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閑話:小さな御使い

歪んだ人格には、それなりの理由があるのです。きっと。

特に親に愛されなかった人の歪みは精神の未発達から来るような気がします。

[エナside]


ある日やって来た貴族の召使いの少年は、“黒い星(ルクト)”を六つご所望とのことですぐにセヴァリー家からの使いだとわかった。

セヴァリー家の当主は甘いもの好きで、殊更メレディスの“黒い星(ルクト)”を好み週に一度は来店する常連客だ。


出迎えをする新人の子があの(・・)セヴァリーだと知らずに対応してしまい、そのフォローの為にケーキは私がお渡しすることになった。

普通の貴族ならば不用意な行動は決してしないだろうが、あの召使いの少年の言葉一つで店が危険に晒されるかも知れない程度にはあの家は不況を買ってはいけない相手なのだ。


曰く、王家の犬。

曰く、裏から国を操る者。

曰く、国を守る最強の守護者。

曰く、人を人とも思わない鬼畜。


まことしやかに言われてはいるが、あくまで庶民の憶測であって、実際は謎に包まれたセヴァリー侯爵家の跡取りだった(・・・)方だ。

幼くして、当時ご当主だったご両親は他界し弟夫婦が家を継いだが、悪手により自滅し侯爵の位を剥奪されたと言う。

可憐な妹御がいらっしゃったはずだが、零落し国外に亡命してからそれからを知るものはいない。

だが、そんな逆境にあって、現当主マリウスはセヴァリーを再興し今に至る。

庶民が知る事実はそんなもので、実際に何が起こって現在に至るのか、それを知るのは現当主とその周囲の人間だけであろうと思われる。


ただ一つ言えることは、そんな幼少期を過ごした者がまともであるはずがないということ。

鬼畜だなどと噂されるのも、彼は孤児院から幼い男の子ばかりを引き取っては死なせているからだ。そんなに死ぬなら里子に出す方もどうかしていると思うが、多額の寄付をしてくれる相手に断れないらしい。


貴族御用達の大店おおだなともなると色々な人が色々な愚痴を零したり、噂話をしたり、情報が他所より多く入ってくる。

当然、酒場には負けるだろうが、それでも庶民よりは事情を知ることになる。


セヴァリーの現当主は、話を聞くだけだとどう考えても心に異常をきたしてしまっている。

痛ましい話だが、権力を持つ者である以上可哀想では済まない話だ。

常連になるほど気に入られている店としては、常識の欠けた客の怒りに触れて店を畳まなければならなくなることが一番気掛かりである。



セヴァリー家からの御使いはまだ十歳にも満たないだろう幼い男の子だったが、置かれている環境を示唆するかのように子どもらしい笑顔も目の輝きも無く、ただ淡々と説明を聞いて頷くに留まった。

普通、子どもは美味しそうなものを前にして無関心に観察などしないものだ。興味を寄せて、想像しながら目が釘付けになる。

もし甘いものが好きではなくとも、この店の宝石のような見た目のお菓子に感嘆の声くらいは漏らすのだ。


しかし少年にはそれらがまるで見受けられなかった。


きっと、この子はあの家に引き取られた孤児なのだ。

もう分別もあるだろうに、死ぬと分かっている家に送り出された心情は、推し量るに耐え難いものがある。


しかも、だ。


自分の醜く歪んだ指に気がついて、私の目に触れないように隠した思いやりさえある。

或いは、羞恥心からだったのか。

大人ならば逃げても生きていけるのだろうが、逃げられない子どもが酷い扱いを受けるのはやるせない。

叫びかけた声を飲み込むのに必死で、彼に対して不躾な視線を送ったことに謝ることも出来ないまま、曖昧に誤魔化して見送ることしか出来なかった。

せめてお詫びに、彼のような子どもは食べる機会すらないだろうから、わざと一つ多めに入れたケーキに気づいて食べてくれればいいと願った。

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