自分の仕事とは、判断を下すことではなく、理解しようとすること。
どうでもいい事ですが、そろそろサブタイトルのネタ切れ感がヤバい。
次話のサブタイトルとか、ちょっとヤバい。
さて、この世界……というよりも、この国における魔術は、大きく分けて聖魔文字の一文字を発音する事で発動する『詠唱魔術』と、聖魔文字を中心にして魔術を発動するのに必要な図形や幾何学模様を描いて魔法陣を作る事で発動する『刻印魔術』の二種類が存在している。
そしてこの世界で重要視されるのは、詠唱魔術の方であり、それ故に僕の魔術の訓練についても当初は詠唱魔術を軸にした訓練のカリキュラムが組まれていた。
詠唱魔術とは、聖魔文字や、聖魔文字によって書かれた文を読み上げることで発動する魔術の事だ。
これだけ聞くと、聖魔文字を読み書きできれば誰にでも扱うことのできる簡単な魔術のように聞こえるが、実は事はそう単純ではない。
その理由は発音と文法にある。
詠唱魔術に必要になるのは、聖魔文字の正確な発音と文法の組み合わせ方だ。
だが、聖魔文字は発音の精度が上がれば上がるほど、暴発しやすく制御が利きにくいという欠点を持ち、文法は区切りや使用する言葉の使い方で意味が全く変わってしまう。
此処は分りやすく日本語で例えるが、「ここではきものをぬいでください」という一文があった場合、漢字を使えば、「此処で履き物を脱いで下さい」と「此処では着物を脱いで下さい」という二つの意味の文章が出来上がる。
これが聖魔文字でも起こり、文章の攻勢や文字の使い方によっては似たような文字列で、全く効果の違う魔術が発動したり、魔術其の物が暴発するバグが起こってしまう。
それ等の文章の構成や解釈の問題に加え、先述の発音の問題まで加えると、基本的に詠唱魔術は発動の際にミスが多く、強力な魔術であればあるほど発動に暴発の危険性が高まるという欠点を持っている。
だがそれでも、この世界の魔術に置いて呪文による『詠唱魔術』は深く重要視されているのは、扱い慣れさえしてしまえばタイムロスが少なく魔術が発動される事と、何よりもローコストであり、極論すれば口伝でも魔術を教えることができるお手軽さが原因である。
まあ、要は刻印魔術よりも感覚的に覚えやすいと言う事だ。
ちなみに、この詠唱魔術から派生して、聖魔文字の代わりに音楽や詩歌と言った芸能技能を利用した音楽魔術という分類があり、軍歌や軍楽によって士気を上げることで部隊の兵士の応急処置を行ったり、兵士たちの個々の能力を上げる戦術が存在している。
また、踊り子の中にはこの音楽魔術を利用した歌や踊りを披露する者もおり、そう言う者の中でも優秀な踊り子は、王宮の直属の魔術師の一人として専属契約を結ばれることがあるそうだ。
一方で、文字や図形の描写によって発動する『刻印魔術』は余り重要視されていない。
刻印魔術を発動させるためには、この聖魔文字を紙であれ布であれ石であれ、何でもいいから物に対して聖魔文字を刻み込めばいい。
そうすると、聖魔文字は物質に含まれた魔力に反応して刻印魔術は無条件で発動し、聖魔文字やそれによって造られた文章通りの魔術が発生する。
そう。無条件で発動する。無条件で発動する。
大事な事だから二回言う。
聖魔文字を描いたり、聖魔文字によって造られた文章は、書きだされると自動的に魔術として発動してしまう為、聖魔文字を教える為の教科書を作ろうとした場合、直接聖魔文字を書きとると、魔術が発動して本が使い物にならなくなってしまうのだ。
この問題を解決するために、多くの魔導書は敢えて一部分だけ間違えることで聖魔文字が発動することを押さえ、教える時には間違っている部分を修正して教えることで刻印魔術を伝授するという教育方法が取られている。
僕の場合は、そう言う文字を修正してくれる人がいないので聖魔文字を覚えるのに苦労したが、幾つかの魔導書に書かれた聖魔文字を見比べて、各魔導書の間違っていない所を見つけ出して重ね合わせることで、正しい文字を再現していくという、ジグソーパズルと間違い探しの中間みたいなことをして、この刻印魔術を覚えることに成功した。
つまり、この世界で言う所の魔導書と言うのは大きな意味では単なるカンニングペーパーの意味しか持たず、ゲームとかアニメとかでよくある、『魔導書を持ったら最強の魔術を使るようになりました。』という状況は存在しえない。
では、この刻印魔術の主な使い道は何かと言うと、基本的に魔導具の生産に利用される。
刻印魔術を使用する場合、紙や布などのダメージによって消えやすい物質に聖魔文字を使用すると、魔術の仕様から簡単に消えてしまう。
しかし、この刻印魔術は、岩石や金属などの頑丈な物質に刻み込んた場合は、逆に聖魔文字が消えるか、文字を刻んだ物質の魔力さえ尽きなければ、半永久的に魔術を使用することが可能になっている。
そのため、大量の魔力を内包した物質であるオリハルコンやアダマンタイトは刻印魔術との相性が良く、文字を刻み込まれた通りの強力な魔術を使用できるようになる。
ではこの刻印魔術、戦闘には使えないのかというとそうでもない。
この刻印魔術とは、突き詰めて言えば、何でもいいから魔力のある物に聖魔文字を書き記しさえすれば発動する魔術であり、それが例えば空気や水と言った流体状の物であっても発動する。
つまり、刻印魔術は空気中に文字をなぞる事でも、発動する。
その為、戦闘に立つ刻印魔術士は主に短杖を使って空気中に文字を描くことで魔術を発動させている。見た目には、メルヘン物でよく見かける魔女が魔法のステッキを振ったら、何かしら魔法がおこるあれだ。
ただしその場合、極論すれば声さえ出ればどんな魔術であれ発動できる詠唱魔術と違い、書くという体のどこかしらを動かす必要がある刻印魔術は、魔術が発動するタイムラグがどうしても戦闘の隙になりやすく、戦闘においては直接の後衛や援護と言った戦闘への参加よりも、神聖術とは違う形での治療や防御と言った徹底的な後方支援に徹することが多い。
と、基本的に生産や後方支援での活躍に価値を見出されている刻印魔術であるが、僕自身の意見として言えば、寧ろ、戦闘用の魔術としてその価値を見出している。
現在の所、刻印魔術は自動的に発動してしまう為に後方支援の魔術化しているが、逆に言えば刻印魔術を好きな状況で発動させる条件が見つけさえすれば、タイムラグの問題を解決することができる筈だし、何よりも応用の幅が大きいためにより強力で、且つ、多彩な魔術を発動することができるようになるはずだ。
現時点ではいくつかの技術的な理由でそれができずにいるが、もしかしたら近い将来にそれらを解決する方法が見つかるかもしれない。
何よりも、この魔術。
一瞬だけしか使えない詠唱魔術とは違い、魔力の尽きない存在に聖魔文字を刻み込めば、半永久的に魔術を使うことができるという、極めて強力な特性を備えている。
そしてその事実こそ、今の僕が握る大きな切り札なのだ。




