【武内】の場合
夢を諦め、サラリーマンになった男の前に表れたお店とは
「あっついな…。」
俺はしがないサラリーマンだ。午前中の外回りを終え34℃にもなる炎天下の駅までの町を歩いていた。
駅前の広場に近づくと懐かしい楽器の音が聞こえる。
20代前半だろうか。アコースティックギターを弾きながら楽しげに歌っていた。
置いてあるギターケースには【メジャーデビューへの道】と書いてあり、投げ銭を募っているようだ。
決して見ている人は多くはなかったが彼の目は真剣で夢を見ていた。
電話が鳴り、ふと我に帰る。気づくと一時間ほど聞き入ってしまっていたようだ。
電話は会社からだった。
「もしもし?武内くん?まだ外回り終わりそうにないのかい?」
「あ、部長。すいません…。えーと。もう少しかかりそうです…。1時には会社に帰るので…」
路上ライブに聞き入っていたとは言えず、とっさに出た嘘だった。
「あ、そうなの?相変わらず仕事遅いね。早く帰ってこいよ?」
「はい…失礼します。」
電話を切りため息をつく。いつからこんなことになってしまったのか…
5年前。ちょうど今ぐらいの時期だ。俺はギターといくらばかりかのお金を持って上京した。
夢は歌手だった。しかしうまくいくはずもなく。2年目にはバイト三昧になっていた。
上京して3年目の4月。バイトでは限界があることを理解し高卒でも雇ってくれる。週休二日。有給あり。という仕事先に就職をすることになった。
しかし入ってみると嘘ばっかりだ。週休二日は上司だけ。有給は取れないというブラックっぷりだ。おまけに部長はパワハラの塊みたいな人だった。
「1時にはまだ時間があるし飯でも食っていこうかな…」
輝いて見える青年と音楽に背を向け駅へと向かう。
この駅は普段からよく使っていて行きつけのラーメン屋がある。
ラーメン屋に向かう途中、違和感を感じる。足をとめ。違和感の正体を探る。
それはすぐにわかった。行きつけのラーメン屋の斜め前に見たことのないお店があるのだ。
「あれ?こんな店あったっけ?」
木で出来た建物のようだ。見るからに古そうだがどこか懐かしくもある。
いつものラーメン屋を通りすぎ、そのお店の前に行くと看板が見え名前がわかる。
「思い出食堂…?やっぱり前までなかったよな…」
少し迷ったが入ってみることにした。
「いらっしゃい…。お客様は1名ですね。どこでも空いてる席に座ってください。」
白髪頭で細身のおじいさんが1人でやっているようだった。店のなかは薄暗く。客も俺1人のようだ。
カウンター席に座りメニューをさがす。ない。どこにもない。
「あれ?すいませんメニューは?」
「あ、ここのメニューは1個しかないんです。」
「え?そうなんですか。じゃぁそれでいいですよ。」
少し嫌だったがそれにすることにした。
「まいど…」
おじいさんは不敵な笑いを浮かべ、裏に入っていった。多分厨房だろう。
「お客様。お待ちどう様です。こちら思い出定食です…」
「定食?ただの焼きそばじゃないか?!」
目の前に出されたのは見るからにできの悪い焼きそばだった。しかしどこか見覚えがあった。
「お食べになってください…」
「…じゃぁいただきます。」
手が進まなかったが勧められ口に運ぶとやっぱり美味しくないと思った。
「…これ」
理解が追い付かない。
「思い出の味でしょう?覚えていますか?文化祭」
「やっぱり…」
「文化祭でバンドをして盛り上がりましたよね。」
「うん…。あのときは嬉しかったし楽しかったな…。それで歌手になろうって…。本番の後にみんなで焼きそば食ってさ…。あんときはあんなに美味しく感じたのに…」
自然と涙がこぼれる。
「今は美味しくないですか?味は同じはずですよ…フフ」
「…ああ、同じだよ…でもどうしてこんなに味気ないのかな…」
「それはお客様が今、楽しくないからじゃないですか?フフ」
全然美味しくない焼きそばを掻き込むように食べ、俺は店を出た
「まいどあり…ぜひごひいきに。フフ」
おじいさんの声を背中で聞く。
店をでて一番最初にすることは決まっていた
「もしもし。部長。武内です」
「やっとおわったのか。鈍いねほんとに。」
「そうですね。やっと…終わりました。」
「早く帰ってこいよ。仕事はいくらでもあるんだ」
「いえ、もう。帰りません」
「は?なにいってんだよ武内くん」
「今日で仕事やめます。お世話になりました」
電話を切り、会社と上司の電話番号を着信拒否に入れる。
「これで終わりだ。くそ食らえ!くそ会社が!!!」
思い出したのだ青春を。夢を。
「おじいさん。ありがとうございました。夢を思い出しました。でもどうしてあの味を…あれ…は??」
振り返ると思い出食堂はなく。ただの本屋になっている。
夢でも見ていたのだろうか
「あ、レシート…しっかりあるな。」
思い出定食 0円
「そういや、お金払ってないや…あ、そうだ。」
さっきの広場に戻る。そこにはまださっきの彼がいた。片付けをしているようだ。
「君!ちょっと待って!」
「あ、はい!なんでしょう?」
「これ。」
昼めしと交通費で使うはずだった2000円を手渡す。
「こんなに…いいんですか?」
「いいんだよ。それより夢を諦めんなよ。俺応援してるから」
「ありがとうございます!」
その3年後、路上ライブで人気を集めた二人組の歌手がメジャーデビューを果たすことになる。
友達が出してくれた案を小説にしてみたよ!