第八話 彼らは魔獣を狩る。 その5
更新お待たせして申し訳ありません。本当はもっと早めに投稿しようと思っていたのですが、いざ書き始めるとどういう訳か戦闘が伸びる伸びる。とっとと裏社会に行けやあ。ということで、次回から勇者を召喚します。
暫くして、起き上がった双頭猛犬はグラウカさんの手ごわさを悟ったのか、グラウカさんを睨みつけるように唸ると、そのままグラウカさんに向けてなりふり構わずに突っ込んで行く。
どうやら、彼奴の中では僕等はそこまで重要度の高い存在ではなくなったらしい。
それも当然か。今の今まで、僕等の中ではグラウカさんしか戦っていない。目の前の魔獣がグラウカさんにだけ注目するのも当たり前の出来事ではある。
それに、実際に今回の作戦の肝は、グラウカさんがどこまでこの魔獣の攻撃に耐えられるかであり、この魔獣の考えるグラウカさんさえ倒せばいいというのは、決して間違いではない。
寧ろ、そうなることは読んでいたし、此処までは半分狙い通りだ。
だが、予想外な事も多々ある。
「プリムラ!!グラウカさんの援護に魔法弓で彼奴に何発か当ててくれ!アルバはこのまま回復に集中!ただし魔力回復系の魔法は最小限に抑えて!目安は一人二回!それ以上は臨機応変に対応する!」
「良いの?!でも魔力回復系は魔力消費が大きくなるわよ!お兄ちゃんの作戦通りに行くなら、まだ回復に力を裂くべき時間じゃないんじゃない!?」
僕の指示を聞いて、アルバは驚いた様に僕に反論する。流石だ。僕の作戦をきっちりと理解した上で反論してくれる。
正直、アルバの言う通り、魔力の無駄撃ちをするようなこんな指示はしたくない。けど。
「ああ、こいつ予想以上に用心深い!この状況で魔力を温存している!正直、このままだと持久戦に持ち込まれると不利になるのは僕等の方だ!此処は多少作戦に響くとしても、少しごり押しで攻める!そうでもしなければ、持久戦の意味がなくなってしまう!!」
序盤でどれだけ削れるか。は、持久戦に置いて重要な因子になる。
対魔獣戦においては、体力だけでなく魔力と集中力をどれだけ標的である魔獣から削ることができるかが、持久戦での重要な要素だが、それらが削れるかどうかは七割ほど序盤での立ち回りで決まると言って良い。
正直、此処でこの判断を下したことがいい事なのかどうかは今は読めない。けど、今までの経験上、序盤での判断ミスは長期戦では勝敗を決するほどに大きな要因だ。例え勝てても苦しい戦いになる。……下手をすれば、相打ちだってあり得る。
僕の指示を聞き、早速矢に炎を纏わせたプリムラの魔法弓が双頭猛犬の右の頭の右眼に刺さり、同時にアルバの風魔法がその炎を倍増させて炸裂する。
深いダメージを受けた双頭猛犬は、一瞬洞窟の中に後ずさるが、すぐさま怒りを燃やして僕達に向けて右の頭は凍気の息を吐いた。
その瞬間、グラウカさんは双頭猛犬から距離を取り、それと同時に僕達も一度作戦を立て直すために合流する。
「ゴメン、少し作戦を修正する。アイツに魔力を使わせるために、このまま少しごり押しで行く。今ならまだ、魔導水薬にも余裕はあるから多少の無理なら効くことができるだろうと思うけど、楽観はできない。僕はプリムラの方について回復を行うから、アルバはグラウカさんについて回復を行ってくれ」
「「「了解!」」」
僕の指示を聞いた三人は声を揃えてそう言うと、今度は二手に分かれて攻撃し出す。
初手から作戦を変更した僕達が、生きて帰れるかどうか。それは全部、これから先の僕の指示にかかっている。
「……まずは最初の関門だ。此処を切り抜けないとな」
「ダイジョブ。シトラスなら、出来るよ。今までそうだったし」
僕は漸く魔術を使い始めた『白尾』を睨みつけながら魔導水薬を受け取るプリムラに微笑すると、僕もまた視線を獲物の魔獣に戻した。
さあ、これからが本当の戦いだ。
☆★☆★☆★☆★
それから一体、何時間戦っただろう。
