はじめてのおつかい(カメラマン視点)
[マリウスの部下side]
ボスは爽やかな顔をして人を痛めつけることに幸せを感じるサディストだ。
とは言え、誰彼構わず痛めつける対象にする訳では無い。気に入った人間に対してしか、その加虐性を見せることはない。
ありがた迷惑な話だが、ボスは直属の部下には、特別こき使い、叩いたり蹴ったりするような愛情を向ける。危ない橋も渡らせるし、平気で綱渡りもさせる。
だが。
やっぱり叩かれないなら叩かれない方がよくない?普通叩かれて嬉しいです!って人いないからねうん。
少なくともわたしたちマリウスパシリ隊はそうだった。
ボスが子どもをせしめる手助けをしてからというもの、こっちを痛めつけることへの興味が薄れたのか普通のボスになった。
書類が上手く出来たらにこやかにありがとうと言うし、帰る間際にはご苦労さまと労うし、機嫌がいいと必ず手や足の出る回数が増えていたのに、今は鼻歌を歌っているだけだ。
「いやむしろ、この上なく理想的な上司じゃないか……?」
「あんなに、いい人だったっけ……?」
「いい人ではないだろう。裏じゃ、あの哀れな子どもにめちゃくちゃしてるんだろ?」
「いやでも、俺らに対して聖人のごとく振舞っている事実は確かだ」
「てことは、嵐の前触れ、ってこともなさそうだな」
「…はっ」
「……な、なんてことだ!」
「誤って天国にでも来てしまったのか!?」
「もう蹴られなくて済むんだ!」
「書類で叩かれもしない!」
「長かったなぁ!ようやく俺らに春がやってきたんだ!」
「黙って耐えてきたご褒美だよ!挫けずについてきて良かった!」
わたくしども皆そう思いました。はい。
それからというもの、この平和な時が終わってはいけない、と子どもの身を守るべく日々離れたところから見守っている。ボスからは、
「誰にも盗まれないようによろしくね。でも護衛がついていることもバレては駄目。出来るよね?」
との無茶振りを頂いたが、わたしたち部下の平穏な職場生活の為にもそれは絶対条件だ。一も二もなく承諾した。
護衛、ならぬ観察をしていくと、この子どものいかに子どもらしさにかけているのかがよく分かった。
もう、全てを諦めてしまっている。
きらめきも、生きる気力もない目で、見開くこともなく目の前に広がる光景をただ視認している。それ以上でも以下でもない。
生きるために自分を偽ることさえ覚えてしまっている。平気で他人の目を欺き身を守ることに少しの躊躇いもない。
当然だ。
彼にとって周囲の人間は一人残らず敵なのだから。
「…よく耐えるよな。」
毎日増える子どもの傷は動悸がしてくるほど痛々しい。
だが背に腹は変えられない。
「ごめんな、少年。わたしも自分が一番可愛いんだ」
誰もいない庭に独りごちた。
しばらく、玄関前の庭に立っていた。
するといつもより綺麗で高価な服に身を包んだ少年が、ポシェットを提げて独り扉を出てきて真っ直ぐに門へと歩き始める。
「まさか、今更脱走か?」
後を付けて門を出ると、少年は何か紙切れを眺めていた。簡単な地図らしい。ここから、住宅街を抜け、商店の立ち並ぶ大通りに出る方法が書かれている。ボスの好きな“黒い星”の絵と、メレディスのマークもあった。
「なるほど。おつかいか。」
今日は客が来るとかで家中上へ下への大騒ぎだ。気まぐれなご主人様を持つ召使いは苦労する。それはまた部下もしかり。
召使いたちの冥福を祈り、足早に進む少年の背を追った。