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プロローグ2 覇王が如く。


「ああ、それと。魔王陛下、貴方は勘違いなさっているようですが、僕は勇者ではありません。昔も、今も。昔は、うだつの上がらない冒険者で、今はそうですねえ。言葉にするのなら、『マフィア』ってのが一番近いのかもしれませんね」


 そう言って、口元の紫煙を燻らせる青年に、魔王アポカリプスは茫然としてその場に立ち尽くした。


「勇者では、無い……!?いや、それよりも貴様の部下が此処に来た、だと……!」


 今まで漠然と優位に立っていたと錯覚していた魔王にとっては、青年の部下、それも大幹部が五人も雁首を揃えて登場するなどと言う事は、予想外の状況であり、あまりの衝撃に思わず足元が震えて、その場を一歩後ろに退いた。


「……馬鹿な、貴様の部下であれば今まさに、魔王軍の幹部である四天王が始末に行っているはずだ!こんなところにいる筈が無かろう!」


「ああ?四天王?こいつらのことかよ?」


 魔王の言葉に対して、そう言って軍荼利が懐に仕込んだ簡易的な召喚魔法陣を使って取り出したのは、ボロボロになった吸血鬼族の男であった。

 軍荼利に首根っこを掴まれたその姿を見た魔王アポカリプスは、今までのどこか泰然とした態度をかなぐり捨て、今度こそ絶句した様子で途切れ途切れに言葉を吐いた。


「ド、ラクロワ……!どうしたのだ、一体!」


「……………へ、いか……。もう、し、わけ……………」


 軍荼利が無造作に取り出したのは、吸血鬼族の貴公子として名を馳せ、容姿端麗にして文武両道と謳われた魔王アポカリプスの右腕にして、魔大陸が誇る最強の魔法剣士であった『美剣』オーギュスト・ドラクロワの変わり果てた姿であった。


「まあ、幹部と言うだけあってなかなか楽しめたがよ。四人がかりで俺に一太刀浴びせるのが精いっぱいってんじゃあ、幾ら何でも物足りねえよ」


 だが、怒りとも驚愕ともつかぬ顔で固まる魔王に、軍荼利はそう言うと首根っこを掴んだドラクロワをガラスの破片が散らばる床の上に放り投げると、そのままトドメとばかりに倒れたドラクロワの腹を蹴り飛ばしてアポカリプスの前に弾き飛ばした。


 乳兄弟としてして育ち、親友であるだけでなく義兄弟としても過ごしてきた最も信頼している部下を無残にされた上に、無造作に蹴り転がされた姿を見た魔王は、その顔を怒りと憎しみで禍々しく歪めると、迸る激情を怒声に変えて周囲の衛兵たちに命令する。




「こいつ等を生かすな!この場で皆殺しにしろおおおおおお!」




 その言葉と同時に魔王城は惨劇と化した。


 

 謁見の間に控えていた衛兵たちは武器を構えていたものは魔導具の武器に素早く魔力を流して青年たちに躍りかかり、


 杖を持っていたものは流れる動作で杖を構えて呪文を唱えて魔術を発動して青年たちに撃ちだし、


 魔王に随伴していた魔獣たちは鈍く光る牙を剥いて青年たちに襲い掛り、









 そして其の全ての者たちが、一瞬で血飛沫と悲鳴を上げて死体に変わった。









 魔王の言葉で少年に躍りかかった衛兵たちは、絶え間なく鳴り響く発砲音の前に体中に穴の開いた死体となり倒れ、ケルベロスの牙や爪が青年に掛かる前に、魔王の使い魔となった魔獣たちは一瞬のうちにその首を斬り落とされて物言わぬ獲物に変わった。


 目の前の光景に魔王が絶句する暇もなく、肝腎の魔王さえも脇腹や手足を撃ち抜かれてその場に這いつくばり、白亜の大理石の上に真紅の血溜まりが広がるのを見ることしかできないでいた。


 姿かたちが人から離れた異形の魔族や、動物の姿を兇悪に変化させた魔獣と言えども、体の中には赤い血が流れている。

 死体になった魔王の部下たちは、身体に開いた傷口から体に残った全ての血液を流し尽くす様に、魔王城の謁見の間を赤く染め、その命の水溜りの上を今まで魔王と相対していた青年が、肩で風を切る様に歩いて来た。


