客
遅れてしまって申し訳ないです。
だからというわけではないのですが、今回は少し短めです。
今日来るお客さんはエラい人のようで、オレンジさんからは粗相のないようによくよく言い含められた。オレンジさんにしては珍しいことだ。
「いい?今日いらっしゃるのは、マクダーモット伯爵家のエレクトラお嬢様。何かしたら死ぬと思って間違いないわ。うーん、簡単に言うと、何もせず、大人しくしていてってこと。」
うわそんな簡単に死ぬとか言わないで。
サドマリウス様二号って呼ぶぞ。
でもオレンジさんの言い方からして多分かなりマジよりのマジだ。
「普段、こんな家にいらっしゃるような方じゃないのに…嫌な予感しかしないわね」
オレンジさんのキャラが変わってなんだかとっても変な感じだ。もっと間延びした喋り方をして欲しい。落ち着かない。
オレンジさんも落ち着かないのだ。ひどく緊張している。いつもは緩い目元が剣呑な光を帯びている。
翻って、マリウスはというと鼻歌を歌っていた。
二階にある自分の書斎に俺を呼び出すと、上機嫌に、
「今日、君を売る契約をするんだけど、部屋にいるだけでいいから余計なことはしないでおくれよ。神妙に。哀愁漂う子牛のようにかしこまっていてくれ。そうしたら後はぼくが上手いことやるから。」
…………え?
…………え、いやちょ、え?
「驚いてるの?可愛いね。その捨てられた子犬みたいな目がとても素敵だよ!」
こいつ、何がしたいんだ?
三年かけて手に入れたとか言ってた癖に、あっさりというには不自然過ぎるくらいに速攻で手放そうとしている。
慣れてきた頃合を見計らって、わざと見ず知らずの相手に売ることで俺が嫌な顔をするかもしれないと思って売り飛ばそうとしているとか。
有り得る。
少なくともお金目当てではない。マリウスはどうしてだか潤沢な資金が常に家にある。
俺への…嫌がらせ…?
もはやここまで来ると天晴だ。
信念が揺らがなさすぎて、逆にしたいことと逆のことをしようとしているのではないかと、変に心配してしまった。
午後、エレクトラが従者二人を伴って家のノッカーを叩いた。
「マリウスさまの言う通り、信頼している者だけを連れて参りました。さあ、早く見せてくださいな、“例の”ペットちゃんを」
エレクトラはとても綺麗な少女だった。
ふわふわのレースの帽子から溢れる豊かな淡い黄色の縮れ毛。ところどころに桃色を差した白いドレスが包む肉まんの皮のような白い肌。うっとりと熱っぽく細められた金色の瞳。
そのどれをとっても、まさに“人形”と言うのが相応しいような気がした。
俺はマリウス本人が直接出迎えたのを後ろから覗いていただけだが、扉の隙間から一瞬見えただけでもあまりの可愛さに目が釘付けになってしまった。
なるほど、あれがお嬢様と呼ばれる人種なのだ。
マリウスは一階の応接間に一行を案内した。