第十四話 勇者の配当
これは本来、十五話以降の話しのつもりで、本当はほかの勇者の話を書くつもりだったんですが、何東夷か、話し的にこちらを先に持ってきた方が盛り上がる感じがしたので、先にこいつの話しだけあげときます。
あと、あけましておめでとうございます。旧年中に更新できなくてすみませんでした。
さて、こうして『世界真理の勇者』と呼ばれる勇者が召喚され、僕達世界各国の勇者が召喚されてから一か月が過ぎたが、その中でナオタカ・イガラシ……。本人曰く、五十嵐・尚高という名前の勇者は、『全能の勇者』という名前に相応しく、目覚ましい才能を見せていた。
主神であるエレクト様からの加護を始めとして、その他諸々の善神から祝福を一斉に浴びたその能力は凄まじいの一言に尽きた。
武術を使えば強力な魔獣を一撃で殺し、剣の一振りで歴戦冒険者を吹っ飛ばす。
魔術を使えば強力な魔術を自在に操り、人類圏の賢者に匹敵する魔法を簡単に操る。
神聖術を使えばあらゆる奇跡を起こし、強力な力を持つ神官よりも多くの奇跡を振るう。
そんなナオタカを宮廷官僚や大貴族の人間が放っておく筈も無く、今日も尚高の周りには多くの人間が付きまとっていた。
「ごめんなさい。ベルーナさん。今日の訓練でも僕はあんまり活躍できなくて……。折角、毎日徹夜で僕に魔術を教えてくれているのに、全然結果を残せなくて」
「いえいえ。確かに、ナオタカさんは今日の魔術戦ではキヘエ殿を相手に引き分けに終わりましたが、魔術の勇者である彼を前にして常に攻撃魔術で圧倒していました。勝負の内容的には寧ろ勝利と言っても過言ではありません!それに、先日の魔術戦よりも……。ナオタカさん?どうしました?急にそんな不機嫌そうにして」
「ベルーナさん、ナオって呼んでって、昨日言ったじゃないですか。それなのに何でそんな他人みたいな言葉遣いをするんですか?」
「そ、そんな。此処は公共の場ですよ?そんな恥ずかしい真似」
「言ってくださいよ。じゃないと僕、今夜の魔術の勉強サボっちゃいますからね」
「そんな、……それじゃあ、ナオ」
「ハイ。何ですか?ベルさん」
冷徹な雰囲気のファッションとは裏腹に、完全に緩み切った表情で尚高の事を褒めちぎる宮廷魔術師を務める女官は、尚高の言葉に顔を赤らめながら、甘い声を出して尚高の腕に自身の腕を絡める。
そんな二人のやり取りに不意に、横から入って来る大きなドラ声が聞こえてきた。
「全く、調子の良い男だな。イガラシ殿!まぁ、そう言う所が貴公の良い所ではあるが。とは言え、我ら近衛騎士団を相手に一本を取れぬままでは、我らは貴公を勇者と認めることは出来ぬぞ?」
「分かってます。僕はまだまだ未熟者ですからね。これからも団長に扱かれて、もっともっと強く成りたいんです!だからロベルトさん。これからも訓練の教官をお願いしますね?」
「ふははは!全く、そう言う潔いところは貴公の最も素晴らしい長所だ!大事にするのだぞ?そう言うヤル気に漲り、不屈の闘志を滾らせている所など、まるで昔の頃の俺を見ているようだな!イガラシ殿!貴公は将来絶対に大物になるぞ!この俺、ロンダニア連合王国の近衛騎士団団長にして、王国軍第一軍司令のロベルト・アルトリウスの名に賭けてもいい!」
そう。ナオタカは、『全能の勇者』としての実力だけでなく、そのルックスと共に話術に長けている事から、女性や目上の人に好かれやすく、特に女性の扱いに関しては、童顔でウブな見た目に反して一目見ただけで落として行くことから、国軍の下級兵士からは『女殺し』なんて異名で呼ばれる様になっていた。
だが、それは大貴族や騎士団の団長と言った上層部からの評価でしかない。
★★★★★★
正直な感想を言わせてもらえれば、僕の眼から見てイガラシ・ナオタカという人間は、とある一点を除けば、取るに足らないただの人間どころか、それよりも下のどちらかと言えば劣等生的な人間であるように思えた。
実際の所、彼の使う剣術や武術の技術自体はお粗末なもので、やたらめったらに斬りかかっているだけの素人の剣だ。
それでもそれなりの修羅場をくぐり抜けた人間か、ズバ抜けた才能を持つ人間ならば、その素人の剣にもある程度の冴えの様な物を感じることが出来る筈なのだが、ナオタカの剣にはそういう輝きの様な物が一切無く、ただひたすらに目標物に向けて滅茶苦茶に斬りかかっているだけに過ぎない。
