鮫島 桃花 第一話 泥に足もつれる生活に、雨はアルコールの匂いがした。
此処からはシトラス以外の話しが少し続きます
ちなみにこの章のエピソードのタイトルは、視点となる登場人物一人につき、一アーティストの歌詞や楽曲名をタイトル名にあてました。
今回は、amazarashiの『季節は次々死んでいく』の一文からです。
まずは『剣技と武闘の勇者』鮫島・桃花の視点になります。
私、鮫島・桃花は、右手に白金色の輝きを帯びた濶剣を握りしめ、左手に白銀色に輝く丸い小盾を構えると、目の前にいる緑青の浮いた青銅の鎧に向かって盾を体の前に押し出すようにして鎧に向かってぶつかっていく。
今私が相手にしているのは、生動鎧という騎士鎧に魔力を籠めて自由に動くようにした特殊な魔導具だ。
余り複雑な動きは出来ず、動作も緩慢な上に予備動作が大きく、何処に攻撃するかは一目瞭然で分かる上に、避けるのも簡単だ。
だが、見た目の鈍重さに比例してその重量は大きく、私が体当たりでぶつかってみても小動もしない上に、体力は魔導師が魔力を使い続ける間続くので、戦闘がどれだけ長引いても機械的な動きは何一つ衰えることなく続く。
私はそんな青銅の騎士鎧の懐に向かって、盾で顔を庇う様にしながら全力で押し出すようにぶつかると、騎士鎧は一瞬、鑪を踏んでバランスを崩した。
私はその隙を突いてブロードソードを騎士鎧の胴体と下半身の間に突きこみ、横凪ぎに切り払って胴体と下半身で切り離す。
二つのパーツに別れた騎士鎧はバラバラになった体となって地面に落ちると、そのままバタバタと手足をもがかせた。
そうして、騎士鎧がまともに戦闘を行えない状態になったのを、私は肩で息をしながら見守っていると、私に向けて呆れた様な溜息を吐きながら、何処か神経質そうな少し焚高めの男性の声が私に掛けられる。
「そこまで。本日の訓練はそれで終了です」
そう言って私の前に現れたのは、私に剣術を教える指南役であるシグルド・アイススピア大騎士だ。
ブロンド色の髪を短く切りそろえ、緑色の瞳をした端正な顔立ちをした彼は、何でも剣士として古くから続く名門の家系で、本人も相当の実力を持った剣士として若くして『白金騎士』の称号を得た英雄として名を馳せていた。
その経歴から、私にこの世界で良く使用されている剣術を教える指南役として任命され、私は彼に剣術に重点を置きながらも、武術全般を学んでいる。
私が習っている剣術は現在の所二種類だ。
マンゴーシュという短剣とレイピアという細い剣を駆使した二刀流の剣術と、バックラーという小盾とブロードソードという長剣を使った中世ヨーロッパの騎士風の剣術である。
このヨーロッパ騎士風の剣術を私たちの勇者の一人である立花君は『剣闘式』と呼んでおり、それに倣って私も最近は剣闘式という呼び名を使っている。
今、私が訓練している剣術は勿論剣闘式の剣術なのだが、剣術の様子を見た指南役のアイススピア氏は、大きく溜息をついて首を横に振った。
「全く、何一つ成長しませんね。貴方は。私は出来るだけ早くに倒す様に言いましたよね?