グラウカさんが双頭猛犬の攻撃を受け、アルバはそんなグラウカさんの回復を行いながらも、ついでに魔法で遠距離攻撃を仕掛ける。
プリムラはアルバと同じように魔法弓で攻撃を仕掛ける傍ら、グラウカさんと連携してグラウカさんを少し休めるように近距離で射撃も行う。
僕はそんな三人に指示を出しつつ、時おり用意してきた魔導水薬や魔法陣紙でみんなを回復しつつ、罠を作って双頭猛犬を嵌める。
僕の攻撃は微々たる効果しか持たないが、それでも三人に少しでも戦闘の休憩を作ることに役立っているとは信じたい。
しかし、そんな僕達の奮戦が虚しく思えるほどに、魔術を使い始めたオルトロスは強力だった。
魔術的な能力に欠ける前衛には出来るだけ魔術を使うことでグラウカさんを苦しめ、後衛と遊撃には出来る限り接近戦に持ち込み、その巨体を活かした噛みつきや薙ぎ払いを行うことで身体的にはグラウカさんに劣る二人を苦しめる。
物理と魔術の両面から攻められることで、パーティーメンバーの疲労は特に増していくが、そんな苦境の中でも、三人は決して諦めることなく戦っていた。
そうしているうちに、オルトロスは氷だけでなく炎までもを操り出し始め、次第に真正面から双頭猛犬の攻撃を受けていたグラウカさんは徐々に回避に専念するようになっていた。
それはグラウカさんだけじゃなく、アルバとプリムラも一緒で、特にプリムラは実体の矢が尽き掛けていることで、序盤の様に積極的に攻撃にでることができなくなり、どうしても回避主体の防御に回らざるを得ず、次第にグラウカさんへの援護が多くなっている。
それでも魔力回復の薬の使用や、回復魔法の使用回数も特に多いのがプリムラであるのは、それだけ彼女にとってこの双頭猛犬との戦いは相性が悪いのだろう。
交互に繰り出される炎と氷はその相反する温度だけで確実に体力を奪い、どれだけ強力な魔術を受けても倒れない魔獣を前に魔力は徐々に底を尽き始める。
主に回復系を中心に大量に用意していた筈の魔導具類も、そろそろ数えるほどしか残っていない。
そんな中。
双頭猛犬が、今まで以上に巨大な咆哮を一声上げると、不意に今までとはけた違いの巨大な魔力の渦が巻き起こり、熱風と冷風が同時に轟音を立てて双頭猛犬を中心に収束していく。
やがて、風の中心地にいた双頭猛犬は炎と氷を同時に使用し、今まで以上に強力で狂暴な姿となって僕達の前に立ちはだかった。
「ウソでしょ……。ここにきて隠し玉だなんて……」
「……そんな、漸く炎と氷の連撃にも慣れてきたのに……。あれだけの攻撃を防ぐなんて」
「どうするの……。お兄ちゃん……。もう、魔導具を使えるのもあと一回だけだよ……?」
絶望の声を上げ始める三人を見て、僕は。
「どうやら、勝機が見え始めたね」
薄く口角を上げてそう呟いた。
「何言っているのお兄ちゃん!こんな状況で、冗談とか、」
僕の言葉を耳聡く聴いていたアルバが、一瞬、僕の方を見て何か言おうとするが、正直、答えを教えている時間が無い。
「悪いけど、今は答える暇がない!グラウカさんは僕達の前に来て盾になってください!!アルバはグラウカさんの回復に全力を注げ!!プリムラはとにかく全力の一撃を彼奴に叩き込め!!」
僕は最後に残った力の全てを籠めて声を出して三人に最後の指示を出すと、持ってきた全ての魔導具を使って三人の体力と魔力を回復させるだけ回復させる。
そんな僕の指示に、三人は軽く頷いただけで従い、グラウカさんを盾にして僕達はその後ろに隠れると、アルバは全力を駆使してグラウカさんを回復させ、プリムラはグラウカさんと共に最大威力の一撃を双頭猛犬に向けて叩き込む。
そんな僕達を前にして双頭猛犬は盛大な咆哮と同時に、僕達向けて強力な魔術の篭った息を叩きつける。双頭猛犬の攻撃を僕達はグラウカさんを盾にする様に受けると、轟音の次の瞬間に襲いくる絶大な衝撃に耐えて、双頭猛犬の攻撃を防ぐことに全力を尽くす。
