第十一話 時には暴言を
すみません。本当はこの話で五人の勇者を出すつもりだったんですが、内容的に『勇者召喚』に対する説明話になってしまいました。後、作者も書いていて気づきましたが、シトラスって元の性格からして権力って奴が嫌いだったんですね。これは後で嫌われますわ。
ついでに言うと、エスメラルダさんは作者がこの話で書いていて気に入ったんで、暫く活躍させて、いずれ殺します。
カタルシア公国からロンダニア連合王国までの旅路は、思っていた以上に順調に進んでいた。
船内には、僕たち以外にも名を馳せた上位の冒険者が多く集められており、彼らが順風満帆な旅路に湧き返る中、僕は正直、その順調さが疎ましかった。
故郷から最速最短で離れていく船足が、まるで僕を日常から抜け出ることのない非日常に連れ出していく様で、船の旅には身の安全以上の捉えきれない不安しかなかった。
船上から見えるカタルシア公国の澄み切った瑠璃色の海は、ロンダニア連合王国の存在する北海に近づくにつれ、徐々に北海に特有の鼠色を思わせる重い青色をした海に変わり、僕は日毎に変わりゆく船上の景色に揺られながら、胸の中の不安を益々強くしていった。
エスメラルダさんと初めてまともに対話したのは、そんな日々も終わりに近づき、後二、三日で目的地のロンダニア連合王国の首都につくかどうかと言う時期のことであった。
「……何の用ですか?」
何とはなしにただ海を眺めていた僕に近づいてきたエスメラルダさんに気付いた僕は、自分でもわかるほどに不機嫌な声でエスメラルダさんに話しかけていた。
初めて会った時には髪を肩口で短く切り揃えていたエスメラルダさんは、この船旅の間中に少しだけ髪が伸びて最初に在った時よりも柔和な印象を受けるが、それでも最初の印象から全く変わらない生真面目な顔で頭を下げた。
「すまない、シトラス・レモングラス。事情は後で知った。何でも、冒険者ギルドのギルドマスターからの独断によって無理やりこの旅に加えられてしまったと。本来であれば、君達は一般人として保護の対象になるべき人達だ。それをこの様な旅に、この様な形で参加させてしまった事は本当にすまないと思う」
僕達の家に来た時とは違い、やけに神妙な顔をして僕に話しかけるエスメラルダさんの様子に、僕は思わず冷笑を浮かべながら海を見て吐き捨てる。
「それを知ったのなら、今から帰してくれませんかね。そうでなければその謝罪にも意味はありませんよ」
「……それは、……正直難しいと思う」
僕の嫌味に対して、エスメラルダさんは絵に描いた様な歯切れの悪さで僕の質問に答える。
それだけでもこの人の誠実さ自体は伝わるが、その言葉は暗に僕達四人をこの戦争から解放する気が無いという返事であった。
言っている本人もそのことを理解しているのであろう。僕の無言の返事に対して、何か言おうと何度か口を開いては結局言葉にならずに口を閉ざし、最終的に露骨に話を切り替えただけだった。
「…………ただ、この戦が終れば平和な世界で暮らすことができるのだ。それを最大の報酬として冒険者を引退することが、最高の花道であると思う」
ややためらった口調になりながら拳を握りしめて力説するエスメラルダさんの姿は、少しでも誠実であろうとする彼女の性格を表しているようで見ていてほほえましかったが、だが言っている事には少しも共感できず、思わずさっきよりも冷たい口調で反論してしまう。
「そうですね。その時まで全員生きていられれば、最大の報酬になるんでしょうが。でも、冒険者が戦争に出て生きて帰れる例は十人に一人ですからね。僕たち全員がその一人になれるかどうかは、疑問が残ります」
「……だが、物は考えようであろうと思う。今回の戦にはただの勇者ではなく、異界から召喚されたといういわば『世界真理の勇者』が我らに助力されるのだ。幾星霜と続いた魔族との戦争も、此度の戦いで一撃の元、我等の勝利で終わる筈だ」
僕はその言葉を聞いて、思わず冷めた目でエスメラルダさんを見た。
一瞬、エスメラルダさんは体を震わせて身構えたが、そんな彼女に向けて遠慮なく僕は今まで隠していた本音をぶつける。
「……どうでしょう?僕はあんまり楽観視できません。異世界から勇者が来たから勝てるほど、戦争って甘いものでしょうか?そもそも、得体の知れない世界から呼び出した、得体の知れない存在を英雄と奉る事自体、僕には浅慮で無思慮な、無謀な行いに思えます」
それはそもそも、『勇者召喚』という秘術の存在を知った時に抱いた感情だ。
今では『世界真理の勇者』と呼ばれ、人類の救世主であるかのように持て囃されている彼らであったが、それは単純に言えば『魔術の理論上彼らが強いから』持て囃されているだけであり、実際に彼らが本当に強いかどうかは未知数なのだ。
