第七話 彼らは魔獣を狩る。 その4
一か月ほど更新が空いてしまってすみません。
少し他の奴にかかりきりで、時間が空いてしまいました。
準備を整えた僕達は、多数の情報を集めた地図を片手にして山の中に入る。
移動中は主にプリムラに先行してもらって、その後を僕とアルバが負い、後ろをグラウカさんが固めるのが僕達の移動の基本になる。
山の中は完全にプリムラの独壇場だ。
ダークエルフの血を引くプリムラにとって、木々の生い茂る森は精霊の加護を一斉に開放することのできる最大の遊び場であり、土俵でもある。
精霊は主に、人の手の入らない場所に多く生息するとされており、こういう森と山の中は精霊の力が濃いとされ、精霊の声を聴くことで、千里先の物事までもを手に取るように理解できるという。更には、狩人として視力だけでなく、嗅覚と昇格にも長けた彼女は、全身の五感を通じて森や山の中の情報を手に入れることができる。
精霊に愛された特性を持つ下流であるプリムラは、狩人として培った技術と、先天的な素質と後天的な技術を組み合わせることによって、優れた索敵を行うことができる。
そして、そんなプリムラの補佐として、アルバは手にした長杖を使う。
アルバは、母親譲りの魔術と知識の女神であるエンゲアの加護を受け、主に治癒や回復に長けた白魔術と、神々に祈りを捧げることで、祝福と加護を授ける技である神働術の双方に長けたドルイドだ。
本来、世界の真理を研究する魔術と、神々の意思を体現する神働術は相性が悪いとされている。
それは、魔術は研究の段階で、強力な破壊力を持つ新たな魔術や、それらを利用した毒や破壊兵器など、多くの負の副産物を生み出すことが多く、それを戦争に使用されることもままある。
しかし、人類の多くが信奉する善なる神々は、それらの戦争や負の魔術を嫌う傾向にあり、そのため、熱心な魔術研究者ほど、その加護を受け難いといわれている。
けれどもアルバは、魔術に対する深い理解から神働術との両立を成立させており、それによって戦闘だけでなく、回復と探索と言った後方支援にも長けている。
そんなプリムラとアルバの二人が手を組めば、おおよそ見つけられない物は無い。
「居たよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの睨んだ通りに、街道から逸れたわき道にある洞窟の中で寝ている。体力を回復しているっていうより、出来る限り無駄な体力を使わないように温存しているみたい」
「見つけたよ、シトラス。シトラスの言う通りの場所に寝てたぞ!洞窟の中で眠っているから、このまま洞窟を閉じちゃったら、出て来られないぞ?」
アルバの言葉とほぼ同時に、プリムラが戻って来て僕達に告げる。
「アルバ、プリムラ。探索ありがとう。それとプリムラ、その作戦はダメだって最初に言っただろ?獲物が名前持ちクラスである以上、そんなことをしても無駄だって」
基本的に、強い魔獣はそれだけで大概の危険に対応できる能力を持っている。
それは単純に魔力量の大きさから、ある程度の事態ならその滅茶苦茶な魔力による力業のごり押しでどうにかしてしまうからだ。
まぁ必ずしも悪い手では無いが、今回に限っては悪手だ。
なぜならば、この洞窟はその奥で無数に分岐しており、その多くの出口が地上に露出している。あくまでも一説でしかないが、その中には直接街に通じているものもあるという。
勿論、あくまでも噂話の類でしかないが、それでもこの洞窟の複雑さはそれほどに難解であり、この出入り口以上に街に近い出口がある可能性はゼロじゃない。下手にこの入り口を閉ざせば、別な出入り口を通って無傷なままこの魔獣を取り逃がすことになる。
それだけは、絶対に在ってはならない事だ。
僕はこの山に来る前に事前に説明したのと同じ説明をプリムラに向かって言うと、プリムラは小さく唸りながらも最後には不承不承と言った風に僕の言葉に頷いた。
「ウ~……。分かった。シトラスの言う通りにする……」
「ありがとう。良し。それじゃあ、作戦開始だ。今日で、『白尾』を狩り殺す」
僕のその言葉によって、僕たち『青い流星』の最後の戦いが始まったのだった。
★☆★☆★☆★☆
洞窟に入った僕らの目の前に存在する魔獣。
それは報告通りに、黒い毛皮をした巨大な二つ首を持つ猛犬のキメラだった。
目の前にいるキメラはゆっくりと目を覚ますと、寝起きの悪い質なのか、その狂暴そうな顔で獰猛な牙を剥いて僕達を睨み付けてくる。
「アルバ。お前は後衛に下がって、回復に専念しろ。プリムラは援護射撃と同時に、精霊魔法による攻撃を常にあの双頭猛犬に叩き込んでくれ。グラウカさんはあいつにダメージを与える事よりも、出来るだけ防御に専念してください」
「ええ、分ったわ。シトラスくんの言う通りに」
僕の言葉に、何の反論も無くグラウカさんが頷くと、それを見たプリムラが思わずと言った様子で制止する。
「待って。前衛がグラウカ姉さんだけだと、絶対にきついよ。私かプリムラのどっちかはグラウカ姉さんの補佐に回るべきじゃない?!」
