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下男見習いはじめてのおつかい2

レイヴンのぼんやり具合はきっと苦難に耐え抜く精神的防御です。そう思うことにしましょう。

だいぶ道なりに進んだころ、警備兵が二人立つ門があった。

なんじゃありゃ。

通れるのかな。

警備員は騎士の格好をして、こっちには背中を向けている。ということはこっちの人間は監視対象という訳ではないのだろう、多分。

どきどきしつつ門をくぐるが、誰も追いかけてくる様子はない。

無事通れたようだ。


その門が境になっているらしく一気に交通量が増える。

みんな綺麗な格好をしていて表情も明るい。治安がいい証拠だ。

掃き溜め(コッコ)”とは違い、女の人は頭巾を被っている人と、被らずに綺麗な髪飾りをして垂らしている人の二パターンがいる。

髪飾りをして髪を垂らしている女の人は大抵自分で荷物を持つことはせず、護衛らしき男に付き添われて歩いているから、きっとマリウスみたいなお金持ちの家のお嬢様なのだろう。

一方、頭巾をしている人はカゴを下げてせかせかと歩き去る。前者のようにウィンドーショッピングを楽しむ余裕が無いとすると、俺と同じでエラい人におつかいを頼まれた使用人だろう。

その他にもたくさんの人が歩いていて、それらを見て歩いているだけでとてもわくわくした。


細い鎖で吊るされた木の板に、アイザックさんが描いてくれたお菓子屋さんのロゴを見つけて扉を開けた。カウベルのように大きな音が店内に響く。


「いらっしゃいませ。どのような品をご所望ですか。」


入店早々、カウンターの向こうから深々と頭を下げられて戸惑う俺。

……あれ?


そこにはケーキどころかクッキーの一枚もない。


ん??間違えた??


「お客様?どうかなさいましたか。」


その場で動かない俺を訝しげに見た店員は、俺の見ているメモに気がついて近づいてきた。


「失礼ながら、拝見させて頂きます。」


そう言ってメモを取ると、メモ用紙を舐めるように凝視した、その後。


「失礼致しました!責任者を呼んで参ります!」


勢いよく二つ折りになって、奥に引っ込み、ぽっちゃりしたおじさんを出してきた。


「これはこれは、セヴァリー家の!いつもご贔屓にして頂いてありがとうございます!黒い星(ルクト)を六つ、すぐにご用意致しますので、こちらでしばしおくつろぎ下さいませ!」


汗かきなおじさんに半強制的に奥に連れていかれて、ふかふかのソファとぴかぴかのテーブルの置かれた部屋に連れ込まれた。


「こちら、アルトの最高級茶葉で淹れたお紅茶でございます」


ぷるぷる震える手で若い女性が入れてくれた紅茶は、素人でもわかるいい匂いがふわりと漂う澄んだ琥珀色の美味しそうな紅茶だ。

間違ってもこんなはなたれ小僧が飲む代物じゃない。

なぜこんな扱いを受けているのか不思議に思って、ふと己を省みると、今日はオレンジさんにいい服(白いワイシャツに黒い半ズボンをサスペンダーでつって、黒い靴下も膝のしたでベルトでとめられている。それから黒いネクタイをしめられて黒いジャケットを羽織っている。ここは基本涼しい。)を着せられて、目にかかる横の前髪をピンでとめて貰っていたのだった。

身綺麗にしたことがこんなところで役に立つとは。お洒落すげぇな。


折角だから、と紅茶を頂いて、いい香りを楽しんでいると、チョコレートケーキを六つ載せたトレーを持って綺麗な女の人が来た。

出迎えてくれた人よりも年上で、大人の余裕を感じる美人さんだ。

つやつやの紅い口紅が大人の色香を漂わせて、その唇が今は営業用に半月形に弧を描く。


「お待たせ致しました、小さな御使いさん。こちら、黒い星(ルクト)でございます。お確かめください。」


そう言って俺の前にトレーを置く。

そう言われても、俺はどんなものか知らないしなんとも言いようがない。


それにしても、綺麗なケーキだ。

細長い、長方形の全体がチョコレートに覆われて光を反射しつやつやしている。天井に白い粉と金の粉がかかっていて、ここのロゴを模したチョコプレートが刺さっている。


「いかがですか?」


こくり、と頷いたのを見て、美人さんはケーキを箱に詰めた。

俺に箱を手渡す時、俺の手を見て一瞬ぴくりとしたので、気持ち悪いかなとオレンジさんに持たされたハンカチで隠して箱を受け取ると、美人さんが青ざめて顔を強ばらせたので、今度手袋もねだろうと決めた。

俺も別に捻れた指を積極的に見せたいわけじゃない。


「歩いていらしたようでしたので車を用意致しました。お気をつけて」


店の前で見送ってくれる美人さん。

至れり尽くせりだな。

だからアイザックさんも俺におつかいを頼めたのだと気がつく。

今の俺は何の役にも立たない合成獣キメラだからな。


それでもちゃんと買い物が出来て良かった。

粉々になくなっていた自尊心が幾分か復活する。





帰りついてからアイザックさんが箱を開いて首を傾げた。


「あれ?七つ入ってますが…お金足りましたか?ほとんどぴったり入れたのですが……まさか」


アイザックさんが俺からポシェットを外して中を見る。


「…………レイ、これは、お金と交換してくるんですよ……」


お金、払うの忘れちゃった。


都合よくきょとんとして見せる俺に、アイザックさんは深ぁいため息とともに頭を撫でて「お疲れ様」と言ってくれた。


そのうちアイザックさんを禿げさせてしまうかもしれない。気をつけよう。

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