それでもその剣術が凄まじい威力を発揮しているのは、偏にナオタカに与えられた神々の祝福による効果であり、根本的な技量や力量に関して言えば、むしろ騎士団に入りたての新米騎士よりもはるかに劣る者であった。
それは剣士や戦士だけでなく、術士や法師の面からも言えることであり、その事実は僕だけでなく実力派と呼ばれる冒険者の多くや、たたき上げの軍司令官、実戦経歴の有る貴族程その評価は顕著だった。
正直、勅命でない限り、冒険者としては絶対に組みたくない相手だった。
特に、ナオタカが冒険者たちから顰蹙を買っているのは、女癖の悪さだ。
ナオタカのプレイボーイぶりは留まるところを知らず、僕達がロンダニアに来て一か月も経つ頃にはその噂は城下の街にまで広がり、町娘の中には尚高に抱かれる為に街を出歩くものも多いと聞くようになった。
当然のことながら、同僚となる冒険者や同格の騎士達と言ったそんな尚高を認めない者も多く、女性の中には女癖の悪さから露骨に尚高を敬遠するものも居る。
しかし、そうした部下や同僚からは好かれていない事が、逆に自分達の境遇と重ね合わせやすいのか、上側の人間には不憫で可哀想な身上に見えるらしく、尚更可愛がられる結果となり、その悪評の強さ故に、実際に会った尚高の誠実そうな見た目に惹かれて多くの女性が落ちると言う循環が出来上がり、ナオタカの女癖の悪さに拍車をかけていた。
当然のことながら、騎士団の訓練をおろそかにし、それでいて女性や上司にもてるような奴が勇者と持て囃され、更にはそいつが戦いの結果を握る重要な役目を担っているとなれば、彼の部下になる人間が不満を持たない筈が無い。
同盟軍の中に流れる空気は、上層部の人間が異世界から来た勇者の力が本物である事に湧き返る反面、下層の人間は、尚高と言う良くも悪くも明るいだけの人間に対する鬱屈が溜まり、勇者賛成派と勇者反対派に分かれると言う、何処か歪んで澱んだ空気が流れていた。
だが、僕が彼について恐ろしいと思っているところは、女性や上司に好かれることじゃなく、危険に対してどういうワケか異常に敏感だという事だ。
例えば、ある女性貴族と尚高が関係を持った時のことだ。
その女性貴族は婚約者がいる身でありながら尚高の愛人になったが、妊娠してしまいその事が婚約者側の貴族にバレてしまった。
しかし、その時には既に尚高とその女性とは別れており、更には別れる際に密かに大貴族の息子が二人の間の仲介人となってしまった事から、様々な利権からこの事を表沙汰に出来なくなり、結局その女性貴族は妊娠した子を中絶してしまった。
婚約者は彼女の事をどうやら本気で愛していたらしく、それからも婚約自体は続いているらしいが、そんな噂話が流れて以降、社交界で浮名を流していた二人の名前はすっかり聞かなくなってしまった。
これ以外にも、人妻に手を出しただの。尼僧に手を出しただの。貴族の娘に手を出しただの。兎に角手を出したら騒ぐだけでは済まない様な、危険な女遊びの話には事欠かなかったが、尚高は致命的な問題が起こる前に彼女らとは手を切り、不思議と彼を庇ってくれる様な庇護者を見つけては問題を起こす度に闇の中へと消していた。
こうして、尚高は時に危険な人物との適度なつながりを持ち、女とみればところかまわず口説き落としていながら、致命的な問題に関してはすんでの所で上手く逃がれており、僕にはそれこそが尚高の隠し持つドス黒い内面の一角を表しているように見え、実は彼がまだ何か言葉にすることのできない悍ましい本性を隠し持っている様に見えて仕方がなかった。
正直、この世界に彼等を呼んだ神々は、尚高に最も高い戦闘能力を与えているが、それがたとえ神の深遠な考えのもと起こされた現象であったとしても、尚高の持つ才能とやらが人類に対して利益になる様な事を巻き起こすとは僕には考えられなかった。
しかし、そんな下級階級の嫉妬と不満の声とは裏腹に、勇者達には国王から貴族に取り立てられる事が決められ、特に『全能の勇者』たる尚高には公爵と言う一際大きな爵位が与えられた。
国中が勇者にして新しい大貴族の誕生を祝う中、軍部の人間は能力が未知数である尚高が特に高い評価を受けた事で、益々内部の亀裂は深刻化して行く事になった。
僕には、『魔王軍』との戦争云々ではなく、人類は尚高の手によって滅ぼされる未来が見える様に思えてならなかった。