アルバの反対意見は的を得ているし、出来るならば僕自身もそうしたいところだが、僕をそれは軽く首を振って却下した。
「この作戦は持久力が勝負だ。防御力と耐久力、何よりも体力に優れたグラウカさんならともかく、戦闘は魔力だよりのお前たちが前衛に回ると、どうしても後半にスキができる。それだけは絶対に避けなければいけない。分かっているだろう?アルバ?」
僕の言葉を聞いてアルバは一瞬、何か言いたそうに口を開いたが、一度は僕の作戦を了承している手前何も言い返せずにそのまま黙り込んでしまった。
そんなアルバの肩に、グラウカさんはそっと手を置いて明るく言う。
「大丈夫よ。アルバちゃん。私は強いから。それは、今まで一緒に冒険してきたアルバちゃんがよくわかっているでしょう?」
「……わかった。お兄ちゃんの言う通りにする。でも、グラウカ姉さんが危なくなったらすぐに私は助けに入るからね。お兄ちゃんにだって邪魔させないから」
「わかっている。むしろその見極めはお前に一任する。そして、もしもグラウカさんが崩れたら、それが撤退の時間だ。それ以上は流石に戦えないから逃げるよ」
グラウカさんの優しい口調に、アルバは口にしかけた言葉を飲み込むと、僕を守るように一歩前に進み出て振り返りもせずに厳しい声を出す。
そんな、僕の指示に従いながらも、グラウカさんのことをきちんと考えることができるアルバの姿に、僕の口元は一瞬だけ緩んだが、それをすぐに引き締めて僕はアルバの言葉に頷いた。
元々、この依頼は半分義理と記念で受けた様なものだ。例え後で失敗して浅はかな愚か者と罵られることになろうとも、三人の命を天秤に掛けてまで続けるつもりは毛頭も無い。一番重要なのは、三人の命だ。その点だけは譲る気は無い。
……本当なら、僕がグラウカさんの前に出て一緒に戦いたいが、どうしても魔導具による補佐とチームの指揮が担当である僕は後方に回っての指示を繰り出すことしかできない。
その事実に歯噛みする僕の前で、グラウカさんと『白尾』の激突が始まった。
★☆★☆★☆★☆
グラウカさんの剣術は、俗に『剣闘式』と呼ばれるタイプの剣術だ。
手に手盾と呼ばれる小さな盾を持って主に防御を行い、剣によって攻撃を行うことが主流の戦闘スタイルだ。
通常なら、手盾は防御に専念するものであり、このタイプの戦法は手盾で防御をしつつ剣によるカウンターを主軸とした『守りの戦い』が基本になる。
だが、防具とは言い換えれば打撃武器としても使えるので、主流ではないがごく一部の剣士には、大盾に隠れての体当たりや、直接手盾で敵を殴り倒す戦法である『攻めの戦い』を行う者もいる。
グラウカさんはまさしくその、『攻めの戦い』を主戦法として戦うタイプの剣士であり、本来は『剣闘式』の戦い方からすれば、邪道とされる戦い方だ。
それは、盾による防御力を軸にした戦い方である『剣闘式』の最大の長所である防御力を犠牲にした戦法である上に、敵よりも攻撃し続ける体力と、そして敵の攻撃を見切る技術が必要とされるからだ。
本来ならば、『守りの剣』よりも三倍は才能が必要とされるその剣技を、グラウカさんはたゆまぬ鍛錬によって自在に操ることを可能にし、遂には『黄金の剣闘姫』と呼ばれるほどの剣術を身に着けるに至ったのだ。
そんな剣術を駆使して双頭猛犬と戦うグラウカさんの姿は、傍から見ればまるで踊りを踊っているように美しい物だった。
けれどもその踊りは、ワルツの様な美しくスローなテンポの物ではなく、それはどちらかと言えば、フラメンコの様に熱く激しく、観る者を無理矢理に惹きつける様なものだ。
巨大な体から振り下ろされた左前足の攻撃に対して盾で殴りつける様に迎え撃つことで防ぐと、それによりできた隙に右手に握った剣を叩き込むことで追加のダメージを与える。
本来ならば、魔獣の懐深くまで入り込むグラウカさんの攻撃スタイルも、今回ばかりは軽く一撃を入れるだけに止め、すぐさま防御も回避も行える絶妙な距離に戻って、双頭猛犬の態勢が整うを待つ。
それは何も僕からの指示だけでなく、今回は長期戦を見据えてアルバやプリムラの魔力をできるだけ節約したいという僕の意図を汲んでの事だ。下手に攻撃を喰らえばその分、魔導水薬や回復魔法の使用回数は増え、後後の戦闘に響く。
そしてそれは、グラウカさんだけじゃない。アルバも、プリムラも同じだ。
本来、名前持ちクラスの魔獣が追撃の隙を見せることはほぼない。その為、一瞬でもその隙を見つけ出すことができれば、その際にパーティメンバー各々が全力の一撃を魔獣に向けて叩き込むのがセオリーだ。それだけで倒せることはほぼないが、それでも弱体化はする。
そうして、徐々に魔獣を弱体化させていき、手も足も出なくなったところで止めを刺すのが、魔獣および、名前持ちクラスの魔獣との戦いの正攻法である。
本当ならば、グラウカさんが作った隙に乗じて、アルバとプリムラも全力の一撃を叩き込みたいところだろうが、今みんなは僕の作戦の信じて、追撃に走りたいのを堪えて魔獣の戦闘態勢を待っている。
僕は三人のそんな様子を見て、改めて気を引き締め直すと、グラウカさんを睨みつける双頭の猛犬を見据えた。
さて、これからが本番だ。