更に言えば、この世界に召喚された彼らの人間性が必ずしも『勇者』に相応しいものであるかどうかは疑問が残る。
それは、『勇者召喚』という魔術の理論上の欠陥であった。
『勇者召喚』とは、簡単に言えば異世界から『勇者』を召喚しさえすれば、その勇者には多数の神々の祝福と膨大な魔力が付与され、強力な人間兵器になる。という魔術だ。
この際、呼び出される人間がどういう人間性をしているかどうかというのは、召喚する側からは決定することができない。
つまり、呼び出された勇者がもしも人類に対してすさまじく絶望し、この世界に存在する人間を全て殺してやろうと考える魔族側の人間だった場合、人類はみすみす自分から強大な災いを呼び寄せてしまうことに他ならないのである。
にもかかわらず、世界中の人間は異世界から来た勇者が救世主であるに相応しい人格を持っており、絶対に人類にとって素晴らしい異形を成し遂げてくれると信じている。
それは、神々が祝福を授ける人間が悪い人間であるはずがない。という、一重に神に対する信仰心から来る盲目的な思いからだ。
確かに、この世界では神々は優れた人格を持った人間には祝福を授けるし、一度祝福を授けた人間が神の御心に逸れる行いをすればその祝福を失われる。
そう言う意味では、勇者は常に神に監視されており、そこから外れる行いをすればすぐにわかるし、そうならない様に努力するであろう。ということは誰にでも予想は出来る。
だが、此処にも実は落とし穴が一つある。
それは、勇者を祝福する神々が必ずしも人間側の神々であるとは限らない。という事である。
この世界には確かに神々が多数存在しているが、その全員が人類に対して好意的であるわけではない。というよりも、大半の神々が人類に対してさほど興味がなく、自身が気に入ったり、自身を崇める存在であればどんな存在でも加護や祝福を与えることは広く知られている事実だ。
例えば、破壊と暴力の神であるバルズは一般的に魔族の中の大鬼族に崇められることが多いと言うが、人類の中にも勿論彼を崇める存在もいるが、彼等はおおよその場合は邪教徒と呼ばれて弾圧迫害される傾向にある。
もしも、この暴力の神が召喚された勇者に祝福を授けた場合、その人物が果たして人類の為に戦ってくれるような人間性を持っているかどうか。持っていたとしても、味方で居てくれるかどうか。それは甚だ疑問が残る。
つまり、『勇者召喚』という大魔術は、魔術の規模こそ大きい物の、やっている事は単なる運だめしの宝くじにすぎないという事だ。
正直、人類の存亡をかけた戦いと言いつつ、やっていることが宝くじを引いて神頼み。という人たちに対して、僕は信用を寄せることができない。
それに加えてもう一つ。
「そもそも僕は、勇者や英雄の様な特殊な才能を持つ人々を神聖視する事その物が危険だと思っています。
古今東西、英雄であった人間が英雄を全うした例は多くはありません。多くの場合は、英雄と讃えられた事に胡座をかいて権力や富貴、あるいは色欲に溺れて没落していきました。
そして、英雄が英雄を全うした時は、負け戦で死んだ時か、不運によって落命した時だけです。……英雄は、英雄のまま死なない限り、単なる俗物ですよ」
「……嫌に辛辣な意見だな。その言い分では、英雄の血を引く王族は卑賤の一族そのものだな」
僕は思わずその言葉に鼻で笑ってしまう。
おそらくエスメラルダさんは僕に対して、王族を侮辱しない様に注意したつもりだろうが、残念ながらその注意は逆効果だ。
「王など、その最たるものですよ。祖先が英雄だの、半神だのと言われてますが、要は玉座に座る為にその猿真似をしているに過ぎません。そして玉座に座る事ができるのは、現状に満足出来ずに周囲の人間を蹴り落とす事だけが得意な人間だ。心の卑しさを身形で整えているだけで、その本質は乞食と変わりゃしない」
そこまで言った僕の言葉を聞いて、エスメラルダさんは一瞬、腰元の剣を抜きかかったが、流石に思い留まり、一度柄に掛けた手を下ろして深く息を吐いた。
「今の言葉は流石に不敬が過ぎるぞ。聞かなかった事にするから、ロンダニアに着くまでに改めた方が良いな。人類圏の盟主にそんな口を聞かれて、首が飛ぶだけで済むと思わぬことだ」
「……心得ましたが、性分なものなので、あまり期待はしない方が良いですよ?」
それ以上エスメラルダさんと話す気の無くなった僕は、潮風に目を細めながら船の近くを飛ぶカモメを眺めはじめ、エスメラルダさんはそんな僕に対してそれでも何か言おうとしていたようだが、やがてそれも諦めてその場を立ち去って行った。
船が目的地のロンダニア連合王国の港に辿り着いたのは、それから二日後の事だった。