何故この錆の浮いた生動鎧一体を倒すのに、三十分もかかるのですか?『低級』程度の実力を持つ冒険者であれば、三分もかけずに倒すことのできる下等な魔物ですよ?それも、訓練の相手は魔術によって人工生産された自我を持たないただの操り人形だ。
鎧のつなぎ目を切り離して行動を不能にすること等、初歩の初歩。本来、この手の無機物が動くタイプの魔物を倒す最良の手段は、動力源となる魔力のつなぎ目を見切って、そこを破壊する事です。神々からの加護を受けた身であれば魔力を可視化する事も、その流れを見切ることもできる筈です。何故それができないのですか?一体この三ヶ月、貴方は何をしてきたのやら」
アイススピア氏は、端正な顔をわざとらしく横に振りながら、今日の訓練の様子を逐一数え上げてその悪かった点を数え上げては、なぜこんなことができないのかとため息混じりに責めたてる。
私に剣術を指南するこの男性騎士から、私は褒められたことがない。
だからだろうか。この指南役が私は嫌いだ。
それは単純に褒められないという理由では無く、私の動きの粗を細かく見つけ出して一つ一つ非難するその姿勢が、私の父に似ているからだ。
私は、渋面に歪みそうになる顔を頑張って抑えるが、それでもやはりこの指南役に対する反感が態度に出ていたのだろか。
アイススピア氏は私の態度に一瞬眉を顰めて何か言いかけたが、すぐに何か諦めた様な顔付きになると、肩をすくめて私に向き直った。
「もういいです。実戦訓練は終わりです。後は素振りと型稽古でもしましょう」
そうして、私はアイススピア氏の言う事に従って盾と剣を構えて素振りを始めるが、その素振りも元々余り運動神経の良くない私には難しい動きであり、アイススピア氏からはダメ出しの嵐が吹き荒れる。
「全く、何度も言わせないで下さい。盾はこういう風に構え、こう切り返すんです!あーもう!見てられないなあ!だから、こう」
そうして、私のヘタクソな素振りを見ている内に苛立ってきたのだろう。
アイススピア氏は私に盾の使い方を教えようと、不意に無造作に私の体に触れようとした。
「触らないで!!」
その瞬間、私は咄嗟に大声で叫んでそのアイススピア氏の手を叩くと、大きく距離を取って手にした剣を構える。
「……あ」
「…………そう言う神経質な所も直して下さい。我々は別に、深窓の令嬢の為に莫大な国費を使っている訳ではありませんので」
一瞬、自分が何をしたのか理解できずに頭の中が真っ白になるが、そんな私の内心とは裏腹に、私の指南役は私を見限った様な芯から冷たい声を出してそう言うと、そのまま今日の訓練を斬り上げて、稽古場を立ち去って行った。
立ち去る前の表情からして、アイススピア氏はどうやら私に対して余りいい感情は抱いていないのだろうが、一応、怒鳴りつける事や体罰に走らない分、まだ穏やかで話の分かる方ではあると思う。
ただ、私にだって言い分はある。女子の中では身長は高い方ではあることと、防御を重視した戦いを教える為に敢えて剣闘式の剣術を教えるというのがアイススピア氏の方針の様だが、正直、私はこの剣術が苦手だ。
防御を重視しているとは言いつつ、それは要は他人からの剣を直接受け切るという事であり、つい三か月前までは普通の女子高生でしかなかった私にそれを求める方がおかしいと思う。
元々荒事を得意としていない上に、ひとから殴りかかられるということ自体がトラウマ物の私は、最初にこの剣術を教わった時には、PTSDというのだろうか。恐怖のあまりに全身の筋肉が硬直して軽く痙攣してしまい、何もできずにその場に突っ立っている事しかできなかった。
正直に言えば、今だって殴り掛かられる事への恐怖で吐き出したくて仕方がない。
それでも、恐怖を押さえながら今まで必死になって訓練を続けて、今は漸くまともに戦えるところまでこぎつけたのだ。
そうして漸く歩みを進めることができた私の一歩は、他の人から見れば単なるカタツムリの歩みにしか見えないのだろう。
……そう思うと、私の努力や苦労の全てが何一つ意味の無い物の様に見えてしまうが、それでも無意味ではない筈だと自分に言い聞かせるように剣を握りしめると、私は誰も居なくなった稽古場で一人黙々と素振りと型稽古を始める。
「……死にたくなければ、生きるしかない」
そう自分に言い聞かせながら延々と素振りと型稽古だけを続けていく内に、気付けば夜になっており、私は稽古場を閉めにやって来た管理人の声でようやくそのことに気付くと、途端に襲い掛かって来た疲労と睡魔と戦いながら、王宮に用意された自分の部屋と戻って行った。




