第十三話 世界が呼び出した五人
「それでは、今回の軍の要となる『世界真理の勇者』を諸君らに紹介しよう!」
オーガスト国王の合図とともに謁見の間の扉が開かれると、そこから女性三人、男性二人の五人の勇者たちが入ってきた。
そうして僕達冒険者の前に姿を現した五人の勇者であるが、正直な感想を言えば、見た目からでは全員頼りない普通の少年少女のようにしか見えなかった。
女性たちに関していえば、三人が三人ともタイプは違うが整った顔立ちをした美女と言って差し支えない人達であったけど、その三人ともどこか筋肉が薄く、身のこなしも無駄が多いように見えた。
それは男性陣も同様で、女性陣に続いて出てきたのは、眼鏡をかけている痩せぎすで背の高い男と、それとは逆に、人当たりのよさそうな穏やか笑顔を浮かべている少し背の低い少年の二人だけで、見るからに鍛えられていないことがわかる体つきをしている彼らは勇者というよりも、学生という雰囲気が強いように思えた。
純粋な戦士職でない僕でさえそう見えたのだから、前衛として戦うことの多い冒険者たちから見れば彼らの実力の低さは明らかだったのだろう。
そして、彼らがこうして姿を真面に公式の場所に表すのは初めてだったらしい。
冒険者だけでなく騎士や貴族たちも同様で、勇者の実力を不安視する声や、彼らを訝しがる声が相次ぎ、中にはあからさまに彼らを侮る言葉さえも聞こえてきた。
グラウカさんやエスメラルダさんに至っては、単純に初めてのお使いに行く子供を見るような目で勇者たちを見ていた。
まあ、しょせんは貴族たちが勝手に期待していただけの勇者ではあるが、いざ実際に現れた勇者の姿がここまで理想と違えば、期待されていた分だけその評価は低いものにならざるを得ない。
そんな広間の空気をあえて無視して、オーガスト国王は先ほどと変わらぬ、堂々とした声を上げて五人の紹介を始めた。
「この場に集まった諸兄らに紹介しよう!ここにいる五人こそが、神々の導きの元、我らの勇者召喚に応じてこの世界に来訪された『世界真理の勇者』である!」
そう言って、大仰な身振りで五人の勇者を指し示したオーガスト国王は、最初に背の低い穏やかな笑顔を浮かべた少年を広間の前に呼び寄せた。
「まずは、主神たる雷神オーム様を始めとして、善神たる至上の七神の加護を受けた『全能の勇者』ナオタカ・イガラシ殿!!」
朗々とした声でオーガスト国王はそう言うと、ナオタカと呼ばれた少年は少し恥ずかしそうに頭を掻きながらその場を下がる。
その印象はどこか地味な印象が拭えなかったが、どこか庇いたてしたくなるようなその自然な姿を見た広間に集った人間は、何かほほえましい物でも見たように少しだけ頬を緩ませていた。
あとから思い返せば、もしかしたらこの瞬間からナオタカの呪縛とでもいうべき物は始まっていたのかもしれない。
だが、この時はそんなことを知る由もない僕たちは、そのまま次の勇者の紹介を受ける。
「次に、戦神たる女神ヴィクトリア様と始めとして、聖武の三神の加護を受けた『剣技と武闘の勇者』トーカ・サメジマ殿!!」
次にオーガスト国王の言葉でトーカと呼ばれた少女が前に進み出た。
トーカと呼ばれた少女は、楕円形をした怜悧な印象を与える眼鏡をかけた黒いロングストレートをした少女で、スレンダーながらも背の高い少女で、痩せぎすの青年と同じほどの背丈をしていた。
トーカは、国王の言葉が終わるとともに軽くお辞儀をして下がると、そのまま冷徹な眼差しで広間を眺めていた。
「次に、地母神たるテイルス様を始めとして、三聖母の女神の加護を受けた『拳闘と治癒の勇者』ムツミ・カネコ殿!!」
次にムツミと呼ばれた少女は、茶色の髪に褐色の肌をした豊満な胸をした少女で、どこか無気力ながらも勝気そうな眼をして国王に呼ばれた通りに広間に進み出ると、軽く会釈してその場を下がった。
