下男見習い
今回は少し長めです。
主人公は適応能力が高いですね。
ご都合主義でごめんなさい…。
俺はとんでもないやつに監禁されていたらしい。
いや、とんでもないのはもうだいぶ前から知っていたわけだけど、性癖の話じゃなくて、お家柄の話だ。
何せ、外国っぽい、何となく水少ないっぽいこの国で、家の中に大きな浴場があるのだから。
製材とか?には詳しくないが、何となく凄そうなきらきら光を反射する石が散りばめられた夜空のような暗い石が敷き詰められて、湯船や湯が流れ出すところはクリーム色の石で出来ている。
いや、俺は入れないよ?もちろん。
ここはサドやお客さんのための特別立派に作った湯殿で、俺なんかが入れるところじゃない。俺は掃除に来たのだ。
「レイは湯船の中ねー。わたしは床をブラシで磨くからー」
髪の毛がオレンジ色のこのメイドは清掃担当のようで、屋敷の掃除ばかりをして過ごす。
俺はオレンジさんと呼んでいる。
オレンジさん、ちゃっかり大変な方を俺に押し付けましたね。
オレンジさんが湯船を指さして、それからたわしを渡して壁をこする真似をする。
俺は黙ってたわしを手に湯の抜かれた湯船の中へ入って湯船の壁を丹念に磨きはじめる。掃除は嫌いじゃない。暇なのよりはましだ。
たわしでこすって傷がつかないかと心配したのだが、この石は火山岩らしく硬いから大丈夫だよーとオレンジさんに手をぱたぱた振られた。
そんなわけで俺はターボ全開でたわしを動かす。
やることがあるって、幸せだ!
と余裕があるのは最初だけだった。
痩せぎすの十歳にこの仕事はキツすぎる。
あっという間に腕が動かなくなって亀のようにのろまな手さばきになり、オレンジさんにはさぼるなよーと釘を刺される始末。
情けない。
結局、オレンジさんが呼んできた桃色の髪のツインテールの女の子が助けてくれて、湯船の掃除は無事終了した。
桃色ちゃん、涼しい顔してやがる。
どんだけ俺はひ弱なんだ…とほほ。
「いやー、助かったよベリルちゃん。お疲れ様」
「先輩もお疲れ様です。というか誰ですかこのチビ」
俺と同い年くらいの子にチビって言われた。結構気性が激しいのねこの子。紅色の目なんかつってるしね。どう見ても気弱な感じではないわな。
俺が桃色ちゃん、もといベリルにそんな感想を抱いていると、オレンジさんがのほほんと笑いながら「んー?…マリウス様の新しいおもちゃ、だったかな。そうだったよねー?」と俺に同意を求めてきたのでぎょっとしながらも首を傾げておいた。
あなたデリカシーって言葉知ってる?
「あ、そうだ。この子ヒトの言葉があんまりわかんないんだった。ヒトとナニカの合成獣なんだってー」
「……あぁ、お好きそうな感じ。いるだけで空気が陰鬱としてくるわね。」
ねね、デリカシー(以下略)。
もちょっといたわってよねっもう!
文句は多々あるものの、知らない人が怖いチキンな俺はただただ暴言やら遠慮のない視線を甘んじて受け入れる。だって会ったばかりだし、俺の立ち位置ってただのペットな訳だし。そもそも論俺から話しかけるなんて言語道断だし。
くそう。
部屋から出て来てサド、もといマリウスから、
「君、ぼくの愛玩動物ってことで認可が下りたから、そこのところよろしくね。」
と言われた時には何をどうよろしくしなければならないのか悩んだ。
結論、知能の低い喋れないヒトとナニカの合成獣の振りをすればいいらしいとわかり、以来俺は一言も口をきいてない。
俺は、どっかの国のヤヴァイ奴らが作った禁忌とされるヒトの合成獣で、ヒトの形をしていながらヒトらしからぬ扱いを受けていた為、カワイソウに思ったマリウスが没収して面倒を見ている、という設定だそうだ。
その設定なら傷がどれだけ増えても怪しまれないでしょう?って笑顔で言われた。
ぶれないな、サドマリウスさん。
人間に劣る馬鹿な生き物だと認識されると、逆に失敗しても怒られないから複雑だ。むしろ小さな子に教えるように丁寧に指導してくれる。
だから馬鹿な振りをしてたまにとんちんかんなことをしなければならないのが心苦しい。
例えば花壇の手入れの時にはここぞとばかりに花をぶちぶち抜きました。
庭師さんに頭を撫でられて、「君はここには向かないようだね。他所へお行き。」と優しく追い出されました。
庭師さんの目が若干涙目だったのが本当に辛かった…。
それから皿洗いをした時は、手が滑って包丁が足に刺さりました。
真っ青な顔をしたコックさんが「だ、大丈夫かっ!?ごめんな、包丁が入ってたなんてっおい!マール代わってやれ!」とひどく狼狽えていました。
コックさんが涙目でボソリと「マリウス様のものに傷をつけてしまった…クビ、かな」と言っていたのが本当に申し訳なくて痛くないよ!平気だよ!って本気で言いかけました。
雑草抜きなら平気だろう、と駆り出された時は誤ってハーブをぶちぶちしまくって。やっぱり庭師さんに泣かれました。
廊下掃除の時は雑巾がちゃんと絞れなくて(俺の手はサドマリウスさんに折られてそのままくっついたので左手の小指と薬指、右手の中指が捻れてる)辺りを水浸しにして、オレンジさんに「うーん、君向かないねぇ」と二度ぶきをさせ、掃き掃除をしたらゴミが舞い上がり、家畜小屋の掃除に行ったら家畜を狂乱させた。
あれ。
ほとんど素じゃね?
ただの役立たずじゃね?
俺は唯一まともにこなせた浴場の清掃担当になったが、体力もないのでしばらくはベリルの力を借りることになりそうである。
ベリルにはゴミを見るような目で見られて、「もたもたしないでよ。邪魔。どいて。あんたはそこで座ってなさい。…ってああもう。わかんないんだっけ?そこ!ステイ!お座り!」ってどかされます。
サドマリウスに鞭で叩かれてる時だけが心安らぐ時間だなんて、変態ぽくて誰にも言えないペットな十歳は明日も頑張るぞと思いつつ涙目になるのでした。
もう嫌。