冬の裏側
主人公視点で進めたかったのですが、なかなか補いきれないところがありまして。他の視点も交えつつ進めていきます。
[マリウスside]
ぼくが、使用人を紹介して欲しいと頼んだオッズが渋い表情で応接間のソファに沈む。
彼は昔から慎重で疑り深い。
「別に足りないわけではないはずだが。何かあったのか?」
「泳がせておいた、どこかの貴族が送り込んだスパイがいたんだけど」
「ちょっと待て…は?」
「いや、だから。スパイが潜り込んでいたんだけどね」
「お前…っほっといてたのか今まで!?気がついていたならさっさと追い出せ!寝首を搔かれるぞ」
彼はいちいち大袈裟だ。
ぼくがそんな間抜けなことをする筈がないとわかっているくせに、心配性だ。
くすりと笑うとオッズは憮然としてため息をついた。
「人が心配してるというのに」
「杞憂だよ。ぼくはそんなドジ踏まないよ。ぼくを誰だと思ってるの?」
「変態マリウス」
「今それは関係ないだろう」
今度はぼくが口を尖らせる。
「まあとにかく、だ。何があったんだ」
「レイをあの手この手で家から遠ざけようとする。挙句毒を盛る始末だよ。ぼくにいたぶられるくらいなら殺してあげた方が優しさだなんて相当なエゴイストだ。ぼくのせいで損害を被った貴族か、或いはバークレイ家か。どちらかは分からないけど、余程ぼくに痛手を負わせたかったらしい。吐き気がするほど偽善的だ。」
「使用人に扮してか?」
「ああ。用意周到なことだよ。」
ぼくは冷めないうちに、目の前の紅茶に口をつける。
とても美味しい。
「で、その使用人はどうした」
「…別に。解雇しただけだよ」
「消しておかなくていいのか」
「ふふっ…別にぼくが消さなくたって、顔の割れたスパイなんて雇い主が処分するだろうよ」
「…それも、そうだな」
まあ、解雇してからスパイだと触れ回ったことはあえて言う必要もないだろう。
オッズはそういうの、嫌いだから。
「…わかった。そういうことなら、こちらで責任を持って推薦させて貰う」
「頼りにしてるよ」
「白々しいこと言うな」
「本当だって」
苦い顔のオッズと笑うぼくは、いつでも対照的でなぜ親友なんてやっているのか自分でもよく分からない。
渋い顔から真剣な顔に切り替えたオッズが、辺りを探って不審な気配がないかを確認してから、少し声を潜めて、
「ところで、ヘルド・ロックの件だが…」
「その件ならもう大丈夫だよ」
「…何をしたんだ?シルギアとヘルド・ロックの契約が決裂した」
「ははっ、もう二度とクスリを回してはもらえないだろうね」
「マリウス、何をしたんだ」
「…レイが、ちょうどいい所にいたから使わせて貰ったんだよ。『向こうが契約を反故にした』って両方に吹き込んだら、面白いくらい効いたんだ。しかもヘルド・ロックは未払いだった。クスリの世界シェア九割のシルギア相手に。払う前にレイの邪魔が入ったんだ。」
「…なるほど。世界のクズどもを敵に回したってわけか。」
「そういうこと」
ぼくも正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。運が良かったと思う。
レイのおかげだ。
「これから少し国内が荒れるな」
「この先はぼくの領分じゃない。騎士たちが頑張ってくれるでしょう」
「お前も騎士だぞ」
「ぼくはそんな高尚なものではないよ」
「騎士なんて、そんな高尚なものではない」
「それもそうだね」
言い終わるとオッズはため息をついて、初めてカップに口をつけた。
ぬるいと言うので入れ直すか聞くと、最後まで飲み干してから結構だと言った。