メレディスにて
だいぶ空いてしまいました。すみません。これからは不定期になってしまいそうですが、読んで頂けたら幸いです。
俺がうっかりケーキのお代を払い忘れたので、アイザックさんが俺を伴って謝りに行こうと言い出した。
金持ちなんだし、ツケにしといてくれよと思うが、家柄的に待ってもらうのは恥ずかしいとかなんとか、よくわからないが一緒にメレディスへ行くことになった。
いや、ツケって金持ちの特権だろ。違うの?よく買いに来るし、月末一括払いでよろしく、みたいなやつだし。
まあいいや。
今回は車で街まで行くことになったのだが、これが驚き。馬車じゃない。
ちょっと古めかしい車、なのである。
門の前につやつやの黒塗りの車が停めてあり、乗れ、と言わんばかりに扉が待ち構えている。
蒸気で走るんだったか。いやあれは汽車か?この車の動力ってなんだろう。
そう思って後部座席に乗り込むと、運転席はなんと右側で、そこに若い男性が乗っている。ぱっと見ギルと似たような、明るい茶髪のイケメンだ。
世界観、統一しよ。
左ハンドルにしようよ、そこは。
あれ、でも確かイギリスは右ハンドル、とか考えていたら、車が動き出した。
おっっっそ!
自転車みたいな速度しか出ないのか。
尻や背中が感じる車の馬力も、なんだか情けない感じでいつ止まるんだろうとはらはらする。
それでも歩くよりずっと早く着いて、体感だと三分の一くらいしか掛かってない。
マリウスん家の設備って色々謎だ。温室あるし、シャンデリアは自ら光る。水やりはホースだし。厨房だとコンロっぽいもので調理するし。
マリウスはつくづくお坊ちゃまなんだと感じる。
「どうも、セヴァリー家から参りました、コックのアイザックと申します」
「おお、これはこれは、いつもご贔屓にしてくださってありがとうございます」
店に着くと、車の音で、誰ぞエラい人が来たとわかったようで、車から降りるのと同時に店からあの汗かきなおじさんが出てきて腰を折った。
アイザックさんは頭を下げられ慣れていないようで、困ったように笑うとさっさと本題に入った。
「この子に買いに行かせた時、お恥ずかしながら、お金を払わずに帰ってきてしまったようで。申し訳ございませんでした。」
アイザックさんが謝り、俺もちょこっと頭を下げる。
するとおじさんは汗を拭きながら笑って、
「いえ、お代は結構ですよ」
と言った。
「そんなわけには。主人に怒られてしまいますから」
アイザックさんも笑って財布を取り出す。
「いえ、本当に、結構ですから」
おじさんが引きつった笑いを浮かべてやはり汗を拭く。
「払えるのですから、払います。主人は借りを作るのがお嫌いなのです」
「借りも…なにも…」
アイザックさんとおじさんの間に、変な空気が流れる。
どうして二人とも満面の笑みを浮かべるんだ、気味が悪い。
おじさんはだんだん変な汗をかき始め、店の後ろを気にしだした。誰かに助けを求めている感じだ。
「あの、失礼ですが、どうして頑なに受け取られないのですか。何か事情が?」
「いえ…あの…それが、言えないのです」
「何故ですか」
アイザックさんの声が若干険を帯びる。
するとそこへ、カランと低めに響くドアベルが鳴り、美しい女性が姿を現す。
「どうしたの、あなた?」
俺がケーキを買いに行った時、部屋にケーキを持ってきて、店前でお見送りをしてくれたあの美人さんだ。
あなた、ってことはこのおっさんの奥さんか。
どこで引っ掛けたんだよこんな美人。
「あぁ、それでしたら…もう頂いておりますもので。本当は黙っているようにと口止めされて、詳しいことは申し上げられないのですけれど。」
美人さんはそう説明した。
「…なるほど。そうでしたか」
それだけでアイザックさんは色々と諒解してしまったようで、険しい表情というよりは暗い顔をした。アイザックさんは頷くとあっさり財布を仕舞った。
なんだ。なにがなるほどなんだ。
少しの言葉からたくさんの情報を得られるなんてまるで名探偵みたいだ。
「心配しておりましたので、良かったです。次回からはきちんと、わかる者を来させますので。」
帰ろうとアイザックさんが締めにかかると、美人な奥さんが視線を落としてあの、と言った。
「少し…少しお話、よろしいかしら」
「…私に、ですか?」
「ええ。中で、お茶でも」
二人の顔はどちらも真剣で、何か大事な話をするらしいので一緒にいるのはおかしいだろう。
車で待っていようかと身を引くと、美人さんは俺にもついてくるように言って店へ入った。