 コツコツと堅く鳴る革靴の音を響かせて倒れ伏す魔王の前にやってきた青年は、血溜まりとその下に散らばるガラスの破片の中に倒れ伏した魔王を見下ろすと、一度煙草の煙を吸って冷たく言い放つ。



「魔王陛下。貴方は三つ勘違いをしている」


 指に挟んだ煙草の灰を落しながら青年はそう言うと、ちらりと首を捻って後ろの部下を眺めた。 


「第一に、確かに僕は弱い。貴方でなくても、貴方の下で働く雑魚衛兵一人にさえも殺されるほどの弱さだ。

 だが、別に僕の部下は弱いわけじゃない。寧ろ、純粋な戦闘能力だけならば、一人一人の強さは世界最強であると自負している」


 そして、青年は這いつくばった魔王の目の前に足を踏み下ろした。

 魔王は思わず何のつもりかと、青年を見上げて睨みつけるが、青年はさして興味もなさそうに魔王の顔に煙草の灰を落した。

 焼けたばかりの灰が目に入り、魔王は左目に走った痛みに思わず顔を背けたくなるが、それは今の屈辱以上に惨めな気がして青年を睨みつける。

 その怒りの眼差しに青年は感嘆の声を上げると、流石に気概は有りますね。と、口元だけを笑みに歪めて嬉しそうに呟き、話の続きを口にする。

 

「第二に、そもそもの話し、魔国は確かに魔王陛下。貴方の国だが、僕無しで成立する様な国では無い。

 この国の貿易を支える海港も、この国の兵士が使う武器も、市民が日々口にする食事一つでさえも、僕の力無しでは用意出来ない。もし僕が敵になれば、それ以前にこの国から居なくなれば、明日にでも滅びるのは人間界では無く、この国だ。それが分かっているからこそ、今回このような交渉の場を設けたのでしょう?」


 誇るでもなく、驕るでもなく、ただ淡々と事実を口にするように言う青年の言葉に、魔王は怒りを噛み殺す様に奥歯を噛みしめると、青年に向けて鈍く痛む足を押さえながら、呻くように青年を睨みつけた。


「……何故だ……。何故これ程の力を持ちながら、今まで我等におめおめと従っていた……。その気になれば、いつでも我等を殺せただろうに……?」


 魔王の憎々し気な口調の発言に、一瞬、『大看板』の立花・喜兵衛は腰元の刀に手を掛けたが、青年はそんな喜兵衛の気配を察して手で軽く制止した。


 青年は喜兵衛が刀から手を離したことを肩越しに確認すると、この状況で魔王としての矜持を失わないその姿に軽く感心して魔王の目線に高さを合わせる為にその場にしゃがみ込み、足元の血だまりでタバコの火を消して魔王の瞳を覗き込んだ。


「それが三番目の勘違いだ、魔王陛下。僕が今まで貴方と戦おうとしなかったのは、単純に貴方の生き死にに興味がなかっただけだ。利用価値があるならば生かしてもいいが、無いなら別に殺してもいいかな。とそう思っていただけに過ぎない」


「……何だ、と!………では、……何故、今更になって、……動き出したんだ…………!今までにも、……俺がお前に接触したことは幾度もあった筈だ。何故、今になって俺を利用する気になった……!あるいは、殺す気になった……!別に、今動くべき理由は、貴様らにはないはずだろう?」


「そうですねえ……。特に理由は無いんですが、…………強いて言えば、仔猫かな?」


「……は?」


 息も絶え絶えになって質問する魔王に対して、少しばかり考え込むようにして青年が口にしたのは、この場と状況に最もかけ離れた言葉だった。

 意味の分からない言葉に間が抜けた声を出して青年を見上げる魔王に対して、青年はその場を立ち上がると両手で猫の大きさを示す様に丸を作って、いきなり世間話の様なことを話し出した。


「この前ね、王都の酒場の前で仔猫を拾ったんですよ。親猫と一緒に、そうですね六匹ほど。

 それで、ちょっと里親を探していたんですよ。そしたらね。そのうちの一人が言い出したんですよ。

『上司が猫嫌いなので、家で飼うのはちょっと難しい』って。まあ、別に飼うなとか言われている訳では無いんですけど、どうもちょっと性格的に怖い人で、何となく遠慮しちゃうらしいんですよね。…………それじゃあ、しょうがないかな。と」


