僕は元来、開けっぴろげな単純な人間は信用しない事にしている。事にそれが筋道の通っている事なら尚更だ。
少し短いかもしれませんが、とりあえず投稿します。
自分的には現行完成の目安は原稿用紙八枚分ほどなんですが、上手くいかないと六枚ちょっとになるんですよね。今回はその六枚ちょっとの方です。
しっかりと目の覚めた僕は、顔を拭いた後に洗面所を後にすると、今まで来ていた寝間着を脱いで服を着変える。
此処では勇者は騎士の着ているサーコートやチュニックを着ることが推奨されているが、この世界に来た時直後からの五十嵐・尚高の提案により、服装はそれぞれの役割に応じた物を着ることになっている。
『剣技と武闘の勇者』鮫島・桃花さんは、騎士の着ている服を中心に普段着は簡素なドレスを着て過ごしており、『拳闘と治癒の勇者』である夏目・智恵さんと、『預言と祝祷の勇者』である金子・睦美さんは、教会のシスターが着る修道服を着こんでいる。
そして、『魔術と知識の勇者』である僕は、上下の繋がったブラウスタイプの肌着とよく童話の魔法使いが着ているようなローブを着用することになった。
僕は着替えを済ませると、今日図書館に返却する魔導書や辞典などの各種の本を重ねてひもでまとめると、そのまま両脇にそれぞれ大量の本を抱え込んで僕が住んでいる城下町のアパートメントから抜け出して図書館へと歩いていく。
僕が城下町に住んでいることに、理由は大して無い。単純に図書館に一番近い距離にある住居地区が、城下町の一角だったというだけだ。
図書館での寝泊まりは厳禁ということで最寄りの町に住むことにしたのだが、正直後悔している。
毎日毎日図書館までの道のりを片道歩くだけでかなりの労力を使う。こんなことなら最初から図書館に住まわせてもらう様に交渉して置けばよかった。
徒歩五分ほどで図書館へとやって来た僕は、適当な場所で見つけた司書さんに借りていた本を押し付けると、今度はまた適当な本を手当たり次第に見つけて研究室という名の空き部屋へとそれらの本を持っていくために、図書館の時計塔の内部にある螺旋階段を上っていく。
おそらくはこの瞬間こそが、僕がこの異世界に来てから最大の試練をこなしているのだと思う。高さ数十メートルはあるであろう石造りの時計塔を重いハードカバー製の複数の魔導書を持って登っていくのは、正に苦痛の一言に尽きる。
僕は図書館の時計塔にある特別展望台に上がると、展望台の中央に設置されている本来は時計の整備などの作業用に設置されている机の上に、借りてきた本を並べてノート代わりに持ってきた羊皮紙の束を広げる。
そうして、魔術の勉強に入る前に、展望台の下に広がる王都の街並みへと視線を落とす。
時計塔の下に広がるのは、煉瓦と切り出された石を重ねてできた街並みであり、それを眺めていると、本当に異世界にやって来たんだなと言う実感が湧き上がり、そこはとなく興奮を覚えてしまう。
だが、それ以上にこの街並を眺めていると、胸の奥底から異様なまでに黒く、鈍く、軋むように錆び付いた異常な熱が僕の胸の内に湧き上がる。
「……当り前だけど、この街のどこかに今日もいるんだよな。五十嵐・尚高が」
★★★★★★
あの日、戦後最大の殺人事件の裁判中に実家が保釈金を支払って釈放している中、このウェブ小説にありがちな光と魔法陣によってこの異世界へと呼び出された。
オタクの端くれとしては恥ずかしながら、この異世界に来た時の事は、よく覚えていない。
異世界転移ものにありがちな「おお、勇者よ。世界を救って」とか、そんなテンプレート的なやり取りがあったぽいことは辛うじて覚えているが、五十嵐・尚高という人間を見た時にそう言う諸々のやり取りが頭が吹っ飛んでしまった。
恐らく、五十嵐・尚高と初めて会った日の事は生涯忘れないだろう。
こんなにも無条件で殺意が湧いた人間を見たのは始めてだったから。
その異常にいい子ちゃん面した外面と、何処か無邪気さを装った人を舐め腐りきったその瞳を見た瞬間、僕は自分の掌に切りそろえた爪が食い込む程の握力でこぶしを握り締めていた。
もしもあの時王様が口を開くのが一瞬遅かったら、まず間違いなく僕はあいつの顔面を腫れ上がるまで殴りつけた後に奴の首を絞め殺していたと思う。
それ程、衝動的な殺意と瞬間的な憎悪が僕の中に煮え上がり、未だにそのどす黒い激情の炎は胸の内に燻っている。
正直言って人生で此処まで生物として殺したい生命体を見つけたのは初めての事で、自分自身この感情の整理がつかず、持て余している。
傍目から見れば全能の勇者である尚高に対して、あくまでも魔術にしか適性を持たない僕が見苦しく嫉妬している様に見えるのだろう。
僕自身、僕の姿を見たらそう言うと思う。
物語的に言えば、世界を救う勇者に嫉妬して身を落とす魔導師と言ったところだろう。奇しくも、『魔術と知識の勇者』である僕は、役割的にも、それに似ている。
だが、僕が五十嵐尚高に抱いている感情は、そう言う複雑でかつ、分かりにくい感情ではない。
ただ、純粋に僕はあいつを殺したいのだ。
あいつに嫉妬しているという事は、最低限あいつに対して何かしら尊敬の情や、人としての敬意の様なものがあると思うのだが、僕があいつに対して抱いている感情は、人がゴキブリや毛虫を見た時に感じる怖気の走る憎しみや無意味に感じる恐怖に似ており、はっきり言って、僕はあいつの事を同じ生物としてみていなかった。
こうして時計塔の下に広がる街並みを眺めていると、この街のどこかにいるのであろう五十嵐・尚高の顔が思い浮かんで凄まじい悪意と憎しみが湧き上がるが、それと同時に、美しく異国情緒が溢れる街並みに憎しみが少しずつ打ち消されていく。
やがて、僕は煉瓦で出来た赤い屋根に覆われた、雪国を彷彿とさせる重く静まりかえった街並みをしばらく眺めた後に、町に向けて深く息を吐くと、机の上に並べた魔導書と筆記用具の群れに向き直る。
「……それじゃあ、今日も勉強するか」
そう呟くと、勇者の仕事である魔術の訓練へと勉強を行い始める。