そして、一瞬とも一時間とも付かない攻撃を耐えきった後に、僕達の目に映ったのは、勢いよく倒れ込む双頭猛犬の姿だった。
「……スゴイ。本当に名前持ちの魔獣が倒れている。私達はただ防御しただけなのに…………」
「油断はするな。まだ、トドメは差していないから息がある。此処で首を刎ねて完全に殺さないと」
「そうですね……。こう言う時は、いつもプリムラちゃんが進んでトドメを刺すんですけど……」
そう言うグラウカさんの視線に従ってプリムラを見れば、気が抜けてしまったのか、彼女は既にその場に倒れて寝息を立ててしまっている。しょうがない。今回、一番無理をしたのはプリムラだろう。
「それでは今日の所は、私がトドメを刺しておきますね?」
そう言って僕の前に進み出たグラウカさんにすべてを任せると、本当はグラウカさんにいの一番に休んで欲しいんだけど、プリムラをほっとくわけにもいかないし、ここは少しだけ甘える事にする。帰ったら三つくらいはグラウカさんのわがままを聞かないといけないかな。
そう思いつつ、僕はプリムラを膝枕すると、グラウカさんの手伝いに行った筈のアルバが、少しバツが悪そうにして僕の元に戻って来た。
「えへへ。グラウカ姉さんに追い出されちゃった。手際が悪くて危なかっしいって」
小さく頭を掻きながら戻って来たアルバに小さく笑い掛けると、アルバは遠慮がちに僕の隣に座った。
「でもお兄ちゃん。さっきの質問なんだけど、どうしてこの魔獣は倒せたの?」
「ああ、それか。そうだね、強いて言えば副作用だよ」
僕は小さく笑って、答える。
確かに、炎系と氷系の魔術を同時に操る魔獣は手ごわい。普通に考えれば、それはそうだろう。
けれども、この手の魔獣は何も無意味に炎系の魔術と氷系の魔術を交互に発動している訳じゃない。
この手の魔獣は、炎と氷を交互に使用することで体温を調節している。
人間の使う魔術と違い、魔獣の使う魔術は強力だがその分反動が大きいという副作用がある。
例えば、風魔法で言えば、強力な風魔法を使える魔獣はその分、周囲の空気を消費してしまう為に空気が薄くなる。とか、逆に体内の空気が体外に漏れ出てしまう。という様な空気に纏わる強力な副作用がある。
今回の魔獣の様に、炎系の魔術を使用する魔獣は体温が上がりすぎて死んでしまい、氷系の魔術を使用しすぎる魔獣は逆に体温が下がりすぎて死んでしまう。というデメリットがある。
今回の双頭猛犬はそのデメリットを解消するために、炎と氷を同時に使用できるように成長したのだろうが、それでもそれに見合ったリスクは存在している。
その場合、単純に魔力と体力の消費量が激しい。
強力な魔術が使えない分、魔力の回復が簡単な人間と違い、魔獣の場合はこれは致命的な欠点になる。
場合によってはそれだけで死ぬが、そうでなくても暫くの間は完全に気絶している上に動けなくなってしまう為、自然界ではそこを狙われて死ぬ魔獣も多い。
そこで、随分前から冒険者ギルドでは名前持ちを狩る方法として『魔力を限界まで使わせて自滅させる』という作戦は提唱されていたんだけど、不確定要素も多く、何よりも成功した人間が今までいなかったから誰も使わない作戦だった。
正直、今回上手く行ったのは一重に三人の実力と運が良かったからだ。多分もう一度同じことをやれと言われてもできないと思う。まあ、これで冒険者を引退する以上、二度そんな機会はないと思うけれども。
僕の説明を聞いたアルバは、感心とも驚きともつかないよう表情で口を開けて僕を見つめると、大きく溜息をついて深々と頷いた。
「ほぇ~相変わらず、何処からとも無く色んな情報を集めてくるなぁ〜。お兄ちゃんは。でも、これで」
アルバの言葉を引き継ぐように僕は頷いた。
「ああ、これで。僕達『青い流星』の最後のクエストが終了だ」
そうして、長い戦いの末に『名前持ち』の魔獣を狩り殺した僕達は、漸くの事で山を下りたのだった。