 そう言って言葉を切ると、青年は倒れ伏す魔王の茫然とした瞳を見下ろして、言う。





「取りあえずこの国の一番偉い人に、法律でも作ってもらおうかな。と、思いまして。『上司とか関係なく、好きな動物飼っていいよー』って」






「……………それ、……だけ……?それ、だけの、……為に、こんな襲撃事件を…………?」


「そうですよ?それ以外に必要ですか?理由?」


 魔王を倒し、魔王城を陥落(おと)す理由が、猫の子一匹の里親探し。


 余りにも馬鹿馬鹿しい理由に愕然とする魔王アポカリプスに対して、青年はまるで喫茶店でコーヒーを頼むような気やすさで魔王の言葉を肯定した。


「フ、ふざけるなよコゾおおおおおおおお!!!」


 その返事に、魔王は絶叫する。


 銃弾に撃ち抜かれ、力の入らない四肢に力を籠めながら立ち上がろうとする魔王は、煮え滾る怒りを形にするように、或いは、踏みにじられた魔王の矜持を見せつけるかのように。


「此処は、此処はァ!遍く魔族の中心たる魔王城『カストラ・マキシマ』である!!!

 此処に立って良いのは、この大陸で最も力ある者だけだ!!此処に来て良いのは、この城の主に力を認められた者だけだ!!

 この城は!この場所は!数万年の歴史の中で、ただ強者だけが立ち入ることを許された、頂点の景色だ!

 この城の中心に立つ強者には、この大陸を治める義務と!この国の平和を守る責任がのしかかるんだよおおおお!

 それが、それが、猫の子一匹の為に揺らぐこと等、遭っちゃあいけねえんだよおおおおお!!!」


 魂の怒声を、憤怒の叫びを張り上げながら、這いつくばっている床から立ち上がろうとするその気迫は、鬼気迫り、尚も死に体になっても尚、力に屈することなく立ち上がろうとするその姿は、まさしく魔王であった。


 青年はそんな魔王に対して、スーツの懐から取り出した風の魔術を籠めた拳銃型の魔導兵装である『ベレッタ』で乾いた発砲音を鳴らして、その手足を改めて撃ち抜いた。


 再び床の上に這いつくばる魔王に対して、その頭を勢いよく踏みつけて青年は冷たく言い放つ。


「ご高説ありがとう。だが、今立っているのは僕だ。魔王陛下」


 そう言うと青年は、靴の裏で呻く魔王の顔を爪先で上げて、屈辱と怒りで歪むその顔を見下ろした。


「魔王陛下。これがね、強いってことなんですよ。貴方の覚悟も、地位も、価値観も、何も関係ない。

 ただ、僕が興味を持っているか否かだけで全てが決まる。魔国の平和も、市民の自由も、全ては僕の気まぐれ次第。

 それがね、本物の力ってものなんですよ」


 革靴で無理矢理上を見上げさせた青年の顔には、未だに侮りも嘲りも映ってはいなかった。

 それはまるで、虫けらを見る人の眼だった。


 舐めているのではない。舐めるまでもないのだ。


 人が蟻を踏み殺すのが当然の様に。道出たまた見つけた意志を蹴り転がす様に。


 この童顔の青年にとって、魔族と魔物の犇く暗黒大陸の王である魔王の命など、道端で虫を殺した程度の意味しか持たないのだ。


 青年は手にして『ベレッタ』の照準を魔王の眉間に合わせながら、最後の質問を問いかけた。


「さて、魔王陛下。貴方に選択肢を上げましょう。一分以内に決めてほしい。今すぐ貴方の持つ全ての財産を僕に差し出して僕の元で生きるか、それともこの場で死ぬか。……なるだけ早めに決めてくれ。今夜は大切な女性を待たせているんだ」
















 この日、エッダ大陸の南方にある魔物たちに支配されるエクリプス大陸、通称暗黒大陸は、エッダ大陸出身のマフィア、『シトラス・ファミリー』のボス、シトラス・レモングラス親方によって支配されることになった。


 後に、この時の魔王であったルドラ・アポカリプスは己の半生を振り返ってこう述懐している。


『私のやっていたことは、単なる魔王ごっこに過ぎなかった。あの時程、自分が道化であることを思い知った日は無い』




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