「次に、輪廻神たるアムール様を始めとして、五尊の聖神の加護を受けた『預言と祝祷の勇者』チエ・ナツメ殿!!」
ムツミという少女の後に進み出たのは、三人の中で一番背の低いが、三人の中では一番胸の大きい少女で、どこか男の庇護欲を駆り立てるような臆病そうな瞳を潤ませてその場を進み出ると、そそくさとお辞儀をしてその場を下がった。
そうして最後に、丸い眼鏡をかけた痩せぎすの背の高い青年の前に国王は進み出た。
「最後に、文明神たるエレクトロン様を始めとして、四賢の魔神の加護を受けた『魔術と知識の勇者』キヘエ・タチバナ殿!!」
そう言われて広間の前に進み出た青年は、どこか挙動不審気味にしかし周囲を鋭く睨みつけるような様子で広間の様子を眺めると、どうも。と、ややどもりながらそう言って下がる。
そうして五人の勇者の紹介が終わるなり、オーガスト国王は玉座の前に進み出た。
「これにて、五人の勇者の紹介を終える!今はまだ呼び出されたばかりであるために、勇者殿も冒険者の者たちも何をどうして良いかわからぬことが多かろうが、これからの大雑把の予定だけは伝えておくので、それに対する備えだけをしていてくれ。
まず、勇者の皆様にはこれからしばらくの間は戦闘に備えて訓練に励んでもらうことになる。
勇者の皆様の準備が終わり次第、騎士団に所属する諸君。およびそれらの雇い主である各貴族の者たちは、神聖軍が成立しだい、戦場に出向いてもらう。
世界各地より集められた特級冒険者の諸君には、騎士団の予備隊として出陣してもらう。同時に、これから起こるであろう過酷な戦いに備えて、諸君らの知恵や技術を国軍に伝授してもらえればとも思う。
それでは、明日から魔王軍打倒に向け、今日は英気を養ってもらおうではないか!アルフリード!準備している宴を始めるぞ!」
そうして始まった宴だったが、それは初めて見た勇者の頼りなさと冒険者と貴族たちとの間にある溝を浮き彫りにしただけで、終始盛り上がりもなく終わった。
魔王軍討伐の為に開かれた最初の宴は、あまり幸先の良い印象のあるものではなかった。
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こうして、僕達が『神の勇者』の予備パーティーになってから一週間が経った。
さて、そうして呼び出された五人の評価は見る人によってまちまちであったが、総合的な評価は『凡人の域を出ない』と言った所だと思う。
例えば剣術などは、一人一人に剣術を教えた騎士団の団長曰く、「これならば新兵訓練と変わりはしないな」と、苦笑交じりにそう評価されたほどだ。
そのほかにも、魔術や神働術などの特殊な技術に関しては、勇者召喚の理論通りに巨大な魔力を秘めてはいたものの、魔術の暴発を恐れて及び腰になったり、神働術の発動に必要な祈りの詠唱を忘れたりと、これ自体はよくあるミスではあるのだが、それゆえに五人の勇者が人々が思っているよりも才能に満ち溢れたような優れた人間ではないという事が日に日に明らかになっていた。
実際に、僕の目から見ても、彼らは魔力の多さや、神々から与えられた加護の多さ、それに肉体の精強さといった基礎的な戦闘能力こそ高いが、技術に関しては素人どころか、そこらの子供に毛が生えたようなものでしかなく、もしかしたらスラム街の悪ガキの方が戦闘の技術という面に関しては勝っているかもしれなかった。
何よりも、そもそも彼らには戦いを行うという状況に対する精神力が無く、実戦まがいの稽古をつければ、必ず防戦一方の戦いに持ち込まれた挙句に、新人兵士に気合で負けるのが常だった。
こうして、当初期待されていた『勇者』の理想からかけ離れていた五人に対して、世間からの評価は当然芳しくなく、徐々に勇者たちに対する懐疑的な意見が王宮内では溢れかえるようになっていた。
だが、ごく一般的なそんな評価の中、異質なまでに評価されていたのが、『全能の勇者』ナオタカ・イガラシと言う男だった。




