するか、飲み水を売っている水屋から購入するしかない。

 そんな高価な水を使って作り出されるお茶は、この世界ではかなり高価な飲み物で、高級ワインと同じくらいの値段で取引される、まさしく雲の上の嗜好品だ。


 そんなわけで僕は診療所で働いている間は、飲食を自主的に避けている。

 お酒は嫌いじゃないが、流石に診療中にアルコールを摂取できるほど神経は図太くはない。


 ★★★★★


 

 

 現在、僕がこの診療所で試しているのは、外科手術的な治癒魔術だ。

 

 従来の治癒魔術は、平たく言えば、適当に診断して、適当に魔術を使用すれば何か治った。という、地球の日本の医療に馴れた僕の眼から見れば、治療というには無駄が多すぎる治療法だった。


 そこで、僕は抜本的に治癒魔術の状況を変える為に、患部にだけ治癒キュア回復ヒールの魔術を掛ける。病気の原因を究明してより効果的な治療法を探す。という方向性で魔術を使用していた。

 どうやらこの方法は間違っていなかったらしく、僕は並の治癒魔術士よりも腕が立つと噂になり、最近ではスラム街の外に暮らしている一般庶民の人間の中にも、ちらほらと僕の治療を受ける人間を見かけるようになった。


 だが、僕が現在重要視して研究しているのは、寧ろ、魔導薬による投薬治療の方だ。


 魔導薬は従来から存在していた軟膏型とポーション型と粉末型が存在していたが、僕は最近、このポーションを注射する事により高い。

 

 しかし、先に述べたように、基本的にこの世界に存在している水は、基本的に汚水だ。

 人体に直接注射しても碌な結果にならないのは、()()()()()()()()()()()


 そこで、僕はその注射液を創り出す方法として、患者から血液を採取した後に、その血液にポーションや粉末を混ぜて、再び患者に注入するという方法を試しているが、これが中々上手くいかず試行錯誤を繰り返している。


 だが、こうして、人血と怪しげな薬品を混ぜ合わせながら、研究ノートに今日の結果を書き連ねていると、自分がこの世界における狂科学者マッドサイエンティストなのだろうなあ。と自覚してしまい、思わず笑みが浮かんでしまう。

 それは、人間を研究材料にしていることに対する苦笑であると同時に、そんな研究そのものが楽しくなってしまっている自分に対する、嘲笑だ。

 

「お疲れ様です、先生。本日も忙しいのにお勤めにいらしてくださって、ありがとうございます」


 そうしてノートをめくりながら自虐と自嘲、そして愉悦に浸った笑みを浮かべる僕に話しかけてきたのは、マック爺さんの孫娘であるソフィア・マクドナルドだ。

 正直、本当にあの偏屈で頑固なクソジジイの血を継いでいるのかと疑う程に素直で健気な優しい子で、何で僕の研究ついでの医者ごっこに付き合って居るのか未だに疑問が残る。


「飲み物も用意できないんですけど、お水で良ければどうぞ」


 ソフィア嬢は、お盆に水差しとコップを乗せて診療所の奥から持って来ると、手酌で木製のコップに水を注ぎ、僕の前に置いた。


 その水は、スラム街の近辺にある井戸水や川水にに特有の濁りや独特の生物臭が無く、澄んだ綺麗な水だった。恐らくはわざわざ水屋に行ってまで買って来たのだろう。


 そんな貴重な水をわざわざ僕に差し入れるその姿には、思わず正気を疑ってしまう。

 こんな人間に差し出さずとも、自分で飲めばよかろうに。


 と、言うかだね。


「言動には気をつけるべきだ、ソフィア嬢。僕の目の前で、そう言う事はするものじゃあ無い」


 僕は手にしたペンを机に置き、診察中に意識して使っていた高めの声音を抑えて、静かに言った。


「ええと……、何か私は気に障る事を言ってしまいましたか?」


 僕の言葉に、一瞬ビクついて動きを止めたソフィア嬢を見て、僕は思わず胸を撫で下ろす。

 どうやら、僕の口調で気分を推し量る程度の警戒心は持っているらしい。

 僕はどうしたらいいのか分からずに僕の顔を窺うソフィア嬢に対して、鋭く指を突きつけた。


「いいかい?僕みたいなタイプは、女の子に優しくされると調子に乗って、セクハラしたり、ストーキングしたりするタイプの地雷男だ。だから、ソフィア嬢みたいに優しくてかわいい子は関わらない方がいい。その内、とんでもなく悪いことされて道にでも捨てられるからさ」


