冬の足音
久し振りです。
ふた月ほど経って、アプリシエイトの季節です。
さして四季のはっきりしないこの世界だが、変わる季節はあるらしい。
最近皆の服装が殊に厚着になってきた。
庭の木々も葉を落として裸の枝を晒している。
落ちた葉を集める仕事は俺にも出来るだろうと庭師のおじさんも許してくれて、オレンジさんとベリルと、その他何人かの使用人さんと一緒に庭の掃き掃除をした。
熊手を手に庭に繰り出す使用人たちは、それぞれ人の少ないところを見つけて自分の位置を定め、それぞれに落ち葉の回収を始める。
それにしても、今日は一段と手の動きが悪い。熊手を掴む手がどこか上の空と言うか、掴もうとすると跳ね返って来る気がする。
何だかやりづらいなぁ、と思っていると、ふと自分の格好が目に入った。
…うん。だいぶん薄かったよね。
手袋を外してみれば、指が紫色になって必死に寒さを主張していた。
どうしたもんか、と辺りを見回して、皆の働く背中が動いているだけの庭でどうすればいいのかもよくわからず、結局また掃き掃除に精を出すことにした。
その後、頻呼吸と体の震えでうずくまっていた俺をオレンジさんが見つけて回収して頂きました。はい。
ベリルさんからは「そんな格好でやるなんて馬鹿じゃないの」というお言葉を頂きました。はい、全くその通りです。
でも。でもさ。
服を着せてくれるの、いつもオレンジさんなんだよな。
俺には外気温とか、わからんよ。
毛布にくるまって、ホットチョコレートを頂きつつ暖炉の前に座らされた。
炎の光のリアルさと温度の無い不思議さが変な感じだ。
勝手に体がぶるぶる震える。体温が下がりすぎたらしいです。まあ、いわゆる低体温症だろう。詳しくないけど。
ホットチョコレートを口に含むと甘く香ばしい香りが鼻を抜けた。
朧気に、イヴ姉が覗き込んで来ているのが見えた。
頭巾はしていなくて、三つ編みにした飴色の髪を肩から流している。就寝前の姿だ。
この角度からして俺の頭はイヴ姉の膝に乗っている。
「レイヴン…おやすみ」
イヴ姉が言った。
その顔は俺の知っている顔と違くて、閉じかけているのに覚めきって光る瞳に孤独を浮かべて、微笑んでいた。
違う。
イヴ姉はこんな黒く染まった笑い方は知らない。
としたら、これは誰だろう。
「…ごめんね、私にはどうしようもない」
何が、どうしようもないのか。
イヴ姉はただ静かに俺の頭を撫でた。
その手は穏やかで、優しくて、イヴ姉の手よりも大きく包み込んでくれる。
「…ジャック、レオ、キール、エルドレッド、コリン、ジェーン…」
ごめん、ごめんと繰り返すイヴ姉は、目を覆ってため息をつく。
「レイヴン、今度こそぼくは…」
霞んだイヴ姉が、一瞬、マリウスに見えた気がした。
目を覚ますと暖炉の前ではなくふかふかのベッドの中にいた。
マリウスの匂いが辺りに満ち満ちて、きっとマリウスのベッドに寝かされているんだろうと見当がついた。
いや実際、見下ろしてたし。
「やあ、おはようレイ。気分はどう?」
マリウスはいつもの笑顔を貼り付けている。
いつも通りだ。
一方、俺はと言うと、全身がベッドにめり込んでいて起き上がる力が全く湧かない。
「さい、あく…」
声もがらがらして掠れる。
「君でも風邪引くんだねぇ。ちょっと意外だよ。」
マリウスの言葉で、これが風邪の症状なのだと自覚すると、もっと体が重くなる。
不思議だ。
嬉しそうなマリウスの顔も腑に落ちない。
いや、コレにとって他人の不幸は蜜の味か。うん。納得だわ。
意外なことに、マリウスはその後三日間甲斐甲斐しく世話をしてくれて、誰も部屋に入れずにマリウス一人で看病した。鞭でぺちぺちもなかった。
まとも過ぎて逆に具合が悪くなったのは言うまでもない。