「そう……、ですか?でも、先生は診察中には常に優しく真面目に女性の病気を見てくださいますし、それに何よりも紳士です。子供にも優しいですし、貧乏な私たちの為に毎日頑張っています」


「それは錯覚だよ。美人の女の子に頼られるのがうれしくて、ついつい見栄を張っているだけさ。後は割と人妻物が好きだから、人妻に涙目で迫られると興奮するから立てないって言うのはあるね。子供にやさしいのもそれが理由。タイプの女性には嫌われたくないじゃん?

 あと、先生って言うのはやめてくれない?どちらかといえば、氏付けで呼んでくれた方が僕としては格好良くて好きなんだよね。スラム街の病気治療者の立花氏って言われた方が、格好いいと思わない?」


「……カッコよさについては分からないです。でも、私たちにとっては、先生は先生です。あんまり変えたくはないです」


「ふーん……。まあ、人のこだわりと言うのは往々にして理解しにくい物だ。そこに文句は付けられないから、無理強いはしないけど」


 僕は困った様に首を傾げるソフィア嬢に首を竦めると、ゆっくりとその場を立ち上がるが、今まで座りっぱなしだったせいで立ちくらんでしまい、一瞬その場をよろけてしまう。


「先生!!」


 その瞬間。

 僕がよろけたことに驚いたソフィア嬢は、僕に手を伸ばそうと小さい診療所で駆けだしてしまい、その所為で足元に置かれている箱に足を引っかけて盛大にこけかける。


 そして。


「大丈夫?けがはない?」


「………………あ、あの!その……、これは、」


 僕は咄嗟に目の前でこけかけたソフィア嬢の壁になって彼女を支えると、口をパクパクして顔を真っ赤に染めた彼女を胸から引きはがしながら、ついつい当たり障りのないことを訊く。


「あーあ、水差しも高い物なのに割れちゃったねー。どうする?これ、ちょっと片づけとか頼んでもいいかな?」


「それは、勿論……大丈夫ですけど……あの、先生は!」


「それじゃあ、僕は今日はもう帰るつもりだから、また明日ね。一応、帰ってもまだちょっと起きているつもりだから、何か用があったらこの街の魔術師に通信魔術を頼むと言い。代金は僕持ちで良いよ。ソフィア嬢の方はこの後はどうするつもり?」


「…………今日は、もう寝ます。先生の方こそ、帰り道にはお気をつけてください」


 少しだけ機嫌を損ねたような声を出すソフィア嬢に、僕は何か変な事をしたのか?と内心首を傾げつつも、軽く頷いて図書館から持ち帰った巨大な荷物を纏めていく。


「はは。心配してくれてありがとう。まあ、この辺もそこそこ治安良くなったし、大丈夫だとは思うよ?それじゃあ、また明日ね」


 こうして僕は診療所を出ると、重い荷物を持ちってえっちらおっちらとスラム街の闇が蟠る路地裏を歩き出し始めた。


 そして、


「きゃあー!」


 突然、僕の耳には女性の甲高い悲鳴が聞こえ、僕はその声のした方向に向けて走り出し、そこで、十数人の男達が寄ってたかって何名かの女の子を頭陀袋の中に入れて、運び出している光景を目撃した。


「ふむ」


 僕は頬を掻きながら、そんな、まさしく人さらいです感バリバリに出している男達を見て、思わず苦笑して首を傾げた。



 これって、やっぱり僕が追わなきゃいけないタイプのイベント?






 

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